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閑話 聖女クラウディアの鬼退治・1

 グランドーラントの島にはかつて『オーガ』という魔物が生息していた。


 オーガは只人やエルフの3まわりほど大きな2足歩行の獣で、複数組の雌雄の群れが育児のために集ってコロニーを形成する、人間のような社会性を持った哺乳類に分類される魔物だ。頭に2本の角が生えているが、毛深くて肌が深緑の巨人と言って差し支えない外見をしている。


 とはいえ彼ら。見た目とは裏腹に分類学上は霊長類とかけ離れた生き物であることも知られている。系統樹を描いてみると、げっ歯類よりももっと原始的な哺乳類から分岐して進化してきた魔物であることがわかる。これだけ祖が遠い2種の姿がここまで似たのは、収束進化の妙であろうか。


 さて。


そんな彼らを別の表記で示すならば『食人鬼』というものが有名どころだろうか。


 名は体を表すというが、食人鬼という呼び名もそれに当てはまっている。


 肉食性であり、かつ嗜好性が魔素含量に依存しがちな彼らオーガは、古来より魔素を豊富に含み、かつ歩留まりの良い『人間』を餌として好む傾向にあったのだ。道具や魔法技術の発展により頂点捕食者の座に立っていた人間たちも、彼らに不意をうたれてしまった日にはただの被食者と成り下がってしまうのである。


 ちなみに、オーガの棲む地の軍隊は強い、なんて話がある。それは、そこに住まう者達がオーガに食われないために執ってきた徹底的な集団行動が偶然にも戦争技術に結び付いたというだけである。余談ではあるが。


 さて、話は戻ってグランドーラントの島。


キバウサギがうつぶせに寝そべっているような姿をしたグランドーラント本島と、周辺の島々を含めてグランドーラントの島と呼ぶのが昔からの習わしである。今回はそんなグランドーラントの島の内の1つ、とある島を舞台にしたお話である。

 昔々。とある島に小さな村があったそうな。


 本当に小さな村で、30人ほどの村人たちが、畑で野菜を作ったり海で魚を取ったりして暮らしておった。


 小さな村の中でずっと助け合って生きてきた村人たちは、まるで大きな一つの家族のように仲が良かった。誰かが困り事を抱えていた時にはみんなでそれを解決し、誰かに祝い事があればみんなでそれを祝っておった。


 さて。そんな仲良したちがいつものように楽しく暮らしておったある日のこと。漁に出ておった村の若者、フェートレス之介が慌てた様子で海から戻ってきた。



「見たこと、のない船、が何艘、も…。」



 フェートレス之介の言葉を聞いて集まってきた村人たちは、フェートレス之介の案内に従って海の見渡せる岬までぞろぞろと向かって歩いていった。


 確かに、彼j…じゃなかった。彼の語る通り、村の者達が使っておる小さな木船とは建造様式の異なる中くらいの木船が、島の湾に向かって、どんぶらこ、どんぶらこ、と流れて来ておるようじゃった。


 物知りの者がジゴク竹の双眼鏡でよくよく見てみると、船に乗っているのは隣の島にある村で暮らしている者達であることに気付いた。船に彫られた紋様もそうであったのだから間違いはないようじゃった。


 隣島の彼らがわざわざこの島に渡ってくることは少ないが、年に数度は物資のやり取りや交友を育むことがある。今回もその例に漏れないのではないかと皆が考えておったら、どうもそうではなさそうだ。



「おね…お兄ちゃん、ふねに穴開いてるよ。それに、なんだかみんな、すごく疲れてるみたい。」



 いち早く船の上の隣村の者達の様子に気付いたのは、フェートレス之介の妹のおミヅであった。


 なるほど、確かに彼女の言葉どおり。船の船体はボロボロで、板で船体に開いた穴を急遽塞いできたかのような補修の跡が見て取れる。そんなボロ船に乗っておる者達の顔もまた疲れ切っておる。というよりもむしろ、沈鬱そうな青い顔がいくつも並んでおった。


 まるで何か恐ろしいものから逃げてきたような様子に、村人たちは慌てて船を出すことにしたのじゃった。


 さて。


 いざ沖から島へと隣島の者たちを連れ帰ってみると、彼らは堰を切ったかのように泣き始めた。泣く者たちをどうにか宥めて話を聞いてみると、彼らは口を揃えて、『鬼が出た、みんな食われた』と語った。


 『鬼とはすなわち、オーガという肉食の魔物のことだ』。誰かがそう言った。


 人を除いた魔物の中でも比較的高度な知能を持つオーガは、稀に流木などを繋いで筏状の乗り物を作り、生息域を拡大しようと図ることがある。碌に兵などもおらん田舎の漁村なんぞに漂着された日には、一夜にして村が滅びてしまうこともあるようじゃ。



「俺らン村はもう終わりなんだぁ…。ガキたちが、皆ィんな連れてかれちまったんだ、あいつら、ガキたちをおやつにボリボリ喰っちまったに違ェねえ…。おっ父も、おっ母も、俺の目の前で食われちまったんだ…。他にも、戦士が何人も食われた…。」



 悄然とした表情で嘆いたのは、この辺りの島々でも有名な弓の名手じゃった。この男は隣島にある神殿の神官の息子で、いつもは自信に満ち溢れている者じゃった。しかし、オーガに歯牙にもかけられなかったことで折れてしまったのであった。



「…否、子供たちだけならばまだ間に合うかもしれん。奴らは、儂らが獣を肥やすように、人を肥やすからのう。()()()()()()以上、食うところの少ない子どもたちをすすんで喰うようなことはなかろう。つまり、反撃するなら早い方が良え。」



 酷くしゃがれた声でそう言ったのは、島で唯一の純エルフであり、長老を勤めているラルポン衛門だ。ラルポン衛門はそう言うと、皆が集っておる広場のすぐ隣にある小屋に向かって『おうい』と声を投げかけた。



「おうい! 儂の娘、クラウディアや。出ておいでなさい。」


「うっす。んぎぎぎ…。マジで建て付け悪いな、ココの扉…。」



 ラルポン衛門の声が響くや否や、掘っ立て小屋の扉がガタピシと音を立てた。ドラゴンが立ち込めた霧の中から出てくるように、舞い落ちる埃の奥から姿を現したのは、齢15ほどの小娘であった。



「ゲエッホゲッホ!!!…あー、埃っぽい。お呼びっすか、父上。」



 軽薄な言葉と共に現れたその娘に、泣いていた隣島の者達はざわざわとどよめいた。


 その娘の髪は父親の純白の白髪とは違い、まるでボアエイプの首を斬った時に噴き出した血潮のように赤かった。それに、本来の美貌にギラギラとした銀飾りを刺したり挟んだりしておった。両耳からはそれぞれまるで5本の角が生えているかのような銀の棘が付きだしておった。


 オーガとはまた違ったベクトルでの悪鬼を連想させられるような娘の登場に、隣島の者達が驚いたのも無理はあるまい。



「この者はな、儂の実の娘のクラウディアじゃ。ちいと島の外へやっとったんじゃが、つい先日、旅を終えて戻ってきてのう。魔法が得意で、行く先々で『聖女』なんぞと呼ばれておったようじゃ。」


「「「「聖女…?」」」」



 古今東西、今も昔も、世界中の様々な場所で、『聖女』とか『聖人』なんぞと呼ばれる者がおる。干ばつに苦しむ土地に雨を降らせた者や、民を苦しめる悪竜を倒した者など、自らを省みずに何らかの形で人を救った者こそがこのような名で呼ばれるものだ。


 とはいえ、そのように聖女・聖人と呼ばれる者たちは、『聖』の字を冠するだけあって神秘的で静謐な姿をしているとイメージされがちじゃ。少なくとも、似姿として伝えられる似顔絵なんぞは本人がどんな格好をしていようとも法衣やら白い服なんぞを着せられるもんである。


 ゆえに、クラウディアのことを知らぬ者達は困惑したのじゃ。よもや、この軽薄そうで禍々しい相貌の小娘が、よもや聖女の名を受けるほどの人物とは思えなんだ。



「さて、クラウディアよ。ちょっと隣島までお使いに行ってくれんか?」


「隣島…? 何しに行けばいいんすか?」



 隙間風吹き通しな掘っ立て小屋の中に居たのに、隣の広場で起こっていた騒動のことは把握していないようである。その厳つい耳飾りが聴覚機能を阻害しておるのではあるまいか、人々は首を捻った。



「鬼退治、じゃ。ほれ、パパっと行ってこんかい。」


「俺を何だと思ってんすか。ああいや、俺じゃなくてなんだ…、その……私?」



 クラウディアは父親の言い放った言葉に呆れかえった顔で肩を竦めた。


 それはそうじゃ。突然、着の身着のままでオーガ退治に差し向けられることなんぞ、まずないもの。いかに人智を超えた聖女と言えど、それは同じである。



「いやまあ…。急すぎるのは百歩譲って良いとして、まさかのソロっすか。さすがにキツいっす。」


「ふむ…。そうか、では、ニア五郎。例の物を持ってくるのじゃ。今朝、お前に作らせたアレじゃぞ。」


「はい、叔父様。アレでございますね。」



 ラルポン衛門はそう言うと、面倒を見ている甥っ子に声を掛けた。


 ラルポン衛門の甥っ子はひときわ大きな家の中に姿を隠したと思うと、すぐさま何かの入った袋を持って来た。そして、一同の眼前ですっころんだ。



「あーあー…。ニア五郎さん、大丈夫っすか?」


「…お嬢様。どうぞ、こちらをお持ちになってください。あと、私の方が年上なので、舐めるのも大概にしてください。」


「えぇ…。」



 何故か切れ気味のニア五郎から包みを手渡されたクラウディアは、ふと包みの口を解いてみた。そして、その中を覗き込むと、怪訝げな眼差しでラルポン衛門の顔を見た。



「…なにこれ、ホウ酸団子?」


「どうして毒団子なんぞ渡すものか。これは、ミレット団子じゃ。これを駄賃にすれば、魔物を従えることが出来るはずじゃ。理屈は儂にも分からんけど。」


「あっ…『衛門(えもん)』ってそういう…。」



 ラルポン衛門は毎晩、占いをすることを日課としておる。占いの結果に応じて行動することで、様々な恩恵を受けておったのだ。そして昨晩の占いでは『ミレット団子を用意しておくのが吉』と出たので、料理上手のニア五郎に用意させていたのであった。



「ほれ、受け取ったらさっさと準備せんかい。島までは儂の船で送ってってやるから、向こうで適当な魔物を見繕ってくるんじゃ。明日の正午、明後日の正午に様子を見に来るから、事が終わっとったら上陸地点付近に待機しておれ。」


「明後日の正午も終わってなかったら?」


「明々後日の正午でも、弥の明後日の正午でも、お前が仕事を終わらせるまで迎えに行くさ。」


「…うっす。」




 ▼ ▼ ▼




 斯くして聖女クラウディアは、故郷の島を離れて隣島までやって来た。


 接岸ポイントを探すために島の周囲をぐるりと船で回ってみた所、ちょうど村のある地点の反対側の砂浜にオーガ達の使った物だと思われる筏状構造物が投棄されておった。それを踏まえて、クラウディアの上陸地点はオーガとの遭遇率の低そうな東部山側のなだらかな岸壁になったのじゃった。



「それにしても、無茶苦茶言うよなぁ…。謎の説得力があったから思わず引き受けちゃったけど、普通に考えてわけわからん…。なんだよ、『キビ…』じゃなくて『ミレット団子をあげて魔物を仲間にする』って…。何太郎だよ。俺、今回は女なんだけど? ですわよ?」



 ぶつくさと文句を言いながらクラウディアが歩いていると、にわかに茂みが騒がしくなってきた。



「えっと…、原作だと順番はどうだっけ。犬から?」



 おそらく、魔物が出たのだろうと考えたクラウディアは、腰のベルトに結わえ付けたミレット団子の袋をもそもそと探り、ミレット団子を1つ取り出した。



「えー、わんわん。団子ヨロです。」


「うわ、出た。」



 茂みの中から出てきたのは、黒地に青いラインが何本か入った大きな犬じゃった。足がすらりとしており、胸もすらりと…ゲフンゲフン。ともかく、大きくてすらりと足の速そうな犬じゃった。



「はい、団子。」



 クラウディアは犬の前に半紙を敷くと、そこにミレット団子3つを縦に積み上げて乗せた。



「あざ。」


「…あれ?」



 青黒い犬は団子1つを右手に、もう1つを左手に掴むと、残りの1つを口に頬張りながらもごもごと礼を言った。そして、踵を返してしまったのじゃった。


 困ってしまったのはクラウディア。聞いていた話と違ったので、犬の肩を掴んで引き留めてようとした。



「…何すか?」


「いやぁ、その。ちょっと力を借りたいなー、って…。」


「…何すか?」



 あからさまに嫌そうな顔をする犬に、クラウディアはこの島に来た事情を説明してやった。嫌そうな顔をしていた犬は、彼女の話を聞いてさらに嫌そうな顔を深めたのじゃった。



「えぇー…。知らんわ、人間の事とか。この島の奴ら、石投げてくっから嫌いなんだよなぁ。」



 尤もな反論を返してきた犬に、クラウディアはどう説得するか、頭を押さえた。



「…でも、ほら。この島の人間が全部喰われたら、次は犬さんら野生動物の番っすよ?」


「野生動物言うなや! んなこと言われても、わたしは1人でどこへなりとも行けるし。・・あ、1()ってのは言葉の綾ね。」


「ああ、そういう感じっすか…。」



 聞けば、この犬は魔法を得意としているらしく、海を越えたり自衛する術を身に着けているのだそうな。既にオーガに出くわした経験もあるらしく、取り逃しはしたものの、撃退には成功しているのだと語った。



「うーん…、そんな話を聞くとますます力を貸してほしくなるっすけどねぇ。…君が欲しい(イケボ)っつって。」


「…ッ。」



 クラウディアの心を込めた説得に、頑固だった犬もとうとう我を折ったのであった。


 いや、客観的に見てそんなに頑固じゃなかったかもしれんし色眼鏡の要素が多大にあったのかもしれんが、ともかく、犬は協力してくれることとなったのじゃった。


熱を出した時に見た夢

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