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17.癖が強いのです

「本当に大丈夫なのですか?無理せずに他の者の手を借りてもいいのですよ?何なら私の後ろにでも」


「いや、絶好調っすよ?どしたんすか?」



 犯行現場を第8駐屯所の人々に任せ、俺たちは再び平原を目指して出発した。


 ちょっと先ほどから体調が右肩下がりである。


 不調の原因はまあ、心理的なものに違いない。そして、その不調が他人から見ても分かるぐらいには顔つきに出てしまっているらしい。


 とはいえ、馬に乗れないほどでもない。


 ちょっと過保護気味なオリビアさんが先ほどから心配してくれてはいるが、さすがにマーウーをコースアウトさせることはないので安心していただきたいところだ。



「…ウィリアム殿と接触しないように気を付けてくださいね。」



 ちょっと吐き気がするし体もフラフラしているが、俺には例のスキルもどきの恩恵がある。目をつぶっていても乗馬できそうだ。

 だからウィリアムさん、そんな不安そうな顔しなくてもぶつけませんよ。



「そういえば、クラーダ。君はフォーサイス卿に剣を師事して頂いたことがあるのかい? 卿からは弟子と呼ばれているわけだし。もしそうなのだとすれば、なんとも羨ましい話だが……。」


「いえ、彼に剣術を教えたことはありませんよ。なんせ、弟子の剣は癖が強すぎるので。」



 ふと思い出したようなウィリアムさんの質問に対し、俺が答える前にオリビアさんが答えた。


 まあ、そりゃそうだよな。

 オリビアさんといえば言わずと知れた“第三の剣星”様だもの。

 そんな彼女が弟子呼ばわりしている者とくれば、誰だって彼女に剣を教わった者だと思うだろう。


 ちなみに“第三の剣星”とはオリビアさんの通り名らしい。


 “剣星”というのは、海外の有名な剣術大会で優勝した者が名乗ることを許される称号である。

 そしてその称号の前にくっついた“第三”というのは、オリビアさんが第3師団に所属しているということと、聖アルビー騎士団史上3人目の“剣星”であるということのダブルミーニングなのだとか。


 本人はこの通り名をあまり気に入っていないらしく、この名前で呼ぶと不機嫌になってしまうのだが。



「弟子には剣術ではなく、魔法を教えたのです。いわば魔法の弟子ということです。」



 そんな剣星様はこのように言っているが、彼女に魔法を教わったのはこの世界に落とされてきたあの日だけである。


 ついでに言うと、その時に主体となって教えてくれたのはアイラさんであった。


 アイラさんにはそれからもちょくちょく魔法を教えてもらっているし、この遠征の出発前にもルーンを教わった。

 個人的には俺の魔法の師匠はアイラさんだと思っているのだが、そうはならないのだろうか。



「ほう、そうなのですか。いずれにせよ、優れた技術を持つ方に何かを教われるというのは羨ましいことです。ちなみに、クラーダの剣筋の癖が強い、というのはどういう意味なのですか? 先日、彼とジュリアの打ち合いを拝見したのですが、その際の彼はかなりの腕前を見せていたように思います。」



 アイラさんからメンタルケアを受けている姪っ子に目を向けながら、ウィリアムさんがそう言った。


 ジュリエッタさんは俺ほどではないものの精神的ダメージを負ってしまった様子だ。


 そして、そんな彼女のメンタルケアのため、オリビアさんとアイラさんの配置が入れ替わっているのである。

 先ほどラルポン師団長からの伝書蝶でこってり絞られていたロミアさんは、随分としょんぼりした様子でオリビアさんの前を進んでいる。


 雑談をするためにちょっと馬車の後ろ寄りに下がってきたオリビアさんは、ウィリアムさんの問いかけに対して少し考える素振りを見せた。

 彼女が首を傾けたことで、灰色の長い髪が鎧の襟からさらさらと零れ落ちていく。



「…そうですね。まず、癖が強い、イコール剣才がない、という意味ではないことを留意してください。私もつい先日、彼と模擬戦を行いました。思ったよりも食い下がられてちょっとびっくりしましたよ。」


「まあ、すぐにボッコボコにされたんすけどね…。」



 オリビアさんは最初、ウィリアムさんの言っていたように俺に剣の稽古を付けてくれる腹積もりがあったらしい。


 とある早朝、訓練所に呼び出された俺は、訳も分からないまま木剣を手渡された。

 そして、流されるままに剣筋を見てもらうという名目でオリビアさんと模擬戦を行うことになったのだった。


 すべての攻撃を防いでみせるから本気で掛かってこいと仰ったので、スキルもどきの力を借りて複数の技を繰り出した。

 既に入団テストの際にスキルもどきの動きは披露しているし、特に問題はないと思ったのだ。


 工兵とはいえ、ちゃんと訓練を積んだ騎士であるジュリエッタさんに圧勝して、気が大きくなっていたというのもあるかもしれない。


 俺のようなモヤシが、木剣とはいえ剣の形をしたものを振れることに驚いたのか、オリビアさんはちょっと表情を固くしていた。

 とはいえ、全ての攻撃を見切られた上で受け流されたのだが。


 そして彼女は俺がバテかけたところで、今度は防御性能を見ると言い放った。

 かと思うと、常人では骨が砕けそうなほどの鋭い連撃を見舞ってきたのであった。


 スキルもどきの補助によるスローモーション視点でも見切れないような一撃にあえなく吹っ飛ばされた俺は、訓練所の壁に人型の穴を開けたのであった。

 例によって痛みは感じなかったし痣もつかなかったのだが、これがもし真剣だったらと思うとさすがに背筋が寒くなったのであった。



「褒めているのですから卑下せずとも。確かに技の間の隙が甘いようでしたし、回避思考に至っては体がついて行かないように見えました。私の剣を捉えられていたところは評価しますが。」



 そう、頭では理解できていても体が追い付かないのである。というか1秒間あたり10発飛んでくる攻撃を避けるには、どれだけ足腰を鍛えればいいというのだ。



「膂力も弱すぎですし。」



 腕力に関しても同じだ。


 仮にあの剣撃を1撃でも受け止めようとして、体ごと持っていかれることになるだろう。

 受け流すにしてもメダカが水流を変えることはできないわけだし。


 というか、この世界の人間は全体的に筋力が高すぎると思うのだ。



「ですが、それを補って余りあるほど個々の技は冴えていましたよ。」


「恐縮です。」



 こう褒められると悪い気はしない……と言いたいところだが、俺の体に剣を振らせているのは俺ではなくてスキルもどきなので何とも言い難い。

 そのスキルもどきすらも完全に見切られてしまったわけだし。


 そういった事情を差し引けば、剣士としての俺の評価は0点といったことになるのだろうか。



「さて、癖が強いというのはその鋭く冴え渡っていた技のことです。あの時も言いましたが、弟子。あなたは直剣を握っているのに薙ぐような動きを狙いすぎです。あれではブロードソードを使う意味がない。」



 オリビアさんに言われてちょっと調べてみたのだが、ブロードソードとは断ち切るための剣である。

 レイピアなどの刺突に優れた剣に対し、刀身の幅を広くすることで対象を断ち切りやすくしているのだそうだ。『幅の広い剣』ということでブロードソードなのである。


 このように聞くと、俺の剣術はブロードソードにぴったりなような気もする。

 薙ぎ払うように振るというのは、断ち切ることと同意義に思えるからだ。


 そのように提言してみたところ、ブロードソードは包丁のように押し付けて引くのだと説明された。



「薙ぎ癖が強すぎてブロードソードには合っていない。一方で、剣術としては薙ぎ癖も込みで完成されてしまっている。私の流派を教え込んでしまえば、せっかくの型が崩れてしまうかもしれなかったのです。」



 オリビアさんの家に代々伝わる剣術流派は騎士団の象徴であるブロードソードを活かした剣術である。

 その剣術を教わればブロードソードをうまく使えるようになるかもしれないが、なまじスキルもどきのアシストがあるせいで上書きが難しいのだ。



「とまあ、こういった意味で『癖が強い』と言ったのです。弟子の剣筋は、直剣よりもサーベルかカトラスのような曲剣向き、といったところでしょうか。欲を言えばカトラスよりもさらに刃が薄くて、リーチがあるような剣を持たせてみたいところですが…。特注でもするしかないでしょうね。」



 オリビアさんはそう言って残念そうに肩を竦めて見せた。


 ……それってつまり、日本刀ってことなのでは?


 そういえば、異世界転生ものでは日本っぽい国が出てくるのがお約束だとジョニキが語っていた。

 だが、この世界にナンチャッテSAMURAI COUNTRYがあるなんて噂は聞いたことがないし、それゆえ日本文化の権化みたいなKATANA SWORDが存在しているなんてもっと有り得なさそうな話だ。


 もしそんな国があるのなら、ヤタラさんが()の一番に教えてくれそうなもんだし。


 これはもしや日本刀を発明して武器界隈に革命を起こすターンがやって来たか?

 ちょうど王様から頂いた資金も半分になったところだし、丁度いいタイミングだ!!


 まあ、俺に鍛冶の心得なんてものは当然ないし、それでいて知己の鍛冶工房もないという時点で詰みなのだが。



「いや…、心当たりがあるかもしれないな。薄くて刃渡りがある、薙ぎ払いに適した武器。」



 と、俺が1人で勝手に盛り上がったり盛り下がったりしていたら、ウィリアムさんがそんなことをぼそりと呟いた。


 なんだろう、こんな制限たっぷりの剣術にマッチしたこの世界の武器。


 ファンタジー的には大鎌とかだろうか? それとも、金属の鞭とかだろうか? でも、鞭の長さを刃渡りなんて表現しないだろうしなぁ。



「亡くなったオーカ卿は、フォーサイス卿の仰っていたような剣を愛用していたように思う。片刃で波のような刃紋が付いた、見たこともないような曲剣だったな。たしか、彼女の祖国では広く普及している武器だと言っていたが…。」


「え、マジすか?」



 これは早くも前言撤回チャンスなのでは?


 ウィリアムさんの話を聞く限り、オーカ卿の剣というのは限りなく日本刀っぽいように思える。

本人(の生首)も黒髪で、残っていた顔のパーツもどことなく日本人っぽかったし。


これはもしかしたらもしかするのではないだろうか。



「オーカ卿の祖国の剣、ですか。不謹慎かもしれませんが、ちょっと見てみたかったような気もします。ちなみにオーカ卿はどちらの出身だったのですか?」



 やはり刀剣には目がないのか、鞍から身を乗り出すようにしているオリビアさん。


重そうな金属鎧がガチャリと音を立て、重心が突然偏ったことに抗議の意を示したマーウーが鳴き声を上げた。


 正直なところ、俺もオーカ卿の故郷の話には興味がある。


 別に日本に郷愁を抱いているとか、味噌や醤油の味に恋しさを感じているわけではない。


 だが、もしかしたらそこには俺と同じように転生してきた現代日本人がいるかもしれないのだ。そして、その日本人がもしかしたらコンピューターを再現することに成功しているかもしれないのだから。


 そう、そろそろ俺の中のゲーマーがうずうずしてきているのだ。


 オリビアさんと一緒になって期待の目線をウィリアムさんに注ぐ。2人分の期待を注がれたウィリアムさんは、少し目を伏せると首を横に振った。



「残念ながら、彼女の祖国は20年も前に魔族の侵攻に遭ったと彼女本人から聞きました。もう今は魔王領に編入されてしまっているようです。」


「「おのれ魔王軍め……!」」



 そして、そんな悲しい返答に、俺とオリビアさんは揃って肩を落とすことになってしまったのだった。


 その後、オーカ卿が亡くなって彼女との思い出が溢れているのか、ウィリアムさんはオーカ卿の故郷について知りうる限りのことを語ってくれた。


 とはいえ、ウィリアムさんが産まれたころには既に戦渦に巻き込まれていたその地を、彼が実際に訪れたことがあるわけもない。

 オーカ卿から又聞きした話と、その話から発展した想像の話の両方が混ざっているようだ。


 よって、以下の信憑性は話半分ぐらいが良いだろう。




 オーカ卿が祖国を離れたのは、彼女がまだ物心ついていない頃だった。


 彼女の故郷は決して大きな国ではなかったが、貴重な金属や衣料品に重宝される布などの交易でそれなりに栄えていたようだ。


 南半球側最大の大陸の極側に位置しており、一年中気温が低くて明確な四季がない国だった。


 代わりに大雪の降り続ける寒冷期とピンク色の花が咲き乱れる温暖期の2つの季節があった。分かりやすくイメージするならば、春と冬だけ存在しているような感じだろう。


 温暖期に一面が淡いピンク色に染まる様は壮観で、オーカ卿の名前もこの花に由来しているのだとか。



 …要するに、ピンク色の花って桜のことだよな?


 桜花でオーカといったところか。俺も苗字に櫻の字が入っている身、ちょっと親近感が湧いてきた。


 ちなみに当の本人はおしとやかな名前と外見に対して腕力が強いゴリゴリの前衛騎士だったため、知人の間ではオーカではなくオーガと呼ばれていたのだそうだ。

 女の子に付けるあだ名じゃねえよ。かわいそう。



 さて、そんな雪と桜の国には、聖ヴァイオレット王国に眠っている聖剣“エクスカリバー”とは別の聖剣があったらしい。

 そして、その聖剣は国の王子を主として認めて魔族の侵攻に抗い、戦いの末に失われてしまったのだとか。


 和風っぽい国なだけに、ツムカリとかドージキリとかムラマサだろうか? でもムラマサは聖剣っぽくはないか。


 オーカ卿の家は、そんな聖剣使いの王子の生家に仕えていたようだ。つまりは王家直属の家臣である。

 この国のポジションに例えると、近衛騎士団のような位置に当たる戦闘職の家系だったらしい。


 だが、戦況の悪化に伴い、当時の頭首や一部の家臣たちを残して国を脱出せざるを得なくなってしまったということだ。頭首がオーカ卿の肉親であったことは想像に難くない。


 そうして国を逃れ出たオーカ卿とその家族たちは、国交のあった聖ヴァイオレット王国に流れ着き、国王陛下の温情で騎士爵を与えられて身元を保証していただいたのだということだ。



「…世間話をする程度の仲だったというわりには、随分とディープな話をしていたのですね。」



 話の途中だったが、オリビアさんが思わずといった様子で突っ込んだ。


 確かに『故郷の国が滅びた』なんて話は、世間話として提供するにはあまりにも重たい話題だ。

 語る側にとっても語られる側にとってもずいぶんと重たい。オーカ卿が自分語り好きなタイプの人間だったとしても、悲壮感に溢れる滅んだ故郷の話など語りたがるだろうか?


 それに、ウィリアムさんもそんなナイーブな話について、やけに詳しいし。


 オリビアさんの言葉にしまったというような顔をしたウィリアムさんは、そっと視線を泳がせた。



「ウィリアムは、学生時代にオーカ卿と親身な仲にあったようですぞ。本人は奥方がいる手前、その恋愛を無かったことにしたがっているようでありますな。」


「ロミア…」



 ちょっと元気を取り戻したロミアさんがそんな話を暴露し、オーカ卿とウィリアムさんの関係性はさらに掘り下げられることになったのであった。


 いつもは保護者面してくる彼が恥ずかしがっているのを見て、調子づいたジュリエッタさんも話に加わってきた。


 『また魔獣に出くわすぞ』とヤタラさんに叱られたところで、本当にボアエイプの群れに襲い掛かられたことには閉口せざるを得なかった。

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