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21.夢

「…きろー。クラーダ、交代の時間であるぞー。起きろー。外でフォーサイス卿が待っているぞー。」


「んぁ…。もうそんな時間っすか?」



 ひそひそ声のロミアさんが、眠っているウィリアムさんを起こさないように配慮しながら睡眠時間の終わりを告げてくれた。




 魔獣に襲われ、死体を見つけ、落とし穴に落ち、山賊を捕縛し…。なんとも濃厚なアンピプテラ平原への旅程・第1日目はなんとか過ぎ去った。


 落とし穴から帰って来た俺は、夕食を食べた後、体中の泥を隣の河川で洗い流したのちにあまりの疲労で気を失うように眠ってしまったのだった。


 ちなみに捕縛した山賊のおっさんたち、いわばおっ山賊たちは、再び招集された第8駐屯所の皆さんによってしょっ引かれていった。状況からして、彼らがオーカ卿とバルガス訓練生の死に何らかの形で関係していることは明らかだと言える。今頃は手厚い歓待(ごうもん)を受けていることだろう。


 一旦落とし穴の件については片付いたとはいえ、そのままぐっすり眠ることは出来なかった。なんせ、まだやらなければならないことが残っていたのだから。うたた寝の最中に何度も起こされ、ミーティングに参加させられたり、ラルポン師団長への報告を書かされたりした。現在はそれらの所用がすべて終わったので、夜間の見張り当番が回ってくるまで許されていた熟睡を貪っていたところだ。


 0時から起床時間の6時までを3分割し、2人ごとに2時間を担当するというのが、話し合いの結果決まった見張り当番である。騎士の数は総勢7人なので1組だけ3人になるのだが、そこは一番最初の組として割り当てられた。グラバーと御者たちは人数外である。


 俺の担当は2時から4時までの間。つまり、3分割中の真ん中である。相方は俺が寝ている間に遂行されたくじ引きの結果、オリビアさんに決まっていた。



「うわ、腰がバキッつった。よっこいしょっと。ロミアさん、お疲れさまっした。おやすみなさい。」


「ああ、おやすみ。暗がりにはくれぐれも注意するのだぞ。ゴーストが出るやもしれんからな。」



 そんな挨拶を交わし、服の上から胸当てと腰当、その上から外套を身に着ける。日中はなんとなく騎士団的フォーマルな感じで甲冑を身に着けていたのだが、さすがに夜半はカジュアルな格好でも許されるだろう。なんせ、甲冑よりも俺の体の方が固いことがわかったので、むしろ動きやすい恰好の方が対応力も上がるというものだ。


 テントの外に出てみると、雨はさすがに止んでいたらしい。雲の間から丸くて白いモーントが覗いていた。


 しかし、その代わりとでもいうべきか、外気温がかなり低くなっている。魔水晶とやらを使った暖房器具のお陰でテント内は暖かかったのだが、水たまりからの気化熱という形で地表の熱が奪われてしまったのだろう。放射冷却…?よくわからん。



「…冷えますね。」


「あ、オリビアさん。…めっちゃ寒そうな恰好してるっすね?」



 テントの外で俺が出てくるのを待っていたオリビアさんはずいぶんと薄着で、毛布に包まりながら体を震わせていた。聞けば、まさかこんなに冷え込むとは思っておらず暖かい衣服を用意していなかったのだとか。荷物を小さく纏めていたゆえの弊害が顕在化したのだろう。



「他の人から借りればよかったのでは…?」


「アイラの服は私には小さすぎますし、ヒトミ…じゃなくて師団長の服はなんというか…、胸のあたりが窮屈で。」



 ジュリエッタさんならばちょうどオリビアさんと同じぐらいの身長で体格も似ていると思う。だが、彼女は見張りを終えてぐっすりと眠っているらしい。それだけのために起こすのも忍びないし、まだ知り合ったばかりなので服を借りるというのはさすがに気が引けるということだ。



「…っぷしゅっ!…ふう。早く、焚火に当たりに行きましょう。もしくは、弟子の外套の中に入れてくれてもかまいませんよ?さあ、さあ。」


「あ、ちょっと待ってくださいね。これ、使います?最近買ったやつだし、洗濯したばっかだから臭くはないと思うっす。だから嗅ぐのやめてください。」



 アイテムストレージをクローゼットの辺りに繋げ、ローテーション用のコートを取り出す。俺が今着ているやつよりも暖かい裏起毛の品なので、丁度いいのではないだろうか。


 サプ付きハンドガンみたいなくしゃみをしたオリビアさんにコートを手渡すと、彼女は少し固まった後にそれを羽織った。



 満天の星空とまではいわずとも、雨を落として薄くなった雲の隙間から多少の星明りが漏れている。別世界があるのだから、あの星の中に知的生命体が住むものもあるのだろうか?いや、あってたまるか。光ってる星は恒星だぞ。



「満天の星空とまではいきませんが、星がきれいですね。雨上がりの空気は特に澄んでいてよく見える気がします。弟子、あの中には、この星のように生き物が住んでいる星もあるのでしょうか?私はあってほしいと思いますが。」


「ふっ。あ、いや、光ってる星は恒星っすよ。」



 丁度考えていたような言葉を投げかけられたので、ちょっと噴き出してしまった。タイミングがタイミングなだけに鼻で笑ったようになってしまったが。


 前の当番が残した焚火の前に腰掛ける。交代時の火事を警戒したのか、はたまた火の手入れを怠っただけなのか、炎は小さくなっていた。


 薪を放り込みながらオリビアさんの顔を見ると、炎に照らされた彼女は拗ねたような表情をしていた。驚きのあまり動きを止めていると、燃えカスが弾けて額にぶつかった。



「…何も、笑うことはないでしょう。太古の昔にはマグマの海を泳ぐ魚もいたと聞きますし、恒星に住むタコが居たとしてもおかしくはありませんよ。」


「た、タコ…?」


「幼い頃、ヒトミが教えてくれたのです。空の光る星にはタコが住んでいるかもしれない、と。」



 そういえばオリビアさんとヤタラさんは幼馴染なんだった。ロリビアにロリタラ…、ロリミ…、うん、いずれにせよ語呂が悪いな。純粋無垢なロリオリビアにロリヤタラ(中身は大人)が妙な事を吹き込んだというわけか。


 にしても、どういう話になったら恒星にタコなんてことになるのか…?もっと詳しく話を聞いてみると、なるほど、なんとなく話が読めてきた。


 どうやらロリヤタラさんは、幼き日のオリビアさんに地球的解釈での宇宙人に関する話をしたことがあるらしい。それも、火星のないこの星で、火星人について語ったようだ。その際、火星という概念を他の物で代用するために、この世界の者でも理解できる概念的な星に例えようとしたのだろうが…。


 その結果が“火”の“星”だけに恒星だったのだろうか?この星の他に惑星が無いなんてこともないだろうに。



「星に住むタコは知能が高いので、もしかしたらコミュニケーションをとれるかもしれないのです。人ではないものと会話できるのだとすれば…なんて想像してみると、ちょっとわくわくしませんか?」


「そう…かなぁ?そう、ですね、うん。」



 生憎、俺は地球外生命体との交信に興味がないのだが、オリビアさんはそういうのにロマンを感じるらしい。ちょっと意外である。



「意外とは何ですか、意外とは。弟子こそ何か夢はないのですか?」


「いてっ。」



 いらんことが口から漏れ、そのせいで小石を投げつけられた。何時もの条件反射が口をつく。



「夢…、夢っすか?」


「『夢』という言葉が抽象的だというのなら、人生設計や目的意識でもかまいません。弟子は記憶を失っているのでしょう?失った記憶を取り戻す旅なんて、文学的で素敵だと思うのですが。」


「人生設計に目的意識って。なんか面接でも受けてるみたいっすねー。まあ、特に思いつかないっすね。記憶が無くても、オリビアさんや皆さんが助けてくれるからフツーに生きてけてますし。」



 あまり思い出したくはない就活を思い出し、少し憂鬱になった。


 記憶喪失という体でこの国に紛れ込んではいるが、特にその嘘のせいで困ったこともない。なので、俺自身がその設定を忘れそうになるのだ。ただ、記憶喪失ということで気遣われることはあるので、得をしているとは思うが。


 ともかく、本物の記憶喪失ではないのだから、取り戻すべき記憶なんてものもない。失った記憶には執着がないということで誤魔化すことにした。



「く、クラーダ…。貴方って弟子は…!記憶が恋しくなったら、師匠である私がいつでも力を貸しますからね!なんなら旅に連れて行ってくれても良いのですよ!!」



 誤魔化しの美辞麗句にオリビアさんが釣られてしまった。仕方がないとはいえ、騙してしまったことに罪悪感を覚えた。まあ、お世話になっていることだけは事実なのだし、これからもこの人脈をフルに活用させていただくとしよう。




 それにしても、目的意識か。


 小説などで定番のテーマではあるが、別世界にやって来た者が元居た世界へと帰還しようとするのはよく目にする目標設定である。いくら送り込まれた世界が住みよい理想の世界だったとしても、主人公は故郷の食事や遊具などを再現するなどして何らかの形で故郷を感じたがるものである。そして、帰る方法が確立されたら帰還のために精一杯を尽くすのだ。


 一方で、元居た世界には戻りたくないと感じる主人公もいるだろう。そのくせ彼らは、元居た世界の知識を利用して経済革命を起こすなど、ちょっと矛盾した行動をとることもある。だがそんな彼らが、訪れた別世界でしかできないことを成し遂げようと奔走するのもまた、王道展開だ。


 今のところ、俺はそこまで帰りたいとも帰りたくないとも思わない。


 またFPSで遊びたいと思うことはあるが、帰れないならばこの国で流されるままに生きていく。帰れたなら、またプロゲーマーとして活動していくだけだ。別に行きたい場所もなければ野望もないし、魔王打倒なんぞという御大層な大義名分に縋るつもりもない。


 そもそも、あの世界で俺は既に死んだはずだし、死体はとっくに荼毘に付されていることだろう。それなのに強制送還された日には死霊生活の幕開けだろうか?はたまた位牌から始まる身体探しの旅か。



「部下の男性たちに夢を聞けば、金だの女だのと欲望が垂れ流しなのですが…。それに比べて弟子、貴方は随分と清廉なのですね。」



 自分を出さなければ、修道士か何かのように買いかぶられてしまう。どこでもそれはそうなのである。見栄っ張りならば買い被りどんとこいという感じなのだろうが、この見栄は後々首を絞めてくるタイプの奴だ。欲深さをアピールして回避しておこう。



「別に欲が無いわけではないんすけどね。腹が減ったら美味いものを食べたくなるし、今だって眠くて仕方ないっす。あと、騎士寮よりもいい所に住みたいっすねー…。」



 あとは死ぬまでに一度は女の子とえっちなことをしてみたい。これはさすがに口に出すのを憚られたが。



「ふふ。そういう小さなものでも、もっと下世話なものでもいいのです。何か目標を持つと、前向きに進む糧となるので良いですよ。」


「お若いのに達観してますねぇ。今年で19になられるんでしたっけ?」


「いいえ。つい先月、18になったところです。」



 やはり、この国の若年層は厚いなぁ…。戦闘能力が高いし、優秀だし。各界隈の平均年齢が低いのにもそれが表れていると思うのだ。


 そんな素敵な若年層さんが、ふと何かに弾かれたかのように顔を跳ね上げた。彼女は剣の柄に手を掛けながら、辺りを素早く見回した。



「…?今、何か聞こえましたね。突然、女性の声をマネする趣味がおありだったり?」


「え?いや、別に。」



 もちろん両声類ではない。


 おじさんなので高音域が聞き取れなかったとかだったら悲しい。だが、実際に俺の耳には何も聞こえなかったのだ。FPSゲーマーとして足音や身じろぎの音には敏感なつもりなのだが、それでも特に何も気づかなかった。


 ふと、先ほどのロミアさんの言葉を思い出した。



「もしかしてオリビアさん、幽霊(ゴースト)とか苦手だったりします?」


「苦手に見えますか?」


「うーん…。」



 オリビアさんならば幽霊だろうと剣術で切り伏せてしまいそうな印象がある。だが、ギャップというかなんというか。こういう気の強そうな人ほど幽霊に怯えるという可能性もあるので、何とも言えない。



「正直、あまり得意ではありません。怯えて抱きつくかもしれませんが、その時は優しく抱き留めてくださいね?」


「嘘臭いなぁ…。ところで今日は随分とグイグイ来るっすね?」


「いいえ?そんなことはありませんよ?」


『…シ…イ。』


「「何か言いました?」」



 同じタイミングで言葉を発してしまい、お互いに思わず顔を見合わせてしまう。


 今のは確かに聞こえた。


 風の音にも似ているが、それにしては擦過音があまりにも明瞭すぎる。小さな音なのに、地獄の底から響いてくるような芯がある。どちらかと言えば高い声なのに、底冷えするような寒々しさを帯びている。


 俗に言う幽霊の声だと囁かれれば、信じざるを得ないだろう。



「ふむ…、アイラ卿か師団長の悪戯というわけでもなさそうですね。ちょうど、消息不明な魂が2人分ほどいらっしゃいましたっけ。」


「あ痛てててててててて!!!すごい!!!久々に痛覚を感じた気がする!!!!」



 宣言通り、腕に抱きついて(?)きたオリビアさん。的確に関節をキメてくるので非常に痛い。なるほど、関節技は俺にダメージを与えられるのか。グラバーの尻尾の件を考えると関節も十分な防御力を持っていそうなものだが、もしかしたら関節技という概念自体が弱点なのかもしれないなー。



「当たっているのではなく、当てているのですよ。えっち。」


「痛くてそれどころじゃないっす!申し訳ないんすけど!!」


『…ぅ、ル…し…』



 わちゃわちゃしているうちにまたさっきの声が聞こえてきた。明らかに死んだときの苦しみとか生者への恨みとかを訴えている類の声だ。


そういえば、丁度丑三つ時か。この世界の死霊とかゾンビなんかはスピリチュアルな存在には違いないものの、いちおう科学(魔素学?)現象としてのメカニズムがちゃんと存在している事象である。魔物に分類する学者さえ存在しているようだ。そんな科学的存在が丑三つ時に現れるのも、何らかのファクターによるものなのだろうか?



「ああ、いましたね。訓練生のほうはいったいどこに…?」



 やっと腕を離してくれたオリビアさんは、川べりの方を指さした。そこには鞭のように細い枝が生えた、長細い葉っぱの木が生えていた。いわゆる柳の木にそっくりである。


 そしてそんな柳もどきの下には、青白い靄のような人影が立っていた。



『く、ぅ、シい…、くち・・・オし…イ…。」



 汚れた甲冑を身に纏っていることから騎士だろうか?


 この辺りでは非常に珍しい真っ黒な髪を振り乱し、落ち窪んだ眼窩に青い炎を灯した傷だらけの女の姿が浮かび上がっていたのである。


夜中に いきなりさ



サクラダはまだ24歳ですが、自分の事をおっさん期に差し掛かっていると認識しています。20代をおっさんと呼称することの是非はともかく、彼はそういうふうに考えているキャラです。

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