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16.真実はいつも

 驚くことに、発見された2名分の遺体はどちらも騎士のものであったことが判明した。


 首が切断されていた方、つまり俺が発見した方の遺体は女性のもの、そしてオリビアさんが発見した方は男性のものであった。


 どちらも野生の魔物によって酷く損壊されており、かつ鎧や身分証のような身元の特定に繋がる物品も身に着けていなかった。


 それにも拘らず、両者の身元の特定は非常に早かった。

 というのも、女性の方の遺体と直接的な面識があった人物がちょうどこの場に居合わせていたのである。



「オーカ卿……。」



 握り拳を硬く結びながら涙を流しているのはウィリアムさんである。


 彼は今回不幸に遭った女性騎士オーカ卿とは同期だったのだという。

 騎士訓練生時代には同じクラスだったこともあるようで、世間話をする程度には仲が良かったのだという。


 そんなオーカ卿は第6師団所属だったのだそうだ。


 第6師団と言えば絶賛海外遠征中の師団なわけだが、海外遠征には必ずしも師団構成員全員が参加するわけではない。

 コストの関係上、1部は本国に残って何らかの任務に就いていることが多いのだ。なので、第6師団の彼女がこの国に残っていてもなんらおかしくはないのである。


 それゆえに、遠征の留守を任されていた彼女の任務内容を調べればもう一人の正体もおのずと浮上してくるのである。

 意外と飛行速度の速い伝書蝶通信によって外周都市の駐屯地に問い合わせたところ、1時間もしないうちに、男性の方の遺体の身元が判明した。

 彼は同じく第6師団所属の騎士で、オーカ卿の部下であった。



「任務内容は物資輸送馬車の護衛か。うーん、任務自体は普通だよなぁ……。となると、護衛してた方の馬車と御者はどうなったんだ?」



 探偵気取りのヤタラさんがしかつめらしい表情で首を捻っている。


 彼女の言う通り、物資輸送馬車の護衛任務自体はそれほど特筆すべきものでもなさそうだ。


 王都からの物資を港町へ納品しに行く商人の馬車を護衛する任務。

 王都から目的地の街まではかなりの距離があるため、騎士団所有の荷馬車で本人たちの生活用品を運搬していてもなんら矛盾が生じない。


 彼らが賊に襲われたと考えれば、肝心の物資を積んだ馬車が見当たらない理由としては一番自然ではある。


 とはいえ、たった2人で護衛任務に就くような武闘派の騎士が、そんじょそこらのゴロツキに負けるとも考えにくい。

 それに、そもそも輸送していた物資も、漁網などの漁具ばかりだ。そうそう金になるようには思えない。


 姿のない商人の方も、護衛を依頼した商人本人というわけではなくて小間使いの者だったらしい。

 また、それほど大きな商会でもないので、使用人を拉致して身代金を強請ろうとしたとも考えにくい。


 そうすると、犯人は殺害された2人の騎士か使用人に何か宿怨でもあったぐらいにしか考えられない。そうでもなければ、騎士たちをこうも凄惨に殺害する理由も分からないし、または護衛されていた小商会の使用人なんて微妙なポジションの者を拉致する理由も見当たらない。


 とまあ、ここまで人間による他殺を前提に考察してきたわけだが、なんといってもここは魔法が存在していて騎士爵位が現役で仕事をしている異世界。

 俺が想像もできないような突拍子もない事故が起こった可能性も、もしかしたらあるのかもしれない。


 例えば地中に埋まっていた魔素が大暴走を起こして馬車がぶっ飛んだのだとか、知性ある未知の魔物が凶行に及んだのだとか。


 そんなことを考えていたら、ふと思い当たってしまった仮説に愕然としてしまった。



「ま、魔族という線は?」


「いやいやいや、ないないない。」



 かなり核心に迫った仮説のつもりだったのだが、ヤタラさんに即座に否定されてしまった。



「……ふふ。」



 オリビアさんはプークスクスというような笑みを浮かべており、一方であのアイラさんが真顔になっている。

 ウィリアムさんは何とも言えない表情でこちらを見ている。

 カップルは連れ立ってどっかいった。またなんかやってるんじゃないっすかね、知らんけど。



「あのさ……、こんな王都近くに魔族が出るわけないよ。あ、これはフラグとかじゃなくてね?」



 この世界に関してはからっきしのNOOBな俺に、ヤタラさんは優しく諭すような口調で王都付近の厳重さを説いた。

 とはいってもその内容は以前に聞いた説明とだいたい同じだった。


 記憶喪失設定ゆえに俺のことを『物覚えの悪いアホの子』扱いしようとしているようだが、そうはいくものか。



「ただの仮説っす。つまり俺が言おうとしてたのは」


「お待たせしました、第3師団長閣下。」



 理論整然とした反論を繰り広げようとした出鼻を、割り込んできた声によってくじかれてしまった。



「ああ、当直の方か。ご苦労様。」



 途端に猫を被ったヤタラさんが割り込んできた声の主に敬礼を示しながら言った。


 ロミアさんたちが送った伝書蝶の連絡を受けて、街道のこのあたりのエリアを管轄している第8駐屯所から派遣されてきた数名の騎士が到着したのである。


 なんというべきか、結局のところ、迷子と第4師団遅刻組の話と一緒なのだ。


 俺たちにはグラバーをアンピプテラ平原まで護送するという重大な任務がある。

 一応、通報者なので発見状況の説明などが求められるが、そこから先、つまり彼らの死の真相究明は残念ながら俺たちの仕事ではないのだ。


 ヤタラさんを主体に聴取が進められ、オーカ卿の遺体を一番に発見した俺にもいくつかの質問が投げかけられた。


 答えるついでに道脇のゲロに関して謝罪したところ、遺体を見るのが初めてな新兵あるあるということで気にしないようにと言われた。

 遠征メンバーがみんな比較的冷静だっただけに、この世界の人々は死が身近にありふれているのかと思っていたが、それは単に彼らが慣れきっていただけのようだった。



「第3師団長閣下、お時間はまだ大丈夫ですか?」



 丸眼鏡を片手でくいっと上げた第8駐屯所の所長がヤタラさんにそう声を掛けた。


 ちなみに彼は法医学に詳しい検視官のようなポジションらしく、副長の女性騎士に聴取を任せて、自身は遺体の鑑定を行っていた。


 そんな彼が、わざわざ今回の作戦責任者を呼び止めようとしているのである。何か2人の遺体に関して気になる点があったのだと考えるべきだろう。


 虚空に手を突っ込んで……というかアイテムストレージから壁に掛けるような丸時計を取り出して時間を確認したヤタラさんは、顎に手を当てて日程を逆算すると、所長に向き直った。



「今のところは日程以上にスムーズだから、1時間ぐらいかな。もちろん、グラバー殿の機嫌次第だけど。」


「問題ありません、30分で済ませますので。」



 言外にさほど時間を取るつもりはないというヤタラさんに、所長は底の熱い眼鏡を光らせながら答えた。

 彼の想像以上に鋭い視線におっという表情を浮かべた彼女は、気を引き締めるように唇を結んで話を促した。



「感謝いたします。亡くなった彼らもこれで浮かばれようというもの。ではまず、ジェフスフィア卿。貴公の弔霊術の腕前は私の知人の内でも知られているところです。貴公はオーカ卿と面識がおありだったということですし、後学のためにも彼女たちの魂を送り届けてあげるところを見せてください。」


「…?わ、わかった。」



 “ジェフスフィア”とは、ウィリアムさんのファミリーネームである。


 ウィリアムさんはボアエイプを駆除した時と同じように、オーカ卿たちの魂を早く弔いたがっていたのだが、現場検証の妨げになる可能性を考慮して控えていたのである。


 また、不正を防ぐために検視官か、検視官が連れてきた神官が弔いを行うと予想していただけに、弔いの許可を出されたことに不信感を抱いているようだった。



「大いなる海を干しし根よ、地を形作りし幹よ、空を覆いし葉よ……」



 人間用の弔辞は魔物用に比べて丁寧で長々しいものになっているらしい。


 5分ほどかけて荘厳な祈りを掛けたウィリアムさんは、しかしその途中から首を傾げ始め、とうとうそれを途切れさせてしまった。



「おや、どうしましたか?」



 明らかに訳知り顔をしている所長が手首を揉みながらウィリアムさんに尋ねた。



「…既に()()()?」


「やはりですか。」



 人間の魂はまだ見たことがない。


 だが、魔物の魂とは基本的に視覚的に捉えることができるものなのだから、人間の魂もまた同じだろう。

 少なくとも俺は布袋に収められた遺体から人魂が飛んでいく様子を目撃していないし、それは他の人たちも同様の様子だ。


 検死の過程で彼らの魂が既にここにはないことを見抜いていた様子の所長は、予想が確信に変わったような顔で深々と頷いた。



「悪霊化したのか、囚われたのか。はたまた既に誰かが祓った後なのか、といったところでしょうかね?そう、思えば不審点しかなかったのです。」



 ヤタラさんの次は所長が探偵気取りといったところか。遺体を前にウキウキし始めた彼に、周囲の目は一気に冷たいものになってしまった。


 その様子を見て「いつものが始まった…」と頭を抱えていた副長が、所長の代わりにペコペコと赤べこ状態になってしまった。


 普段から苦労していそうな副長に同情の視線を送っていたら、所長の長々した推理パートが始まってしまった。



「まず、彼らの遺体です。オーカ卿の遺体は首を切断された上、顔の肉は元の表情が分からぬほどに獣どもの餌と化している。胴体に関しても、死後に尊厳を奪われた形跡がいくつも残っている。切り取られた首の切断面ですらそうなのだ。犯人たちがネクロフィリアなのかどうか、というお話はさておき、執拗なまでの損壊の裏側には明らかに何らかのメッセージ性が隠されているではありませんか?」



 誰かが「せやろか…?」と呟いた。たぶんヤタラさんだろう。



「そして、バルガス訓練生の遺体。オーカ卿に比べればまだマシですが、やはり単純に野垂れ死んだ者や、賊どもに嬲られた遺体に比べると、明らかに作為的な損壊が目立つのです。2人の遺体の雑感といたしましては、何者かが2人を惨殺した『ように』見せかけている、残虐性を意図的に前面に押し出している、といったところでしょうか。」



 ここまでは何となく理解できる。


 俺が実際に目撃したのは2人の指とオーカ卿の生首だけなのだが、普通に剣や魔法で彼らを殺したとして、あんなふうにはならないだろう。


 あのような状態になるまで、念入りに手を加えたような感じがする。


 やべえ、思い出したら吐きそうになってきた。



「他にも遺体からわかることはあります。まず、彼らは少なくともここで殺されてはいないということ。このエリアはつい最近まで雨でした。なのに、遺体が妙に乾燥していることが気にかかります。そして、乾燥状態から明らかに殺害されたのは数日以上も前のことなのに、腐敗している様子もない。完全にゼロとまでは言いませんが、まるで防腐処理でも施されているかのようではありませんか?それに、このエリアは街道の中でも人通りが少なくはない場所。深夜ともなると話は別になりますがね?数日も道をふさいでいるような馬車があれば、誰かが皆様より先に通報していたはず。しかし、そうはならなかった。そして、皆様がこの馬車を発見したのはつい先刻のことということで。…そう考えれば、この荷馬車がここに置かれた時間帯を推測することもできますし、荷馬車がどうしてこんなところで立ち往生しなければならなかったのかということを理解できそうなものではありませんか。」


「つ、つまり、我々がここを通りがかるのを見越して、誰かがオーカ卿とバルガス訓練生の遺体を遺棄した…と?」



 ちょっと所長の空気感に呑まれつつあるウィリアムさんが真面目な顔でそう言うと、所長はニィッと笑みを深めた。


 そして人差し指を目の前で立てると、わざとらしい囁き声でウィリアムさんの言葉に答えた。



「皆様、くれぐれもこれから先の旅程では用心してください。おそらく、彼女らの死は罠です。罠の対象が皆様なのか、はたまた我々なのか、それとも私には思いよらないようなまた別の何かなのか…まではわかりませんがね。」



 この不可解な馬車を発見した俺たちが足止めされることを狙ったのか、はたまた俺たちの通報で飛んできた第8駐屯所がガラ空きになることを狙ったのか。

 おそらくこの2つに1つであろうと彼は予想しているようである。


 ただ、少なくとも前者に関してはあんまり問題がなさそうだなぁと思ってしまう。


 なんせ、旅程は今のところ巻いているぐらいだし、精神的に参っているのは俺とジュリエッタさんぐらいのものだ。


 仮に俺たちを罠に掛けて殺そうとしているのだとしても、それも全く怖くないような気がする。


 なんせ、こちらのメンバーは騎士団ほぼ最強のヤタラさん、メスゴリラもとい剣術無双のオリビアさん、そして防御魔法とルーン魔法の天才アイラさんが揃っているのだ。


 穴になるとしたら、俺含む第4師団の面々だが、俺たちの存在が彼女たちの戦闘にいったい幾何ほどの影響を与えられようか。


 ちなみに所長はそれから暫くの間、さらに深い見解をだらだらと述べ続けていた。


 ウィリアムさんが彼の話にいたく感じ入っていたために気持ちよくなってしまったのだろうが、他の聴衆は蛇足を重ねる彼にちょっと呆れた目を向けていた。


 一部、気になるようなことを言っていたが、基本的にはあまり俺たちと関係のなさそうなことだった。そして、その語りがあまりにも冗長だったために、『さんぽ』に行っていたカップルが戻ってくるほどだった。

 本当にさんぽか?『さ』の字が鏡で反転してたりしないか?


 最終的に副長に耳を引っ張られて退場した第8駐屯所長は、真実の個数に関する決め台詞を残して退場していったのであった。

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