22.饒舌な死人
柳っぽい木の下でこの世への恨み言やらを呻いている(っぽい)黒髪の女性の幽霊―――推定オーカ卿。
このタイミングでわざわざ騎士団のキャンプに姿を見せたということは、騎士団の人間に何らかの伝えたいことがあると考えるべきなのだろうが…。配信者という職業柄、いろんな人と話してきたけど、幽霊の対応はさすがにやったことないなぁ…。
司祭の資格を持っているというウィリアムさんに力を借りたいところだが、第8駐屯所からの手紙の件もある。幽霊の言葉次第ではウィリアムさんに知られてはいけないような事が発覚するかもしれないし。
なんせ第8駐屯所からの手紙。それすなわち、今回の旅程に絡むジュリエッタさん暗殺計画に関する報告書だったのだから。
ああ、誤解してはいけない。
騎士団が総力を挙げてジュリエッタさんを暗殺しようとしているとかいう物騒な計画ではない。逆に、ジュリエッタさんを暗殺しようとしている謎の勢力がいるようだから警戒すること、彼女の身を守ってやるように、援軍もこっそり配備しておくという忠告だった。
しかもその謎の勢力の正体は、どうやら2人の実家が抗争を行うことで得をする類のろくでもない犯罪組織だという話。ジュリエッタさんの死をロミアさんの実家に擦り付けることで、なにやら国を転覆させる足掛かりにしようと目論んでいる可能性が高いらしい。侯爵家と伯爵家なので、両家が抗争を起こせばかなりの血が流れることになるだろう。
ジュリエッタさん、ロミアさん、ウィリアムさん向けの説明は、そこを誤魔化しつつも犯罪組織がグラバーを狙っているので警戒しろ、というフェイクのものが昨日のうちになされている。
報告書の詳細はいったんさておき、オーカ卿の幽霊である。
幽霊というか明らかに怨霊と呼んだ方がよさそうな感じだが、先述した通りになにか用があるご様子。もしも対話が成立するのであればトライしてみたいところだ。
そうなってくるとヤタラさんとアイラさんも起こしたいところ。だがオリビアさん曰く、今回の遠征でアイラさんに異様に懐いてしまったジュリエッタさんが彼女を抱き枕にしているらしい。ちょっと起こしづらいのだそうだ。
その2人がどうしてそうなるのか。ちょっと意外である。
「ロミア殿とぬっぷししている間以外は、基本的にずっとアイラ卿のケアを受けていましたからね。信頼を置くのもまあ、当然と言えば当然です。」
「ぬっぷして…。あ、ちり紙どうぞ。」
まあ、あんまりロミアさんに依存されて夜長が喧しくなるよりかはよっぽど精神的に健全で有難い。こんな大所帯だと特にね。おじさんも男なのでね。
ヤタラさんに関しては…。『ぷりゅねるJP ホラゲ PC破壊』で動画投稿サイトを調べれば当時の切り抜きがいくらでも出てくる。まあ当然、こっちにはPCもなければ回線もないんだけどさ。こちらの世界に来ても、どうやら怖がりな性格は変わっていないご様子である。
「オリビアさんはさすがっすね。」
別に先ほどの2人と比べるわけではないのだが、本当にこの人はよくできた人だと思う。こんなに若いのに各自の事情に配慮して、自分が損をすることを厭わない。魔法の才能も剣の才能もある。ちょっとたまにムッツリな面が覗くが、それはまたご愛敬である。
「ど、どうしたというのですかいきなり。」
そういう意味を込めて呟いたのだが、当然、こちらの意図なんぞ知らないオリビアさんは当惑した。
「もしや、私にオーカ卿との対話を強いるつもりですか?無理ですよ、無理。」
「えっ?」
ちょっと強めの否定が入った。無理ってどういうことだろう。話の流れから考えて、てっきりオリビアさんが対話を主導してくれるものかと思っていたのに…
「いや、ゴーストに近づかれて何ともない弟子がおかしいのですよ?遺体を見つけたら戻すクセに。…だって、ほら。御覧なさい。」
そう言って、オリビアさんが自分の足元を指さした。
ショートパンツから覗く引き締まったふくらはぎと、傷痕だらけの膝小僧。さらに視線を上げていくと、むっちりと鍛え上げられた素晴らしき太腿が…。なるほど、足か…。足っていいよな…。
「鍛えてるっすねー。」
「こら、変な目で見るな!」
ごちん。
とりあえずドゲザをして謝罪し、許していただいたところで冗談は置いておこう。
彼女の素晴らし…最高峰…美脚…駄目だ駄目だ。
…よし。
彼女の足は、意外にもガクガクと震えていた。白くてきめ細やかな肌には鳥肌すら立っている。この様子では運動能力にすら支障が出るだろう。幽霊発見時には極めて冷静だっただけにちょっと意外である。
というのも、どうやら幽霊と呼ばれているこの事象(学者によっては魔物に分類するが)、周囲に特殊な魔素を振りまいているらしいのだ。ここでいう“特殊な魔素”というのは、魂を構成していた魔素が自然分解されていく過程でできた、いわば魂の欠片とでもいうべき魔素断片なのだそうだ。そしてこの魂の欠片、特に人間種の持つ生得的恐怖心を引き起こす働きがあるのだとか。
肉体から離れた魂が時間をかけて分解される、という詳しいメカニズムはめんどくさいのでスキップ。だが、幽霊の魂が分解されて魔素を振りまくというのはそういう過程のことを示しているのである。
ゲームっぽく言うならば、幽霊系mobの攻撃を食らうとしばらく行動に制限が掛かったりするアレみたいな。今のオリビアさんの状態はまさにあんな感じであろう。
ちなみにこれに対抗するには、心持ちの強さなんぞは関係ないのだそうだ。つまり精神論ではどうもできない。恐怖って精神的なもんなのにね。
さて、この幽霊による恐怖状態とでも呼ぶべき精神的失調。生まれながらに持った精神攻撃耐性の高さで抵抗できるかどうかが決定されるし、いわゆる聖水(下ネタではない)で体を清めることで予防することが出来るのだそうだ。聖水の効果はあくまでも予防。恐怖状態に陥ってしまった者を治療できるわけではないのである。
急に聖水をがぶ飲みしても意味が無いぞ。
「というわけで、弟子。頼みましたよ。」
「え、ええ~?」
だからといって下っ端が任されていいものなのだろうか。中々に大役だと思うのだが…。まあ、やれと言われたからには善処するが。
実質的な対話は俺が行うことになったが、オリビアさんは書記を務めてくれるのだという。もしかしたら幽霊の証言が重大な証拠となるかもしれないわけだし。
しかしながら、無理をしているのではないかと聞くと。
「さすがにこれぐらいは任せてください。なんせ、師匠なので。あいえ、やっぱり無理はしているので、何らかの形での埋め合わせを求めます。」
頼もしい限りである。
さて、青白い燐光を放つゴーストに歩み寄る。前世で幽霊を見たことはないが、まあなんというか、幽霊がいるとすればこんな感じだろうというちゃんとした幽霊だ。ホラゲーは得意でも苦手でもなかったが、この世界ではちゃんとした事象としてゴーストの存在証明がなされている分か、やはり恐怖心は感じない。
元は人間であった者を人外と称するのはどうかと思うが、人外と会話をするのもこれで2回目になるのか。まあ、記念すべき第1回目であるグラバーの時は失敗したんだけれども。
「あー、どうもこんばんは。オーカ卿とお見受けいたしますがあっていますでしょうか。初めまして、私はクラーダと申します。」
異国出身者とはいえこの国の騎士だったのだし、挨拶が通じないということはないだろう。とりあえず相手の出方を伺う。
どこかを見つめているようでどこにも向けられていない物理的に虚ろな目の焦点が俺の顔に合わされる。そんな燃えるような視線を向けられても、そんなに面白い顔ではないだろうに。いやまあ、実際に瞳の奥で青白い炎が燃えてるんだけど。
こちらの挨拶に対し、ゴーストは呻き声を止めてぴたりと口を噤んだ。どうやら言葉は通じているようで何よりだ。挨拶が返ってくる様子もないので、さっそく本題に入るべきだろう。
「えーと、実はですね。貴公とバルガス訓練生は既に…」
そう思った矢先。
「え…?」
後ろでペンとバインダーを握っていたオリビアさんが、折り畳み椅子を軋ませながら驚いた声を上げた。足が震えて仕方ないということで、アイテムストレージから取り出した椅子に座ってもらったのである。
俺も驚いた。
なんせ、オーカ卿の幽霊がこちらに向かって跪いて首を垂れているのであるから。
そしてそんな跪いたオーカ卿のゴーストが。先ほどまで呻き声を上げるばかりだったゴーストが。
『ああ、我らが主よ!ご無事で何よりでございます!!』
流暢にそんなことを言い始めたものだから。
▽ ▽ ▽
『アハハハ!いやあ、そそっかしくて申し訳ない限りだ。赤い髪なんぞ、この国に来て初めて見たものでな!我が一族のお仕えしていた君主様の髪の色も、君と同じで赤かったゆえに間違えてしまったのだ。いやあ、幽霊になるといかんなぁ、目が悪くなっていかん!なんせ目が燃えているからな!!アハ、アハハハハハハハ!!』
「そ、そっすねー。」
めっちゃテンション高えな、この幽霊…。
どうやらオーカ卿、俺の事を今は無き祖国の王子様と勘違いしていたらしい。
当然、俺の過去は亡国の王子様なんかではない。ただのプロゲーマーだ。いやアジア鯖最強のプロゲーマーだ。他に誇れることなんてなかったんだし、そこは譲れない。
ともかく、髪が赤いのと雰囲気がちょっと似ているという2点から、俺の事を亡国の王子と勘違いしたオーカ卿。勘違いではあったものの、それによって彼女は幸運にも怨霊になりかけて飛んでいた自我を取り戻したらしい。怨霊になると言語野がイカれるのだろうか?
そして彼女は勘違いのままに俺に跪き、慌てた俺たちの説明を聞いてからからと笑ったのだ。結果的に好都合な展開ではあるが、なんだか気が抜けてしまう。
『はぁ、笑った笑った、アハハハハ。ふぅ。さて、改めて自己紹介を。私は第6師団歩兵部隊第9小隊所属…ああ、違うか。元第6師団歩兵部隊第9小隊所属、オウカ・ジネンジョだ。クラーダ卿にオリビア卿、貴卿らが私とバルガス少年のことを見つけてくれたということだったか。お二人には感謝してもしきれないな。』
「あ、はい。どうも。」
幽霊に頭を下げられる。反射的にこちらも頭を下げ返す。うーん、やっぱり仕草の節々が日本人っぽいなぁ。顔つきや髪色も相まってますます日本人っぽい。
それにしても、ジネンジョて。枝垂桜に言われたかないだろうが、自然薯て。
彼女は俺に話しかけられて意識を取り戻すと同時に、自分が死んでいたことに気づいたらしい。その割にはずいぶんと楽天的なご様子だが、それに関しては彼女の信奉する宗教観がどうのこうのだという話である。なんでも、死は最大の救済なのだとか。
『さて、亡霊の私を祓う前に、わざわざ語り掛けて下すったのだ。私の長話を聞いてくれるということなのだろう? ああ、気を遣うことはない。なんせ、あの乱暴者どもには酷い目に遭わされたものだからなぁ…、奴らがそれ以上の目に遭うならばお安い御用だ。できれば二度とあんな目には遭いたくないが、もう死んでいるからそれは大丈夫だな!アハハハハハハハハ!!』
「は、ははは…。」
饒舌だなぁ。寝てる人たち、なんで起きてこないんだろう。
ともかく、彼女は自身とバルガス訓練生が亡くなった際の事を語るのに、特に忌避感を感じていないらしい。むしろ恨みを晴らしてほしいらしく、協力的なぐらいだ。
ふとオリビアさんの方を見る。彼女はちょっと呆れたような顔をしながら膝を震わせていた。一見すると退屈で貧乏ゆすりしているかのように見えるが、もちろんそういうわけではない。
「…? ……あっ!また足ばかり見て。もしや、脚フェチというやつですか?」
「………違うっす。女の子が真顔でフェチとか言わんでください。」
霊障の影響は変わらず受けているようだが、先ほどよりも頬に赤みがさしていて顔色が改善しているようだ。
彼女の調子も大丈夫そうだし、さっそくお話を聞かせていただくとしよう。
「オーカ卿で大丈夫ですか?それとも、ジネンジョ卿と?」
『オウカで構わないよ、恩人殿。友人たちはオーガと呼ぶがね。これでも花も恥じらうたおやかな乙女だというのに。全く、勘弁してほしいものだよ。アハハハハ!』
言葉のわりにはまんざらでもなさそうな口調だ。ここは一つ、俺もオーガさんとお呼びして距離を詰め…るわけにもいくまい。
「じゃあ、オウカ卿。早速ですが、当時の状況をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」
『アハハ、オウカ、でいいんだってば。まあ、別に構わないのだけれども。さて、クラーダ卿。私が死んだときの話だったね。』
そうしてオウカ卿は自身の身に何が起こったのかを語り始めた。
オウカ卿の勿体ぶったような前口上の間。
オリビアさんは『オウカ』と発音できないのか、不思議そうに首を捻りながら何度も変なイントネーションで『オーカ』と繰り返していた。




