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23.饒舌な魂氏の証言

『はてさて、どこから話したものかな。

 ああ、そうだ。まずはバルガスの魂がどこにいったのか、ということから。…なんだか演劇のモノローグみたいではないか、アハハハハハハハ!


 ふむ。まず、あの子の魂は既に祓われていたのだろう?


 うん? どうした、クラーダ卿。祓われたというのはどういうことか?


 ああそうだとも、バルガス少年の魂は、既にこの世に居ないのだよ。犯人どもに祓われたからね。なんせ、殺した奴を弔ってやらないと夢枕に立って祟るからなぁ。それに、私のように亡霊になって、生者に真実を伝えようとするかもしれんだろう。だから、私たちを殺した者は、私とバルガスの魂を祓おうとしたのだ。


 司祭が魂を祓うのを見たことがあるか? ほう、ある。それなら話は早いな。というのも賊どもの中に、司祭崩れの者が居てな…。な、なんだと、その司祭というのはウィルのこと? つまり、ウィルが近くにいる? そ、それはなんというか…。も、もっとおめかししてから化けて出るんだったかなぁ、なんて。あ、アハハハハ…。


 ゴホン、失礼。ともかく、賊の中に居た司祭崩れの者の汚らわしい祈りによって、バルガスの魂は既に世界樹と共に、というわけだ。


 なら、私はどうしてまだ留まっているのかという話になるが…。それはまあ、私がこの国の人間ではないからだろう。なんせ、人種も信仰も違うからな。あの弔辞は世界樹教信仰のグランドーラント人のために作られたものだと聞いたことがあるし、……ウィルからね。


 …ちょっと前置きが長くなったかな。ともかく、私とバルガス少年は、賊どもに惨殺され、口封じのために祓われようとしたのだということを念頭に置いといてくれ。




 私たちが、フェルモンド商会の護衛任務に就いていたという話は…、知っているようだな。アハハ、誰に聞いたんだ?


 私とバルガス少年は、フェルモンド商会の小間使いのバルムという男に依頼されて馬車の護衛任務に充てられた。フェルモンド商会はうちの第6師団と懇意だからな、第6師団の者に依頼しようとしていたので、遠征に出ていなかった私たちに白羽の矢が立ったというわけだ。名目上は、だけどな。アハハハ。


 結論から言うと、このバルムなる男。私とバルガスを殺した一味の者だったんだな。気の良い奴だと油断していただけに、警戒もへったくれもなかったのが良くなかった。


 ちょうどここから1キロも進むと、ゲルドレーの丘という場所がある。古代グランドーラント人の遺跡が立ち並ぶ中に、ちょうど今の時期にはクリアエーデルの花が咲き乱れている名勝だ。機会があれば眺めてみるといい…と言いたいところだが。あの丘は絶景でも、アハハ、今となっては血で穢れてしまったからね。死体の上に美しく咲くのは祖国の花ぐらいで十分だ。


 状況証拠が欲しいのならば、丘の真ん中あたりにある“錫鉱王の墓”を見てみるといいんじゃないかな。お2人、デートがてら調べてもらっては…、え、そういう関係じゃない? あ、そう。


 ん、地図があるのか。何々…、そうだそうだ、記載の通りここの事だな。ところでそれ、第4師団長閣下の『遠征のしおり』というやつだろう? 有名だし知っているとも。毎度毎度、なかなか凝っているし可愛らしいレイアウトだよなぁ…。


 えーと、どこまで話したっけ? 幽霊になると記憶力が衰えていかんな。なんせ、脳が無いのでな!アハハハハハハハ!!


 そうだ、ゲルドレーの丘だ。途中までの旅程は順調で、あのバルムの奴も途中まではいい奴の皮を被っていたのだ。だが、途中であの男がゲルドレーの丘を見物したいと言い出してな。少年も乗り気であったし、私も後学のために見物しておくか、ぐらいの気持ちで許可を出してしまったわけだね。時間も問題なさそうだったし、その日は花の中で古代人たちの声に耳を傾けながらキャンプにしゃれ込もうと思ったんだ。


 それでまあ、丘に行ってみると、わらわらと伏兵どもが出てきたわけだ。つまり、罠だったんだよ。


 第3の剣星殿の前でこんなことを言うのも恥ずかしいことだが、私とて歩兵部隊の中では、いや、第6師団の中ではいい所を行っていたと思う。上の下ってところかな?いやあ、恥ずかしいな、アハハハハ!


 バルガス少年という足枷はあったが、賊どもの大半は難なく切り捨ててやったさ。我が愛刀・滄溟が花園の廃墟に血風を起こしたのだ。強そうな輩から斬ってやったし、そのせいか、途中からあいつらも焦り始めていたようだった。賊どもの戦力はかなり削いでやったと思うし、追討も楽になっているといいんだが。


 とはいえそんな私が、最終的にはなす術もなく生け捕りにされてしまったのだ。それも五体満足で、だ。どういうことかは分かるだろう?


 あの男は強かった。手も足も出なかったし、歯も立たなかった。言葉遊びではなく、実際に噛みつこうとしたんだぞ? いやはや、剣士に負けるのはいつぶりの事か。私が疲れていたことを加味しても、奴はおかしかったな。アハハハ、まあ、強さと同じぐらいおかしな仮面を被っていたんだけどな。


 ああ失敬、話が跳びすぎたね。基本的に賊どもは雑魚ばかりだったからな、人数の不利にも関わらず始終こちらが圧倒していたのだよ、途中までは…な。


 そんな状況に焦れて慌ててどこかに逃げていった奴らが、キモい仮面を付けた男を連れてきた。そして、そいつの陰に隠れながら威張り始めた。どうやら奴ら、用心棒を雇っていたらしい。変なグネグネした剣を持った異国の民のようだったが、寡聞にしてどの国の者なのかまではわからなかったな。ただ、肌がダークエルフみたいな色だった。


 その用心棒の剣士がめっぽう強くてねぇ…。4~5回ほど剣を撃ち合わせたが、手も足も出ないと直感したんだ。そして、すぐに怪我も負わされずに気絶させられてしまったのさ。ちょっと紳士的だったのが腹立つよな。


 まあ、雇用主に被害が出てから現れた用心棒だ。剣士としては一流でも、用心棒としては形無しだとは思わないかね? アッハハハハ!ざまあみろ、だ!


 それから後は、アジトに連れ帰られて、ひどい目に遭わされた後で、殺された。


 参考までにどういう目に遭ったか、聞きたいか? …ん、そうか。別に、そこまで気を遣わなくてもいいんだけど…、まあ感謝するよ。とはいえ、私の死体が見つかっているんなら検死でだいたい何があったかを察せるだろう。随分と犯されただけにちょっと恥ずかしいが…。いやはや、かわいいというのは罪だな。


 だから、本当に気を遣わなくても大丈夫なんだよ?


 …まあ、聞いていて面白い話でもないだろうし、そう言ってくれるのならやめておこうか。


 うん。


 さて、私たちが殺された後の話でもしようか。


 さっきも言ったが、恐らく賊どもにとって重要なのは、私とバルガス少年を殺すことではなかった。騎士団の者の惨殺死体を用意することだったはずだ。


 いちおうかの用心棒の名誉のために言わせてもらうが、私たちを殺したのは例の剣士ではないよ。むしろ彼は、私たちを殺したがらなかったね。


 結局は見殺しにされたんだろう、って? いやいや、彼は仕事を全うしただけさ。自らの信条を斬って、筋を通した。尊敬すべきことではないかね? 悪党に従っている時点でダメ? うーん…、そう言われてみればそうだな…。


 まあいいじゃないか。それで、散々痛めつけられて、最期は首を斧で切り落とされて死んだんだけどね、彼らはどうも指示に従って作業をしていただけのようだったよ。


 首を斬られたすぐ後に、なぜか私の魂は肉体から抜け出してしまったからね。せっかくだから、彼らが何をしようとしているのかを見届けた上で逝ってやろうと思ったんだが…。怨霊化の影響もあって途中からは記憶が混濁しているんだ。だから、覚えている限りのことを話すけど、参考程度に気にとどめておいてくれ。


 まずは彼ら、何かの石板に向かって怒鳴りながら私たちの死体をいじくり回していたね。思うにあれは通信用の水晶みたいな魔道具で、あれを通じて本隊から指示を受けていたんだと思う。そこからちょっと怪しげな単語をいくつか拾ってきたんだけど、そこもまあ、話半分ということで。


 彼らは何度もカラスという単語を使っていた。カラスに死体を食わせるだとか、カラスの宝珠がどうだこうだとか。あとは、カラスの王に任せておけばいい、とかね。


 この辺りでカラスと名の付く魔物と言えば…、ナッツイーターレイブンとベリーイーターレイブン、あとはヒワタリガラスぐらいのものかな? まあ、どれもこれも人を襲うような類の危険な魔物ではないね。遠征のしおりにも書いてあったんじゃない? あ、さすがになかったか。ハハ。


 ともかくお察しの通り、カラスというのはそういった魔物の事ではないはず。何かの暗号には違いないだろうね。聞いていた限り、その上位組織か別動隊のことなんだろうと予想がついた。


 そうだ、ついでに用心棒もヤタと呼ばれていたな。私の祖国にはヤタガラスという神鳥が居たが、案外彼もあの辺りの出身なのかもしれないな。


 まあ駄洒落はさておき、他にはそうだな…。


 ファーレンハイト商会に金を受け取りに行くと言っていた。ファーレンハイトといえば、陶器製作のトップシェア。脅されているのか相利関係なのかはまではわからなかったが、ファーレンハイトがバックで援助をしているのだろう。その割には彼らの装備はショボかった気がするが、まあ、用心棒を雇うのに金を使いすぎたんだろうな。


 ファーレンハイトで思い出した。バルムはフェルモンド商会の人間だったが、フェルモンド商会の名は一度も出なかったな。フェルモンドは関係ないのか、それとも偶然名前が出なかっただけなのか…。


 ところでオリビア卿。いや、フォーサイス卿。今、何をなさった? なにやら、剣閃が飛んでいったように見えたが…。ハッ!? し、死んでる…。真っ二つか、ヴォルフアダーの硬い甲殻が…。


 そ、そうだな。剣士が無暗に流派の奥義をひけらかすはずもない、か…。いや、失礼。礼に欠く発言だった。


 それにしても、妙だな。こんなところに棲む魔物ではないだろう、こいつ。…いや、まさか使役獣? 捕捉されたというのか?


 …思い出したぞ。奴らのアジトにも、こいつらが飼われていた。そ、そうだ、そうに違いない!こいつはおそらく、件の組織が通信手段の1つとして利用していた…。そうするとまずい、私の存在に気づかれてしまったのか…!


 お2人とも、申し訳ない話だが、頼まれてくれないか。既に死んだ身ではあるが、私はまだ死ぬわけには、いや、消えるわけにはいかないのだ。祖国の復讐を遂げるまでは…!ど、どうか、祓うのは待ってくれないか?


 悪霊化が懸念だというのならば、我が祖国に伝わる秘法を使えばいい…!見返りが必要だと言うのなら、私の財産をあなた方に差し出しても構わない…!だから、どうか』


「…2人とも、何してん?」




 ▽ ▽ ▽




 オウカ卿の幽霊の姿がかき消える。


 テントから寝ぼけまなこを覗かせているのはヤタラさんであった。きっと幽霊は、彼女の気配に驚いて去ってしまったのだろう。



「まだ交代までは1時間ありますよ。もう少し、お休みになっては?」



 取り繕ったというわけではないと思うが、オリビアさんがヤタラさんにそう言った。


 怪訝そうな顔を向けてくるヤタラさんを見て、オリビアさんは椅子から立ち上がり俺の腕を当たってますってば。まずいですってば。ほら、隊内の風紀が乱れてるから。ヤタラさんの顔やばいから。ひぃ、むにむにしている…。



「クラーダと、星を見ながら将来を語らっていたのですよ。彼はちょっと無欲なようですね。」



 あ、離してくれた。


 別に無欲ではないんだってば。

 あと、間違っちゃねえけどその言い方はどうなのか。


 というか別に、ヤタラさんにオウカ卿のことを隠す必要はないのではないだろうか。彼女はこちら側の人間なのだし、むしろ事情を話せば解決の足掛かりを提示してくれそうだが…。


 いや、彼女は幽霊の類が苦手なのだった。こんな時間帯にそんな話をして錯乱でもされた日には死人が出るかもしれない。なんせ、今の彼女にはそれだけの力があるのだから。おそらく、陽が昇ってから然るべきタイミングで伝えるのだろう。



「…………ふーん。そうなんだ。」



 訝しむような顔で俺とオリビアさんの顔を交互に見たヤタラさんは、そう言ってテントの中に顔をひっこめた。



「…このまま、2人だけの秘密にしてしまいましょうか?」


「なんでっすか、それは駄目でしょう。」



 悪戯っぽく笑ったオリビアさんに思わずツッコミを入れる。マジレス乙、である。


 確か騎士団規則に、ゴーストが遺言を残した場合に関する項があった気がする。その項では確か、遺言の真偽を確認するために然るべき者に報告する義務が生じる、とあったはず。作戦行動中はその作戦の責任者と司祭資格持ちの監査官が該当者だったはずだ。


 ウィリアムさんは司祭資格を持っているが監査官ではないので、本部か近隣の駐屯所に連絡を入れて派遣してもらう必要があるだろう。


 うろ覚えだけど。



「うー、さむさむ。そんなコート持ってたっけ? あんまりそういうの着ないと思ってたんだけど。」



 寝に戻ったのかと思いきや、ヤタラさんは暖かそうな恰好をして戻ってきた。そして彼女はオリビアさんの薄着にコートという矛盾した服装に首を傾げた。



「これは借り物ですよ。ね?」


「あ、はい。俺のっす。」


「ね。ところで師団長、寝なくても大丈夫ですか? あなた、朝は弱いでしょう。ウィリアム殿に迷惑を掛けないようになさってくださいね。」



 岩魔法で椅子を作り出してそのまま焚火に当たり始めたヤタラさんに対して、オリビアさんは肩を竦めた。見張り当番最後の一組はウィリアム・ヤタラペアである。



「なんか、目ぇ醒めちゃった。…このまま起きてよっかな。クラーダ君、お茶3人分淹れて。」


「あ、はい。」



 どうやら彼女、殆ど話したことがないウィリアムさんと何を話せばいいのか悩んでいたらしい。それで我々に助言を求めたがっているご様子。


 確かにこの人、馬を歩かせている最中は1人だけ隊列の1番前だったから、会話には参加しづらそうだった。昼飯の時もひと悶着あったし、所在なさげに話しかけてきたんだったっけ。


 結果的に、周囲が仲良くなっていく中、1人だけその流れに乗れなかった、と。


 いや、デビュー失敗した新入生かて。


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