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15.指

微グロ注意

 昼食休憩も済んだところで出発することになった。


 曇天は既にさあさあという静かな雨模様に変わっており、それゆえ全員が地味な深緑色の雨合羽を鎧の上から着用している。


 水棲の魔物の革で作られた合羽なのでビニールのものよりも防水性が高いぐらいだ。

 とはいえ、それでも隙間から入ってきた冷たい雨水で体中が湿気てしまい、さらにこの地域特有の低い気温で一気に体温が持っていかれてしまう。


 熱めの湯に浸かってじっくりと体を温めたいところだが、残念なことに本日は野宿なのである。


 天気の話はさておき。外周都市を出発したときに比べると、皆さん随分と口数が減ってむしろギクシャクしているようだ。


 ともに時間を過ごすにつれて逆にギクシャクしていくというのも珍しい話ではあるが、それに関してはだいたい左舷と右舷に分かれて展開しているバカップルが悪い。



「いやはや、こうも降られてしまってはマーウーのやる気も失われようというもの。アイラ卿、それがしのマーウーもしょんぼりと首を垂れているようだ!ふははは!!」


「ふぇっ!?…あっ、そ、そうですね。あはは…。」



 妙に重苦しい空気を振り払おうとした元凶その1のヤケクソ気味な言葉に対して、アイラさんが顔を背けながら苦笑を零したのちに黙り込んだ。


 あんな流れだし、『それがしのマーウー』というフレーズもなんだか下ネタのように聞こえてきてしまう。当人も発言してからそのことに気づいたのか、空笑いに罅を入れながら頭を搔いている。


 ちなみに元凶その2の方は先ほどからこちらを真っ赤な顔をしながら睨んできている。俺とウィリアムさんは別に悪くないじゃん。



「……彼らを許してやってはくれないか、クラーダ。」


「えぇ……?いやぁ。許すも何も、俺は別にどうでもいいというか……」



 何故か元凶たちよりもよほど神妙な顔をしているのは保護者…もといお目付け役さんである。


 なるほど、先ほどの一件でどうして“お目付け役”なんてのが必要になったのかを理解することが出来た。

 彼の存在はうまく機能していないようだが、むしろ見張り対象が年若くて元気いっぱいなお2人である以上、これでも頑張ってはいる方だろう。


 だってまさか他師団のお偉いさんも参加している作戦で、行為に及ぼうとはさすがに予想できまいて。



「……恋バナでもする? 下っ端君、なんかないんか?」


「ねえわ。」



 空気感が居たたまれなくなったのか、そんなことを宣いだしたヤタラさんの提案を蹴っ飛ばす。


 ちなみに、下っ端君とはこの中で一番階級の低い俺のことを指しているのだと思われる。


 それにしても、よりにもよって恋バナとは。修学旅行の夜の男子学生か、はたまた飲み会の酔っ払い大学生のダル絡みかっての。


 というか、そもそもの話。



「直近の記憶以外は無いんですってば。」


「あー、そういえばそうだった。じゃあ、最近グッと来た女の子とかはおらんのけ?」


「上司によるセクハラだぁ…。」



 意外と福利厚生がしっかりとしている聖アルビー騎士団ではあるが、各種ハラスメントに対しては寛容というか、ある程度の自己防衛を求められるのである。


 師団によってハラスメントへの対応は様々であるが、よりにもよって師団の統率者がハラスメントしてくるのだから世話ない話だ。



「…確かに、ちょっと気になるな。師団長の姪子殿とはどんな感じなんだ?」


「ウィリアムさんまでやめて下さいよ…。」


「…ん、なんだ? 全員、一旦停止。」



 そんな馬鹿話を通してほんの少しだけ空気が弛緩した矢先。先頭を進んでいたヤタラさんが前方に不審な馬車が停車しているのを発見した。


 いや、停車しているというよりか……。


 むしろ打ち捨てられているとでも言った方がよさそうだ。


 その荷馬車の幌は鋭利な刃物で割かれ、荷台の側面は槌で叩かれたかのように割れてささくれ立っている。

 右側の前輪が失われているのでその方向に前のめりになっており、折れた車軸が地面を抉るような跡をつけていることから走行中に車輪が壊れたのだと予想された。


 ちなみに、取れた右前輪は少し離れた水路の中に落ち込んでいた。



 真っ黒な液体がぶち撒けられて乾いたような跡が残る荷台を覗き込んだヤタラさんは、路面に落ちていた棒を箸のように使って何かひょろ長い物体をつまみ上げた。



「血、と…………指。」



 菜箸のような長さの棒にも血がべったりと付いていたことに気づいた彼女は、顔を顰めてそれを放り捨てながらそう呟いた。


 たしか一昨日までは快晴で、昨日あたりから崩れだしたんだったか。


 降ったり止んだりを繰り返すうちに風雨に曝された“誰かの指”は、自然に血抜きされてしまったのか、くすんだ灰色をしていた。


 “持ち主”の姿は馬車付近に見当たらないが、血痕を辿って草むらの方に歩いて行ったオリビアさんが、低木の藪の前で立ち止まって『来るな』というジェスチャーをしている。そこで何かを見つけてしまったのだろう。



「ロミアさん、あなたはジュリエッタさんと一緒に第8駐屯所への伝書蝶連絡をお願いします。」


「…承った。お気遣いに感謝を。」



 顔面蒼白になったジュリエッタさんを気遣ったアイラさんが、アイテムストレージから取り出した虫籠をロミアさんに手渡した。銅色の小さな鳥籠にも似た容器の中で、赤紫の色ガラスのような羽が煌めいている。伝書蝶だ。


 さて、改めて壊れた馬車に乗っていた“指”を観察してみよう。


 関節が緩やかな鉤のように曲がっており、死後硬直は既に解けているのか、棒でつつくたびにぐねぐねとだらしなく曲がる指だ。



「クラーダさん…?」



 自分の右手の指を一本ずつ近づけていって、どこの指なのかを推測してみようとしてみる。

 だが、少なくとも親指ではないということしかわからなかった。


 かなり根元の部分から切られた、というよりも手から引っこ抜かれたという証拠なのか、半分乾燥した断面からは丸っこい骨に軟骨がへばり付いているのすらわかる。



「クラーダさんってば…。」



 ふと視界の端で何かが光ったような気がして、御者席の方に目を向ける。


 比較的血液の付着量が少ない椅子と荷台の仕切りの隙間で鈍い光を放っていたのは、小さな宝石がはめ込まれた銀色の指輪であった。


 ああ、指輪が隙間に挟まっていたという意味ではないのだ。さっきの指よりも一回り小さい指が、指輪をつけて転がっていたというだけなのである。



「クラーダ、さんッ!!」


「あ痛!?」



 頭部に鋭くて重たい衝撃、痛痒は感じなかったがいつもの反射で声を上げてしまう。


 見れば、アイラさんが大杖を振り抜いていて、その隣でヤタラさんが目を丸くしている。


 どうやらずっと話しかけてくれていたようだが、俺がそれに気づかずにブツブツ呟いていたために何かに憑かれているとでも思われていたようだ。



「クラーダさん、大丈夫なの?顔色がすごく悪いのだけど……。」


「……そうっすかね?」



 明らかに只事ではない目に遭って切り離されたのだとわかる指だが、それを目にしても意外と心は落ち着いている…と思う。


 とはいえ、古くなった蝋人形のように作り物めいていてどこか胡散臭い人体の切れ端に対して、あんまり感傷を抱くことはできないものなんだなぁ、なんて感慨に浸り始めたところでようやく胃の内容物がせり上がってきた。


 現場証拠を汚すわけにもいかないので、口元を抑えながら慌てて道脇の方へ退避する。


 すると、肉厚の赤い花弁を付けた低木の下に転がっている、バスケットボールぐらいの大きさの黒い物体と目が合った。


 どろりと濁って干からびかけた眼球は落ち窪んでおり、眼窩にできた空洞にはまるで涙のような雨がたまっている。

 そこにこの辺りではあまりお目にかかることのない真っ黒で艶やかな髪が垂れているのである。


 魚の頬肉は咀嚼のために発達していて旨かったりするのだが、人の場合も同じなのだろうか。

 明らかに何かの獣に食いちぎられたような傷痕と共にぽっかり空いた穴から血に汚れた白い歯と歯茎が『こんにちは』している。



 脳が無意識に掛けていたフィルターがとうとう目詰まりを起こし、処理落ちした後頭葉から溢れ出した情報が、胃液と混ざったカレーと一緒に排出されてしまった。


 理性でなんとか仏様を避けたのだが、辺りに酸っぱい流体を飛び散らせてしまった。



「……申し訳ない、配慮が足りませんでしたね。クラーダ、あなたも下がっていていいのですよ。」



 一頻り戻してすっきりしたところで、心配そうな顔をしたオリビアさんがハンカチと肩を貸してくれた。



「げほっ、どうもお見苦しいところを…。あと、ハンカチすみません。弁償しますんで……」


「おや、殊勝ですね。ちなみに1枚当たり銀貨21枚ほどする最高級品なのですが。」


「道理でいい匂いが……っと、もう大丈夫っす。お手数おかけしました。」



 少し動揺しているオリビアさんの様子を見て、いい匂いはさすがにキモかったかなぁなんぞと考えながら礼を言う。


 気にするなというように軽く手を振った彼女は、深緑のマント型の雨具を翻すと、ヤタラさんに呼ばれて走り去っていった。と思うと、何か言われて戻ってきた。



「弟子、貴方はグラバー殿に伝言をお願いします。『一時停滞するが日程には支障なし』と。」


「了解す。……俺、ゲロ臭かったりします?」


「……うふふ。」



 ちょっと身を引いているオリビアさんに気まずそうな笑みを返され、改めて粗相が恥ずかしくなってきた。


 ともかく、茂みに転がる2人分の遺体に意識を向けないようにしながら、グラバーが待機している馬車へと足を運んだ。




 ▽ ▽ ▽




 騎士団の所有する馬車には各師団ごとの紋章がどこかしらに捺されているものなのだが、今回グラバーが乗っているものには騎士団全体のマークがでかでかと載せられている。


 というのも、彼は騎士団の“客人”という体で王都に入ることを認可されていたのだ。


 アンピプテラ平原に関する条約は国とグラバーの間で交わされたものであるが、彼が平原を統べることで一番利益を受けるのは騎士団だ。こんな対応にも納得である。


 騎士団が賓客をもてなす際などに利用されるこの馬車は、各師団所有の騎士用馬車とはグレードが段違いだ。


 荷馬車に椅子を取り付けたような乗り心地の悪い騎士用馬車とは異なり、広々とした賓客用馬車には衝撃を吸収する機構がしっかりと備え付けられている。そのため、ずっと乗っていても尻や腰が痛くなるということもない。

 椅子にもビロードのような触り心地の良い毛皮が張られており、高級タクシーの内装のようにふわふわとしていて座り心地がいい。


 そんなソファじみた椅子に胡坐をかくように座っているグラバーは、その端正な顔を甘味でハムスターのごとく膨らませていた。



『……。』


「……よ、よっす。」



 爬虫類のような無機質な目線を掌で受け止め、伝言を少し詳しめに伝える。


 興味なさげに俺の話を聞いていたグラバーは、口の中身を嚥下して頬袋を萎ませると、長い二股に分かれた舌で赤い唇をぺろりと舐めた。

 そしてどこか妖艶な動きで口の周りの食べかすをきれいに舐め取ると、真っ赤な口をぱかりと開いた。



『……あむ。』



 そして、傍らの大きな布袋から大きなマフィンケーキを取り出すと、それを一口で頬張った。



「いや、なんかコメントないんか?」



 日程に関しては全く興味がないのか、はたまた甘味にしか興味がないのか。ずっと食ってばかりのグラバーに対して、思わず何とも言えない表情を浮かべてしまう。


 そんな俺をじろりと睨んだグラバーは、マフィンケーキを飲み込むと、再び口の周囲を舌できれいにし、口を開いた。



『うゆ? おにーたん なにか こわいことでも あったの? おかおが まっさおだ ぽよ?』


「!?!?」



 1週間前から比べればイントネーションが人間らしくなって随分とスムーズになった喋り方に驚いたということもあるが、それ以前に突っ込むべきところがあるだろう。


 まあ、あまりにも驚きすぎてツッコミワードすら思いつかなかったのだが。



『……フン。』



 してやったりといった表情を浮かべつつ、狼狽している俺のことを鼻で笑ったグラバーは、ようやく会話に応じた。



『……このひ弱なる外見故か、世話役の騎士の者に、斯様な語り口を求められる事が有ったのだ。其の者は、我が斯様に語る度に、鼻から血潮を吹かんばかりに狂喜乱舞しておったわ。』



 鼻血を出して狂喜乱舞というフレーズで灰色頭の女騎士が思い浮かんだし、馬車の外からくしゃみが聞こえたような気がする。


 だが、実際にはオリビアさんと関係のない騎士だったらしい。



「な、成程……。それで、なんで俺にも……?」


『之は、復讐だ。』


「は、はぁ?」



 いまいち要領を得ない返答に、自然と眉を顰めながら首を傾げてしまった。そして、そんな俺の困惑を認めたグラバーは、ますます勝ち誇ったような表情を深めた。


 どうやら彼は、尻尾を犠牲にしても俺にダメージを与えられなかったことをいたく根に持っていたらしい。

 そして、何とかして意趣返しができないものかと模索していたらしい。


 このことを世話役の騎士に零してみたところ、その何者かは『先ほどのような語調で話しかければ度肝を抜くことが出来る』と入れ知恵したらしい。


 たしかに肝は冷えたが、その入れ知恵した奴は、絶対に自分が女装美少年ワイバーンに媚びられたかっただけなんだろうなぁと思った。

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