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41.聖剣に見る夢

「ううむ、やっぱり駄目か…。分かってはいたことだが、私には相応しくなかったんだろうな。だが、この剣の纏う伝説に触れられただけでも僥倖だ。」



 残念そうに首を振ったウィリアムさんは、しかしあっさりと台座と一体化した聖剣エクスカリバーから手を離した。


 そのまま聖剣の台座から離れた彼は、もう一度それをじっと見つめた後でこちらに振り向いた。



「さあ、次は誰が? クラーダか、それともジュリアか。どちらもやらないのなら、家臣のうちで興味のある者に試させるが…。」


「えー、俺は最後のほうでいいっす。ジュリエッタさん、どうです?」


「わ、私もまだいいわ。いえ、弱気になっているとかじゃなくてね? 貴族たるもの、家臣たちにも夢を見せてあげないと。だって、私が抜いちゃったら、それで終わりじゃないの。」



 自信満々な言葉のわりにジュリエッタさんはビビり散らしている模様。彼女が言い訳している間にも、彼女やウィリアムさんの家臣たちが聖剣に挑んでは玉砕している。


 まあ。彼女の言う通りであろう。どんな順番で選抜に挑もうとも、聖剣に選ばれるのは既に定められた唯1人のみ。今のところエクスカリバー使いが誕生していないことこそがその証明だろうか。



「あのう、旦那様。私も、ちょっと触ってきてみてもいいでしょうか?」


「ああ、うん。別に俺の許可を得なくても、どうぞご勝手に。」



 ノリで付いてきたニアさんも聖剣には興味があるらしい。あっ、身長が足りてなくて柄に手が届いてない。係員さんに台かなんかを持って来てもらおう。


 というか、どの人もどの人も、結果が伴わなかったことに対してそれほど落胆している様子がない。聖剣に触れた直後には精霊の声が聞こえなかったことにがっかりするようだが、それから後にはそれほど引き摺らないようなのだ。


 思うに、“自分は特別なので数百年抜かれていないエクスカリバーが抜ける”という“ワンチャン”は、この世界の人にとっても御伽噺や妄想に同じことなのだろう。聖剣は抜けず、抜けないからこそ伝説なのかもしれない。そして、それゆえに彼らは聖剣に触れるだけで満足してしまうのだろう。



「やっぱり駄目でした。…えへへ、エクスカリバーに触っちゃった。」



 この満足そうなニアさんの様子が何よりの証拠であろう。




▽ ▽ ▽




 少し時間は遡る。



「ねえ…。2人とも、疲れてるのはわかっているんだけどね? 1つだけ、見に行きたいところがあるの。」


「…場所によるな。」



 湿地帯を行き来しただけでもだいぶん時間がかかってしまった。なんやかんやあって夕暮れ時。既にヴェルフェスタ卿とは解散しており、これからが正真正銘の休憩時間である。


 これでようやく風呂に入れる。これでもう3日目? 4日目? もうわかんないけど、そんぐらい湯に浸かることが出来ていない。道中でもきれいな川の水で体を流したり、濡れタオルで拭う程度のことは出来たが、元日本人として温かい湯に浸かることは特別な意味を持つのである。


 会議の辺りからジュリエッタさんに妙に距離を取られていることなんて気にしていない。ついさっきまで自分らもそんな感じの臭いやってんぞ。いや、嗅いでないから知らんけども。


 さて、そんな休憩時間の矢先。おもちゃをねだる子どものようにモジモジとジュリエッタさんがそう言ったのだ。そして、そんな彼女に対して、休憩したいオーラを纏ったウィリアムさんが渋面で返したのであった。



「聖剣、ちょっとだけ見に行ってみない?」


「おっ、意外っすね。」



 てっきりロミアさんへの差し入れでも仕入れに行くのかと思いきや、さっそく聖剣の選抜に行きたいと言い出すとは。


 この国の騎士の多くは聖剣の担い手という称号に憧れを抱いていると聞いたが、よもや彼氏の事しか頭になさそうなジュリエッタさんまでもがそうだったとは。


 この話を聞くまで面倒くさそうな態度だったウィリアムさんは、そんな彼女の言葉を聞くと一転して真剣な顔つきになった。



「…焦っても結果は変わらないよ。」


「それはそうなのだけど…。でもね、叔父様。嫌なことは、さっさと終わらせておきたいの。」



 2人とも、急に内輪でシリアスムードになるじゃん。完全に蚊帳の外なんだけど。


 まあ、蚊帳の外には違いないが、聖剣を見に行くということについて特に反対することもない。



「俺は別にいいっすよ。となると、長官か書記官に申請に行かないといけないんでしたっけ。ほんとに行くんなら、ちょっくらひとっ走りしてきますけど。」



 この駐屯地では18時になると定時らしく、事務所やら一部の施設が閉じてしまうのである。騎士である俺たちはどちらかと言えば職員側なので、裏口から入ることもできる。だが、私事で職員や騎士たちの帰路を邪魔するのは忍びない。借りを作りすぎるのも嫌だし。


 ともかく、さっさと済ませたいのであれば、さっさと向かうに限る。



「…行くかぁ。だが、ちょっと待っていてくれ。ついでだから、うちの家臣で聖剣に興味がある者たちを連れて行ってやろうと思うんだ。せっかくだし、君たちも家の者に声を掛けてみればどうだ?」



 という流れで、聖剣の祠へと足を運ぶことにしたのである。


 ちなみに、俺が駐屯所に着いたのはなかなかにギリギリな17時40分のことだった。おまけに、許可を得るために長官室を訪れてみたものの、残念ながら長官は会議で留守のご様子。しかも会議終わりは未定という話だった。


 それではその代わりに、と書記官を探しているうちに時刻は定刻5分前に。いよいよ腹を括る必要があるかと考えたちょうどそのタイミングで彼女に後ろから肩を叩かれ、心臓が口から出そうになった。


 彼女も長官と同じく、会議に出席して書記の仕事をしていたらしい。だが、途中で誰かに呼ばれているような気がしたということで抜け出してきたらしい。エスパーかて。



「あら、聖剣ですかぁ。とすると、急いで師団長にご連絡しなきゃですねぇ。やっとエクスカリバーに貰い手が出来た、ってね。ふふふ。」


「いやいやいや…。ってか、ラルポン師団長の知り合いなんすか?」


「知り合いも何も、私をここに送り込んできたのは、師団長なんですよぉ?」



 別れ際にそんな冗談を残していった彼女も、なんと第4師団の人間だったらしい。なるほど、この駐屯地じゃなくて他の師団に属しているから第3勢力的な立ち位置に立っているわけか。


 聖剣とは関係ないが、面白いことを知ることが出来た。




 ▽ ▽ ▽




 そんな調子で、聖剣の祠に時間を戻すとしよう。


 他の人たちがエクスカリバーに触れているうちに、気付いたらまだ挑戦していないのは俺とジュリエッタさんだけになっていたのであった。



「意外だな、クラーダも緊張しているのか?」



 アルコールの入ったウィリアムさんに若干茶化される。あくまでも観光地的側面の強い聖剣の祠には、酒や軽食を供するバーが隣接しているのである。



「緊張してるのは俺じゃないというか、っすね…。ジュリエッタさん、けっきょくどうするんすか?」


「ううう…。ま、待って。今決めるから。」



 俺がなかなかエクスカリバーに挑戦できずにいるのは、ジュリエッタさんが長らく日和り続けているからである。彼女は、人の流れがなくなる前に挑戦するのか、はたまた一番最後に挑戦するのかで揺れ続けているのである。まあ、トリって緊張するけどさ。


 しかし、何をそんなに迷うことがあるのかは分からないが、彼女にとってはどうにも重要な二択らしい。悩んでいるうちに人が居なくなって選択肢が無くなるのも嫌だということで、光栄にも俺が選択肢をキープする役割に任命されてしまったわけである。



「ジュリエッタさん、おなか減ってきたんすけど…。売店行ってきていいすか。」


「ご、ごめんなさい! もうすぐ決まるから、もうすぐだから、ね?」



 こんな調子でなかなか話が進まないものだから、ウィリアムさんや家臣たちもうんざりした表情になっている。一部はすでに各々の宿へと戻ってしまっている。



「旦那様。買い食いは、めっ、ですよ。せっかく私が腕によりをかけてお夕飯をご用意しているのですから。」


「ほら、うちのメイドさんもこう言ってますし。飯が冷める前に帰りたいんすけどね。」


「いえ、今日のお夕飯は冷製なので。冷める分には問題がないのですけれど。」


「あっそう。」



 先に帰っていていいと言ったのに、ニアさんもまだこの場に残っている。『旦那様の雄姿を見届けたいのです。どうせ聖剣は抜けないでしょうし、指をさして笑って差し上げようかと。』ということで、なんとも律儀なことだ。これは皮肉だが。



「すみませーん、そろそろよろしいでしょうかー。」



 待たされ続けるのは祠の管理人も同じ。祠は年中無休で日夜問わず開いているものだが、その番をしている職員たちはパート交代制なのだ。こちらがまごついているうちに彼の交代時間が訪れてしまったらしい。



「ほら、ジュリエッタさん。どうするんすか? この際、じゃんけん…は無いんだった。コイントスとかでぱぱっと決めましょうや。」


「い、嫌よ! きっと精霊様は、運任せな人間なんてお嫌いだもの!!」


「優柔不断すぎる人も嫌がられると思いますけどねー…。」



 ここからさらに30分ほど悩み続けたジュリエッタさんは、悩めば悩むほどハードルが上がることにようやく気付き、結局俺よりも先に挑戦することを決めたのであった。



「じゃ、じゃあ…。後輩ちゃん、行くわよ?」


「はい。」


「…本当に、行くわよ?」


「はい。」


「本当の本当に」


「はい。」



 押すなと言われて押したくなるアレじゃないんだから、そんなに何度も念押ししなくとも。踏ん切りがつかないようで背中ぐらいは押してほしいのかもしれないが、それは懲罰房に居るロミアさんの仕事だったはずだ。もしくは酔っぱらって木製のソファで寝転がっている人か。ウィリアムさん、羽目を外しすぎである。



「…すー、はー。…えいっ!」



 そんなことを考えていたら、とうとうジュリエッタさんが聖剣の柄に腕を伸ばした。目はぎゅっと瞑られており、柄を握りしめる指の関節は白くなるほどに力を込められている。やっぱりガチガチに緊張しているようだ。


 ジュリエッタさんはその格好のまま、1分間ほど固まっていた。あまりにも動かないので、さっきの管理人と交代した別の管理人が様子を見に来たほどだ。



「…大丈夫ですか? 何か、聞こえておられるのですか?」



 もしや精霊の声が聞こえたのか、と考えた管理人が彼女に話しかけた。



「…何も、聞こえませんでした。」



 ジュリエッタさんは泣きそうな声でそう言って、だらりと聖剣から手を離した。



「…後輩ちゃん、随分待たせちゃったわね。ごめんなさい。次、どうぞ。」



 がっくりと項垂れたままこちらを見ずにそう言った彼女は、ふらふらとした足取りで聖剣の安置室から出ていってしまった。彼女の家臣たちが慌ててその背中を追っていった。


 一気にガラリとしてしまった聖剣の祠。


 なんだか白けてしまったので、俺もさっさと終わらせよう。そんで、何事もなく宿に戻って風呂に入ろう。



「ニアさん、あの家って風呂ありましたよね?」


「はい。…お夕飯より先にお風呂に入られますか? そういうことでしたら、ご用意いたしておきますが。」


「…風呂場爆発したりしないよね、大丈夫?」


「やっぱりやめにしました。」



 非常に有難い申し出だったが、要らんことを言ってしまった。うーん、コミュニケーションは難しい。



「あーっと、ウィリアムさんのメイドさん達と執事さん達も。ウィリアムさん、こんなところでお休みになってたら体がイカレて明日に響くと思うんです。連れて帰ってあげてくださいっす。」



 ついでに、泥酔しているウィリアムさんと彼の家臣たちも帰しておく。今日はもうお開きということでいいだろう。


 酒やつまみを片手にほどほどに楽しんでいたジェフスフィア家臣団は、ウィリアムさんを胴上げするようにして出ていった。そういえば、領地での彼は領民との距離が非常に近しいのだと聞いた。いや、アルコールのせいだとはいえ近しすぎるような気もするが…。


 まあいいや。


 斯くして、聖剣の祠には俺とニアさんだけが残った。いやまあ、管理人とか売店の店員とかはいるんだけど。まあ、少なくとも聖剣安置室の中には俺たち以外に誰もいないということだ。



「…ちなみに、旦那様。旦那様はこの国の方ではないかもしれないとお聞きしています。少なくとも、この国で生きていたという記憶はお持ちでないと。」


「どうしたんすか、急に?」



 おもむろにそんなことを言い出したニアさん。そりゃあまあ、記憶喪失という設定になってるんだから。



「いえ、つまらない疑問なのですが…。騎士となるべくして教育されてきたわけでもない旦那様が、もし万が一にも聖剣を抜かれたら、聖剣をどうなさるのかと気になりまして。」


「ふむ。」



 そんなこと言われたって、聖剣を抜けるとは到底思えないし、考えたこともなかった。だって、異世界転移してきたわけだけど、もう十分にチートが満載だし。


 体が異様に頑丈になったり魔法に才能があったりとか。言語が通じるとか経験のない乗馬が出来たりとか何故か戦いの際には勝手に体が動いたりとか。これに加えて聖剣まで使えた日には…。


 どうなるんだろうね。



「まあ、もしそうなったら魔王討伐の為に頑張りたいとは思ってるっすよ。王様にはご恩がありますし。…さて、聖剣の手触りはどんな感じかなっと。」



 考えることにあまり意味を感じなかったので、適当な言葉を返しておくことにした。そして、そのまま聖剣の柄に手を伸ばした。幾人もの手が握ってきた革の巻かれた柄にそっと手を添える。




 やはり、声は聞こえなかった。




 だが、その代わりに。



「あ痛ててててててててて!?!?!?!?」


「旦那様!?」



 体中に電気が走るような衝撃。痛みというよりも、弾き出されそうな強い衝撃が五体を襲ったのである。


 例によって痛みは感じなかったのだが、条件反射的に痛みを口走ってしまったのだ。さながら、足を踏まれてしまった時のように。


8000PVsありがとうございます。

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