32.渡り烏と敗戦の記憶
門の方に足を運んでみると、2人の人物が向き合っていた。長い白髭に埋もれかけた眼を困ったように細めている長老狩人と、傷だらけの無表情な顔に面倒臭さを滲み出したダークエルフである。
ダークエルフ、すなわち第4師団長のラルポンだ。
ラルポンの後ろには、10人ほどの騎士たちがマーウーに跨って隊列を成している。10人程度とはいえ、第4師団の者がこの集落に寄るという報告は入っていなかったはずだ。
建物の陰から様子を伺っていたオリビアとアイラは、事情を読めぬままに顔を見合わせた。そして、フルフェイスマスクの上から送られてくる騎兵たちの視線を受け、姿を現すことにした。
「ラルポン第4師団長閣下、お久しぶりです。第3師団剣士長オリビア・フォーサイス、ただいま参上いたしました。お出迎えができずに申し訳ありません。」
「同じく、第3師団魔法長のアイラ・フリズベルグです。お困りのようでしたので、お声をかけさせていただきました。なにか、お力になれることはありますか?」
ラルポンとは見知った仲ではあるが、公式的には目上の相手である。集落の住人達にラルポンの身分を誤解させないためにも、あえてフォーマルな挨拶を送ったのであった。
「おぉ、オリビア嬢にアイラ嬢か! 僻地での任、ご苦労様じゃと言わせてもらおうかの。ご機嫌はいかがかな?」
眉の根を顰めていたラルポンは、2人の挨拶を受けると、ふっと表情を和らげた。実際には、彼女の無表情は殆ど揺らいでいなかった。それでも表情を変化させたことが伝わってくるので不思議である。
「クラーダからの蝶で知ったが、第4師団の者らがずいぶんと迷惑を掛けたようじゃのう。いや、今も現在進行形で掛け続けとる、と言うべきかな?」
大袈裟に肩を竦めて見せたラルポンはそんなことを言いながら、射貫くような鋭い左目を瞑って見せた。つまりウィンクである。愛嬌のある仕草なのだが、人相の悪さゆえに子どもが泣き出しそうな絵面になっている。
恐ろしげな形相に思わず気圧されそうになったオリビアとアイラだったが、ふざけている場合ではないので、愛想笑いを返すに留めておいた。そして、そんな彼女の口振りや騎兵たちの重装備から、すぐに彼女らの訪問理由について思い当たったのであった。
「カラスの件、でしょうか。」
「さあて、なんのことやらわからんのーう。」
お道化てその長い耳を上下にピクピクと動かしたラルポン。
つまり、そういうことなのであろう。
第4師団の師団長が自ら兵を率いてくるような事態になった理由はこれでよくわかった。
とりあえず、いつまでも門を塞いでいるわけにもいかない。住人たちに騎兵たちの素性を保証してやり、ラルポンを第3師団が使用している空き家へと案内することにした。
手持無沙汰になった騎兵たちはとりあえず集落の敷地内に誘導しておく。同時に対応するのは不可能なので、先日やって来た増援騎士で手が空いている者に押し付けておくことにした。
要件が要件であるため、外から聞き耳を立てられないような部屋へと向かう。
無感情な顔で集落の様子を眺めていたラルポンは、特に何かを言うこともなく、案内されるがままにオリビアとアイラの後ろを付いてきた。
「あたし、お茶を入れてきますね。」
ラルポンの事があまり得意ではないアイラは、お茶汲み業務を名目として逃げていった。取り残されたオリビアは、肝心な時に席を外している上司の事を恨めしく思った。
「えっと…。ヤタラ師団長は、周辺の警戒・調査任務ゆえに留守にしています。そちらの作戦に支障が出ないようでしたら、私が対応させていただきますが…?」
明後日の方向の壁に開いた虫の穿孔痕を気にしていたラルポンは、そこに土魔法で作った栓を詰め込んだ。そして、部屋全体の密室性を確認し終えると、口を開いた。
「おお、そうじゃそうじゃ! カラスで思い出したんじゃが、最近、騎士団長と茶を飲む機会があってのう、その席で興味深い話を聞いたんじゃ。」
「はあ、団長閣下と…。私もヤタラ師団長のお供として、団長閣下のお茶会に参加したことがあります。あの方は細やかな気配りのできる御仁ですから、その日の茶会も素敵なものでした。…して、興味深い話というのは?」
おもむろに始まった世間話は、話の枕なのだろうか。
脈絡のない切り出しだったが、もっと脈絡のない話をする人間が身近にいるため、オリビアは特に気にせずに話を合わせた。
「なあに、どうでもいいようなことなんじゃ。ただ、お前さんらやこの集落の者らには、ちょっとばかし関係があるかもしれんからな。耳に入れとこうと思うて。なんでも、畑を荒らす悪い渡り烏が、舞い戻ってこようとしとるとか。この辺りで巣を張りたがっとると聞いたぞい。」
言わずもがな、彼女の言う渡り烏とは鳥類のワタリガラスのことではない。ここしばらくの間、集落を騒がせている赤いカラス紋の犯罪組織を指しているのである。
「巣を張ろうとしている、ですか? 本部へ伝達した通りで、古巣であれば既にこちらで3つほど発見しています。巣の中でヒナが死んでいましたし、ここを捨ててどこかへと渡っていったものだと解釈していたのですが。」
『渡り烏』改め、ネヴァンファミリアの旧拠点は、先日にオリビア自身が発見した洞窟を初めとして、新たに3つが発見されていた。うち2つ、すなわち一番初めに見つかった洞窟と3番目に発見された掘っ建て小屋に関しては、内部や周囲で複数人分の死体が発見されたのである。
調査に当たっていた騎士たちは、彼らがこの集落付近の拠点を放棄したのだと結論付けていた。オリビアらの考察もおおよそ重なっていたため、それを行動の指針にしていたのだ。
それが、今になって覆されようとしているのである。
「ラルポン師団長が直々にいらしたということは、既に王都の方で何らかの動きがあったということでしょうか?」
「いいや。ただ、うちの調査部がちょいっとな。……たぶん3日もすれば、きゃつらの準備が完全に整うじゃろう。まあ、お前さんらがいる以上、心配はしておらん。ただ、第3師団の頂が集っとることを知った上で、ここを攻めようとする者共じゃ。何やら、奇策を衒うつもりやもしれんのう…。」
そう言われて、オリビアは先日の矢文のことを思い出した。
初めて洞窟拠点を発見した日の事。つまり、フェートレスが鏑矢を射かけられた日の事である。
矢文を拠点へと持ち帰り、細心の注意を払いながら柄に結わえられていた手紙を開いてみたところ、その中に記されていたのは、騎士団を糾弾するような内容の匿名文書であった。
文には、騎士団が戦力を独占しているだの税金を浪費しているだのという言い掛かりばかりが書かれていた。だが、違和感に気付いたヤタラがそれを識者に詳しく調べさせたところ、暗号化された別の文章が浮かびだしてきたのであった。
その文章もまた内容のカラッポな誹謗中傷であった。暗号解読のために時間を浪費させられたために、こちら側の士気が多少なりとも下がることとなったのであった。
なお、あまりにも口汚い台詞であったため、ここでは本文と翻訳文を割愛するものとする。
「てっきり『外周都市を攻める』という煽り文句だと思っていたのですが、こっちが目的ですか…。こんな辺鄙な廃村を攻めて、一体なんになるというのでしょう。」
ともかく、ラルポンの調べによると、この集落をネヴァンファミリアが襲撃してくるということに間違いはないらしい。
であるからこそ、逆に彼らの真意が測れないのである。
かつてここにあった村落が廃村になっていることからもわかるように、この場所には何もないのである。
地質が絶妙に悪いので、農業に特別適しているというわけでもないし、林業にも適していない。鉱床や特産品があるわけでもない。交通の便は悪いし、景観もつまらないので、観光産業や運送事業にも向かない。
後ろ暗いネヴァンファミリアからすれば、人目に付きにくい廃村はアジト向きなのかもしれない。だが、そのような場所など王国内にいくらでもある。期限付きとはいえ、わざわざ厳重な騎士団の守りに挑みに来る価値があるというのだろうか?
「なんだか、思ってたよりも大きなお話になってるんですね。…カリバーフォード村には埋蔵金が埋まってるなんて噂を聞いたことがありますけど、この村の地下にもなにかあるのかしら。あ、お茶どうぞ。」
いつの間にか部屋に戻ってきていたアイラが、紅茶の入ったカップを机の上に置きながら会話に参加してきた。ちなみに、この集落の地下に地下空洞が存在するというような事実はない。
「んー…。案外、村の下に古代兵器でも埋まっとるんかもしれんのう。国土を焼き尽くし、大陸をひっくり返しかねんような、物凄いやつが…な。まあよい。続きはお姫さんが帰ってきてからにしようかの。」
紅茶に砂糖をスプーン6杯分入れたラルポンは、カップを回して赤褐色の渦を作った。白磁の底に沈んだ薄灰色の粒が、水流に乗って竜巻のように立ち昇った。
熱い紅茶に飽和して溶け残った砂糖の粒に無感情な視線を向けた彼女は、カップの縁に唇を付けると、たちまち顔を顰めた。
「うおっ、甘っ。新婚生活もかくやというほどに甘いのう…。儂の姪もいつまでも甘ったれとらんと、さっさと仕掛けてくれればええんじゃが…。」
「お疲れですか? よかったら、新しいのを持ってきますけど…。」
常軌を逸した砂糖の投入量にアイラは困惑していた。そして、きっとラルポンは疲労しているがゆえにこのような暴挙に出たのだと理解することにした。
実際に、ラルポンとその部下たちは、前日まで別地域で魔族の侵攻に対応していたらしい。そのまま集落まで直行してきたというのだから、疲労も溜まっていることだろう。
ただ、この場においてラルポン以外は知りえないことだったが、彼女の飲む紅茶とはだいたいいつもこのような糖度なのだ。
「そうじゃ、肝心なことを忘れとった!!姪の話で思い出したんじゃが、本題がまだじゃったわい!」
「へっ…?」
てっきり、ネヴァンファミリアがこの集落を攻めてくる事こそがラルポンの来訪の理由だと信じ切っていたオリビアは、間抜けな声を発した。
よくよく考えてみると、ラルポンは一度もそのようなことを断言してはいなかった。彼女の曖昧な言葉に巻かれたオリビアは勝手にそうなのだと思い込んでいたが。
「ネヴァンの事なら本部からいくらでも蝶が飛んで来とるじゃろう。紛らわしいし、わざわざ儂がノンアポで訪れたりはせんわい。」
ラルポンはオリビアの反応を見て、わずかな微笑を浮かべた。『微笑』の前に『わずか』が付くほど僅かな揺らぎだったのだ。
「本題とは言ったものの、こっちの方が余程どうでも良いような事なんじゃがなぁ…。かといって、捨てきれんと言うか…。用と言うか、頼みがあるんじゃ。」
「はあ、第4から第3への依頼ということでしょうか。 それこそ、うちの師団長が戻ってからの方がよろしいのではないかと。」
「ああ、そういうわけでもなくてじゃな。いや、捉え様によってはそうとも言えるかもしれんが、どちらかといえば個人的な用件なんじゃが…。」
勿体ぶっているというよりも、奥歯に物が挟まったように言いづらそうにしているラルポン。彼女がこのような様子を見せるのは非常に珍しいため、オリビアはいったいどんな無理難題を押し付けられるのかと身構えた。
「オリビア嬢、いや、オリビア卿。頼みというのはほかでもない、貴公に向けたものでな。第3師団で剣士長をやっとる貴公にしか頼めぬもんなんじゃ。」
「…私ですか。それはつまり、私を第4師団の客将として招聘していただけると?」
前衛剣士としてのオリビアの実力は、騎士団内部でも上から数えた方が早いぐらいである。そのため、他師団主導で行われる作戦においても、彼女の戦力を頼って助力が依頼されることがたまにあるのである。
「いいや、大規模戦闘を含む作戦を計画しとるわけではない。前回ので失ったものが多すぎたもんでのう…、当分は国内で大人しくさせてもらうさ。」
1年前、とある戦地。
第4師団は魔王軍に大敗を喫することとなった。
魔王軍の考案した新兵器が悪天候に嵌ったことや戦力の分散、物資枯渇や避難に非協力的な現地の住民たちといった悪条件が重なった不幸の結果ではあるが、敗北は敗北。防衛線に掛けては負けなしと言われていた第4師団が撤退戦を余儀なくされたのだ。
幸いと言うべきか、師団の要である師団長ラルポンとその直属部隊には殆ど被害が無かった。
「儂がケツを矢で撃たれたぐらいじゃな。まったく、穴が1つ増えてしもうたわい。」
忌々しそうに臀部を押さえたラルポンに、オリビアとアイラは笑っていいものかと視線を交わした。
戦地から離れた所で待機していた支援部隊や、戦闘が激化しなかった戦場を担当していた部隊の被害も軽微であった。退避の速度が速かったことも功を奏したようだ。
ただ、魔王軍本隊と正面からぶつかり合っていた主力部隊が、その数を15分の1ほど減らされることとなったのだ。
退却が迅速であったからこそ、この程度の被害で済んでいる。もしも居座り続けていたら、一夜にして主力部隊の全滅すらもあり得たのだ。
最終的には近くで別の任に当たっていた第9師団に応援を要請し、反撃に転じることができた。
反撃体勢が整ってからは、快勝と言っても差し支えが無かった。新兵器への対抗策が早期に見出されたことに加え、第9師団長である聖剣使いの獅子奮迅の働きもあったため、多大な戦果を上げる結果となったのだった。魔王軍幹部クラスの魔族1名を筆頭に魔族の将数名を撃破、侵略されていた領土の回収、新兵器の対策を発見、などなど、相手方の戦力を削ぐことやデータの回収という面で大きなリターンを得ることが出来た戦役となった。
しかしながら、第4師団の戦闘内容だけを見れば敗戦だ。
結果的に、死傷者の分の人員補充や教育、死傷兵の遺族や現地への損害補償などに明け暮れることとなり、現在の第4師団は低迷を余儀なくされている。
「大変な戦役だったと聞いております。」
「その節は諸君ら第3師団にもずいぶんと世話になったのう…。まあ、そんなわけじゃから、近い未来に戦いを起こすつもりはない。よって、オリビア卿に借りたいものは貴公の剣ではない。」
目を瞑って思いを馳せていたラルポンは、ゆっくりと細く鋭い目を見開いてオリビアの事を見据えた。
「オリビア・ヴァルキュリア・フォーサイス卿。聖剣使いの師匠になってはくれんか?」
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