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18.下世話ボーイズ

タイトル通り低俗気味ですので苦手な方はご注意を。

 事件現場への遭遇や魔物の襲撃など紆余曲折あったが、無事に本日の目的地である中継拠点に到着することが出来た。


 中継拠点という名が付いてはいるが、ちょっと整備がなされているだけの平地である。


 アンピプテラ平原やその付近を巡回する騎士が利用するため、水路や階段、便所などが設置されているが、基本的には何もない野原だ。風呂ももちろんない。

 管理人がいないキャンプ場みたいなものだと考えればいいだろう。


 到着時刻はおよそ16時。

 雨は未だに止んでいないので、誰かが岩魔法で焚火を守るための屋根を作ったようだ。


 設備の確認をしたら各自で分担して周辺の哨戒やテントの設営などの作業を行う。そして、それが終わったら息をつく間もなく夕食のカレー作りである。


 ヤタラさんを筆頭に、第3師団の皆さんとジュリエッタさんがきゃあきゃあと楽しそうに野菜を切っている。なんというか、女子女子していて非常ににぎやかだ。

 中に混じって白地に紫まだらのニンジンっぽい根菜の皮を剥いているウィリアムさんが肩身狭そうにしている。


 グラバーの乗った馬車と荷馬車を操縦している御者のおっさんたちも自分たちの食事を作っているようだ。

 しかし、カレーという物珍しい料理に目を惹かれているのが丸分かりである。よそ見をして赤色の縁取りのある葉っぱの炒め物を焦がしてしまったようだ。


 俺は料理が苦手だし、動線の邪魔になるような気もしたので、カレーにはノータッチだ。

 代わりに物音や匂いにつられてやって来る魔物の類を警戒することにした。同じく仕事にあぶれて暇そうにしていたロミアさんも一緒だ。


 昼食休憩を取った森林沿いの街道脇に比べると、この中継地点は視界が開けていて川沿いである。少なくとも奇襲はされにくいだろう。


 ちなみに例の『遠征のしおり』によると、この辺りには大型のネコ科動物に似た“クルトンビスクキャット”という魔獣と、そのエサとなる草食獣がちらほら出現する程度のようだ。

 あとはテントをちゃんと閉めておかないと、寝ている間にノネズミに耳や鼻を齧られるのだと書いてある。


 5枚葉のクローバーのような草が生い茂る草原は何とも平和だ。

 ちょっと増水気味の川のせせらぎもギリギリ心地よい。

 空を飛ぶ巨大クラゲも見慣れてしまえばなかなかどうして可愛らしいものだ。

 これで晴れてさえいれば昼寝のロケーションとして最適解になっただろう。


 河に掛けられた木橋の欄干から土砂で茶色く濁った澱みを覗き込んでみれば、三角形の尖ったヒレがいくつも飛び出していた。

 灰褐色にぬらりと輝くそのヒレは、よくB級映画のテーマにされているあの海産魚のようだが…。



「おお、落ちないよう気を付けるのだぞ。『降る河冷めぬ鳶色鑢(とびいろやすり)、渡と駒が赤濁流の水難』というやつだ!」


「どういう意味すかそれ?」



 隣の欄干から同じく身を乗り出したウィリアムさんが、謎の呪文のようなものを呟いた。何を言っているのやらさっぱりだ。



「あのヒレはリバーラプトル、もしくは古川鮫と呼ばれている魚だな!そして、今の詩は彼らの生きざまについて詠まれたものなのだ。吟遊詩人の間では有名な、エクスカリバーの初代担い手を歌った曲中の1節なのだが…。聞いたことがあるのではないか?」


「あー…、わかんないっすねー。」



 外周都市の街角では、RPGでよく見られるような()()()()な恰好をした吟遊詩人たちが、乗合馬車の発着場付近などで楽器を持ってストリートライブをしていることがある。

 現代日本っぽく例えるとシンガーソングライターがギター片手に駅前で歌を歌っているような感じだ。


 せっかくだからと何度か足を止めて流行の唄の1つでも覚えようとしたのだが、独特の言い回しやイントネーションの癖が強すぎて何を言っているのかさっぱりわからなかった。


 ちなみにロミアさんに先ほどの1節を解説してもらったのだが、前半部分は雨の降った寒い日に鳶色の鮫肌をした“古川鮫”が現れるという掛詞らしい。

 そして後半の物騒そうな部分は、橋を渡らずに川を渡ろうとした馬が騎乗者ごと食い殺されて川を赤く染めたという逸話で、リバーラプトルの危険性を表しているのだとか。


 この詩の通り、彼らリバーラプトルたちは非常に凶暴な鮫なのだそうだ。


 河川の増水時にはちょくちょく水難事故がニュースになっていたが、この国で雨の日に河川に落下した者の運命は殆どがリバーラプトルの餌になるのだということだ。


 彼らの数は多く、基本的にどの川にでもいる。おまけに群れで行動することもあって、軽装であればまず助からないと思った方がいいらしい。



「それでいて肉は泥臭くて食えたものではないし、皮も乾燥すればボロボロになってしまう。使い道がないから積極的に狩る者もいないし、それゆえにますます増えるというわけだ。猪猿(ししざる)どもと同じだな。」


「じゃあ、あいつらも俺らが退治した方がいいんすかね?」


「余裕があれば、な。ちなみにそれがしにはないぞ、余裕!」



 10mも下の濁流を泳ぐ大群をどうにかできるのであれば、と付け加えたたロミアさんは、頭の後ろで両手を組みながら欄干を離れた。


 ちょっと考えた後、数日前にもお世話になった属性なしの魔素の塊をいくつかのヒレにぶち当ててロミアさんの後を追った。


 意図しない筋収縮によりぷかりと腹を見せたリバーラプトル数匹は、健在な仲間たちに餌認定されてしまったようだ。

 背後の濁流から、波音とは別でバシャバシャと暴れ回っているような水音が聞こえてきた。


 先に対岸に辿り着いていたロミアさんは川の中の惨状を見て戦慄したような顔をした後、半目になってこちらを見てきた。



「お前…、出鱈目だなぁ。それに、えげつないことをするではないか。カニバリズムは世界樹教の8大禁忌の1つだぞ?」


「らしいっすねー。でも魚類だしカニバリズムとは言わないっすよ。」


「言葉の綾だというに…。」



 そんな話をしながら、のんびりと周囲の警戒を行っていく。


 今のところは中型のシカっぽい魔物を遠くに見かけた程度、彼らもこちらと目が合うと逃げて行った。そのぐらい平和だ。


 何もないに越したことはないが、他の人たちが仕事をしている間に自分たちだけ散歩をしていたようで、ちょっと申し訳なさすら感じる。

 だがまあ、ちゃんと哨戒という仕事を行ったわけなので罪悪を感じる筋合いはない、はずだ。



「うーむ、拍子抜けだな。暇だしちょっと探検していかぬか?」


「いや、もうすぐ飯っすよ?」



 同じことを考えていたのか、いやむしろ暇だというのが本音なのか。

 思わず苦笑してしまう。


 特に何もない平原なので、探検できるような場所はあまりない。

 それに、今言った通りで、慣れない場所であまり遠出をすると帰れなくなるかもしれない。そうすれば、他の人たちの予定を遅らせてしまうだろう。


 各種ゲームではマッピングが得意だったがこれはリアルなわけだし。そう上手くは行くまい



「なあに、問題なかろうて。確かにそれがしの戦闘能力なんぞたかが知れているかもしれんが、師団長肝煎りのお前が居てくれるからな! それに、それがしにだって切り札があるし!」


「え、あ、いやその……。そっすね。」


「なんだその反応は? それがしが言わせているようではないか!!」



 ロミアさんの切り札…。予想するに彼の家に代々伝わっている例の魔法のことだと思われる。非常に珍しい魔法系統に属しているということだし、重宝される魔法である。


 ただ、決して戦闘向きの魔法とは言えないだろう。

 上手く利用すれば文字通りに一騎当千な活躍をすることが出来るかもしれないが、そのためにはいくつか面倒な段階を踏む必要があるのだと聞き及んでいる。


 その上、準備段階に使用される物品の品質によっても強さが左右されるらしく、金が掛かって時間も掛かるハイコストハイリターンな魔法のようだ。



「なあ、いいだろう?ちょっとぐらい良いではないか。先輩ぞ、それがし。先輩の命令(たのみ)が聞けんのか?」



 上目遣いになりながらあざとくお願い(めいれい)してくるロミアさん。


 野郎がやっても気色悪いだけの動きなはずだが、イケメンはこういう動きも様になるのでずるいと思います。まあ、そっちの気はないし、絆されるつもりはないのだが。


 ともかく、俺の一存では決めかねるということで、一旦戻ってロミアさんのお目付け役であるウィリアムさんに判断を仰ぐことにした。


 意外にもあっさりと許可を出してくれたウィリアムさんもまた、和気あいあいとした女性陣に馴染めずに気まずい思いをしていたらしい。


 なんなら、本人の方から俺たちに同伴するのを口実に、抜け出すことを希望してきたぐらいであった。




 ▽ ▽ ▽




「それにしてもロミア。君たちは節操がなさすぎる。」


「そ、そう言われてもだなぁ。それがしもジュリアも若いわけで、溜まるものは溜まるというか…。」



 川を跨いだ橋の向こう、昼間に通ってきた街道側から細長く伸びている森林地帯。


 せっかく森林があるのだからと、近隣住民が利用していると思われる野道を辿るようにして、食事に彩りを添えられそうな果物を野郎三人衆で探しに来た。

 とはいえ俺以外の2人は非常に綺麗な顔をしておられるので、字面ほどむさ苦しいわけではない。くそがよ。


 今のところ、目立った収穫物は灰色のキノコだけだ。

 食用には適さないが、抗生物質の材料になるのだとか。まあ、そもそもなんか見つかればいいなぁ、ぐらいのノリだったので特に問題はないのだ。



 現在、ロミアさんがウィリアムさんからお小言を頂いている。

 内容に関してはお察しといった感じであるが、遠征メンバーに女性が多い手前、男ばかりが固まるこのタイミングはこういう話をするのにちょうど良かったらしい。



「別にいいだろう!それがし達が仲良くしているのを見れば、母上達も認識を改めるやもしれんわけだし、ウィリアムとて損をすることはないではないか!!大体、ウィルとてそれがしと3つしか変わらんくせに、奥方とはやる事をやっているのだろう。それを棚に上げるなどと…。」


「論点をすり替えないでもらえるか。そもそも、私と妻の関係は君とジュリアの関係とは異なっているだろう。私たちは婚姻関係にあるが、君たちは未婚だ。わかるな? それに、君たちの場合は特に気をつけねばならない。無責任に子供でもこしらえた日には、2人とも家を放り出されるかもしれないだろう。」



 そういえば、ロミアさんとジュリエッタさんのご実家は仲が悪いという話だったか。


 2人とも嫡子ではないという話だし、醜聞が広まる前に両者とも切られてしまっても仕方がないのかもしれない。家と縁を切られても2人で仲良くやってそうだし。


 とはいえ、詳しい事情を知らないので俺が口を挟む余地はない。



「なあ、クラーダ。こうも節操のない者たちが、歯止めの掛からぬほどに行為に及んでいる。正すべきとは思わないか?」


「えっ。」



 そう思って当たり障りのない相槌を打ったり、適当に愛想笑いをして話を合わせているフリをしていたら、ウィリアムさんから意見を求められてしまった。



「いやいやクラーダよ!お前も若いのだし、リビドーを逃すことは必須だろう。風の噂で師団長閣下の姪御殿を娶ったと聞いたし、それがしの気持ちを分かってくれるのではないか?」


「いや娶ってないっす。」



 ここでも勘違いされているのか。というかどこから吹き込んだ風の噂なんだ…。


 生憎というかなんというか、ニアさんには決して手を出していないし、これからも手を出すつもりもない。昨晩はなんかちょっと危なかったけど。


 てかリビドーってなんだっけ。どうせ性欲とかそういう意味なんだろうけどさ。



「…何?まだ関係を持っていないのか。」


「嘘だろ…?あんなに美しい御淑女なのに…。」



 正直に返答したのにまるで虚偽を述べているかのような目で見られた。甚だ心外である。


 というかロミアさん。

 こういう言い方はどうかと思うが、ジュリエッタさんにゾッコンなのかと思いきや、言葉にして他の女性を美しいと評価することもあるのか。ちょっと意外だった。



「なるほど…。ちょっと想定外だったがそういうこともあるか。では、歓楽街で済ませているのか?」



 なんだか会話が生々しい方向に転がり始めた。

 昼間にも感じたことだが、ウィリアムさんは生真面目な印象のわりに、意外とこういう話が好きなのかもしれない。



「……いっぺんだけ行ったことがあるんすけど。」


「「ほう。」」



 2人ともノリノリである。やっぱり高尚そうな騎士たちが集まったとしてもこういう話の流れになることはあるらしい。


 ちなみに話の続きであるが、外周都市には歓楽街が何か所か存在している。


 歓楽街にはえっちなお店が集合している場所もあり、騎士団はそういった店の利用を一応は認可している。

 曰く、騎士団所属の団員が溜め込みすぎて性犯罪に走るよりは、契約を結んだ店で適度にガス抜きをさせてやった方がいい、という方針のようだ。


 かくいう俺も、この世界に来てからすぐの頃、興味本位で一度だけそういう店に入ったことがある。


 しかも、よりにもよってラルポン師団長に勧められた店である。


 俺も男だ。この世界に来る前も興味こそあったが、気恥ずかしくて利用したことはなかった。

 だが、騎士団に入ってからは暗黙のうちに推奨されているようなもので、とうとう足を伸ばすに踏み切ったのだ。


 死ぬほどビビりながらドアを潜り、ガチガチに緊張しながら受付の人を困惑させ、緊張で臨戦態勢になるまでに時間がかかりすぎて担当の女性に苦笑され…。



「なんとか頑張ったものの、今度は相手の方がビビりだしたから、結局金だけ払って帰りました。」


「童貞なのか……? というか、お相手が怯えるとはいったいどういう状況だ……?」


「デカすぎて引かれたっす。」



 そんなふうに男子学生の如き低俗な会話をしつつ森の中の探索を進めたが、結局ロクなものを見つけることができなかった。


 ただ、会話を通して距離感が縮まったし、2人から男としてちょっと尊敬されることになった気がする。

3000PVsありがとうございます!

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