4.晩餐会・下
「そんで、そのスキルってのは…結局どういうもんなの?」
「どういうもんと言われても、さっき説明したとおりというか…。」
犯罪組織のキャンプ地を探している間、スキルについて質問してみた。
彼女がスキルという概念を把握している前提で、知見を広げるために問いかけてみたのだが、まさか彼女でさえもこの概念を知らなかったとは……。
想定外もいいところだった。
それどころではない。彼女はこの世界に“スキルシステム”なんてものは無いとまで断言したのだ。
実際に俺がスキルを使った剣技を見せた所で、『剣技の型としては綺麗だがスキルの存在証明の証拠にはならない』というようなことを言っていた。
全否定、ここに極まれり。といった様子である。
「それじゃあ仮にスキルが存在してないとして、俺が乗った事も無い馬に乗れたり、振った事も無い剣を振れたりしたことにはどうやって説明付ければいいんだろう?」
反論材料としてはそこである。
経験したことがあるはずもない動きを、体が勝手に再現するのである。これをスキルによるものと見ずしてなんと説明するのか。
「そもそもなんでスキルだと思ったの?」
なんでと来たか。
だって、この状況を説明するときに一番辻褄が合う仮説なのではないか。
あらかじめ型が決まった技を発動するという性質が、アクションゲームのスキル要素にそっくりだと思うのだ。
「わたしは、Kalk君をここに連れてきた奴が、例えば神みたいなやつが、この世界でも困らないような知識を植え付けた、とかだと思うんだけど…。だってほら。そもそも言葉が通じてる時点でおかしいじゃん。」
そう言われて漸く気付いた。
この世界の住人たちが喋っている言葉は明らかに日本語ではないはずなのに、なぜか理解することが出来ている。
それに、俺も思ったことをこの世界の言葉で表現することが出来ているのだ。
「…確かに、なんで言葉が通じてるんだろう?…あ、これも言葉を理解するためのスキルとか。」
「絶対違うと思う。」
ヤタラさんは頑なにスキルの存在を否定し続ける。
彼女の論拠は、彼女自身にスキルの法則が働いていないからだという事だ。
確かに、彼女は俺の動きを再現することが出来るが、それは彼女がこの世界に生を受けてから真面目に努力してきたからであってスキルのお陰ではない。
なんなら俺がスキルの剣技を使った時よりも、ヤタラさんの修行アタックの方が強いぐらいだし。
彼女がこの国の公用語を使えるのも、この国に転生して赤ん坊のころからやり直したからだ。
「まあ、もし仮にKalk君だけにスキルが使えるんだとしたら、って考え方もあるけど…。でも、君の場合は身体が成熟しきってからこの世界に転送されてきたわけだから、その前段階、つまり経験を積むための時間不足を知識って形で補填したんじゃないかと思う。いや、知識って言い方もおかしいのか?もっとこう、癖とか習慣とか、そういうレベルで身に染み付かされたものなのかも。」
「なるほど…?」
それはなるほど、だ。
確かにそういうふうに考えても辻褄は合うのかもしれない。
「うーん…。相談しといてアレだけど、相談するにはちょっと研究が足りてなかったかなぁ。もっといろいろ分かってから、また相談させてもらうっすわ。」
結局のところ、様々な場面でスキル“のような”力によって救われているということしか判明していないわけだ。
どういう動作にスキルが働くのか、とか、スキルにレベルのような物が存在しているのか、とかいうような細かいところが分かっていないのだ。
新たな可能性が提示されたところで要研究。
ということでこの話は終わっておこう。
「うん、わたしも色々調べてみる。…ところで、飴の私が抜けた後釜って誰が入った?」
ヤタラさんはちょっとソワソワしながらそんなことを聞いてきた。
ちなみに“飴”というのはteam “Ametrine” の略語である。
RoTプレイヤー全体を見渡しても、彼女ほどのプレイヤーには中々お目にかかることが出来ない。競技シーンに参加できるプレイヤーともなると、案外上手い者同士の面識があったりするものだ。
俺も死んでしまった身であるから、自分のポジションに入ったプレイヤーが誰だったのか気になる気持ちがよくわかる。
「そういえば言ってなかったんだっけ、XA1のぽんぽん君が入ったよ。」
XA1、すなわち“Xanthus Alpha one”とは、ぽんぽん君がCWRに来る前に所属していたチームである。
猛者の集うRJSでも中堅チームとして知られていた実力派チームだったのだが、チームメンバーの1人がウォールハックを常用していたことが判明してしまったため、斜陽気味になってしまっていた。
ちょうどそんな落ち目のXAから脱退しようと考えていたぽんぽん側と、ぷりゅねるJPの急逝によってメンバーを探さなければならなかったCWR側の利害が一致した、というわけである。
「は?え、えええええ!?アホオーナーの奴、マジで何考えてんだ!?!?!?」
しかし、それを聞いたぷりゅねるJP…じゃなくてヤタラさんはぶったまげた。
我々を先導するように歩いていたソードテイルウルフがその大声に驚いてキャインと鳴きながら飛びあがった。
「まあ…、こればっかりはしょうがないよ。」
正直なところ、彼女の過剰なまでの反応にも納得ができてしまう。
ぽんぽん君のCWR加入決定がプレリリースされた時、SNSでは大いに物議を醸し出したものである。
ぽんぽん君は非常に優秀な選手であり、ポジションや得意武器もぷりゅねるJPと似ていた。
サブオーダーとして攻撃タイミングの判断も絶妙で、ここぞという場面では非常に頼りになった。
だが、それは大会ではなくて、あくまでもランクマッチでポイントを盛る時の話である。
確かにサブオーダーとして優秀な彼ではあるが、残念なことに前任者のぷりゅねるJPとは攻撃に対する方針が違いすぎた。
どちらかといえば、味方の戦闘力を信頼して強引なまでに戦闘を起こす指揮を出すぷりゅねるJPに対し、ぽんぽんの指揮は事故が起こりにくいように慎重に影を縫うようなものだった。
Kalk、ぷりゅねるJP、JoeN2体制だった頃のCWRがRJSで好成績を残せていたのは、勿論、全体のオーダーを行っているJoeN2の的確な移動指示やチームとしての練度の高さ、そして各個人の実力の高さによるものでもある。
だが、その安定感を最大限に生かして、ギリギリ戦線が崩壊しない戦闘頻度を見極められるぷりゅねるJPの戦闘指示があってこそ、膨大なキルポイントによって他を追随させることがなかったのである。
XAが中堅止まりだったのは、結局のところ安定策を取りすぎて攻撃力が足りていなかったことが一番の理由だろう。
ぽんぽん君加入によってAmetrineの足並みが揃わなくなった理由はそこにもあって、これまで通りにガンガンと攻撃していこうとするジョニキ(JoeN2のあだ名)と俺が、ぽんぽん君の慎重なオーダーに躓きがちになっていたのだ。
自称・有識者なリスナーたちは、したり顔でそんな俺とジョニキを援護したり、逆にぽんぽん君に合わせられない俺たちにご高説を垂れてくださっていたりしていた。そんな彼らと、彼らに扮したアンチスレ民が入り乱れてSNSで大戦争していたのだ。
それにしても、プロゲーマーに指示するエアプたちは中々にいい度胸をしていると思う。
「しょうがないとか言いつつ死ぬほどキレてるやん。」
シーズン3直前のコメント欄の地獄を思い出していたのが顔に出てしまっていたのだろうか。
ヤタラさんが片目を瞑りながら肩を竦めて見せた。
「別件だけどな。」
彼のオーダーに従うことが出来なかった俺が悪いわけだし、なにより時間が足りなかったのがもっと悪い。
この話はもうこれで終わりだ。
「ぽんぽんさんとは仲直り出来たの?」
「………いや、もともと仲良しだけどね?むしろマブダチよ。」
「草。」
俺が生きている間には、結局、ぽんぽん君からの心証を改善することは出来なかった。
なんであんな些細なことで嫌われなければならなかったのかは今もなお分からないが、そこもまたチームの空気を悪くしてしまっていた原因の1つに違いない。
反省だ、反省。騎士団ではそんな事が無いように気を付けよう。
俺たちが話している間にも、ソードテイルウルフは相変わらずくんくんと周囲を嗅ぎながらどこかを目指して歩き続けている。
今のところは周囲が見通しの良い傾斜のなだらかな草地なので、犯罪組織のアジトとなりそうな場所もない。
もう少し話していてもきっと大丈夫だろう。
「ここ、めちゃくちゃ射線通るよね。わたしら今キルポじゃん。」
「止めろよ、縁起でもない…。」
思わず丘陵の上の木陰や稜線を確認してしまう。
当然、銃をこちらに向けている人間なんて立っていない。
シューティングゲームに毒されすぎているのだ。
「そういえば。」
まったく何の脈絡もないのだが、ずっと聞こうと思っていたことを思い出した。
「ヤタラさんってどうして王家と縁を切ったんすか?」
国王様は未だに彼女の事を“プリュネラ王女”なんて呼んでいたが、彼女は既に王家を出奔して久しいのだという。
第8王女という地位であれば王位継承権もないから殺伐とした身内争いに巻き込まれないだろうし、それでいて王家の庇護を受けた上でわりかし自由に生きていくことが出来そうなものだ。
いわば勝ち組のような人生なのに、何が原因で茨の道を歩むことになってしまったのだろうか。
わりとデリカシーのない質問だとは思うが、どうしても気になってしまった。
「………。」
案の定、答えたくなさそうな無言を返される。
言いたくないなら無理に答えなくてもいいと伝えるために口を開く。
しかし、それよりも先に答えが返ってきた。
「…許婚が居たんだけどさ、そいつが嫌いで仕方なかったんだよね。」
「おぉう。」
貴族である以上、許婚とか幼いうちに親同士が決めた結婚というようなものが存在しているのは予想していたが、実際に知人の口からそういう話が語られると中々に来るものがある。
あれだ、小中学校のクラスメイトの結婚報告ハガキが届いた時に似た感情だ。
あの焦燥感というか、取り残されている感というか…、そういうヤツに気まずさが混じってくるアレだ。
「相手方も中々の名家で、わたしの感情だけで関係解消ってわけにもいかなくてさー…。おかんは陛下のご機嫌取り全肯定botだし、陛下は陛下で8女のことに構ってる暇もないしで、もう逃れられぬ決定事項だったんだよ。だから、家出して一般人になった。」
一般人に身をやつしてからは魔法の腕を売りにしてフリーの傭兵のようなことをやっていたのだとか。実践的な剣術も、傭兵時代に身に着けたという話だ。
そうやって魔物から身を守る術を持たない小さな村の用心棒や商人の護衛などをやっているうちに当時の騎士団の第3師団長に目を付けられ、結局、外堀を埋められて国のために働くことになってしまったのだそうだ。
「まあ、多少の贔屓目があったのかもしんないけど、なんだかんだで自分の実力だけで師団長に収まったし、家出してマジで良かったわ。今度は嫁ぎ遅れそうで困ってるけど。」
むしろヒモ願望の貴族息子や、逆に後ろ盾を求める野心家たちがこぞって結婚を申し込んできそうなものだ。
だが、許婚との結婚が嫌で王家を捨てたヤタラさんに結婚を申し込むというのは一種のタブーとなっているらしい。
まあ、それでもまだ頭の弱い人間がちょっかいを出してくるのだそうだが。
「嫁ぎ遅れっつったって、まだまだ若いでしょ。今、何歳なんでしたっけ?」
「19だよ。」
なるほど、精神年齢は25歳に19歳を足して…
「19だよ。」
「はい。」
ヤタラさんはピッチピチの19歳です。
「うーん……。正直なところ、結婚願望があるわけじゃないんだけどね? 最近はもう変なのを追っ払うのがめんどくさくなってきたんだよ。………お金払うから、虫除けとして婿に来てくれたりしない?」
「は? さすがにそれは冗談でしょ、やだよ…。」
ただでさえ押しかけ女房メイドに困っている。権力者の虫除け係なんてご勘弁願いたいところだ。
それに、こういう男女関係に関する冗談は、冗談だと分かったうえでリスナーが全力で炎上させてこようとするので忌避感がものすごい。
ちょっと強めの否定になってしまったのはそのせいだ。
「まあそりゃ冗談だけどさあ……。」
冗談だからこそ、ヤタラさんも意に介していない。
「……ちなみにね、その許婚ってのが今の騎士団長やってんだけどね。」
そう付け加えた彼女はケラケラと笑った。
なるほど、だから仲悪そうだったのか…。
とまあ、そんなことを話していたら、先導させていたソードテイルウルフがおもむろに足を止めたのだった。
サブタイトルのわりに飯食わねえなこいつら