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序5.

 アイラの指導あって、基本的な5属性魔法の基礎を瞬く間に身に着けたサクラダは、そこから派生的な攻撃魔法を習っていた。


 基礎の魔法の習得が一瞬だっただけに攻撃魔法もすぐ覚えられるものなのかと思いきや、しかしそう簡単な話でもなかった。



「あああああ違います! もう少し経路の出口側を狭めて、圧力をかけて押し出すようにするのです!!」



 攻撃魔法の練習になってから講師陣に参加してきたオリビアが頭を抱えながら叫んだ。


 彼女はどうやら、楽しそうにしているアイラとサクラダの師弟コンビが羨ましかったらしい。


 どちらかといえば魔法よりも剣術の方が得意なのだという彼女だが、そうは言っても普通の魔法使いと比べればはるかに上手く魔法を使えるのだそうだ。


 確かに、魔法を教えるのはそれほど下手なわけではなかったが、必要なさそうなタイミングで執拗にボディタッチしてきたり、何かある度に大声を出すので気が散って仕方がなかった。



「まあまあ。初めから比べると、すごく上達してきていますよ。オリビア卿の言う通り、今度はもう少しだけ絞るようなイメージで挑戦してみましょう!」



 アイラ師匠は相変わらず熱心かつ優しく指導してくれるが、全く休憩をくれないところが中々にスパルタである。


 1人取り残されているぷりゅねるJPは混ざりたさそうな顔をしてこちらを見ているが、妙な意地をはっているらしい。


 焚火で沸かしたお茶を片手に目を眇めながら様子を探っている。


 当のサクラダはというと、原因不明の体調不良に悩まされていた。


 脱水症状にも似た倦怠感や頭痛、三徹してゲームをした時の手足の痺れ。


 口の中に溢れてくる粘ついた唾液が妙に生臭く、心臓の動悸が若干不整脈めいているのが気味悪い。


 まあ、不調の原因は言うまでもなく魔素の枯渇なのだが。


 どんどん悪くなっていく体調にえもいわれぬ不安を感じてはいたが、可愛い女の子2人とイチャイチャする機会など今後の人生で存在するのかどうか。


 もうこの際ぶっ倒れても構わない。

 そんな覚悟を持って、なかなかうまくいかない『火球を飛ばす魔法(ファイアボール)』を練習する。



「あれっ?魔法が出ない。」



 すると、とうとう魔素が尽きてしまったらしい。火を点けることはおろか、風を起こすことすらできなくなってしまった。



「いっぱい(魔法が)出ましたね…。お疲れ様でした…♡」



 実際のアイラのセリフには()など付いていなかったのだが、何とな~く付けておいた方が良い気がしたので付けた。



「お疲れ様でした。…認めるのは癪ですが、クラーダは変質者のくせに魔素の量も多いですし、筋が良いですね。訓練していない者が魔素胞を空っぽにするまで魔法を使った日には、気を失ってしまってもおかしくはないのですが。」



 渋々といった様子でそう言うオリビアの表情はむしろ嬉しそうだ。口角が上がって折角の真顔が台無しになっている。



「あぁぁ…疲れたぁ…。お二人とも、本ッ当にありがとうございました…。」



 求められるラインには達することが出来なかったものの、豊富な魔素で無理矢理ブーストすれば、なんとか戦えるレベルには到達できた。


 銃で言う所のリコイルパターンに慣れていないため、まだ連射精度が低いが、単発であればかなりの精密さで標的に当てられるようになった。

 さっきまで的にしていた岩塊には真っ黒な焦げ跡が点の形に残っているのを見れば、よくわかる。


 ズズズズズ…。

 音を立てて茶を啜ったぷりゅねるJPが、早く戻ってくるようにと無言で急かしてくる。


 彼女の表情を一文字で表現するなれば『無』であるが、あまりにもおっかない『無』なだけに肝が冷えた。


 足取りがおぼつかないが、歩けない程ではなかったので何とか彼女のそばへと歩み寄る。

 サクラダは昔知人に誘われて山登りに行った2日後にこんな状態になったのを思い出した。



「えっと、なんかすんません。」


「何に対する謝罪やねん。」



 何となく謝ったら頭にチョップされた。




 ▽ ▽ ▽




「そもそも、どうして皆さんはこんな遠い所に来てたんすか?やっぱり魔王軍?の所為?」



 焚火を囲みつつ固い保存食を齧る夕食の時間。


 手が縛られていることを理由に手ずから食事を食べさせようとしてくるのを断り、犬のように干し肉を齧っていたサクラダは、固いパンを薄いスープに着けてふやかしているぷりゅねるJPに問いかけた。


 そういえば、ぷりゅねるJPという名を匂わせるような呼び方をすると火が付いたように怒られた後に、ヤタラ卿と呼ぶよう強いられたのであった。


 彼女の本名はヤタラ・ヒトミといい、この世界ではそちらで名乗っているらしい。


 そんなぷりゅねるJP…もといヤタラは、サクラダの言葉を聞くと少し考えるような素振りを見せた。



「…ワイバーンってわかる?」


「前脚が羽になってるトカゲっすよね?」



 ワイバーンと言えば、ファンタジー世界おなじみの生き物である。


 ドラゴンの下位種族に分類されることが多いこの生き物は、四足歩行で脚とは別に翼が生えているドラゴンに対し、飛竜や翼竜と呼ばれることが多い。


 『飛竜』という呼び方が定着する切っ掛けとなったとある狩猟アクションゲームでは、様々な形態のワイバーンが存在しており、中にはラスボスよりも強い種類のワイバーンをも存在していた。


 RPGなどでも定番のモンスターで、敵として登場する時には中盤以降の強敵として、味方として登場する時には中盤以降の頼れる仲間として活躍していることが多かった。



「クラーダ君(笑)が降ってきたあの平原はアンピプテラ平原って言うんだけど、アンピプテラっていう名前もワイバーンが由来になってるらしいんだ。何でも、昔からワイバーンが住みやすい環境が整ってるらしくて。」



 餌が豊富なせいか、巣作りしやすい地形が原因か。


 大陸から飛来してきた、本来は生息していない種のワイバーンがアンピプテラ平原に住み着いてしまう事があるのだという。



「え。つまりワイバーンが来ちゃったってことっすか?」


「そういうこと。」



 要するに彼女ら3名は、渡ってきた新たなワイバーンが平原に住み着いているのかどうかを調査しにきたということである。



「クラーダさんが空から降ってきたって聞いたから、てっきりグラバーに落とされたのかと思ってたんだけど…。あ、グラバーっていうのは今回飛んできたと推測されている個体名です。」



 アイラがそう付け加えた。


 グラバーという名前を付けられた個体は、メタルホーンドレイクという種類のワイバーンらしい。


 老齢かつ凶暴な雄の個体として有名らしく、人間にちょっかいを出されたことを理由として、本来住みかとしていた大陸のとある山を炎魔法で焼き尽くしてしまったという情報が入っているようだ。


 グラバーに攻撃してきたのは山を領地に含む国の軍隊の一小隊だったというが、彼らはその魔法で全滅したと報告されている。


 ただ、グラバーは自身の餌となる魔物たちも山ごと焼き尽くしてしまったため、餌に困ることとなってしまったらしい。

 結果、グラバーは50年ぶりに住処を去って他の地へと飛び去ったのだそうだ。



「最近、近隣の村の者たちが大きな影が飛んでいるのを見たと騒いでいたようです。グラバーの話もありましたし、グラバーではなかったとしても危険な魔物であれば困りますので、私たちが派遣されたというわけです。分かりましたか、弟子(クラーダ)。」



 オリビアは焼いた肉を齧った後でそう言った。


 彼女が食べている肉は例のロードキルされたブリンクラビットの後ろ脚肉である。


 香辛料をふんだんに使って調味し、焚火でじっくりと過熱したその表面を齧れば、パリッとした皮が割れて中から肉汁が溢れてくる。

 彼女はそれを他の者にも盛んに勧めていたのだが、誰一人として受け取ろうとしなかった。



「なるほど…、ってめっちゃ怖いんすけど!結局、そのでかい魔物ってのはグラバーって奴だったんすか?」


「え、うん。」


「マジかよ!こんな所で野宿してて大丈夫なんすか?!急に襲われたりしませんよね!?」


「多分大丈夫だろ。たぶん。」



 可能性としてそれもあり得ないことではないが、そもそも確認が取れているのは、『グラバーというワイバーンがこの国の領内に飛来してきた』という事実だけである。

 彼が平野に住み着いているという証拠は発見できなかったらしい。


 また、グラバーが好むと言われているブルーチーズゴートという山羊の生息する地域が少し離れた所にあるため、仮に住み着いていたのだとしてもわざわざこの辺りにまで餌探しに来ることはないだろうという話だ。



「(もぐもぐ、ゴリッ、バリッ、ごくん。)それに、グラバーは飛ぶのが下手な飛竜です。大陸からこの島の間の海を渡るために相当な体力を使っているでしょうし、今のところは無暗に人間を襲ったりはしないでしょう。」



 自信満々にそう言い切ったオリビアは、焚火に掛かっている新たな脚肉に手を伸ばした。

 何やら大腿骨ごと飲み込んだ幻影が見えたような気がするが、きっと気のせいだろう。


 サクラダとぷりゅねるJP…ではなくヤタラは、そんな彼女の言葉に思わず顔を見合わせた。


 地球という星には『フラグ』とか『噂をすれば影が差す』とか『口は禍の元』とかいう言葉が存在しているのだ。


 言霊という概念があるように、言葉というものは何らかの力を持っているらしい。

 言葉は、言葉として形を成すことで、言葉の内容の事象を引き寄せてしまいかねないものなのである。



「折らなきゃ。フラグ折らなきゃ。」


「お、オリビア。可能性としてあり得ないことではないんだから。警戒ぐらいはしとこう?な?」



 この2人、RJSシーズン2の3クオーター目のとある試合で芋っていたところを手りゅう弾で一網打尽にされたという経験がある。



『こんな陰キャポジ、誰も見んやろww』


『グレ投げ込まれたら終わりだけどなww』



 そんな会話をしてげらげら笑っていた所に、完璧な角度から投げ込まれた手りゅう弾。


 手りゅう弾を投げ込んだ選手は、別チームと交戦中に索敵と牽制を兼て投げたらしく、2人ぶんのキルを拾えたのは全くの偶然だったらしい。


 手りゅう弾の事をフラググレネードとも呼ぶのだが、文字通りフラグでフラグを回収したのであった。


 偶然離れた位置にいたJoeN2が必死に順位上げのハイドを行ったことで何とかG1クラス転落の憂き目には遭わずに済んだ。

 とはいえ、賞金の発生する大会でのnoobじみた行動は多くの視聴者の腹筋を破壊し、同時に応援していた多くのファンを失望させてしまったため、炎上してしまった。


 SNS上では暫くの間フラグコンビとして弄られ続け、動画共有サイトでは該当シーンを利用して数々のMADが作られた。


 そのように、フラグ回収の恐ろしさを知る2人だからこそ、オリビアの立てたフラグを折ろうとしたのである。



「(ぽきり、ぼりぼり、ごくん。)大丈夫ですよ師団長。魔物は焚火を嫌うと言いますし、きっとグラバーもそれは同じはずですよ!それに、我々はグラバーに遭遇しても大丈夫なように装備を整えてきたではありませんか!もし出くわしたとしても、むしろ返り討ちにできるかもしれませんよ!」



 二本目の骨付き肉をやはり骨ごと飲み込んだように見えるオリビアは、フラグにさらにフラグを重ねてしまった。


 もしかして彼女は召喚士(サモナー)だったりするのだろうか。



「ねえ、待って。…何か聞こえませんか?」



 さらにそれを裏付けるかのようにアイラが言った。

 きょろきょろと辺りを見回した彼女は、両耳に手を当てて音のする方向を向いた。


 ヤタラが勘弁してくれよ…と呟いたのが聞こえる。



「…?焚火の音しか聞こえませんが。………いや、何かが近づいて来ています!」



 オリビアは、ブロードソードを鞘から抜いて立ち上がると、物音の方へと走り出した。

 思い立ってから行動するまでが早すぎる。



「だ、ダメだ!オリビアさん、行っちゃダメだ!!」



 サクラダの脳内にはフラグを回収した者の最悪の末路がよぎっていた。


 このままオリビアを行かせてしまうと、取り返しのつかないことが起こってしまうのではないか。


 そんな恐ろしい想像が頭の中を巡り続けていた彼は、思わず大きな声で叫んでしまった。


 足を止めずに夜闇に消えて行ったオリビアの姿が見えなくなって暫くの後、叫び声と金属がぶつかるような音が聞こえていた。

 そして、(とばり)を引き裂くような音が、獣の断末魔のような声が鳴り響いた。


 そして、夜闇には焚火の弾ける音だけが残った。



「オリビア…?オリビア…!?」



 呆然としていたヤタラが弾かれたように立ち上がり、さっきまで音の聞こえていた方へと走り出した。



「師団長!待って、何かが近づいて来ているわ…!」



 サクラダを庇うように立ったアイラは、彼に大杖を手渡すと、自身はブロードソードを構えた。


 ズリ、ズリ、と何かを引き摺るような音が。いわば、()()()()()()()()()()()()()()()()()ゆっくりと迫って来るような音が聞こえる。


 ハンドサインで声を上げないように指示を出したヤタラは、焚火の中から火のついた薪を拾い上げると、それを音のする方向へと放り投げた。


 薪に付いた火に照らされた何かがキラリと光る。



「ただいま戻りましたー!野生のブルーチーズゴートでしたよ!って、あっぶな!」



 青白まだらの山羊の死体を引き摺りながら焚火へと戻ってきたオリビアは、飛んできた薪をすんでのところで避けた。



「よ、良かった……。」



 サクラダはほっと胸を撫で下ろした。


 剣を構えていた二人も、安心した顔でブロードソードを鞘に納めた。



「び、びっくりした…。何もなくて本当に良かった……。」



 大杖をサクラダから受け取ったアイラは、へたりこむように地面に腰を下ろした。



「全くだよ…。ブルーチーズゴートだったとしても、急に暗闇に走っていくなよ…。」



 同じく安心した顔のヤタラは、ケロッとした顔をしているオリビアに向かって、また火の付いた薪を投げた。



「わっ、危ないですってば!…それにしても、なんでこんなところにグラバーの好物のブルーチーズゴートが…?この辺りには居ないはずなのに。」



 さて、地球という星には『フラグ』という言葉の他に、『三度目の正直』なんて言葉も存在している。


 三度重ねられた言霊は、とうとう形を成してしまったのである。




 急に、突風が吹いた。


 焚火の炎を消すほどの突風は、野営のために設置されていたテントを吹き飛ばしてしまった。



「あっ、荷物が…。」



 荷物の入った袋が倒れ、中から飛び出した書類が舞い上がる。


 突風は何度か繰り返し繰り返し吹いてきた。


 体幹を鍛えていないサクラダが、足元の見えない闇の中で何度も吹き下ろしてくる突風に抗う事も出来るはずもない。

 彼は後ろ向きに倒れてしまった。



「いててて…、というほど痛くもないんだけどさ……。」



 相変わらず鈍い痛覚にぶつくさ呟きながら体を起こした彼は、ふと顔を上げた。




 月がさらに2つ出来たのかと勘違いするほど大きな金色に光り輝く2つの瞳が彼の事を見下ろしていた。

連日投稿になってしまいすみません

序章をさっさと終わらせたいので…


※2020/11/26追記

閲覧・ブックマーク等ありがとうございます!非常に励みになっております…!

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