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12.おっかない婆さん

 第4師団の先輩方があまりにも遅いので、先に到着している者だけで出発の準備を進めておくことになった。


 馬の扱いに慣れているオリビアさんは荷馬車の準備や御者たちとのすり合わせ。

 魔法が得意なアイラさんと見習いの俺は荷物の運搬や忘れ物の確認。

 一番戦力と権力があるヤタラさんが今回の()()であるグラバーを迎えに行っている。


 ちなみに、遅刻している先輩方はどうやら揃って出発したところで迷子に出くわしてしまったらしい。

 目撃情報によると、現在は迷子の両親を探しているようだ。


 行動理念自体は非常に立派なことである。


 惜しむらくは最寄りの屯所に任せればいいものを、必要のない親切心を働かせてしまったために遅刻したということか。


 ニコニコしながら額に青筋を立てたラルポン師団長が、そのことをわざわざ第2演習場まで伝えに来てくれたのである。



「クラーダさん、最近はなにしてるんですか?」


「えらい漠然とした質問っすね。えーっと……。」



 本棟の地下、“準備室”と呼ばれている物置部屋には、今回の遠征に参加する騎士の中でアイテムストレージの魔法が使えない者たちが荷物を纏めていた。


 また、食品やテントなど、遠征メンバー共有の資材もその半数以上を占めている。


 野営に持っていく荷物であるから、必要最低限にまとめられてはいるはずだ。そのはずなのだが、やはりキャンプ用品というのはある程度嵩張るらしい。


 特に科学文明の発達が遅れているこの世界では、キャンプ動画で見るような便利グッズみたいにコンパクトに収めることが困難なのだと見た。

 コンパクトに折り畳めるテントもなければ、エアー式のマットレスもないのだ。


 また、荷物のうちの6割以上に青い斧の家紋が押されている。

 第4師団から参加するメンバーのうち、唯一の女性の家がこの家紋だったはずだ。なんでも、彼女は侯爵家の出なのだとか。


 彼女の家よりも名門である公爵家出身のオリビアさんも、実はアイテムストレージが使えない勢らしい。

 しかし彼女は少し大きめのトランク1個に必要なもの全てを詰め込むことに成功しているようだ。


 この差は果たして何なのか。


 ちなみに、ヤタラさんは勿論のこと、アイラさんも俺も、アイテムストレージの魔法が使える。なので、この中に俺たち自身の荷物は含まれていない。


 では、どうして俺たちが荷物整理の仕事に回されたのかというと。



「へええ。じゃあ今度クラーダさんのおうちに遊びに行くから、そのポテトチップス?をごちそうしてくださいね!あ、あっち側をお願いします。」


「………、うちに来るのはやめときましょ?妙な噂でも立ったら許婚さんにもご迷惑が掛かりますから。今度のお休みの時にでも持っていきますよ。」



 アイラさんと雑談しながら作業を進める。


 何が詰め込まれているのか、滅多矢鱈に重たいキャリーケース。


 それが、その重さを感じさせぬほど、軽やかにふわりと宙を浮かぶ。


 この国のキャリーケースやスーツケースには運送に便利な仕掛けがあるのだ。


 仙磁鉄もしくはビリジアンマグネットと呼ばれる、一種のルーン文字に対して非常に強力な引力を発揮する物質が、必ずパーツのどこかに使われているのである。


 仙磁鉄と名前がついている割には鉄とは関係がないし、そもそも金属ですらない可能性があると言われている謎物質なのだそうだ。

 ルーン文字と引っ張り合い、地面と反発する力も、磁力ではなくて魔素間配列エネルギーなる引力らしい。


 ただ、パッと見た感じがなんとなく磁性の作用っぽいのでこんな名前が付いたのだと説明を受けた。


 ちょっと長くなったが、このルーン文字というのがネックなのである。


 なんせアイラさんの得意魔法はルーン魔法と防御系魔法。

 実家の商家に住んでいた時も、防御魔法で荷物を保護しつつ、ルーン文字で重たい物でも楽に搬送することができるので重宝されていたのだとか。


 今回の場合も無駄に重たい荷物を搬送するために、アイラさんの出番なのである。


 ちなみに俺はまだルーン文字には手を出せていない。

 他の魔法系統で運搬に使えそうな魔法も知らないし。


 じゃあ俺、要らなくね?と思うかもしれないが、そういうわけにもいかないのだ。


 確かにルーンは使えないが、もう一方の簡単な防御魔法に関してはアイラ先生のお墨付きなのである。


 よって、片っ端から荷物に防御魔法を掛けていき、アイラさんの魔素消費を抑えるのが俺の仕事なのだ。


 なんといっても彼女の防御魔法は野営中の安全確保でも重要なのだから、いざという時に使えないというのでは困るではないか。


 …この遠征、アイラさんだけ仕事が多すぎるんじゃなかろうか。



「みんな、あたしをこき使うくせに、防御魔法を教えてあげようとしたら逃げ出すんですよ…。オリビアちゃんも、師団長だってそうなのよ…。クラーダさん、早く育ってね…。」


「ははは…、頑張ります。」



 アイラさんの切実なコメントに、俺は苦笑を返すしかなかった。


 対魔族戦闘における魔法防壁の有用性が樹立された今でも、攻撃魔法に比べると戦果として認められにくい防御魔法を習得したがる者は少ないのだという。


 というのも、戦地に出れば盾扱いされ、前線に立つので負傷しやすいわりには攻撃に参加しにくいために敵を撃破できず、分かりやすい成果を出せないのである。


 また、騎士団は集団戦メインだからこそ、役割分担がしっかりしている。


 攻撃魔法・防御魔法の二刀流を中途半端に使う者なんてどっち付かず過ぎる。そんな中途半端な者は用兵術の邪魔にすらなりかねないのである。


 そもそも防御魔法に割くリソースが勿体ないからと両方を修めようとする者は殆ど存在していないし、そんな器用な真似が出来る者も少ない。


 それゆえ、数少ない防御魔法使いたちが酷使され、みんなアイラさんのような精神状態になってしまうようである。

 防御魔法使い、不遇である。


 アイラさんは魔法に対して質問すれば丁寧に回答をくれるし、時間があるときには親切に魔法を教えてくれる。


 だが、それは言外に、彼女の真の目的が防御魔法使いの後輩育成にあることを示しているのかもしれない。


 まあそうだったとしても、こちらからしてみれば人気がないだけで強力な魔法を実質ノーリスクで学ぶことができるわけだ。

 手に職を付けることができるという意味で、防御魔法は覚え得なのである。


 聞こえは悪いが利害の一致ということで甘えさせてもらっている次第である。



「ルーン以外に上手いこと運ぶ方法が無いもんかなぁ。」



 そうこうしているうちに荷物に防壁を張る作業が終わったので、手持ち無沙汰になってしまった。


 さっきも述べたように、俺はルーンが使えない。なので、アイラさんの運送作業を手伝おうにも手段がないのである。

 風魔法でどうこうできるような重さでもないし、重力操作の魔法は空属性で、机上の空論のたぐいである。


 そもそものフィジカルも弱いので、持ち運ぶというわけにもいかない。


 俺がそんな独り言をこぼすと、アイラさんの目が光った。



「ねえ、せっかくだしこの際にルーンを覚えてみます?」



 作業の手を止めてこちらに駆け寄ってきたアイラさんは、俺の手を籠手を装備した両手で包み込みながらそう言った。


 目が爛々と輝いていて、この機会を絶対に逃さないという覚悟すら感じる。圧がすごい。ついでに握力もすごい。



「うおっ……。そ、それは願ったり叶ったりなんすけど、そんな簡単に覚えられるモンなんですか?」



 ルーン文字はこれまで覚えてきた魔法とは全く体系の違う魔法だ。

 だからこそ、いったんは基本となる魔法を覚えたのちに手を出そうという考えていたのだが…。



「はい! “浮遊”の文字だけならすごく簡単だし、一般魔法よりもコツがないんですよ。そうよ、師団長もこのことを考えてこの分担にしたんだと思うわ。クラーダさん、ぜひこの機会に挑戦してみましょう!」



 そんな感じで勢いの物凄いアイラさんは、有無を言わさず、しかし手短にわかりやすく“浮遊”のルーン文字をレクチャーをしてくれた。


 なるほど、確かに“浮遊の効果を発揮するルーン”というのは非常に簡単だった。


 このルーン文字の効果は、特定の魔素の流れを持った物質を地上1mほどまで浮かばせることができるというものである。


 まずは浮かせたい荷物に紙のタグを取り付け、そこに特定の4文字を記す。あとは、軽く魔素を流し込むだけで発動することができるのだ。


 継続的な魔素供給は必要ない。起電力ならぬ起魔素流さえあれば、後は大気中の魔素で自動的に維持され続けるのだそうだ。


 文字の形もそれほど複雑ではないし、たしかにこれは簡単だ。


 とはいえ、もちろん欠点もある。


 ルーン文字の特性上、書き順が違ったり文字のバランスが崩れていたりしたら、効果が出ないことがあるのだ。

 慣れてくればひたすら同じ文字を転写するだけの単純な作業の繰り返しであるが、慣れるまでがちょっと大変なのである。


 また、どうしてこの文字同士を組み合わせるのかという話になってくると『???』といった感じだった。複雑すぎるのだ。


 ちゃんと一文字一文字の意味を理解して理論を紐解いていけば、思い描くような効果を体内の魔素の制限範囲内で、自由自在に発動することができるようになるのだそうだ。


 残念ながら今のところはそんな余裕がないし、もう少しこの世界の秩序に慣れてからのことになるだろう。


 本日のところは“浮遊”の使い方さえ分かれば荷物運びには困らないし、問題はない。

 なんなら儲けものである。


 アイテムストレージが使えるようになったとはいえ、コスパがアイテムストレージとは比べ物にならないほどに良いし、荷物搬送の他にもなにかと使い道がありそうだ。


 例えば、一番初めに学んだ初級の風魔法と併用すれば空を飛ぶこともできるのではないだろうか。


 いやまあ絶対やらんけど。


 制御が効かなくなって酷い目に遭うのが分かりきってるし。


 いくら体が頑丈になったとて、高所からの落下でダメージを受けるということは、この世界にやって来た時に痛感したんだから。


 あまり痛い思いはしたくないし、飛行への憧れも特にないのでこのアイディアは脳の奥底にしまっておこう。



「クラーダさん、手が止まってますよ。」


「あ、すんません。」



 いらんことを考えていたら集中が途切れてしまっていた。

 インクが滲んでしまい、タグを一枚無駄にしてしまう。



「ちなみにこのタグ、10枚で銀貨1枚もするんですよ…。あんまり失敗しないようにね…。」


「は、はい。すみませんでした、肝に銘じます。」



 銀貨1枚…、ヤタラさんに聞いた話では1000円ぐらいに相当するんだったか。

 1枚100円のタグだと考えると、たしかにあまり無駄にはできない。


 ちなみに銅貨1000枚が銀貨1枚と同価値であり、銀貨1000枚で大金貨1枚と同価値である。


 もっと細かく言うと、大金貨の下に銀貨100枚分と同価値の小金貨という貨幣があったり、兌換銀行券…つまり銀と交換できる紙幣があったりするのでややこしい。


 銅貨1枚が1円、銀貨1枚が1,000円、大金貨が1,000,000円ぐらいだと覚えておけば、往来で困り果てることはないだろうが。




 ▽ ▽ ▽




 タグの取り付け作業が終わり、全ての荷物が宙を浮かんだところで、自分の用事を終えたヤタラさんがペロペロキャンディを齧っているグラバーを伴って手伝いに来た。


 物資に制限がなくなったはずなのに、相変わらずグラバーは女の子のような恰好をしている。


 スカートからは長い尻尾が垂れ下がっていて、機嫌が良いのか悪いのか、左へ右へと揺れ動いている。


 なんでも、男物のズボンに尻尾用の穴を開けて着せてみると、窮屈なのが気に障って仕方ないと訴えてきたらしい。下着も同様だ。


 トップスも背中側をざっくりと開けて、羽を動かしやすくしないと気持ちが悪いということだ。


 こういった条件に合う服装が、現在彼が身に着けている、背中の開いたロングワンピースだったのだそうだ。


 ふむ、つまりスカートの中身は…。


 うーん、オリビアさんがまた鼻血を吹くぞ…。


 中身の老竜のことを考えるとアレだが、似合ってはいるので深く考えないことにした。



「そうそう、遅刻してた人らもさっき到着したみたいだよ。」



 空中に浮かんだトランクに乗りながらヤタラさんがそう言った。

 彼女は精密な風魔法操作で縦横無尽に部屋中を飛び回って遊んでいる。


 いや、飛べるんかーい!



「師団長、それ誰の?もし第4師団の人たちのだったら…?」



 その様子を呆れた顔で眺めつつ、浮遊とはまた別のルーンで荷物たちを操っているのはアイラさんである。


 10文字ほどのルーンを描かれた荷物たちは、ひと纏まりごとに意志をもっているかのような動きで廊下を飛んでいく。


 ルーン文字で指定されたルートをなぞるように飛んでいるので、術者が近くにいなくてもいいらしい。ルーンとはプログラミング言語のようなものなのだろうか?



「婆さんがめっちゃ怒っててさぁ…。遅刻した人たちが悪いのは当たり前なんだけど、ちょっと気の毒になるぐらいキレてた。この部屋まで怒鳴り声が聞こえたんじゃない?」


「さすがに聞こえてこなかったっすけど…。」



 聞けば、先輩方を探してラルポン師団長自らが外周都市を駆け回っていたのだという。


 彼らがそんなに遠くまで行っていないと予想しての行動だったらしいが、結局見つけるまでに数キロ単位で走り回ることになってしまったようだ。

 そりゃあ、怒りたくなるのも無理はないか。



「おっかない婆さんだよな。クラーダ君、怒らさんようにしとき。」



 どこか同情するようにそう言ったヤタラさんは、トランクの制御を誤ったのか、第2のペロペロキャンディに取り掛かったグラバーに激突していた。


 怒ったグラバーの吐いた火でオリビアさんのトランクが焦げ、火災報知器が鳴り響いたせいでちょっとした騒ぎになったことはまた別のお話である。

この世界のルーン魔法は、北欧のいわゆる“ルーン魔術”とはまた体系が異なっている魔法体系の一つです。

使われている文字も異なりますし、なによりもシステムや仕組みが違うようです。

偶然にも同じような名前が付いてしまった上、偶然に魔法の力が籠った文字を使うという概念が似ているというだけの別物だと考えてください。

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