5.悪党の生態観察及び捕縛
ソードテイルウルフが足を止め、低い声で唸り始める。
それを確認したヤタラさんは、音を立てないようにとハンドサインで知らせてきた。
どうやら、ちょうどこの辺りのどこかに犯罪組織の拠点があるらしい。
グラバーから逃げる時にも使った音を消す魔法とやらを使えばいいのではないかと思ったが、あれは鎧や武器から出る金属音限定のミュートらしい。
したがって今回は自力で足音を消したり衣擦れを抑える必要があるのだ。
せっかく魔法があるのになんというかアナログだ。
この場合はアナログの対義語がマジカルになるんだろうか?まあいいか。
「あれかなぁ…。」
ヤタラさんは小声でそう言いながら、不自然に木が集中している60平米ぐらいの窪地を指差した。
草地の広がる中で、木が密集しているそこだけ明らかに怪しいのだ。
周囲にも樹木が散らばるように生えているのだが、ここまであからさまに集中していると2重の意味で浮いているように見える。
「人工的な植林ってよりかは、なんかの魔物の死体が養分になってるとかなんだろうね。こんなところ、よく見つけたよなー…。」
強力な魔物の死体が朽ちた場所や大量の人死が出た場所、そして強力な魔法使いが死んで野ざらしになった場所などでは、魔素や養分が豊富になる。なので、後にその場所に植物が生い茂るという事はよくあるらしい。
妙なところにきれいな花畑があるかと思いきや、そこはかつての大戦場だったなんてこともざらにあるのだとか。
「焼き払っちゃダメかなぁ。」
「いや、さすがにダメっしょ。」
木々も下草も青々としているが、燃え始めたらめちゃくちゃ燃え広がってしまう気がする。
そもそも、ここに潜む犯罪組織を捕縛して、根本から断つ足掛かりにするという話だったのではなかったのだろうか。その手段は絶対に死人が出る。
「駄目か。じゃあ、めんどくさいし正面突破するかぁ。」
そう言い放ったヤタラさんは、徐に剣を抜いて窪地に向かって走り出した。
うわ、足はっや。
とても追いつけそうもないが、出来る限り鈍足を急がせて散開しすぎないように努めた。
何度も転倒しそうになったが、気を付けていたら意外と大丈夫なものである。
さて、怪しげな窪地に降りてきた。
蔦が絡まった高木の根元の地面をしっかりと確認してみると、明らかに人間や獣によって踏み固められた部分がある。そこに生える下草は背丈が低くなっており、いわゆる獣道となっているのだ。
そんな獣道を足音を殺しながら進んで行くと、奥に行くにつれてだんだんと道幅が広がってきた。
その道の末には、木の枝がドームのようになって空を覆い隠している広場があった。
木々の枝からロープで天幕が張られており、その下で十数名もの武装した若者たちが酒か何かを飲みながら焚火に当たっている。構成員には男性が多いが、女性もちらほらとみられる。
彼らの傍らには数本の杭が建てられており、そこにはロープに結わえられた首輪が30個ほど垂れ下がっている。だが、首輪の先には何も居ない。
おそらく、既に解き放った後だからだろう。
また、天幕から少し離れた場所には金属製の大きな檻が置かれており、中にはみすぼらしい恰好をした人間の女性ばかりが閉じ込められている。
どこかから攫われてきたのだろうか。
騎士達の本拠地の前であるにもかかわらず非常に堂々とした犯行であるが、意外と気付けないものなんだなぁ。燈台下暗し。
「多分、スラムの人たちを奴隷商に納品するつもりだったんだろうな。スラム住みとはいっても、元は聖都とか外周都市に住んでた人たちだから、血統は良いらしいよ。」
この聖ヴァイオレット王国では、犯罪奴隷や自分から奴隷になった者以外を奴隷として売買することが認められていない。
どうしても奴隷に身をやつすしかないほど困窮する者も中々居ないので、奴隷の数は非常に少ないのだ。それに、普通の奴隷にはちゃんと市民権が認められているので雇われ先があまり悪辣な環境であれば断ることも裁判を起こす事もできる。
市民権が認められていても金銭次第でなんでもいう事を聞く奴隷なんてものは、よほどの事が無い限り生まれないのである。
だが、絶対量の少なさに対して、そのようになんでも言う事を聞く奴隷というものは一定の需要があるのだ。
需要の殆どはブラック企業や変態貴族達によるもの、そして海外への輸出用といったようなのばかりで、碌なものではない。
だが、需要があることには変わりないわけで、そんな需要層を狙った奴隷商が犯罪組織と手を組んで人を攫い、法の隙間を巧妙に突いた、いわば”脱法奴隷”とでも呼ぶべき“商品”として売り払っているのだ。
中でも、聖都や外周都市周辺に住まう者たちを脱法奴隷とすれば、幅広い魔法を使えたり魔素胞が大きかったりして利用価値が高いのだ。
それでいて入手難易度が高いので、『血統が良い』なんて表現されて高価になるのだとか。悪趣味だなぁ。
ともかく、高価だからこそ今回の彼らも騎士団のお膝元で無謀とも言えるような犯罪を計画したのだろう。
「うーん…。直近で外周都市のまわりで騒ぎがあったなんて話も聞かないし、たぶん捕まってる人たちは、離れた所の集落から攫ってきたんだろうな。一時的にここに隠してるのかも。」
草地の中で一か所だけ木々が生い茂っているこの窪地は、たしかに草地の中ではよく目立つ。
だが、そもそもこの草地全体が聖都の方からでは視認しづらい地形になっているのだ。
人通りは少なく、騎士団の巡回ルートからはギリギリ外れている。近くにあるヤタラ邸からも数キロ単位で離れている。なんだかんだと既に2~3キロぐらい歩かされたので、足がそろそろ攣りそうだ。
そういったわけで、奴隷の隠し場所としては丁度いい場所なのである。
「ところで俺ら、気付かれてねっすか?」
どうやって突入すれば人さらいを討ち漏らさずに捕獲できるのか、どのように助けに入れば捕まっている人たちを無事に救う事ができるのか、なんて考えながら辺りを見渡していたら、被害者の1人と目が合ってしまったのである。
彼女は、すぐに俺たちが助けに来たのだと理解したからか、大声を上げて俺たちの位置を知らせるようなことはしなかった。
だが、隣にいた顔がそっくりな女の子にもそれを伝えていた。
おそらく妹なのであろうその女の子も、年齢の割に冷静な様子で、急に泣き出したりすることもなかった。
だが、視線をこちらにしっかりと向けて固定してしまっている。
そして、運悪くもちょうどそんなタイミングで被害者たちに目を向けた人さらいが居た。
彼は偶然にも、どこか1点を見つめる姉妹たちに気付き、違和感を覚えたようだ。
若者は姉妹の視線を追い、見つめている1点に焦点を合わせると目を眇め始めた。
「あ、やべ。」
さらに運が悪かったというか、ヤタラさんはブロードソードを抜き身のままで構えていたのだ。
丁寧に研がれたその刀身はまるで鏡のようにチカリと光を反射した。
光が目に入ったのか、眩しそうに左手で目を覆った彼は、右手で俺たちを指しながら大声で叫んだ。
「な、なんだてめえら!?」
大宴会の大騒ぎとまでは行かずとも、これから得られる大量の金を想像して談笑していた場が一気に静まる。
そして、武装した人さらい達が揃った動きで彼の指先に居る俺たちを視界に収める。
それと同時か、それよりも少し早いぐらいのタイミングでヤタラさんからの指示が飛んだ。
「20m先のあの木からあの木まで火球。」
急な指示だったが、“Ametrine”時代のクセのお陰ですぐに反応することが出来た。
「了解。」
人さらいたちの頭上にある天幕は、4か所ほどが地面にペグで固定されている。
そして、その他は彼女が示した5本の木の幹や枝に結わえ付けらえて固定されているのだ。
顔の前で右手の親指を立て、人差し指を的に向ける。
1人で魔法を練習していた時に、ADSで射撃するように魔法を使うと狙撃精度がより高まることに気付いたのである。
親指をサイトに、人差し指を銃身に見立てるようにして魔法を撃つ方向を定めると、連射速度が上がってもリココンがちょっと楽になる気がするのだ。
俺が放った5発の炎弾は、ほぼ同時に5本のロープに着弾した。
魔素に余裕があるので、弾速を加速させるためにブーストさせたり捻りを加えたりとアレンジを加えてみたのだが、ちょっとオーバーすぎたかもしれない。
ロープは焼き切れるのではなく、断ち切られたのであった。
麻のような頑丈な繊維で編まれたロープを貫いた炎弾は、何本かの木々を貫通して穴を開けると、夜空に軌跡を描いて掻き消えていった。
うーん。これなら炎魔法にするよりも無属性魔法の方がスピードも出るしコスパも良いかもなぁ…。
ともかく、支えを失った天幕は、ちょうど真下にいた人攫いのうち10人ほどを下敷きにするように巻き込んだ。
天幕の材質は帆布のような布ではあるが、ここまで大きいと非常に重たいことだろう。
それに、片側が地面にペグで固定されているので余計に抜け出しにくいはずだ。
「ナイスゥ。」
ダウンを取った時と同じイントネーションで賞賛してくれたヤタラさんは、突然落下してきた天幕によって動きを封じられた人さらい達に向けて、雷の矢を放った。
生け捕りにする予定だったわけだし、麻痺させるだけに止めていることだろう。
その間に、こちらも天幕に巻き込まれずに残った奴らを仕留めておくとしよう。
残っているのは計3人。
うち1人が鉄格子の方へ向かって走って行く。人質でも取る気なんだろうか。
そういうのはよくないと思うので、取り急ぎ足を撃ち抜いておく。
さっきの反省を踏まえて今度は純粋な魔素の塊を使ってみたのだが、無事にふくらはぎ辺りに着弾し、相手を転倒させることに成功した。
さっき使っていた、身体に魔素を纏わせて相手の筋肉を収縮させる魔法を転用しているので、腓腹筋やヒラメ筋が収縮してこむら返りよりもひどい痛みを与えていることだろう。
いかつい棍棒のような武器を抜いてこちらに駆けてくる残党たちの足も同じように撃ち抜いておく。もしかしたら腕力を強化する魔法でも使っていたのかもしれないが、射程が長ければ関係ないのだ。
個人的な意見だが、せっかく遠距離で戦える魔法のある世界なので、フィジカルで戦おうとして詰めてくるよりも魔法の撃ち合いに持ち込んだ方が、勝算が高まると思うのだ。
2方向から射線を通されたら、さすがに俺も被弾してしまっただろうし。
まあ、射線が通った所でその魔法が俺の皮膚にダメージを与えられるかどうかという問題があるのだが。
「お疲れ様。周りにも、もう居ないっぽい。」
俺に残党を任せて周囲を哨戒していたヤタラさんが、ブロードソードを収めながら言った。
随分とあっさりしているが、我々の勝利である。
とりあえず、地面に倒れ伏している人攫い達を捕縛する必要がある。
ヤタラさんも俺も着の身着のままで出てきてしまったわけだから、手錠なんて持ってきているはずもない。
だが、ちょうど天幕を固定していたロープがある。それを使えばいいだろう。
対象が抜け出せないような捕縛術なんてものは知らないので、とりあえず固結びで両手首を後ろ手に縛って、足首辺りも縛っておくことにする。
縄を斬って逃げ出されないように、刃物などの武装を解除しておこう。
「触んな、変態野郎!」
女性の人攫いがなにやら喚いているが、これは負け惜しみと言ったところか。
人攫いは重罪なので、今度は彼ら彼女らが犯罪奴隷として変態野郎に売られていく身になるのかもしれない。
自分の身に戻って来て嫌だと感じることは、するもんじゃないぞ。
「よし、応援が来るまであそこの檻にでも放り込んどこう。」
既に攫われてきた被害者たちは彼女によって解放されている。
女性ばかりという事で不安も多かっただろうが、解放されて安心したのか、縛られている人さらい達に石でも投げそうな雰囲気である。
人さらい達を1人1人鉄格子の中に放り込んでいき、外から鍵を掛けておく。そして、鍵穴は火の魔法で鋳溶かしてしておく。
彼らのうちの誰かがカギ抜けの手段を持っていたとしても、そもそも鍵が無ければ檻からは出られまい。
これで一安心の一件落着だ。
おそらくは彼らの背後にもっと大きな組織が付いていることだろうから、尋問で情報を抜きだす必要があるだろう。
だがまあ、これは騎士団の他の部門の仕事らしいので今日の俺たちの仕事は終わりだ。
「あの、騎士様。ありがとうございました。」
と、一仕事終えて額の汗を拭っていた所で、先ほど目が合った女性に感謝された。
妹と思しき女の子は彼女の腰辺りにしがみついている。
「いえ、救援が遅くなってしまいました。皆さんはどちらの出身ですか?」
真面目な騎士モードになったヤタラさんがそれに応対する。
女性がぶかぶかパーカーで生足丸出しなヤタラさんのことを騎士だと認識できたのは、慇懃な態度に加え、腰から下げたブロードソードがあっての事だろう。
「とんでもございません!騎士様たちが助けて下さらなかったら、私たちはどうなっていたことか…。」
体が冷えているかのように両腕で自分の身体を抱えて身震いした彼女は、聖都からずっと東にある、村とも呼べないほど小さな集落から攫われてきたのだと語った。
騎士団に集落を結成したことを報告していなかったため、把握漏れが起きていたのだという。
今回の人攫い達は、ちょうどそんな騎士団の目が届いていない集落を狙って襲撃したという事だろう。
要するに、人攫い達に指示を出した組織は、騎士団が集落の存在を認知していないということを把握した上でそこを襲わせたのだということになるのか。
騎士団のルートを研究しつくした組織なのか、はたまた騎士団内部に内通者を仕込んでいる組織なのか。
いずれにせよ、この国は栄華を誇っているようで、ちゃんと影の部分が存在しているのだと分かった。
騎士団からの救援部隊はそれから1時間後に到着した。
人さらい達は一先ず駐屯地にある拘留所で沙汰を待つこととなった。
被害者たちも一旦は駐屯地にある施設で保護され、怪我の状況次第で順次に集落の方へと返されるらしい。
恐らく、保護期間のうちに集落の届け出も済ませてしまう事だろう。これで一安心である。
ちなみに、晩飯を食いに来ただけだったはずの俺は参考人として同行を求められた。
結局、宿舎に帰ることが出来たのは翌日の明朝の事となったのであった。
サクラダは下戸なので酒を飲まないようにしています。
3~4話ぐらい前にそのくだりを挟もうと思っていたのですが、すっかり忘れていました。