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34.モンテルジュ伯爵家とキャプレット侯爵家

「オリっぴー、起きろー。入電じゃーい。」


「……ヒトミぃ、煩いです…。…あと、“にゅうでん”って何です…?」



 会議がお開きになったのは裾野がだんだんとオレンジ色に染まり始めた頃だった。


 小難しい話を聞きながらうつらうつらと頭を揺らしていたオリビアは、耳元で自分を呼ぶ声によって目を覚ました。


 彼女を起こした声はヤタラである。頭に2匹の蝶を止まらせた背の高い彼女は、オリビアの前にしゃがんでその紺と黒の頭を差し出した。



「なんで頭に…?」


「わからん。昨日使ったシャンプーのせいかな…。ほれ、はよ目ぇ開けて読めれ読めれ。」



 彼女の頭に停まった蝶の正体は伝書蝶である。


 そのうち1匹は鱗粉の模様に文章が現れる品種のようだ。閉じた羽根から鏡文字が透けて見えている。もう1匹は腹部が長い品種であり、長い腹に飛行を邪魔しない長さの紙が巻き付けられている。



「長腹種は本部から集落宛に送られてきたヤツ。たぶん、昨日の会議に関係する奴だと思うよ、わたしんとこにも同じのが来たし。んで、羽信種はおまえ宛に届いたヤツ、クラーダ君からな。」


「く、弟子(クラーダ)から!?」



 最後の文言を聞いて慌てて目を開いたオリビア。慌てすぎて机の下で隣の椅子を力強く蹴ることとなった。



「意外と頑丈だなぁ、この椅子…。ここの特産品にすればいいんじゃないの?」



 オリビアの強力な蹴りを食らって派手な音を立てた椅子は意外にも無傷であった。感心したように椅子の足を撫でたヤタラは、振動に驚いて頭から飛び立った2匹の蝶を素手で素早く捕まえた。



「ほいっ、と。蝶を掴んで鱗粉が付かないってのも変な話だよな…。さっさと読んで?」


「いたたた…。あ、ああ…、すみません。ありがとうございます。」



 一先ずクラーダからの私信、すなわち羽信種を受け取ったオリビアは、蝶の触角を撫でて羽根を開かせた。青色の幻想的な燐光を放つ鱗粉が文字の形になっており、黒い羽根の上で浮き出している。



「なるほど、なるほど。…後でフェートとミヅクシに伝えに行かないと。」



 クラーダからの蝶には、返信が遅くなったことを詫びる言葉の後ろに、フェートレスの雇用を前向きに検討すると記されていた。雇用条件は追って連絡すると書いてあったが、狭い蝶の羽根の上では長文での連絡は難しい。仕方のないことだ。


 とりあえず、近日中に迎えの馬車を送ると書いてあったので、後ほどフェートレス達に急遽荷造りをするよう伝えておくことにした。



「それにしても、いつの間に文通する仲に…。しかもわたし、その話聞いてないんだけど。」


「のぞき見はマナー違反ですよ! えー、次は本部からでしたっけ。」



 蝶の積載量ギリギリの厚みをした書状を受け取り、畳まれた皺を伸ばす。蝶に運ばせるために特殊な製法で作られた薄い紙だ。気を付けないと簡単に破れてしまう。


 やっとのことで開いた書状には、本部の統括責任者と騎士団長、そして軍務省の大臣の判が捺されていた。そこには予想通り、中央議会で決定されたネヴァンファミリアの対処に関する決定事項が記されていた。


 要約すると、ネヴァンファミリアは国内の貴族家・モンテルジュ伯爵家を後ろ盾に付け、内乱を引き起こそうと企んでいるらしい。手始めにこの集落を襲撃し、王都侵攻への第一歩とする可能性が高いということだ。


 モンテルジュ伯爵家といえば、つい先日も魔王軍に支援を行っていた可能性があるとして立ち入り調査を受けていた家である。



「魔族へ支援していたわけではなくて、賊に財政協力していたというわけですか。救いようのない下種ですね。」



 オリビアはその端正な顔を嫌悪に歪めた。


 ここで少し、歴史の話をしよう。


 モンテルジュ伯爵家の歴史は古く、その起こりを辿っていくとヴァイオレット王朝勃興以前から存在する家系に辿り着く。彼らの前身となった家系は前王朝に絶対の忠誠を誓っており、ヴァイオレット王朝軍の起こした革命の際には前王朝軍として悪逆非道の限りを尽くしたのだという。


 民への攻撃も顧みぬ猛攻にヴァイオレット王朝軍はほとほと手を焼いたが、旧モンテルジュ家の派閥の内、不遇に遭っていた分家が当主の助命と引き換えにヴァイオレット王家に加担したのである。


 結果的に彼らの寝返りは戦況にほぼ影響しなかったものの、当時の王朝は分家の功績を認め、当主を聖ヴァイオレット王国の貴族・新生モンテルジュ侯爵として認めたのであった。


 ところで、当時は侯爵家であったモンテルジュ家が、現在では伯爵家まで落ちていることにお気づきかもしれない。


 実はここがオリビアの憤っている点の1つなのである。これはモンテルジュ家がこれまでに何度も問題を引き起こしてきたがゆえの事なのだ。


 税収の詐称に始まり、軍務の怠慢、海外貴族との経済的癒着。決定的な証拠こそ出なかったものの、今回のように犯罪組織に出資していたこともあったようだ。


 他の貴族家であれば改易されていてもおかしくはないところだが、モンテルジュ家は建国の立役者 (ということになっている)。議席を減らしたり、一段階だけ爵位を降格する程度の罰しか下せなかったのである。


 余談ではあるが、モンテルジュ家を告発するのはたいていの場合が同じく古い侯爵家のキャプレット家であった。こちらは革命の際にはじめから聖ヴァイオレット王朝側に付いていた家であり、そのためか両者の折り合いは伝統的に悪かったのである。


 そして、モンテルジュ家が侯爵家から伯爵家へと降格した時を皮切りに、その亀裂は完全な溝となったのであった。今のところは両者に大義名分がないため戦争になっていないだけで、小競り合いレベルの戦闘であれば何度も起こっているのだ。



「モンテルジュ家といえば、ロミア殿の実家ですね。彼は大丈夫なのでしょうか…。」



 先日、共に老飛竜グラバー護衛任務に就いていた騎士ロミアは、モンテルジュ本家の3男である。参考人として捕縛されていてもおかしくはない。



「ロミアに関しては、モンテルジュの計画を知らんかったようじゃ。無実であると儂は信じておるし、その証拠もある。ただ、状況が状況じゃから、カリバーフォードの拠点内で待機させておる。周りには軟禁と伝えておるが、自由にさせておったら文句を言いだす者がおるからのう…。」


「ラルポン師団長…。 すると、ロミア殿は無事なのですね? 安心しました。」



 ずっと椅子の背もたれに体を預けて黙っていたために気付かなかったが、ラルポンは会議が終わってからもずっと会議室で書類を睨んでいたらしい。少し疲れを細い目に滲ませつつ、彼女は体を起こした。



「ジュリエッタも一緒に放り込んどるから、退屈することはないじゃろうの。むしろ、励んでおるやもしれん。励んで、な…。」


「ほい、ティッシュ。」



 ラルポンの話から性的なものを連想してしまったオリビアは、例によって鼻血を垂れ流した。彼女はヤタラから受け取ったチリ紙を鼻に詰め込み、咳ばらいをして口を開いた。



「お見苦しい所をお見せしました。話は変わりますが、ジュリエッタ殿を狙っていた者の正体も、ネヴァンかモンテルジュの手の内の者だったということになるのでしょうか。モンテルジュ家の狙いにキャプレット家への復讐があるのだとすれば、辻褄が合うように感じるのです。」



 彼女が話したのは、グラバー護衛作戦中に第8駐屯所長から受け取った報告書に関することである。


 キャプレット家の娘であるジュリエッタを殺害し、モンテルジュ家にその罪を着せることで国家転覆の布石としようとする犯罪組織の存在。この組織をネヴァンファミリアと仮定すれば、色々な点が繋がっていくのである。


 それにしても、議会からの書簡とはほんの少しのズレがあったが、第8駐屯所長からの手紙は現在の状況を予言しているかのようだった。根幹のところが分からない時点であそこまで推測できていたと考えれば大したものだと言えよう。オリビアの脳裏で第8駐屯所長が得意げな笑みを浮かべて消えていった。



「うーん、まだ何とも言えないなぁ。ねえ、婆さん。」


「そうじゃのう…。ジュリエッタもまた、可哀そうな子でな。キャプレットから異端児扱いされとる。あの子をモンテルジュが殺したところで彼奴らには何も響かんじゃろうな。つまり、もちろんネヴァンの仕業かもしれんが、別組織の仕業という線もあるということじゃ。」



 ヤタラもラルポンも、オリビアの意見に対しては否定的だった。2人とも確定的な証拠が得られるまでは動かない質なのである。



「なにはともあれ、襲撃に備えるにはもうちっと時間がかかりそうじゃな。ここにはできるだけ内密に来たつもりじゃが、奴らが儂の王都不在に気付かんはずもない。逆に、向こうも準備にさらなる時間を要するようになったと考えたいところじゃが…。」



 ラルポンはそう言って、顔の前で手を組んでその上に顎を乗せた。



「…今日から作業のペースを早めよう。まずは住人たちの避難かな。婆さんたちが加勢に来てくれたし、防衛戦で負けることはないと思うけど、素人はぜったい邪魔になるし…。」



 言葉選びこそ辛辣であるが、ヤタラは本気で住人たちの身を案じているのである。


 小規模な集落である上に過剰なまでの防衛戦力が集中しているため、手が届かなくなることは少ないだろう。だが、住人たちがイレギュラーな動きをする可能性もある。そうなると彼らを守り切れないので、万が一を取って避難させるということになったのであった。



「受け入れ先、あるかなぁ…。だって戸籍ないんでしょ、あの人ら。本部の奴らも偉そうなこと言う前にそういうとこを優先してほしいよな。」



 ぶつくさと文句を垂れたヤタラは、そう言って部屋の中をきょろきょろと見渡した。



「まだ戻ってないのか、アイラ…。」


「そういえば見当たりませんね。あの子はいったいどこへ?」



 彼女の言葉でようやくアイラの不在に気付いたオリビアは、未だに寝ぼけている。



「あいつは蝶の返事を書いてるんだと思うよ。」


「なるほど、フィアンセ様との甘いひと時というわけですか。」



 集落に来てから、伝書蝶の個人的なやり取りを一番行ってきたのはアイラであろう。彼女は婚約者から高頻度で届く連絡に毎回律儀に返信していた。


 しかし、ヤタラはオリビアの言葉に対し、首を横に振って答えた。



「いや、クラーダ君からだってさ。」



 ガタン。


 突然鳴り響いた何か硬い物がぶつかる音に、剣の柄へと手を添えたオリビア。そんな彼女は一瞬の後、向う脛に走る痛みに悶えることとなった。



「何やってんの…。オリビアが想像してるような事じゃないから安心していいよ。なんか、『魔法について聞きたいことがある』って質問が来たんだってさ。」


「痛い、痛い…。あ、ああ…、なるほど。勤勉なことですね。ということは、流れ的にあなたのところにも何か連絡が…?」



 魔法の事ならば師匠である自分の方にも質問をよこしてくれればいいのに、と軽いジェラシーを感じつつ、オリビアはヤタラの顔をちらりと見た。そして、無言で口をへの字に曲げているのに気付き、直前の発言を後悔した。



「…なにか、彼への伝言があれば、蝶に添えておきますよ。」


「同情すんなや…。用があったら自分で連絡するし、今は用が無いから伝言もないよ。気ぃ使ってくれてありがと。」



 少し寂しそうにそう言ったヤタラは、ラルポンに礼すると肩を落としながら部屋の外に出ていってしまった。



「そうか、お姫さんまでも…。やれやれ、ニアの敵はずいぶんと多いのう。」



 さっきからずっと黙って2人の話を聞いていたラルポンは、頬杖して組んでいた手を解くと椅子を立った。



「いやあ、今日も疲れた疲れた。わしゃあ今から寝るぞい。オリビア嬢もやる事がないんじゃったら仮眠でも取るとええ。なんせ、今日からしばらく碌に眠れんと思うからな。」



 馬鹿のように大口を開けて大あくびをしたラルポンは、どこからともなく取り出した大きな飴玉をオリビアの前に置いて、部屋を後にした。


 オリビアは相変わらず開ききらない眼を擦ると、テーブルの上に残された飴玉を口の中に放り込んだ。刺々した表面のザラメが口の中を刺しまわり、唾液に溶けたひたすらに甘い味が傷口に沁みた。


 剥がれた口内の皮膚を舌で弄りつつ、私室に戻った彼女は、2時間かけてクラーダへの返信をしたためた後でベッドに潜り込んだ。




 そして、オリビアが次に目を覚ました時、周囲の者達はてんやわんやしていた。彼女が寝ている間に、ネヴァンファミリアと思しき武装勢力が、早くも集落の方向に目掛けて進行し始めたという報告が入ったのである。


 ラルポンの予言通り、しばらくは十分な睡眠を取れない日々が続くことになったのであった。


羽信種の伝書蝶は羽根にでかでかと文章が現れるためプライバシー保護能力に欠いています。いちおう訓練はされているので、滅多なことでは捕獲されませんが、見られて困るような連絡には使うべきではありません。ただ、飛行速度は速いので、覗かれても困らないような短文の私信などに向いています。

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