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13.ロミアとジュリエッタとウィリアム

 なんだかんだで準備も整い、時間通りに出発することができた。


 7人の騎士は馬に乗り、ヤタラさんを先頭にしてグラバーの乗った馬車と荷物の乗った荷馬車を囲むようにしてアンピプテラ平原への長い道を進んでいる。


 今のところは道中で魔物や盗賊に遭遇することもなく、のんびりではあるが着実に歩みを進めている。


 のどかで自然豊かな景色は目に優しいのだが、残念ながら空模様があまりよろしくない。


 朝方は快晴と言っても差し支えのないほどだったのに、今になってから雲が湧き立つように増えてきた。

 この調子だと1時間もすれば降り始めることだろう。


 灰色の空には、いつぞやかも目撃した巨大なクラゲのような魔物がふわふわと浮かんでいる。


 聞けば、雨が近いと活発に活動を始める『ドンテンガイ』という種類の飛行クラゲらしい。

 傘からひらひらした触手を垂らしている優雅な姿が、曇天の空から垂らされた天蓋のように見えるということだろうか。


 名前の響きとしては貝のようだが、あれを貝と表現する者はさすがの異世界人とていないだろうし、名前の由来にはなっていないことだろう。


 彼らは鳥類や飛行イカを餌として生活しているようで、人間を襲うことはないという話だ。


 それでも、頭上に直径3m近くある巨大肉食生物が浮いているというのはなかなかに気味が悪い。


 ちなみに、栄養価は低いが毒もないし量だけはあるので、食用として利用されることもあるらしい。

 海水中で生活しているわけではないので塩味や生臭さも少なく、中華クラゲのような調理法の他、生のものに黒蜜やシロップをかけてナタデココのように食べることもあるのだとか。


 この時点でもうわけのわからない情報が多すぎる。


 まず、空飛ぶクラゲってどういうことだ。

 そのクラゲが空飛ぶイカを餌にしてるってなんだ。イカフライってことか?

 しかも食えるんかい。

 生で。

 スイーツ感覚で。



「クラーダ、どうした。クルトンビスクキャットでも居たのか?」



 そんな意味の分からないドンテンガイを睨むように見ていたら、隣のマーウーに乗った男性騎士が声を掛けてきた。


 明るい緑褐色の髪に碧眼、騎士団長に面影が似ているがどこか頼りなさそうにも見える彼は、今回の遠征に参加した第4師団の先輩のうちの1人、ウィリアムさんである。


 彼は騎士団長の又従弟(またいとこ)に当たる人であり、かつて自身の家が治めている辺境の騎士領を岩魔法の防壁で守ったという功績で、男爵位を頂いたのだそうだ。


 そんないかつい経歴に対し、本人は非常に物腰柔らかで物静かである。

 いつもどこか表情に影が落ちているようだが、話していて、心優しいイケメンの青年といった印象を受ける。


 でも、この人もどうせ年下なんだろうなぁ……。年下なのにみんなしっかりしてるよ……。



「いや、あいつっす。」


「あいつ……? ああ、ドンテンガイを見ていたのか。」



 俺が指さした方角に目をやった彼は、ドンテンガイを視界に収めると、それをぼんやりと眺め始めた。



「私の父上は妙にあれが好きでね。私も幼い頃に食料が足りなくてよく食べさせられていた記憶がある……。」



 少し忌々しげにそんな思い出を語ったウィリアムさんの出身は、とある辺境の領地である。


 その領地は非常に貧しく、かつ農業にも適していない土地だったらしい。

 彼が男爵位を頂くまでは、領主本人がその日の食料を採取するために近隣の山野を駆け回っていたのだという。



()()()の叔父様は本当に悪食ねぇ。お父様も仰っていたけど、()()の食事はそんなに大変なのかしら。」



 馬車の最後尾を守っている俺たちから見て左側の方から話に割り込んできたのは、第4師団からの参加者のうち、唯一の女性であるジュリエッタさんである。


 ほんの少し緑の混じった金色の髪に、灰緑色の瞳、高くて尖った鼻梁が特徴のシャープな印象を受ける少女である。


 彼女の言葉から察することができるかもしれないが、実はジュリエッタさんとウィリアムさんは姪と叔父という関係なのである。


 そのはずなのだが、2人の年齢がそんなに離れているようには見えない。

 ウィリアムさんが猫背気味なために本来よりも背が低く見えることや、ジュリエッタさんが年齢のわりに大人びていることを除いても、ほぼ同年代のように思えてしまう。


 どうやら、ウィリアムさんの父親が晩年に若い使用人に手を出し、それで出来た子どもがウィリアムさんだったらしい。


 だからこそ、兄である本妻の子とは年齢が20歳近くも離れているし、その娘であるジュリエッタさんとも片手で数えられるぐらいの年齢差しかないようだ。


 母親である使用人が側室として召し抱えられただけマシだが、貧乏騎士の妾腹ともなると周囲からの当たりがさぞかしキツかったことだろう。


 本来領主になることができるはずもない彼が領主になることができたのは、長男であった本妻の子が、ジュリエッタさんの公爵家へと婿養子に出たためなのである。


 こういった事情があるために、姪っ子であり侯爵家の出身であるジュリエッタさんからは侮られてしまっているようだ。


 いちおう彼女の名誉のために弁解しておくと、別にジュリエッタさんも悪い人というわけではないのだ。

 ただ、ちょっと貴族意識が高すぎるご様子なのである。


 また、叔父さんですら侮られるのだから、記憶喪失で身元不詳人ということになっている俺なんかは物凄くナメられているのだ。


 初めて演習場で顔を合わせたときには、初対面なのにひたすらマウントを取られ続けてしまった。

 懐かれてはいるのだろうが、明らかに年上のおっさんに対する態度ではない。


 ちなみにその後、剣術の稽古をつけてくれるというので例のスキルもどきの力を借りて返り討ちにしてやった。胸はすいたが、周囲からはやりすぎだと窘められてしまった。


 

「後輩ちゃん、あなたもクラゲを食べたらいいのではなくて?あなたの舌にはよく馴染むと思うのだけれど。」



 そんな彼女の矛先が、ウィリアムさんから俺の方に向いた。


 要するに貧乏舌という意味だろうか。

 失敬な、(日本では)もっとうまいもん食ってたわ。エネルギーバーとか寿司とか。


 …と反論すれば権力をちらつかされることだろうし、愛想笑いを返すだけにしておこう。



「ジュリア、そんなことを言うものではないよ。それに、あのクラゲは意外とおいしい。君だって美味い美味いと食べていただろう。」


「…えっ?」



 意外にも、物静かなウィリアムさんが援護射撃をくれた。


 ジュリエッタさんの反応から察するに、過去に黙って食わせたことがあるのだろうか。

 さっきまで攻勢一方といった様子だったジュリエッタさんの顔が真っ青になっている。


 さて、そんな一方で。



「そこでそれがしがドーン!ですぞ!そうしたらギークの奴はびっくり仰天して、そのまま海にドボーン!」


「あっはははははは!!ひ、ひぃっ、おかしい…っ」



 馬車の右側でアイラさんを爆笑させている男性がいた。


 彼はロミアさん。

 遠征に参加した第4師団のメンバーのうちの最後の1人である。


 ラルポン師団長の次ぐらいに特徴的な口調の人であり、鮮やかな水色の短髪が目に眩しい、赤い瞳の少年である。


 軽薄というか、明朗で馴染みやすい性格をしているロミアさんは、こう見えてバチバチのインテリ系である。


 今もアイラさんと何やら魔法に関して話している様子なのだが、例え話の癖が強すぎてアイラさんが呼吸困難になるほど笑っている。


 彼は確か、伯爵家の3男坊なのだったか。


 珍しい魔法が使えるということで騎士団の仕事の傍らで魔法学校にも通っているのだという。

 正義感も強い人格者で、今回彼らが遅刻することになった発端は彼の行動だったのだということだ。


 うーん、溢れ出る主人公感。


 あとは、めっちゃイケメン。


 ウィリアムさんもジュリエッタさんもロミアさんもそうだが、この世界には美男美女が多すぎる。実はこの世界に住む全員、異世界人が神様のお恵みで望み通りの姿になって転生した存在なのだと言われても疑わない。


 まあ、ヤタラさん1人で『現代知識』商法を独占できている以上、お察しという感じではあるが。


 それにしても…。


 いろいろとツッコミたいことはあるが、美男美女全員転生者説を想起してしまった要因がここにはあるのだ。


 そう、ロミアとジュリエッタと来て、さらにウィリアムなのである。


 偶然とはわかっていても何か作為的なものを感じるような気もする。

 物凄いニアミス感だ。


 だが、実はこれ以上にもっとすごいことになっていたりもする。


 そうなのだ。なんと、ロミアさんとジュリエッタさんは恋仲にあるのだという。


 しかも、2人の仲に反してお互いの実家の仲が悪いというところまで、なんというか“そのとおり”なのである。


 出発前にヤタラさんもツッコミを入れたくてウズウズしていたようだが、この世界の人にそのネタは伝わらないだろうからグッと堪えたようだ。


 なんというか、悲劇には遭わないでほしいものである。

 幸せなまま、末永く爆発してほしい。


 まあ、ウィリアムさんが2人の生みの親というわけではないんだし、2人の間に割り込もうとする輩もいないようなので気にしすぎだとは思うが。


 ロミアさんは毒に、ジュリエッタさんは刃物に気を付けてもらいたいものだ。


 とまあ、縁起でもない冗談はさておき。


 ワイワイと遠足みたいなノリで会話しながら進んでいると、先頭のヤタラさんが行軍停止の号令を出した。

 もしや敵でも現れたのかと思いきや、お昼時だし雨が降ってきそうなので休憩するらしい。


 今日のランチはヤタラさんが最近試作を重ねているという、カレーライスである。

 ますます遠足っぽいメニュー選択である。


 さて、このタイミングでウィリアムさんたちの本領が発揮された。


 というのも、この3名は第4師団の工兵部隊に所属しているのである。

 戦力としては第3師団の3人に遠く及ばないようだが、工兵としての魔法技術を応用した拠点設営の能力には自信があるのだそうだ。



「ね、ねぇ叔父様?無視をしないで欲しいのだけど?このわたくしが、その…ドンテンガイ(あれ)を食べたのっていつの話なのかしら?身に覚えがないのだけど…。」



 さっきからジュリエッタさんはずっと、狼狽した様子でウィリアムさんを問い詰め続けている。


 だが、口を動かしつつもタープを設営する手は止めていない。

 侯爵家の出ということを鼻にかけているようだし、こういう泥臭い作業が嫌いそうだと思っていただけに意外である。


 一方、問い詰められているウィリアムさんはそれを無視して、ペグを地面に打ち込んでいる俺の方を向いた。



「改めて、今朝は我々のせいでどうも済まなかったね。私は止めたんだが、ロミアがどうしても最後まで面倒を見ると言ったから。ジュリアも迷子に随分と肩入れしていたし、師団長から2人の目付け役を預かっている以上、私だけが先に向かうというわけにもいかなくなったんだよ。……私は止めたんだけどな。」



 自分は制止した、というところを妙に強調するウィリアムさん。

 彼はこの3人組のブレーキ役なのかもしれない。察するにちょっと掛かりが弱いブレーキなのかもしれないが。


 現在ウィリアムさんは、岩魔法を利用して見事な机や椅子、かまどなどを作り出している。


 魔法で作り出せるならどうしてあんなに多くの荷物が必要となるのか、と疑問にも思ったのだが、それはこの硬い椅子の座り心地に集約されているような気がした。



「どの口が…!叔父様だって、最後の方はノリノリだったじゃないの。そんなことよりも、ドンテンガイが…」



 さっきからドンテンガイのことが気になって仕方ない様子のジュリエッタさんは、テント設営作業の手を止めてウィリアムさんの肩を揺さぶり始めた。

 あんまり揺さぶると魔法の精度に支障が出そうなものだが…。



「クラーダよ、ウィリアムを舐めてもらっては困るな!彼は、竜巻の中でも生身で延々と欄干に彫刻を刻んでいた男だぞ?」



 と、俺がジュリエッタさんを止めに入っていると、いつの間にかそばにやって来たロミアさんがウィリアムさんの肩にポンと手を置いた。

 ロミアさんは他二人と比べてマルチタスクが苦手なのか、作業をほっぽり出して会話に混ざってきたようだ。


 おお、すごい。

 ロミアさんの言う通り、ウィリアムさんは揺さぶられながらも手元を見ずに、上着掛けを完成してしまった。



「ちょっと、聞いてよロミア!叔父様が」


「君らうっせえんだけど!!ちゃんと仕事してんの!?」



 ヤタラさんがキレ気味に向こうの方から怒鳴ってきた。


 さて、現在の休憩地点は森林に隣接している開けた道脇である。


 この道はアンピプテラ平原へと続く一方で、この国で2番目に大きな都市へと繋がっているために比較的人通りが多い。


 そのため、近隣の森林に住まう魔物に餌付けをする通行人が現れており、人慣れした魔物たちが野営をしている人間の食事を奪いに襲い掛かってくることがあるのだ。


 こういう魔物は意外と厄介だ。確実に人間に迷惑をかけるのだが、被害者から要請を受けて駆除すれば、愛着を持っていた餌付けの当事者から批判がやって来るのだ。


 その上、餌付けされた個体の行動を見て学んだ他の個体も同様の行動をとる可能性があるため、個体群単位で人間に被害を与えることとなる場合がある。


 最悪の場合だと、人間の介入のせいでそれまで餌としていた生物との共生関係や捕食・被食関係が崩れることも考えられ、環境さえも変わってしまうかもしれないのだ。


 …というのは、こないだも紹介したMMOの元フレンド・救世護真龍王(ぐぜごし)くんの受け売りである。


 ともかく、せっかく作ったカレーを台無しにされないためにも、ヤタラさんが厳しい声を発したのは仕方のないことかもしれない。


 だが、そもそも匂いの強いカレーをチョイスした時点で間違いだったのではないかと思う。


 いくらアイラさんが風魔法で匂いを上手く誤魔化しているとしても、スパイシーで芳醇な独特の()()()()は、一陣の風に乗って拡散してしまう。


 そして、ここで人間が料理を行っている情報を、嗅覚に優れた魔物たちに届けてしまったようだ。


 にわかにフゴフゴという鼻を鳴らすような鳴き声があちこちから響き、茂みや梢がガサガサと騒がしくなってきた。



「あーあ。総員、戦闘態勢を。」



 オリビアさんが呆れたようにそう言って、ブロードソードを抜いた。

Thanks for 2,000 PVs


ロミアがロメオになっててびっくりしました。あれだけ注意して確認したのに…。

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