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閑話 王女が家を出た理由1

 プリュネラ第8王女、もしくはプリュネイラ・Y・ヴァイオレット王女は、出生からして不思議な少女だった。


 父王がちょうど50の時に仕込んだ子ゆえに、卵が受けた精が古かったのだろうかと生まれた瞬間から危惧された赤子。産み落とされ、産婆に抱き上げられても産声1つ上げなかった赤子。死産か、はたまた鬼子でも生まれたのかと母妃や彼女の支持者に心配された赤子。生まれながらに豊かな黒髪に青い稲妻のような八束の髪を交えた奇妙な女の赤子。



「来んな、デブ!!」



 そんな不思議な赤子もすくすくと育って今や6歳。立派に2足で立って、元気いっぱいに罵詈雑言を許嫁の少年に浴びせかけていた。




 聖ヴァイオレット王家には、代々伝えられてきた奇妙な伝統がいくつもある。その中の1つに、『子供の数は8人まで』というものがあった。これは本来、名君と呼ばれていたとある代の聖ヴァイオレット王が、次期の王のために国家予算の削減のための方便を遺言としたものだった。それが代々受け継がれ、気づけば王宮の風習になっていたのである。


 プリュネラは第8王女。つまるところ、末っ子である。しかも、彼女は奇妙な髪色を除けば、地上に降り立った天使のようだった。そんな彼女であるから、父王や母妃は勿論のこと、兄王子や姉王女、家臣らも含めたみなから甘やかされていた。あの切れ者のギュンター宰相ですらも、吊り上がった眦を下げながら彼女に飴をやることを好んでいたほどだ。


 さて、そんな背景があるゆえに、プリュネラ王女は我儘放題に育てられたわけだ。たまに6歳児とは思えぬほどに俯瞰した視点から周囲に言葉を与えることはあるが、甘やかされて育てられた末っ子の常とばかりに我儘放題なのは年相応といった様子である。


 そんな彼女が最近周囲を困らせようとしているのは、許婚であるバグパイプ公爵家次期当主との婚姻を拒絶していること…、ではなく。いやまあ、そちらも周囲からすれば随分な迷惑なのだが。


 プリュネラ王女。6歳にして、この国を出て世界を見てみたいとごねているのである。



「父上、いや、国王陛下。なにとぞ、私に海外視察の許可をお与えいただけませんでしょうか。」


「ならぬ。ならぬぞ、ぷうちゃん。ぷうちゃんはまだ6歳であろう。いくらなんでも()きすぎである。なあに、パパとて留学を許さぬというのではないのだ。あと4年待ちなさい。10になったら然るべき機会を与えよう。であるゆえに、いまだしばらく辛抱を…」


「今でなければならないのです。吸収力の高い今のうちでければ。」



 別に、王家の者が海外留学をすること自体は珍しい事でもない。特に、この国において継承順位の低い第4子以下にもなると、王宮以外の各重要機関で重要職に就けられる可能性も高い。諸外国から先進的な考えや制度を導入することで国をより善くするという観点から、海外留学は奨励されているぐらいだ。


 だが、プリュネラ王女はまだ6歳。いくら異様に聡明だとはいえ、年端もゆかぬお年頃である。


 とはいえ、彼女は稀代の天才である。


 彼女は6歳にして既に魔素胞容量において師である魔法使いを凌駕し、習得は伝説とまで称されている雷魔法を自在に操るほどの魔法使いである。


 一方で、魔法使いでありながらも剣術の研鑽を怠ることもない。師範役であるフォーサイス公爵家の当主からは既に天才と認められていた。


 だが、いかに天才といえども、あくまでも6歳児ということが足枷となった。


 魔法をいかに大出力で複数回放つことが出来るとて、それを全て躱されたら? 全て搔き消されたとしたらどうか? 魔法戦闘に長ける者であらば、経験の足らぬ6歳児の、応用の利かぬ単調な魔法如きはいかようにも対処できる。戦場でものを言うのは経験だからだ。


 将来的に剣術の才が花開くとて、現状では6歳児の膂力。剣が鋭くとも、重さのない剣では人を殺せない。そして、魔法と同じく戦場では経験がものを言うのだ。


 最後に、年齢ゆえの幼さ。どこか大人びてはいるものの、天真爛漫に振る舞う様は付け入られる隙となり得る。子供ゆえに腹芸を仕掛けようともまともには取り合われぬ。子供ゆえに侮られ、子供ゆえに陥れられることだろう。その上、王女ゆえに付け狙う目も多くなるはずである。


 そう考えた王宮の人々は、プリュネラ王女の海外留学に全面から反対した。彼女を愛しているがゆえに反対した。


 王族であるにもかかわらず謁見の正式な手続きを踏み、父王に頭まで下げたプリュネラ王女は、一度ぷくりと両頬を膨らませると、年の近い第6王女に連れられて謁見の間を後にした。




 ▼ ▼ ▼




 謁見の間を後にしたプリュネラ王女は、別に海外への憧れをすっぱりと捨てたわけではなかった。


 むしろ、国王や周囲を納得させるために足りぬものを補おうと燃えていたのだ。


 彼女が考えた、今の自身に足りぬもの。それは、周囲を黙らせることができるだけの『実績』であった。


 6歳児とはいえ、周囲を納得させるだけの実績さえあれば、海外渡航も認められると考えたのだ。海外にも大手を振って輸出できるほどの知的財産を持ち合わせていれば、その財産の輸出と共に自身も旅に出られるはずだと考えたのだ。


 そうして、6歳児にしては聡明だが少しズレた発想のもと、プリュネラ王女は何かを発明しようと思い立ったのだった。




 さて、そうと決めたからには何を作り出すかを決めなければならない。


 役に立つ物を作るのか、新たな法を作るのか、はたまた新たな芸術か。それゆえ彼女は市井に繰り出し、民衆たちの現状を見てみることにした。均整の取れた王宮の生活など眺めていても、綻びは見つけられないものだ。そして、綻びこそは彼女の求めてやまないものである。


 その日の晩に家族たちに声を掛け、明日から頻繁に王都を出て外周都市やそのさらに外まで外出する、なので護衛を借りていく、という断りを入れたプリュネラ王女。


 このお姫様が外出したがるのは日常茶飯事。王も兄弟も家臣も慣れたものだ。なんなら彼らは、彼女の海外渡航への熱もそれの延長ぐらいにしか考えていないぐらいなのだ。


 微笑ましいものを見る目で腹違いの末妹を見た第1王子は、第2王女に声を掛け、しばらく留守にするので頼む、と言った。彼は総務省で長官をやっているが、いずれは次期国王となる予定だ。


 霧薔薇の蕾がほころぶような微笑みを返した第2王女は、お断りします、と返した。そして、私がプリュネラの面倒を見ますから、兄さんは仕事に戻りなさいと続けた。彼女は軍務省で補佐官を務めている。


 いやいや、お2人はお忙しいでしょう、ここは自分にお任せを、と口を挟んだのは第3王子。彼は騎士団で第3師団長を務めている。


 王位継承順位の高い者たちを静かな目線で諫めた第4王女。口数の少ない彼女の頭の中は、明日からのプリュネラ王女とのデートでいっぱいだ。彼女は若くして魔法大学教授として教鞭を取っている。


 第5王子は海外留学中だ。本人がここに居たら実力行使に出たことだろう。


 第6王女は体が弱いので王宮から出たがらない。だが、市場に珍しいものがあったらお土産に買ってきてくれとプリュネラ王女に頼んだ。彼女は齢8歳である。


 齢6歳の第7王子は、私も一緒に遊びに行きたいと言った。しかし、彼は明日から学校の新学期が始まるのだ。


 みな、各自の役割があるのだから、そちらを優先するように。仕方あるまい、ここは余が、と勇み立った国王陛下。彼は全員からお前が言うなと叱られてしまった。


 そこから始まるロイヤル家族げんか。控えていた従者たちは、ほっこりしながらもそれを顔に出さぬよう努めた。いつもの事だからと止めに入ることもない。



 どうして王族たちが自ら付いてくるつもりなんだろう。プリュネラ王女はそんな中で一人、首を捻った。


 彼女からすれば、ちょっと腕利きの近衛騎士でも貸してくれれば済む話なのだ。継承権が無いに等しい自分とは違って、兄や姉たちはそんなことをしている場合ではないはずなのに。


 だが彼女は、面倒に巻き込まれたくなかったので口を出さなかった。自分で蒔いた種にもかかわらず。



 結局、彼女の護衛には第4王女が就くこととなった。




▼ ▼ ▼




「…プリュネラ、支度は?」


「ちょ!?…少々お待ちいただけますでしょうか、ヘルガ姉さま。」



 …バタン。



 明くる日の朝。


 朝一番で魔法大学に向かい、長期休暇の手続きを行ってきたヘルガ第4王女は、勇み足でプリュネラ第8王女の部屋に向かった。そして、ノックの返事も待たずに扉を開け放った。中で着替えていたプリュネラと目を合わせたヘルガは、数秒の間の後に無言で扉を閉めた。


 プリュネラ王女は何事も自分の手でやりたがる。着替えも、食事も、入浴ですらも侍女たちに手伝わせたがらないのだ。王族としては奇妙なことだが、自立精神の現れと考えれば好ましい。ヘルガがプリュネラのことを気に入っている理由の一つがこれだ。



「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。」



 しばらくすると、バツの悪そうな顔をしたプリュネラが部屋から出てきた。



「い…いや、こちらこそ。……その、成長したな。昔はあんなに小さかったのに。」


「姉さま…。さすがにそれはちょっとキmいえ、ありがとうございます。嬉しいですわ。」



 プリュネラからヘルガへの言葉遣いは、はたから聞くと他人行儀だ。年の離れた腹違いの姉に気を遣っていると考えられるかもしれない。だが、決して2人の距離感がそれに準ずるというわけではないのだ。なんせ、プリュネラは言葉を覚えたばかりのころから誰に対してもこのような口調だったのだから。


 たまに本から拾ってきたという聞き慣れぬ言葉を発して周囲を困惑させることはあるが、この利発そうな口調ゆえに敵が少ないということはあるだろう。


 妹からの感謝に頬が緩みかけたヘルガは、気を取り直すために咳払いをした。



「…ゴホン、…それで?」


「それで、と仰りますのは? ああ、成程。目的地ですね。一先ずは流通の要所、グランドーラントに伺おうと思っております。グランドーラントはフォーサイス公爵領。剣の先生のお屋敷もある場所ですし、丁度よろしいかと思うのですが…。姉さまはいかが思われますか?」


「ふむ…。」



 プリュネラの言葉を聞いて、ヘルガは顎に痩せた指を当てた。そして、その格好のまま動きを止めた。プリュネラは特に感情の籠っていない顔でそんな彼女の顔を見上げている。


 しばらく姉妹はそのまま固まっていたが、1分ほど経つと手を繋いで王宮の長い廊下を歩き始めた。傍で控えていた護衛の近衛騎士の男は、慌てて2人を追いかけながら今の間の意味を考えた。




 王都を出て、外周都市から馬車に揺られて4時間半。王女2人のたっての希望で休憩もなしにグランドーラントの街まで直行である。付き合わされている御者の顔にも疲れの色が濃い。


 乗り心地の悪い馬車の中にも拘らず、プリュネラはずっと紙束に何かを書きしたためていた。乗り物酔いに苦しんでいたヘルガがそれを覗き込もうとすると、プリュネラはさっと紙束を遠ざけた。



「…見せられないものか?」


「とんでもない。お加減がよろしくないのでしょう?」


「…そうだな。」



 頷くと戻しそうになるので、ヘルガは目を瞑ることで理解の意を示した。そして、口を噤んで窓の外を眺め始めた。


 傍から見ると、この2人の会話は意味不明である。だが、これでいて何の誤解もなく意思の疎通が取れているのであるから何とも驚きである。


 蛇足ではあるが、念のために今の会話の意味を解説しておこう。


 まずはヘルガがプリュネラの書いている物を覗こうとして遠ざけられたことに対し、人に見せられないようなものを書いているのか、それとも人にはまだ見せたくないものなのか、と尋ねた。


 それに対してプリュネラは、どちらでもない、できれば完成していない草稿は見せたくないが、ヘルガにだったら見せてもよい。ただ、ヘルガは現在車酔いしているのだから、できれば吐瀉物で草稿を汚さないでほしい、と返した。


 ヘルガはそれに納得し、車酔いの症状を軽減して早くプリュネラの草稿を見たい、と首肯で示したのであった。


 要は、ただのじゃれ合いである。



「うーん、腰が痛くなってきました。」



 麦粒のように小さな文字で紙を塗りつぶすように考えを綴っていたプリュネラは、その紙をいったんいちばんバインダーの後ろに回すと、その下から現れた白紙を1枚抜き出した。


 そして、ヘルガの顔をチラチラと眺めながら何かを描き始めた。



「…うまいものだ。」



 すかさずそれを覗き込んだヘルガの目には、鼻の下が真っ黒で鋭い目つきの毛むくじゃらな、魔法使いのローブを身に着けた魔物の落書きが目に入った。シャープアイドエイプという魔物にそっくりである。


 プリュネラにはまだこの魔物について教えたことが無いし、本人が魔物の実物を見たことあるはずもない。ということはきっと本から拾ってきた知識をもとに描いたのだろう。


 ヘルガは勝手にそう納得して、妹の聡明さや知的探求心を誇らしく思った。



「ありがとうございます、僭越ながらヘルガ姉さまの似顔絵を描いてみたのです!」


「…宮廷画家になれる。」



 ヘルガの予想は外れてしまった。だが、この聡明な妹のことだ。きっとこの絵も、深い思慮のもと描かれているのだろう。おそらく自己の知識に自信過剰すぎるヘルガへの警句、人も猿も変わらぬという社会風刺、そして王家の者特有の猿の如き性欲に関する戒め。


 このように深い皮肉の題材として自分が選ばれたのである。ヘルガ先ほどよりもさらに誇らしく思いなおした。


 いちおう、ヘルガの名誉のために言っておこう。彼女は決してプリュネラの絵のように不細工な顔をしているわけではない。むしろ、美しい青髪に理知的な吊り目が特徴的な絶世の美女として分類される類の顔つきをしている。


 天才児プリュネラは、絵画だけは苦手だったのである。




 さて、そうこうしている間に馬車は目的地への足取りを示す看板に従い、街道の分岐路を左折した。


 左折のタイミングでガタンと嫌な音が聞こえ、ソファが揺れたために体の軽いプリュネラは少し宙を舞った。



「…平気か?」


「姉さま、ありがとうございます。」



 大きな乳房をクッションにするようにしてプリュネラを抱き留めたヘルガ。その偉大なる双丘を少し恨めしそうに見たプリュネラは、すぐにヘルガから離れて礼を言った。



「…何事だ?」



 傾いた馬車からひらりと降りたヘルガは、護衛の騎士にそう尋ねた。プリュネラが危険な目に遭ったせいか、不機嫌を隠そうともしない。



「申し訳ございません、ヘルガ殿下。車輪が故障したようであります。近くの民家に機具を借りに向かわせますので、今しばらくお待ちください。」


「…必要ない。プリュネラ、降りて。」



 ヘルガの声を聞いたプリュネラは、すぐに馬車を降りてきた。先ほどのように抱っこして降ろしてやろうとしたヘルガだったが、ひらりと身を翻されてしまったので少しショックを受けた。


 一瞬悲しみで固まったヘルガだったが、すぐに彼女は気を取り直した。そして、服が汚れるのも厭わずに馬車の下を覗き込むと、該当の故障個所をすぐさま発見した。


 そうして、御者と護衛の騎士に頷くと、プリュネラに目線を合わせた。



「…見ておきなさい。岩魔法は…、こういう時にも使える。」


「はい!」



 そうしてヘルガは岩魔法を用いて馬車の応急修理を行った。魔素胞容量が小さいゆえに節約上手な彼女にしては珍しく、普段よりも魔素を多めに流していたが、これはもちろんプリュネラの手前で恰好を付けたかったためである。




 無事に応急修理が済み、修理以前よりもむしろ調子がよくなった馬車は、やがてグランドーラントの街へと入っていったのであった。


この国において王子・王女の前に付く番号は男女両方合わせた誕生順です。子どもの数が8人と決まっているゆえの便宜上の表記だと思ってください。

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