序3.
サクラダが聖ヴァイオレット王国の聖都ウロディニウムなる地へと護送される間、ぷりゅねるJPとその部下2名は様々なことを語ってくれた。
そして、会話の中でぷりゅねるJPが現状に関するヒントを遠回しに伝えてくれたため、考察厨としても名高いサクラダは何とか現状についてのぼんやりとしたイメージを掴むことが出来た。
総評して、なんとも荒唐無稽な話である。
だが、現にそういう状況の中にいるのだから、彼女らの言葉を信じる他なかった。
まず、現在彼が立っているこの世界。
厳密には馬に似た謎の生き物によって引かれている馬車に揺られつつ座っているこの世界は、本来彼がプロゲーマーとして活躍し、配信中に一生を終えたあの世界とは別時空にあるようだ。
この馬によく似た紫色の生き物はマーウーというそうなのだが、このような生物を見たことがあるだろうか。
マーウーだけではない。外を見れば、元の世界では見たことも無いような動植物があちこちに見受けられるのである。
空を飛んでいる大きな鳥も、その鳥を捕食した空飛ぶクラゲも。
地面から生えている巨大なツクシのような木も、その根元に生えている気味悪いキノコも。
全てが奇妙で見たこともないようなものばかりなのである。
それにしてもマーウーとは。
ザギンでシースーのような倒語である。
ともかく、元素やエネルギーといった要素に加え、“魔素”なる謎の概念が加わっているこの世界では、サクラダの出身世界とは異なる幾つかの特別な法則が働いているようである。
まず、人間や動物が魔法を使う事が出来る。
魔法といったら、あの魔法である。
ゲームの題材として何度も利用され、物語の中核として何度も登場してきたあの魔法である。
火の玉を打ち出したり、水を操ったり、空を自由に飛んだりするあの魔法である。
使える魔法は人や動物によって様々という話なのだが、それに関する詳しい法則はパッと耳に聞くには複雑すぎて理解できなかった。
ともかく、生き物は全て魔素を持っていて、それを蓄える器官があるのだそうだ。
その器官の大きさは生物の種による差だったり、種の中の個体差だったりでまちまちだが、器官が大きければ大きいほど強力な魔法を使える可能性が高くなるのだそうだ。
中でも人間は魔素貯蓄器官の容量が大きい部類に入るらしく、よっぽど魔素を放出するのが下手くそな者でもない限り、魔法を使えるという話である。
「ちなみにぷりゅ…じゃなくてヤタラ卿さんも魔法が使えるんすか?」
おそらく自分と同じ経緯を辿ってこの世界にやって来たと思われるぷりゅねるJPは、そもそもこの世界の住人ではないはずだ。
本来は違う法則の下で生きてきた人間であろうとも、魔法を使うことは可能なのだろうか。
サクラダの質問に対し、ぷりゅねるJPはきょとんとした顔をした。
「え? あー、うん。当たり前じゃん。」
彼女は短くそう答えると、馬車を道脇によけて止めさせた。
ちなみに御者はオリビアである。
「師団長は我らが聖アルビー騎士団の中でも最高位の魔法使いなのですよ!あの騎士団長閣下から一本取ったこともある、優れた騎士なのです!」
マーウーに鞭を入れて歩みを止めさせたオリビアは、自分の事のように誇らしげにそう言った。
「や~、それほどでもあるんだけどねぇ…。ちょっとあの岩見てて。」
満更でもなさそうにニヤけたぷりゅねるJPは、馬車から降りると、数百メートルほど離れた所にある大きな岩を指差した。
岩というか、岩山と呼んでも差し支えがなさそうだ。
「…なんか『りたい系』で見たことある気がする展開だなぁ。」
りたい系とは『小説家になりたい!』という小説投稿サイトで流行している形態のストーリーの事である。
確かに、彼の現状はまるで何かの物語のようである。
「あの、師団長…。彼は一体何をおっしゃっているの?」
「…気にしなくていいよ。」
不思議そうに首を傾げるアイラの肩をポンと叩いたぷりゅねるJPは、誤魔化すように腕をサッと上げると、それを勢いよく振り下ろした。
「…急に曇ってきたっすね。」
上空に暗雲が立ち込め始めた。そんなそぶりも見せなかったのに、だ。
サクラダが空を仰ぐと、鼻の頭に一滴の雨粒がぽたりと落ちてきた。
「うわ、降ってきた。」
ガラガラガラガラ!
擬音で表現するならばそれにドカーン!を合成したような感じだろうか。
刹那、一瞬辺りが真っ白になったかと思うと、そのコンマ数秒後にそんな爆音が鳴り響いた。
「おい!見ろっつってんだからちゃんと見ろやカス!」
「いてっ。」
ごちん。
金属製の小手を付けた拳骨で殴られた。
頭蓋骨と金属がぶつかる鈍い音がした。
あれは頭蓋骨へこみましたね、と呟くオリビア。顔を顰めるアイラ。
しかし、殴られた当人のサクラダはそれほど痛みを感じていなかった。
額にデコピンをされた時に反射的に『痛い』と口に出してしまうのと同じで、驚いてつい口が走っただけである。
ともかく、ぷりゅねるJPの拳骨によって彼の顔は正面を向いたわけである。
「あーーーーーっ!?すげえええええ!!!!!」
そして、眼前に広がる光景に彼は大声を上げた。
先ほどまでそびえ立っていた岩山が、跡形もなくなっていたのである。
否、勿論のこと物質として岩山の構成成分が消失したというわけではない。
小岩や礫ぐらいの大きさに砕けた岩山の残骸と思しき瓦礫がそこら中に散らばっていたのである。
まるで岩山が爆発したのではないかという様相であり、まだ大きな岩片が空から降り注いできている。
「もう、師団長。壊すなら飛んでくる方向も考えてくださいよ。あたしがいたから良かったものの、居なかったらどうするおつもりだったのかしら?」
文句混じりにそう言ったアイラは、地面に例の大杖を突きたてている。
大杖の空を向いている側の先端はまるで樹木のようになっていて、葉っぱの先からあふれ出た光がドーム状の壁を形成している。
光のドームはサクラダ、オリビア、アイラ、ぷりゅねるJP、そして2頭のマーウーと彼らが引く馬車を包み込んでおり、こちらに飛んでくる瓦礫を軒並み弾き飛ばしているように見えた。
「いや…わたしだけでも何とか出来たし。それに、コイツもいるし。」
ぷりゅねるJPは拗ねたようにそう言うと、御者台に腰掛けたままのオリビアを差した。
「……私に何を期待しているんですか?」
半目でそう答えたオリビアは、轟音に驚いて興奮しているマーウーの首筋を撫でた。
「…とまあ、こんな感じ。どうだ、君。わたしの凄さを思い知ったか。」
腕を腰に当て、踏ん反りかえるぷりゅねるJP。
その胸元の開いた甲冑でそんなポーズをすると非常に危ない。彼女がスレンダーなだけに、ますます危ない。
「あ、アイラさんすげええええええええ!!!!」
しかしサクラダはアイラの大杖から放出されている光のドームにいたく感銘を受けていた。
ちなみに、これにも一応理由がある。
CWRの『狼獄』部門が解散してから『RoT』部門が結成されるまでの期間、サクラダは『トリルフロムスカル』というゲームのCWR内チームに所属していたことがあるのだ。
魔法世界をテーマにした『マジカルタクティカルTPS』を自称するこのゲームにおいて、『賢王の戴冠』という名前のついた、ちょうどアイラの使っている魔法によく似た防御魔法がOPだったのだ。
なお、OP(Over Power)とは強すぎるという意味のネットスラングである。
最盛期の『賢王の戴冠』は、内部にいる味方全員の被ダメージが無効で、触れるもの全てに攻撃の100%の反射ダメージを与え、魔力回収能力にノックバックまでもが付与されており、クールタイムは15秒という性能である。
それでいて、バリア内側から外側へは一方的に攻撃が通り、展開時には他の魔法も併用して使えるというぶっ壊れ仕様であった。
他のバトロワ系ゲームなどでは『サプライボックスや救援物資からしか取れない特殊武器』に当たる、補給物資の『ダイヤスクロール』と呼ばれる巻物を消費することで使用できるようになる魔法なので、入手難易度は高い。
そうは言ってもゲームバランスが壊れるほどに強すぎたため、早い段階でナーフされてしまったのであった。
ともかく、そんな『トリルフロムスカル』のバリア魔法のイメージがあまりにも強く、サクラダがもし魔法が使えるようになったらという妄想をするときには、バリア魔法が使えるようになりたいと思っていた。
そんな折にアイラのこれである。
彼は、晴天を曇天に変えて落とした雷で導電性の低い巨大な岩を吹き飛ばしたぷりゅねるJPよりも、降りしきる砂礫に一切動じないオリビアよりも、バリア魔法で飛来する岩を防ぎ切ったアイラに感動したというわけである。
それはまあ、ぷりゅねるJPの雷も凄いとは思ったのだが、かつて情熱を注いできた『トリルフロムスカル』の幻影には勝てなかった。
「すごい、すごいっすよアイラさん!!カッケーっす!!!」
「あ、あらあら。そうでしょうか…。な、なんだか、照れてしまいますね。」
ひたすらアイラを褒めちぎるサクラダと、照れに照れるアイラ。
「…まあ、解ってもらえたんなら何でもいいか…。」
折角ご自慢の大魔法を使ったのにあまり驚かれなかったぷりゅねるJPは、釈然としない何かを感じながらもサクラダを縛っているロープを引っ張った。
「ほら、用も済んだし岩も止んだ。さっさと行くぞ。」
ちなみにこれは後に知ったことなのだが、彼女が破壊した岩山は古代人が生み出した魔法生物であるギガントロックゴーレムが擬態したものだったらしい。
このギガントロックゴーレムという魔法生物は魔法に対する抵抗性が非常に高く、普通の魔法使いならば傷を与えることすらできないという話だ。
そもそも魔力消費量が大きすぎる雷魔法を使える者が少ないという話なので、ぷりゅねるJPは本当にすごい魔法使いらしい。
一行を乗せた馬車は、再び聖ヴァイオレット王国なる国にある真実の泉なる場所へと進み始めたのであった。
▽ ▽ ▽
「へえー。じゃあ、皆さんはその魔王軍ってのと戦ってるんすね。」
馬車に揺られつつはや2時間。
これは、この世界に関する話の続きである。
どうやらこの『水妖龍球』と呼ばれている星には、人類を破滅へと導く“魔王”なる存在がいる様子である。
既に世界を隅から怨嗟の炎にて燃やしつつあるこの魔王なる者は、知性のない普通の魔物(この世界においては動物を魔物と呼ぶらしい)どうしを合成し、知性を与え、自らの配下としているのだという。
そうして、魔王は自らの配下の合成魔獣たちの事を“魔族”と呼び、魔族たちを魔王軍として率いて世界中の人間文明を滅ぼそうとしているのである。
始めにに幾つかの小国家が魔王領に吸収され、彼らの拠点となってから久しいとのことだ。
だが、人類もこのままやられっぱなしではない。
聖ヴァイオレット王国の聖アルビー騎士団を筆頭に、世界各国で強力な魔法使いや剣士たちが騎士団を結成し、魔王軍を相手に日々抗戦しているのである。
「はえー……。ってことは、皆さんって実はすごい人達……?」
「せやな、うん。」
軽い調子でそう答えたぷりゅねるJPは師団長と呼ばれていた。
ということは、少なくとも師団1つを束ねる身。かなりの重職についているということなのではないだろうか。
“Ametrine”でサブオーダーをやっていた彼女が、まさか異世界で騎士団の師団長をやっていようとはなんとも驚きである。
その異世界に全裸で放り出されたサクラダからしてみても驚きである。
「変質者。あなた、本当にこんな常識も知らないのですか?」
御者台から振り向きながらそう問いかけたオリビアは、器用にも前方を見ないまま鞭を操り、道に落ちていた何かの動物の死骸を避けた。
「…何だ今の。えーっと、そうっす。本当に何にもわからないんですよ。気付いたら空の上にいて、地面に叩き落とされたと思ったらヤタラ卿さんが来て…。」
もう何度も同じことを言っているような気がするが、そうとしか言いようがないのでサクラダはそう答えた。
「んー。あなたの記憶が本当に失われているのかは真実の泉に行けばわかるとして…。そもそも、どうして空高くから落とされて無事なのかしら?ちなみに、さっきのはブリンクラビットの死骸だと思うわ。」
アイラが首を捻りながら言った。
狭い馬車内で首を傾げられると、彼女の被っている魔女帽が物凄く邪魔になる。
ほら、尖った先端がぷりゅねるJPの鼻をくすぐっている。
「確かに、なんでなんすかね?」
完全にスルーしていたが、その疑問は解消していない。
ただの室内栽培もやしだったサクラダが、どうして超高度からの自由落下に耐えることが出来たのだろうか。
「えっくちっ! ………ごめん。もしかして、彼は無意識のうちに魔法を使ってたんじゃないの? ほら、グルビオンのアイツが使ってたあの…何だっけ、…そうだ! 吸撃の魔法みたいな感じで、落下時の衝撃を上手く逃がしたんじゃない?」
くしゃみをしたぷりゅねるJPは、どうやらサクラダが自分の身を守るために知らないうちに魔法を使っていたのではないかと推測しているようだ。
「あら師団長、鼻水が。…でも、もしそうだとすると。この人、すごい逸材なんじゃないかしら?」
アイラはそう言って、くしゃみの拍子に飛び出た鼻水をハンカチで拭った。
と、その時、徐に馬車が止まった。
「オリビア卿、なんかあったのか?」
御者台から降りようとしているオリビアの姿にぷりゅねるJPが声を掛けた。
「変質者はブリンクラビットが気になるのでしょう?ちょっと拾ってまいります!」
元気よくそう言った彼女は、ものすごいスピードで今来た道を走って戻って行った。
「おいこら!やめろや!!半年前の腐れベルワイバーンの悲劇を忘れたんか!?最近はいい子にしてたのに・・・!!」
顔を少し青褪めさせながら、握った拳を震わせながら、ぷりゅねるJPが叫ぶ。
しかし、彼女の姿はもう既に見えない。
「…君、今日の夕飯はどんなに美味そうでも食うなよ。」
唐突な奇行にサクラダが目を白黒させていると、彼女は真剣な表情でそう忠告してきた。
「あの子ね、ロードキルにあった魔物の死体を食べちゃうっていう、変な趣味があるんですよ。しかも、それを他の人にも振舞うから、時々大変な事になっちゃうの。」
困ったように首を傾けたアイラの魔女帽が、またぷりゅねるJPの鼻をくすぐった。
ちなみにこれは後に知ったことだが、ロードキルされた魔物を食らうのは、オリビアの信じている宗派の教えらしい。供養の一種なのだとか。
「へ、へえ、っくちゅ!」
サクラダ君は女性ばかりの馬車内では静かです。
なんででしょうね。
何故かぷりゅねるJPがぷりゅめるJPになっていることが多い