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7.テッソン

「明後日から遠征な。」


「きゅ、急すぎる…。」



 第4師団に編入され、1週間が経ったある日。

 部屋にやって来たラルポン師団長が、A4ぐらいの大きな封筒を手渡してきた。


 封を切るように促されたので、第4師団の紋が捺された赤い封蝋を剥がしてみる。


 すると、中からは遠征について記された数枚の書類が出てきた。

 なんだか『遠足のしおり』のような冊子も同封されているが…。


 とりあえず、一番上にあった藁半紙に目を通す。



「あいつ、まだ解放されてなかったのか…。いや、むしろ早いと考えるべきなのか…?」


「後者じゃろうのう。なんせ魔族じゃし。しかも始祖じゃし。」



 思わず零してしまった独り言に、ガラガラ声でそう答えてくれた師団長は、書類の説明を始めた。

 ちなみにこれは余談であるが、彼女のこの特徴的なガラガラ声は煙草焼けによるものらしい。


 さて、ラルポン師団長の説明を要約しよう。


 俺に下された指令の内容は、アンピプテラ平原に解放されるグラバーの護衛任務への参加である。


 グラバーは、駐屯地での歓待という名目の取り調べも終わり、ヤタラさんが主導して交わしていた口約束をより明確な形の条約として締結することができたので、条件として提示されていた通りに平原周辺で自由に過ごすことが許されたのだ。


 大臣の中には『グラバーにも爵位を与えて上手く使ってやれ』などという意見を出す者もいたようだが、さすがに元祖・騎士の国が魔族を家臣としているというのは外聞が悪いという事でその話は立ち消えてしまったようだ。


 そもそも、竜が爵位貰っても困るだろうに。


 また、今回の遠征は第3師団と第4師団の合同で行われるようだが、規模感はそれほど大きいものではないらしい。

 当事者である俺と第3師団のヤタラさん、アイラさん、オリビアさんに加え、第4師団からさらに3名、そして騎士団専属の御者が3名参加することになっているようだ。


 第4師団から派遣される3名の騎士は俺の配属部署とは別部署に所属する先輩たちだが、既に訓練所で顔見知りになっているので、問題なくコミュニケーションを取れると思う。


 ちなみに、グラバー解放の後は第3師団と第4師団で別行動をとる事になっているらしい。


 第3師団のお三方はついでに先日の人攫い騒ぎの被害に遭った集落を訪問・視察する。というよりも、むしろそちらがメインの用事らしい。


 そして、俺を含む第4師団は、俺とグラバーが外周都市に連行された時に途中で立ち寄った“あの村”で数日間滞在して、色々と現地の手伝いをすることになっている。

 そう、例の聖剣・エクスカリバーが眠っている“あの村”である。


 第4師団から参加する先輩たちは全員が工兵だったはずだが、彼らが必要とされるような何かが起こったのだろうか。



「興味があったら聖剣の試練に挑戦してみるとよかろう。まあ、さすがに抜けるとは思っとらんから、記念受験みたいに気楽に挑んでみるとええ。」



 いまいち表情の読み取りにくい口元を微笑ませた師団長は、そう言って椅子を立った。

 そして流し台に空になったティーカップを持って行くとそれを洗い始めた。



「あ!後でやっておきますから置いといてください。」



 客人に、しかも上司に洗い物させるというのも変な話なので、慌てて止めに入る。


 …という流れを実は毎回やっている。


 本人曰く、他人の家でもつい自宅のノリでやってしまうのだとか。



「おお、すまんすまん。…こういう時こそ、()()()の出番だと思うんじゃが?」



 細い目をさらに細めて俺の顔を見つめるラルポン師団長。

 睨むようなその目つきが()()()、つまりニアさんにそっくりだ。



「今日は見たい演劇があるって言ってましたよ。だからお休みっす。」



 ニアさんの愉快な性格は、どうやら趣味である演劇鑑賞による影響が大きいようだ。


 ちなみに彼女、俺のところに来なければ演劇団に入ろうと思っていたらしい。ただし、残念ながら自他ともに認める大根役者のようだが。



「…せっかくのメイドなんじゃから、もっとこき使って鍛えてやればええじゃろうに。あの子も、『旦那様に頼られなくて寂しいですわ。』なんぞと言っておったぞ。」



 そんな小言を言い残した師団長は、椅子に立てかけてあったカバンを拾い上げて帰る準備を始めた。


 そう言われても、召使なんて雇ったことがあるわけがないんだもんなぁ…。

 ブラックな感じであんまり激務を与え続けるのも嫌だし、ちょっとゆるいぐらいでいいと思ってしまうのだ。


 だが、本人がそう言っているのならばもう少し仕事を回してあげた方が良いんだろうか?


 人の上に立った事が無いので、いまいちさじ加減が分からないのだ。



「ではな。明後日までに、説明事項を参考にして資料を読み込んでおくんじゃぞ。遠征にニアを連れていくんなら、明日までに窓口で申請するように。」



 俺がごちゃごちゃと考えている内に、荷物を纏め終えた師団長は、腰の剣をガチャガチャ言わせながらドアノブに手をかけた。



「はい。どうもありがとうございました。」



 俺も見送るために続く。


 それにしても、ニアさんが来たがるのかなぁ…。


 面倒くさがって遠出したがらないような気もするし、一方で、面白がって付いてきたがるような気もする。

 こちらとしては危険があるかもしれないし、安全な外周都市で留守番をしておいてほしいところだが。



「あとは早い所、()()()()が見たいもんじゃがのう…。励んでくれよ。」


「はい、頑張ります。…テッソン?」



 振りかえってそう付け加えた師団長は、俺の困惑混じりの復唱を聞くと、声を上げて笑いながら帰って行った。


 …テッソンってなんだ?




 ▽ ▽ ▽




「…叔母様がそんなことを?」



 演劇を見終わったというニアさんは、何故か休日なのにわざわざ俺の部屋に茶を飲みに来た。


 彼女がひとしきり演劇のネタバレを語ったところで、師団長が残した謎の言葉について聞いてみたのだが…。

 こちらの質問に、彼女は細い目を少しだけ見開きながらそう聞き返してきた。



「そう、『テッソン』。称号とか魔物のことなのかなぁ…。聞いたことない言葉だからエルフの方言か何かだと思ったんだけど、ニアさんは知らない?」



 俺が努力することで師団長に提示できる物といえば、戦果とそれに伴う昇進ぐらいのものだろう。

 珍しい魔物、もしくは強力な魔物の名前なのか、はたまた騎士団の地位やもっと概念的なものだったりするのかなぁ、なんて予想している。



「……今時、古代エルフ語が流暢にしゃべれるエルフなんてほとんどおりませんよ。叔母様のように何百年も生きているエルフならまだしも、私のようなうら若き乙女になんてことを言うんですか。」


「え……、ごめん。でもそれって、遠回しにラルポン師団長のことを……。」



 エルフ側の事情なんて知ったこっちゃないが、どうやらファンタジーでお決まりの、『森住まいで閉鎖的なエルフ社会』というものは何百年も前にほとんど無くなったらしい。


 エルフに伝統的な魔術だけでは外界の近代魔術には太刀打ちが出来ないと理解した結果、積極的に非エルフ圏との交流を深め、近代文明に溶け込むようになったのだとか。


 閉鎖社会を形成していた割には随分と柔軟な対応のように聞こえるが、あっさりとした言葉のニュアンスの裏側にはいったいどれほどの血が流れていたことやら。


 ちなみに、国内には今でも、時代の流れに取り残されたエルフの集落が残っているらしい。

 古くからのエルフ文化保護のため、基本的には行政が不可侵の立場を保っているのだとか。



「それはさておき旦那様、どうやら叔母様にも期待されているようですし、さっさと昇進して立派な(わたくしたちの)お屋敷(あいのす)を建てて下さい。」


「愛の巣…?我々に愛があるのか…?」



 ニアさんのことは可愛らしい娘さんだとは思うが、恋愛感情を抱けるかと言われたら微妙なところがある。


 付き合いが短すぎていまいち人間性が掴めていないし、なにより彼女の見かけ上の年齢があまりにも年下に感じられてしまうんだもの。

 現時点で頑張って抱いた愛の名なんてせいぜい『友愛』ぐらいなもんだ。


 それにしても、『さっさと屋敷を建てろ』というのはここ数日で色々な人に言われたフレーズである。


 そういう騎士階級の挨拶的な言い回しなのかと思いきや、『国王陛下から直々に任命された騎士であるからこそ、それに見合うような居を構える必要があるぞ』という意味らしい。


 先輩方が妙に親切なのも、陛下から直接爵位を授けられた俺に一目置いているという事情があってというのもあるみたいだし。


 でも、豪邸なんて建てた所で部屋を持て余すばかりだと思うんだよなぁ…。


 余った部屋でなにか商売でもすればいいんだろうか?

 それはそれで箔が付かないとかケチをつけられそうだ。



「少なくとも、私は旦那様の事が嫌いじゃないですよ。叔母様のお陰で巡り合った縁とはいえ、旦那様はわりと私のタイプです。あと5mm鼻が高ければ完璧だったのですが…。」



 今更顔面について文句を言われた所でどうしようもない。


 変身魔法の類は存在しているらしいが、残念なことにただの幻覚だから永続的なものではないし、物質的に身体に作用するわけでもない。



「……旦那様はあんまり照れないお方ですよね。いつかその顔を真っ赤に染めて差し上げたいものです。さて、私は明後日に備えることにいたしましょう。」


「今のって褒めたつもりだったりする?」


「さあ、どうでしょう。」



 ニアさんは結局、遠征に付いてくるつもりらしい。


 ただ、さすがにアンピプテラ平原は何が起こるかわからないために危険すぎるので、先に例の聖剣村に行ってもらって待機させることにした。


 彼女も騎士の子ということで父親から稽古を付けてはもらっていたらしいが、やはりセンスが無かったそうだ。

 そんな彼女からのお言葉。



「戦闘能力は皆無ですので。」



 そそくさと机の上に広げていた演劇のパンフレットを折りたたんだニアさんは、それを丸々としたポシェットに詰め込んだ。


 容量が小さいのに様々な物を詰め込んでいるから、パンパンに膨れているのだ。


 もっと大きいのにすればいいんじゃないかと指摘したら、これが外周都市で流行のスタイルなのだという答えが返ってきた。


 たまに流行のファッションって非合理的だったりするよね。歩きにくそうな靴が流行ったり、気温に合わない服装が流行ったり。


 荷物を纏め終えたニアさんは、ふと思い出したようにこちらを振り向いた。

 すると、遠心力で私服のワンピースの裾がふわりと広がった。


「そうそう。ちなみにテッソンというのは姪孫(テッソン)、つまり姪の子どものことでございますね。」


「へー。……へー。」


 この世界特有の言葉なのかと思いきや、ただ単に聞き慣れないタイプの難しい言葉だというだけだったという。


 俺の学識の無さが露呈しただけであった。


 それにしても…。

 外堀、埋められつつあるなぁ…。

年内にせめて1回は更新しておきたかったんですが…。

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