39.新任騎士向け説明会
超ミニスカ書記官に司会が交代してからは、長官陣営と防衛兵長陣営が特に揉めることもなかった。野次を無視してプログラム通りに強引な進行をすれば、そりゃあ誰も口を挟まなくなるだろう。
ひとまず、師団長からもらった『遠征のしおり』に書いてあったような、この駐屯地の歴史や発展の背景に関する説明がなされた後、要職に就いている騎士や職員たちの紹介が行われた。
この場に集まっているのは役職持ちの人たちばっかりらしく、ゆえに1人1人の名前と肩書をゆくゆくは覚えていかないといけないらしい。めんどくせえ…。
また、揉め事を避けるためなのか、どうにも両陣営の構成員が交互に紹介されていたように思われる。
「…というわけで、村民から潅水施設に関する相談を受けた際には私のように袖口に羽根のカフスを着けている者へと報告してください。そうすれば、すぐに私へと取り次いでくださると思いますよ。…このカフスを着ければ、あなた方でも直通で私に取り次げるようになるのですが…。」
袖を持ち上げて金色のカフスボタンをキラリと輝かせたのは、長官陣営と思しき非騎士の職員さん。なんかわからんけど、長い名前の役職に就いている偉い人らしい。肩書が長すぎて、結局何の仕事をしている人なのかわからなかった。
ここまで自己紹介を見てきてようやく気付いたのだが、長官派の人は服の右袖に金色の羽根の形をしたカフスボタンを着けているのだ。『カフスを着ければ取り次ぎが早くなる。』すなわち、自分たちの方に就けば仕事がスムーズに行えるようになると勧誘してきているのだろう。
揉め事こそ起こっていないものの、両陣営がこんな感じで俺たちを味方に引き入れようとするためにさりげないアピールを行ってくるのだ。
「…と、この人は言ってますけどもぉ。普通に、『農害獣対策室』の札の掛かっている部屋か、赤い弦楽器の看板の酒屋に行けば対応してもらえると思いますよ? まあ、酒屋に居た時にはもう前後不覚かもしれないですけどぉ。はい、次ですねぇ。次は、えーっとぉ。」
そして、自己紹介が終わる度に、ミニスカ書記官さんが彼らの自己アピールをぶった切っていたのであった。
「…はい。後は、この駐屯地の防衛兵長のフローラ・レヒト・フリーデン卿と最高責任者のヤズカチクキアルフニクス長官。2人とも偉い人だから、皆さんが面と向かってお話しすることはあんまりないと思いまーす。ただねぇ、もしもどちらかのお食事会にお呼ばれたりしたら、その時はこのグレイス書記官ちゃんに速やかに相談するよーに!」
長官と防衛兵長には喋らせもしなかった書記官。あくまでも中立的立場を貫きたいらしい彼女もまた、味方を増やしたいらしい。
「フン、孤児上がり風情が。」
「…はーい、次行っきまーす。この村にある騎士団所有施設の軽い紹介と、管轄地区の地図の配布でーす。地図を見れば書いてあるので大体の事はわかりますし、仕事中に随時説明を受けることになるだろうってことで、地図に落丁や誤字がないことが確認できれば次に行きまーす。」
誰かが心無い言葉を吐いたようだが、書記官はそれすらも無視して進行を続けた。
ちなみに、配布された地図や資料はどうやら手書き複写のようだった。魔法印刷技術的なやつは存在しているようなのだが、同時に、手書きに拘り続けるメンドクサイ年寄り連中がいるのだという話だ。まあ、読みやすかったし文句は無いが。
それはともかく、この村の設備の話である。宿舎や詰め所などの基本的な設備は一通り揃っている。師団ごとの事務所はさすがにないが、便宜上“駐屯所”と呼ばれているこの建物に事務所やら伝書蝶の飼育所など、だいたいの設備が揃えられているらしい。
「特筆すべきは、村の周辺に広がっている演習場ですかねぇ。別名、“手付かずの自然”! …とも言いますけれども。広大な泥炭地は数々の希少種が群生する、世にも珍しい景勝地でもあります。王都や国外からも学者先生が研究しに来るので、護衛任務を依頼されるかもしれませんねぇ。ただ、自然が豊かすぎて、魔獣やゴーストなんかがいっぱい出てくるんでしゅ、です。噛んじゃった。えへ。」
泥炭と言えば、スコッチウイスキー造りにも使われているピートが思い浮かぶ。もしくはボグに沈んでいたトーロンマンだろうか。底無し沼のように沈み込む湿地帯であれば、昔から何人もがこの土地に食われてきたことだろう。化けて出て然るべきだ。
ところで、俺たち4名の中で戦闘員として分類されているのはおそらく俺ぐらいだろう。もし本当に護衛依頼が来た場合、受諾できるのは俺だけのような気もするが、そこんところはどうなるんだろうか。
あ、そもそも駐屯地に配属されてる騎士たちがいるから大丈夫なのか。
「ちなみにですけど、この村の地盤はしっかりしてますから、地盤沈下は心配しなくても大丈夫ですよ? 質問がないようでしたら、お次はお待ちかね、聖剣のお話に行きまーす。」
特に気になることもないし、何か思いついても後から聞きに行けばいいだろう。聖剣の話もこないだヤタラさんたちにとっ捕まった時に聞いたところなので、さっさと済ませてもらいたいところである。
「はい。聖剣のお話でーす。まず、聖剣エクスカリバーの現所有権は誰にもありません。皆さん、担い手の選抜には挑戦し放題でーす。ま、1回やってみてムリだったなら、何度やっても無駄なんですけどねーっ。」
聖剣の使用者になれる者は、聖剣に住まう精霊に選ばれた者のみ。精霊様がどうやって勇者を選んでいるのかは知らないが、勇者に選ばれた者は、聖剣に手を掛けたその瞬間に精霊の声を聞くとかどうとか。
つまり、第一印象で全てが決まるんだから何度向き合ったところで意味が無いってことだ。
「ただ、万がひとつにも、皆さんの中から聖剣使いが現れちゃう場合もあるわけで。騎士団としては、世界平和のためにも、オーバーパワ―の行き先を把握していないといけないんですよぅ。」
騎士団、いや、王国からしてみれば、聖剣を抜いた人物にクーデターでも起こされた日には堪ったもんじゃない。聖剣は、兵器としてもシンボルとしても力がありすぎるのだ。
「そこで、ね。聖剣チャレンジをやる際には、必ずヤズカチクキアルフニクス長官か私に声を掛けるようにしてくださーい。もしどっちも留守にしてたら、直接、あなた方の所属師団の師団長に話を通すようになさってくださいねー。」
それならせめて、騎士団の目の届く範囲でやってくれという感じか。聖剣の精霊は心の清い者を好むというし、申請せずにこっそりと勇者選抜に挑戦するような人間は、勇者にゃなれんのだろうし。ある意味で合理的なのだろう。
「聖剣についてはこんな感じですかねぇ。聖剣についてもっと興味があるんなら、先代勇者様の子孫の方々が建てられた『エクスカリバー博物館』にでも行ってみると良いでしょう。ちょみっとだけ入館料金が高いですけど、資料としての価値はあると思いますんで。」
さすが、聖剣観光産業の村。聖剣の事はちゃんと調べているし、手に入れた情報の使い方もうまい。
ちなみにその『エクスカリバー博物館』とやらでは、『聖剣選抜で有利になるお守り』を筆頭とした土産物が売っているそうだ。『聖剣を抜けるようになるお守り』とかじゃないあたりが小賢しい。
でも、聖剣が何百年も抜かれていないからこそ、この村が栄えているわけだ。そのお守りの効果を実証できた人はいないんじゃないのか。
とまあ、それは当然のこと。博物館サイドもそのことを逆手に取って、最近では『抜けないお守り』すなわち『浮気防止のお守り』へと方向転換して売り出しているのだとか。ひっでえ下ネタだが、売れ行きは上々らしい。聖剣の精霊様に怒られろ。
「ちなみに、書記官ちゃんがこのお守りのお世話になったことはありません。現在、絶賛彼氏募集中でーす。はい、次。」
誰も聞いてねえ、というツッコミは入らなかったが、おそらく誰しもがそう思ったことだろう。本人もきっとそのツッコミを期待していた節があったことだろう。
こんな様子で会議はスムーズに進んでいった。この後に暫く、俺には関係なさそうな条項が続いたので、最後の項目以外は割愛しておくことにする。だって、使用人団の滞在に関する注意とか言われたってどうしようもないじゃん。お手伝いさんが1人いるだけだもん。
「…はい、次で最後です。ここ重要ですよぉ。皆さんのお仕事についてです。」
確かに、これは重要だ。ラルポン師団長に言われるがままにこの駐屯地までやって来たわけなんだけど、なんでここに連れてこられたのかは未だによく分かっていないのだ。遠征のしおりにもなんも書いてなかった。なんならプログラムにも書かれていない。
たぶん新人教育の一環なんだろうってことはわかるんだけど、具体的に何をすればいいのかはさっぱり分からない。
「まずはジェフスフィア卿、キャプレット卿、それと、今はこの場にいないですけどモンテルジュ卿。あなた方は、主に防御柵の改修作業を手伝って頂くことになります。最近、魔獣の襲撃が多くって、直しても直してもすぐ壊されちゃうんですよねぇ…。ということで、以降は防衛施設担当の旗下に入っていただき、任期の間はその作業ばっかりしていただくことになりまーす。」
工兵として招集されたウィリアムさんたちは、既に仕事が決められていたのだろう。つまり、名前を呼ばれなかった俺だけが仲間外れである。心細いなぁ。
「なるほど。土魔法でしたらお任せください。」
土魔法で細かい細工をするのが得意なウィリアムさんなんかは非常に重宝されることだろう。本人も自信ありげにそう語ったのであった。
「土木作業は苦手ですけど…。でも、キャプレットの名に懸けて、精一杯務めさせていただきますわ!」
逆に、ジュリエッタさんはどうも自信なさげだ。というか、彼女は何の魔法が使えるんだろうか。所属が工兵部隊ということは、なにか物作りに使えるような魔法が得意なんだろうけど…。
「はい、頑張ってくださーい。残ったクラーダ卿なんですけどぉ…。うーん。長官、結局どうなさるんでしたっけ?」
ここに来て、久々登場した長官閣下。いくら権力闘争で駐屯地を騒がせているとはいっても、現在の最高責任者は彼であり、指揮権も彼にあるのだ。
「……クラーダ君は、ひとまず適性を見る必要があるだろう。様々な部署をローテーションさせればいい。割り振りは…、君に委ねる。」
「あら、いいんですかぁ? じゃあ、クラーダ卿は私の下に入るということで。いっしょにお仕事することはほぼないと思いますけど、毎朝指示を出しに行きますので。そして、毎夜仕事の進捗なんかを確認に伺いますので。」
なんか、新入社員の適性を見るために色々な仕事をさせて適性を判断する一般企業みたいなノリだ。
ただ、騎士団に入団する際、普通は入団試験をパスする必要があるのだと聞いている。また、試験過程で適性を見るという目的もあるらしく、入団が決まった騎士は速やかに各師団へと配属されて適切な訓練を受けることが出来るのだという。
裏口入団というわけではないが、俺のような感じで王様に直接任命された騎士などは、経緯上、入団試験を受ける機会を設けられない。剣術や魔素胞容量計測みたいなちょっとしたテストを受ける機会はあったが、あれは総合的な戦闘能力の目安を測って師団間の戦力のばらつきをなくす目的らしい。適正は残念ながら図り切れないのだとか。
というわけで、俺がこの駐屯地で行うことは、能力適正の確認ということになったのであった。しかも、直属の上司は得体のしれない書記官さんである。
「クラーダ卿、お返事はどうしました? お返事がないってことは、なにか気になる点でもあるってことですかねぇ?」
「す、すみません。問題ないです。」
一人で納得していたら、書記官に釘を刺されてしまった。話を聞かない奴と思われるのは御免である。
「よろしい。お返事は大事ですよぉ、伝達ミスの防止に繋がりますからね…。はい。他のお2人、ジェフスフィア卿とキャプレット卿もご質問はありませんね?」
プログラムに書いてあった説明項目は全て終了。お2人からの質問もなさそうなご様子である。
というわけで、その流れのままに会議という名の説明会は終了した。
結局、ロミアさんが会議終了までに合流してくることはなかったのであった。
後に知ったことなのだが、それも無理ないことだったのだ。いやまあ、彼は牢屋に閉じ込められていたのだから、会議に参加すること自体が無理だったわけなのだが。




