20.穴の横
辺りはだいぶん暗くなり、雨足は相変わらずという感じである。
現在は廃坑の入り口付近で雨宿りしており、買っておいた薪に火を付けて明りを確保している。
「おっ、またやられたようだぞ!いやはや、一体なにが潜んでいるのやら、だ。」
脱出の準備が整うまでの間、ロミアさんはネズミ型ゴーレムを放っては壊されを繰り返していた。
ゴーレムを作る間隔はだいたい3分に1個ぐらい。
完成したゴーレムは偵察として廃坑内へと放され、その傍から破壊されてしまうのである。彼はむしろそれがちょっと楽しくなってきてしまったらしい。
「あんまり、刺激しすぎない方がいいかもしんないっすねー……。」
片手間でゴーレムが破壊されるまでの時間を計測していたのだが、破壊されるまでの時間がどんどん早まってきているようだ。
言い換えると、ゴーレムを破壊している魔物(仮定)がだんだんとこちらに近づいてきているようなのである。
それはまあ、そうだよなぁ。
坑道が内部で分岐しているとはいえ、一方向からやって来るゴーレムを辿っていけば、だんだんとこちらに近づいてきて然るべきだ。
しかもこの廃坑、それほど分岐が少ない時期に放棄されたのか、思ったよりも構造が単純そうだ。
ちょっとばかし知能の高い魔物であれば、ネズミゴーレムを辿って俺たちの所までやって来てもおかしくはないだろう。
「万が一こっちまで来ちゃったら、9割がた戦闘っすからね。なので、いったん派遣をストップしてもらった方がいいかもです。」
俺の魔法は出力こそ大きいが、いまだに魔法という概念に慣れていないせいで技術面の小回りが利かない。
平地ならともかく、こんな狭い場所では、頑丈な自分自身は守れても他2人を守れるかどうかといったところ。
「成程、確かにそうなのであろうな。だが、いざという時に何やら役立つかもしれん。作れるだけ作っておくことにするぞ。」
俺の言葉に対してそう答えたウィリアムさんはゴーレム作りを再開した。
どういうタイミングなんだろう、哨戒以外でネズミゴーレムが役に立つシーン。
作り溜めしといたのを一斉放出して、デコイにするとかかなぁ……。
「よし、回復した。2人とも、少し下がってくれ。」
脱出に必要な魔素が溜まったらしく、座って休んでいたウィリアムさんが立ち上がって、調子を確かめるように手を握ったり開いたりした。
坑道側に下がって彼の魔法の邪魔にならないようにする。
こうやって落とし穴の全景を見てみると、この落とし穴も本来は坑道の空気穴や搬出口として掘られたものだったのではないかと思う。
まあ、そうだったのだとしても、ここを落とし穴として利用している者の意図は謎であるが。
魔獣狩りが目的だとしても、落とし穴の底に入り組んだ横穴が続いている以上、そちら側に逃げられる可能性があるのだ。
それは面倒なので、俺ならば逃亡を防止するために穴の底に槍などを立てるなど、とどめを刺すような仕掛けを用意する。……そういう仕掛けが無くて本当に良かった。
では、地表に生えていたフォレストルビーが獣によって食害されたり、人為的に盗難されるのを防ぐ目的だったとしたら。
いや、逆にいくら魔法がある世界だとはいえ、一般人が5mの高さを不意打ち的に落下した時には命を失いかねないだろう。
事故で人が死んだときには責任問題がえらいことになりそうだ。
盗人とて私刑で死刑に掛けるのはただの殺人だし。というか収穫するときに間違って農家さん自身が落ちちゃいそう。
うーん、いよいよわからん。
そのようなことを考えているうちに、ウィリアムさんが岩板を完成させたようだ。
「こんな感じか。クラーダの注文通りに作ったんだが、念のために確認してみてくれるか?」
「あ、了解っす。」
完成した均等な厚さの板を確認する。ちょうど2人が乗れそうな、限りなく無駄のない形状をした頑丈な板である。
重心もずれにくそうだし、事故リスクは現状できうる限りで最も低いだろう。
そんなしっかりとした板の中央には正方形の穴が開いている。
アイテムストレージを開き、ベッドを買った時の包装に使われていた箱を取り出す。
アイラさんのご実家であるフリズベルグ商会に建てつけてもらった際、デカい箱が宙を浮きながら搬入されてきたのを見てビビったものだ。いつか使えそうだと取っておいてよかった。
包装箱からビリジアンマグネットの部分を切り出し、それを岩魔法で板のくぼみに埋め込んでもらう。
残念ながら、この辺りの土壌にはビリジアンマグネットが含まれていない。この包装箱のかけらが無ければ、ルーンを描こうが岩の塊が宙を舞うことはないのだ。
さて。最後に細工をしたところの真上に、筆でルーン文字を書きしたためていく。ルーンを完成させてしまえば人が乗る前に浮かんでいってしまうので、あと1画で完成というところで止めておくのだ。
「準備完了っと。そういえば、どちらから脱出します?俺はどっちでも大丈夫っすけど。」
2回に分けて脱出することになったのだが、俺がルーンを管理しなければならない以上、1回目の上昇で外に出られるのは1人だけだ。
先にロミアさんとウィリアムさんに脱出してもらった後、上でルーン文字を消してもらって岩板を落としてもらうというのも考えた。
だが、岩板は別方向からの力を受けない限りは真上に上昇するし、壁面に接触して干渉されないように穴の中央に配置されている。
そのため、岩板から落とし穴外の地面までには多少の距離が生じ、そこを飛び移らないといけないのだ。ルーンを消す作業は、岩板に乗ったままで行わなければならないのである。
そして、よほどの運動能力が無ければ、ルーンを消した者は岩板と共に落下しなければならないだろう。
結果として、落下事故が起きても一番怪我をしづらい俺がこの役割を担うのが良いということになった。
まあ、脱出が後になろうが先になろうが、特に損得をすることもないと思うが。
「そうさなあ。先にそれがしが出て、それからウィルとクラーダが跳ぶのを手助けしよう。ウィルは足を悪くしてしまったのだし、踏み切りに失敗してしまうかもしれないからな!」
「なるほど……。ロミア、ありがとう。」
というわけで特に揉めることもなく、まずはロミアさんが脱出することになった。
ただ、彼が飛び移りに失敗する可能性もある。野郎に踏まれる趣味は無いが、いざとなったら身を挺してクッションにならねば…。
「まあ、その時はその時か。よっし、ウィリアムさんはいざという時のことを考えて、ちょっと離れててください。そうだ、ロミアさん。念のためにネーレムを坑道の奥に向かわせてみてください。」
「ネーレム…? ああ、ネズミ型ゴーレムのことか。よし、任せておくがよい!」
俺とロミアさんが上昇している間に、孤立したウィリアムさんが坑道の中に潜んでいる魔物に襲われてしまう恐れがある。
彼はブロードソードを身に着けてはいるが、怪我を負っているし、魔法を使いすぎたせいで魔素胞が空っぽに近しいのである。
魔素が空っぽになった時のあの倦怠感は何のやる気も起きないぞ……。果たしてそんな状態の彼が自身の身を守れるのかどうか。
そのような『いざ』という事態を防ぐため、行動を起こす直前に魔物(?)の位置を把握しておきたかったのである。
さて、ネズミ型ゴーレムを放って数分。ロミアさんがふと首を傾げた。
「…おや?クラーダ、今何分経った?」
そう言われて懐中時計を確認する。だいたい直前のネズミ型ゴーレムが破壊された時間ぐらいだ。今回はまだ壊されていないので、先ほどよりも生存時間が伸びているということになる。
要するに、標的の魔物は遠ざかったということになるのだろうか? そうだとすれば、好機と捉えるべきだろう。
「昇るなら今っすね。ロミアさん、乗ってください。」
落下防止のために板の縁をしっかりと握りしめ、できるだけ内側に詰めて腰掛ける。ロープがあればシートベルト代わりにでもなったのかもしれないが…。
そう考えてみると、既に2回、ロープが無くて困ることになったわけだ。帰ったらロープ買いに行こうかなぁ…。
▽ ▽ ▽
「ウィル、手を伸ばせ!」
「ああ、助かるよ。」
地上から伸ばされたロミアさんの手に、ウィリアムさんの手が伸ばされる。足の捻挫を感じさせないほど軽快に跳躍したウィリアムさんは、姿勢を崩すこともなく着地することに成功した。
なんだろう、一発ぐらいファイトしてそうな絵面だったな。
「いやー、無事に出られてよかったっすねー。そんで、あの人たちはどうしましょうね?」
地面から1mほどの高さの位置で停止している岩板の上から、6m下の落とし穴の底を見やる。
穴の底には十余人ほどの厳つい装備をしたおっさんらが倒れ伏していて、今、ルーンを消したら大惨事になってしまいそうである。
彼らは、ロミアさんを上に送り届け、ウィリアムさんを迎えに行ったタイミングで廃坑の奥からわらわらと出てきたのである。
ひょっとしたら彼らはこの落とし穴の管理人で、職業はこの辺りの狩人か何かだろうか。
そう思ってリーダー格っぽいスキンヘッドに話を聞いてみたら…。
『お!? おうおうおう!! 妙な石ネズミが這いまわってやがると思って出てきてみれば、下級騎士サマたった2匹だけかぁ? 貧乏そうなきったねえ鎧着けやがってよぉ! ムカつくから、ちょっくらサンドバッグになってもらうぜぇ!! もちろん、金目のモン全部奪って奴隷商に売っ払ってやっからよお!!! ギャッハハハハハハハ!!!』
こんな、世も末な感じだった。
しかも彼らは、その言葉通り、俺たちが騎士であることを認識したうえで各々の武器を抜いて襲い掛かって来たのであった。
言うまでもなく、彼らが洞窟内でネズミゴーレムを潰していた者の正体だろう。警戒していただけに、ちょっと拍子抜けだ。
脱出の契機となったあのタイミングも、ごてごてした武装を身支度していてゴーレムに気づかなかったのだと考えれば納得である。
まあ、牽制としてヤタラさんの雷剣魔法を真似た炎の剣を飛ばしてみたら、途端に狼狽し始めたのであったが。
俺もウィリアムさんも泥だらけだったし、おそらくこちらを舐めてかかってきたのだろう。
後は、ビビっているおっさんらに向かって例の筋収縮の魔法を撃ってやってGGである。
エイムはちゃんと手足に合っていたから、死者も出ていない。
いったい何だったんだろうなぁ、と考えながら、とりあえずはウィリアムさんを地上に送り届けたのであった。
とまあ、こうして現状が育まれたのである。
おっさんたちは今でこそ魔法の効果で足の痛みに悶えているが、拘束しているわけではない。魔法の効果が解け次第、逃げられてしまうだろう。とはいえ、いちおう落とし穴の被害に遭ったわけだし、やすやすと見逃すわけにもいかない。
「ロミアさん、申し訳ないんすけど、拠点までひとっ走りしてヤタラさんか誰かを呼んできてくれませんか?俺とウィリアムさんで見張っとくんで。」
「任せろ! なんといっても、ゴーレムは口をきかんからな!」
すちゃっ、と片手を上げて答えたロミアさんは、疲れを感じさせない走りで拠点まで駆けて行った。
しばらくすると、げんなりした顔のヤタラさんと右のほっぺに米粒を付けたオリビアさんを連れて戻って来た。
「ずいぶん遅いと思ったら……。何してん?」
「んぐ…、…ごくん。ロミア殿からお話は聞きましたよ。おや、フォレストルビーではないですか。」
面倒くさそうに落とし穴の底を覗き込むヤタラさんと、落とし穴の入り口に生えたフォレストルビーの木に気づいたオリビアさん。
続けて何か言おうと口を開いたヤタラさんは、オリビアさんの頬の米粒に気づくと、無言で自分の左頬を指して仄めかした。
彼女の行動に首を傾げたオリビアさんは、その動作を真似たのか、両人差し指をそれぞれの頬に当ててあざといポーズを作った。
そして、そのポーズのままこちらを向くと同時に米粒の存在に気づいて顔を顰めた。
「なんというか、襲われたんで返り討ちにしたんすけど……。もしかしたら、オーカ卿とバルガス卿の件に関係があるんじゃないかなぁって。」
「あー……、そういうね。ちなみにバルガス訓練生はちゃんとした騎士じゃないから『卿』って付けちゃダメなんだよ。」
そんな豆知識を地上に残し、ヤタラさんはふわりと落とし穴の底に飛び降りた。
何時もの鎧+スカート姿だったら下のおっさんらは眼福だったろうが、本日は雨天につき防水の足首まで覆うパンツスタイルである。
そんな普段よりも露出少なめなヤタラさんは、虚空に手を突っ込むと、そこから手錠とロープを取り出した。
そして、泥だらけで倒れているおっさんたちを拘束しながら俺の方を睨んできた。
「おい、元凶。降りてきて手伝え。あ、2人は拠点に戻って体を休めてていいからね。」
なんで俺だけ?なんで俺が元凶ということになるの……?
どこかでちょっとした誤解があるような気がする。
「ちょっと弁解させてもがうまっ」
自己弁護を行おうと口を開いたら、その開いた口にオリビアさんが指を突っ込んできた。
口の中に甘酸っぱい濃厚で雑味のない味わいが広がり、薔薇の芳香剤のような良い香りが鼻腔をくすぐって通り抜けていった。
食レポで芳香剤呼ばわりはさすがにナンセンスか。
えーと、なんというか、高そうな味がした。
「ふふふ。フォレストルビー、絶品でしょう? この株の品質はそれほどでもないようで、せいぜい中流階級でも手が届く程度といったところでしょうか。まあ、それでも今食べた1粒が銀貨5枚ほどするのですよ?」
「たっか!!」
フォレストルビーはキイチゴのような見た目をしている。だが、アメリカンチェリー1.5個分ぐらいの大きさがある。
キイチゴとしては巨大だし、味も非常に良かったのだが、これが1粒銀貨5枚≒5000円だと考えると、あまりにも高価すぎるように感じられた。
「ロミア殿はウィリアム殿に肩を貸してあげてください。このならず者たちの処断は我々に任せていただければ。」
ウィリアムさんとロミアさんにニコリと微笑みかけたオリビアさん。
その笑みは彼らを労わるようなものだったのだが、しかしどこか圧を感じさせるようなものだった。
「さ、左様ですかな?そういうことであれば、よろしくお願いいたしますぞ。さあウィル。急いで戻って、ジュリアに元気な顔を見せてやらねば!」
「ふぅ……。君にとってはそっちが本命なんだろう。……頼んだよ。」
仲良く肩を組んだ2人の騎士たちは、少し弱まってきた雨の中をゆっくりと歩き去っていった。
一方で取り残された俺は、仕方がないので落とし穴の底に飛び降りることにした。
今回は足から着地することが出来た。
ただ、その衝撃でびしゃりと泥が跳ね、傍にいたヤタラさんは拘束されたおっさんを盾にしてそれを防いだ。
「こら!泥が跳ねるんだから近くに降りるな!」
「あ、すんません。」
「まあまあ。弟子も頑張ったようですし、ちょっとはねぎらってあげましょう。」
オリビアさんも、すぐに俺たちの傍に飛び降りてきた。全く泥が跳ねなかったんだけど、どうやったんだろう…?
ともかく、手足の激痛で動く元気もなさそうなおっさんたちを拘束していく。
まあ、やったことがやったことなので当然なのだが、俺が近づくたびに悲鳴を上げていてちょっと申し訳なくなった。
「…そろそろ行ったかな?」
「そうですね。近くに気配もありませんし。」
改めて数えてみると、おっさんが総勢18人もいた。
そんなおっさんたちを半分ほどを拘束したところで、2人の女騎士が示し合わせたように頷き合った。
「…どうかしたんですか?」
「いやあ、それがねぇ。…実はさっきさ、第8駐屯所から連絡が届いたんだ。」
そして、彼女たちは声を潜めながら第8駐屯所の愉快な所長から届いた伝書蝶の内容を教えてくれた。
なるほど。この内容が真実なのであろうがなかろうが、あの2人さえも含めて人払いして当然だ。いや、むしろあの2人だからこそ耳に入れるわけにはいかなかったと言うべきか。
…というか、俺にもこれを話してよかったのだろうか?
「あなたは私たちと同じ、“被害者”ですからね。心配せずとも、だからこそ共有したのですよ。」
オリビアさんがそう言って、賊っぽいおっさんをつま先で蹴った。
ハッピーバレンタイン(言っただけ)
【山賊のおっさんらの行動】
(※フォレストルビー前以外にも落とし穴が存在しているという前提)
落とし穴に繋がる廃坑で会議中
↓
ネズミゴーレムが侵入してきたので殺す
↓
斥候として下っ端を向かわせる
↓
斥候がネズミゴーレムを侵入してきたそばから殺していく
↓
斥候の情報からネズミゴーレムの侵入経路をマッピングする
↓
ネズミゴーレムの侵入が止まる。この時点でフォレストルビー前の落とし穴に見当を付ける
↓
戦闘準備
↓
最後のネズミゴーレムの侵入を確認、突撃の契機とする
↓
返り討ちに遭う




