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31.変革と忙殺

 宴会の日から、しばらく多忙な日々が続いた。集落を取り巻く事情を重く見た騎士団本部から30人の騎士たちが増援として派遣され、周囲の調査や諸手続きが本格化したためである。


 増援騎士たちに先んじて集落の調査を行っていたオリビア、ヤタラ、アイラの3名は、引き継ぎが完了するまでは調査を主導で行ったり、これまでの会議内容を急ピッチで書類に起こしたりと様々な業務を求められていたのであった。


 普段から管理職として人の上に立つ機会が多い3人ではあるから、各師団から派遣されてきた各種スペシャリストに指示出しをすること自体はそれほど苦痛にならない。多少面倒臭くはあるが、増援たちが優秀な人材ばかりだっただけに意志の疎通で事故が起こることもなかった。


 ただ逆に、彼らが優秀すぎるがゆえに、仕事の回転が速すぎるのである。回転が速いがゆえにローテーションを高頻度で組む必要があり、彼女たちの仕事も増えることとなったのであった。


 仕事と休憩がギリギリバランス良いと言えるラインで組まれてはいるが、戦地ばりにかっちりとしたスケジューリングのせいで、3人とも疲労していた。だが、引き継ぎさえ終わってしまえば外周都市へと帰れるのだ。



「…ねー、飽きたー。」


「あと一息なのですから、そういうことをいちいち口に出さない。許嫁様からの手紙でも読んで、気分転換してくればどうですか。」



 とはいえ、文句もなしにこれほどの激務を切り抜けられるわけではない。


 3人の中でも特に年若いアイラは、しばしば業務に飽きて愚痴を垂れていた。今も騎士団本部から送られてきた分厚い地理史を机の上に放り出し、それを枕にするようにして突っ伏している。


 3人だけで仕事をしていた先日までとは違い、人員が増えたゆえに人の出入りが頻繁になっているのだ。そして、デスクワークばかりであるにもかかわらず、体型の制約ゆえに鎧を脱げない窮屈さがアイラの苛立ちを加速させているのだろう。


 集落に着いてからというもの、森林に入るとき以外はオリビアもヤタラも私服姿が殆どだった。だが、ここ最近は2人とも空気を読んでほとんどの時間を鎧姿で過ごしているのである。



「あーあ、あたしも師団長と一緒に探索の方についてけばよかった。体動かす方が性に合ってるんだけどなぁ…。」


「それが許されるのであれば、私とてそっちの方が良かったですけどね。そもそも一番初めの探索担当は私だったのですから、私がそれを継続するのが筋だったのでは…。」



 アイラの愚痴に対し、オリビアはそれを窘めつつも肯定した。


 増援部隊の到着に伴い、指揮能力や戦闘技術を基にして、3人の間で役割分担のスワップが行われたのである。そしてその結果、森林という環境も加味して、一番相性のよさそうなヤタラが周囲の調査や集落の防衛を担当する部隊を率いることとなったのであった。


 3人とも書類仕事はそれなりに得意なのだが、気質としては体を動かす方が性根に合っている者たちばかりである。仕事交換の話し合い自体は穏便に終わったのだが、それはそれとして不満が無かったわけではない。



「はぁ。…こっちはもうすぐ区切りが付きそうなのですが、そちらはどうですか? アイラの今やっている仕事が終わったら、散歩にでも行きましょう。」



 物資に関する申請書類に達筆な署名をしたためたオリビアは、ペンをくるりと回そうとしてそれをやめた。万が一にもせっかく書き終えた書類にインクが飛散した日には目も当てられない。



「………30分待ってて。」



 分厚い地理史に頬を押し付けて歪ませながら返事したアイラは、その体勢のまま器用にペンを持ち上げると、猛烈な勢いで書類作りの作業を再開した。



 結局、彼女が仕事を終えるまでに15分も要さなかった。




 ▽ ▽ ▽




 書類仕事を終え、休憩を取ることにした2人は、とある家屋を訪れていた。


 その建物は、人攫いによって壁を破壊されていた。だが、その住人である元料理人はそれをあえて利用したのである。具体的には壁の破れた部分を完全に取り払い、吹き抜けとして改装することで開放的な空間を作り出したのだ。


 増援でやってきた騎士たちの分だけ人口が増えたので、あたかもこじんまりとしたカフェのようになったレイアウトを幸いに、と故郷の味を再現した飲食店を始めたのである。


 国内ではあまり食べられない味ゆえに、騎士たちからの評判は上々。むしろ好評すぎて仕込みが大変だという話だ。



「これはこれは、フォーサイス卿にフリズベルグ卿ではございませんか。いらっしゃいませ、本日もご苦労様でございます。」



 2人を出迎えたのはやつれた表情をした婦人である。彼女は陶器職人の妻で、アルバイトとして雇われているらしい。



「ず、随分とお疲れのご様子ですね。ええっと、いつものをお願いできますか?」


「あたしのはちょっと甘めで!」



 フラフラとした足取りの婦人を気遣いつつ、ほぼ指定席となりつつある窓際へと向かっていく2人。


 急ごしらえで作られたゆえに、椅子や机が足りていない飲食店である。椅子ではなくて布切れを当てられた丸太の上に腰掛け、コの字を左に90度回転させたような雑なつくりのテーブルにて向かい合う。



「集落の方々も疲れているようですね。まあ、当然のことでしょうが。」



 サービスとして出された井戸水で唇を湿らせたオリビアは、窓の外に見える畑を眺めながらそう言った。


 畑には何も生えていないように見えるが、青色の着色料として利用される塊根植物が植えられているのである。ゆくゆくは周辺の自治体や外周都市と交易することになるであろうから、商品価値の高い作物を栽培して備えているのだ。


 農民たちからすれば、自分たちが食べるための作物に加えて、稼ぐための商品作物も育てなければならなくなったわけである。生活に余裕がないタイミングで仕事量が2倍以上に増えたものだから、水やりをしている農夫の顔には疲労が色濃い。


 集落の発展のためにはどうしても仕方のないことではあるが、全ての住人たちが集落の変革のために働いていた。オーバーワークとも言えるほどに働いていた。


 とはいえ、仕事の出来る増援たちが派遣されているために人手もノウハウもある。彼らだけで一から始めるよりかはよほどマシだろう。


 ただ、人数が増えた分だけ、食料や資材の必要量も多くなる。騎士たちは自分たちの利用するぶんの物資を極力自分たちの手で用意している。だが、手を煩わせているからか、身分の差による引け目なのか、住人たちはそれを手伝おうとして聞かないのである。


 将来を見据えた投資としての労働と増えた人員への気遣いが巡り巡って、住人たちは極度の疲労に曝されているようだった。



「あ、ミヅちゃんだ。」



 ぼんやりと窓の外を眺めていたアイラが、少し離れた川べりで重たそうな木箱を抱えているミヅクシの姿を見出した。


 さすがに子どもであるミヅクシを働かせることに関しては満場一致の反対票が出たのだが、当人は大人たちを手伝うと言って聞かなかったのである。最終的には、悪戯ばかりしている彼女にしては珍しい、真摯な態度に心を動かされた大人たちの側が折れることとなったのであった。


 姉を含む誰も彼もが忙しそうで、構ってくれないからなのであろうか。それとも、彼女なりに集落の行く末を案じているからなのだろうか。彼女の行動原理の根底にある“悪戯心”を知り尽くしているフェートレスが訝しむほどに、ミヅクシは一所懸命に仕事をこなしていた。


 ミヅクシは、運んでいた荷物を民家の前に置くと、にかっと笑ってこちらに手を振ってきた。見られていることに気付いていた様子である。


 ちなみに、仕事をしている彼女がオリビアやアイラに反応するのは今日に限ったことではない。休憩がてら外を歩いている時などには、時々、いや、かなりの頻度で出くわしたり手を振ってきたりすることが多いのだ。


 この様子を見るに、案外、彼女の動機は自分たちへのアピールなのかもしれないなぁ、などとオリビアは思ったのであった。


 アピールと言えば、先日、オリビアがクラーダ宛に送った伝書蝶はどうなったのだろうか。フェートレスに頼まれた通り、クラーダに彼女ら姉妹を売り込む文書を送ったのだが、その返事は未だ返ってきていないのだ。


 向こうも向こうで忙しいのか、はたまた、読んだうえで無視されているのか。


 情報の伝達が上手くいっていないことに対する不安感は、やがてやきもきさせられるような感情へと変化していた。周囲の連中は彼女の様子を恋慕か何かだと思っているのだが、本人にそのことが伝わることはなかった。


 ちなみに正解は、恋慕ではなくてただの苛立ちである。少なくとも本人はそう理解している。



「あっ、そういえば! 忙しくって聞くのを忘れてたんだけどぉ、クラーダさんに送ってたラブレターはちゃんと届いたの?」


「は。はぁっ!?」



 であるからこそ、周囲の人間の1人、アイラはあえて真正面から切り込むことにしたのだった。



「な、何をいきなり…。ら、ラブレ…いったい何のことですか?」



 それはオリビアからすれば青天の霹靂のようなものであったのだが、その反応が逆に誤解を真のように思わせることとなってしまったのだ。



「とぼけなくってもいいのに~。1週間ぐらい前にぃ、すっごく緊張しながら蝶を送ってたでしょ? ここ最近は毎日、お返事の蝶が来てないか気にしてたしぃ、追加のお手紙も何回か書いてたでしょ~お?」


「その粘っこい喋り方は何なのですか!? い、言いませんでしたっけ? フェートとミヅクシをクラーダのところで雇ってもらえるように紹介する、という約束をしたのです。」



 オリビアはそう言いつつも、この話を誰かに伝えた記憶がなかった。実際のところ、このことを知っているのは当人たちと長老狩人だけである。


 私事のような内容であるとはいえ、普段であれば彼女が情報伝達を怠ることは珍しいことだ。それもこれも、返ってこない返事と多忙が悪いのである。



「えっ、聞いてないんだけど!? むざむざ恋敵を自陣に送り込むの!?!?」


「何の話ですか!? あなたもヒトミも、最近なんだかおかしいですよ!! 口を開けば、やれ愛だの恋だのと…! あ、すみません…。」



 声を高くして驚くアイラに対し、必死で反論したオリビア。彼女はすぐに周囲の他の客たちからの視線に気付き、穴があったら入りたい心地で頭を下げた。そして周囲から注がれていた視線が分散したことを確認すると、声を潜めながらフェートレスとの約束について説明した。


 結局、誤解を解くために貴重な休憩時間を全て浪費することとなったのであった。




 ▽ ▽ ▽




 休憩時間を終え、事務所代わりに利用している廃家屋に戻ろうとしていた時の事。普段は集落への来訪者もないので静まり返っている門の方が騒がしくなってきた。


 何が起こっているのかと耳を澄ましてみると、困惑した様子の長老狩人の声と、聞き覚えのある嗄れ声が耳に入ってきた。


『ご迷惑をお掛けするが、そういう運びになったものでしてのう。食料や物資はこっちで用意しとるから、ちいとばかし森を拓かせてもらいたいのじゃ。』


『は、はあ、左様で…。それは願ったり叶ったりというところでございます。ですが、私めは貴女様を存じ上げてはおりませんものでして。なにぶん、第3師団長様がお戻りにならんことにはなんともお返事しがたく…。』



 どうやら両者は何らかの交渉をしているらしい。ただ、あまり流れがよろしくないようだ。険悪とまではいかずとも、両者が互いの腹の内を探り合っているかのような緊張感が、離れているこの場所のオリビアの耳にまで届いてくる。



「第4師団が来る予定なんてあったかしら?」



 同じように耳を澄ましていたアイラが首を傾げた。



「私は把握していませんが…。ヒトミも何も言っていませんでしたし、増援の皆さんからの報告も入っていないはず。」



 オリビアも同じ角度で首を傾げた。


 老爺の呻き声のようにも聞こえる特徴的な煙草焼けの嗄れ声の主は、聞き間違いでなければ第4師団の師団長であるダークエルフであろう。


 なぜ彼女がこんなところにやってきたのかは分からないが、2人は長老狩人に助け船を出すべく、門の方へと足を運ぶのであった。


そろそろ戦闘シーンを描写したいです

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