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3.晩餐会・中

 豪華だが妙に和中洋が折衷といった感じの多国籍料理が食卓に並んでいる。

 おろしハンバーグや魚の照り焼き、小籠包もどきなど、目や舌に馴染みある料理も多い。


 これらのうちの殆どはヤタラさんが考案した(という事になっている)料理である。


 とはいえ、全てがそうなのだという訳でもないらしい。その中の幾つかは聖ヴァイオレット王国で昔から食べられている郷土料理だという説明を受けた。


 …そのはずなのだが、正直言ってどれがそうだと言われなければさっぱりわからない。


 特に目を引いたのは、羊に似た魔物の胃袋にオートミールやら内臓肉やらを詰め込んで茹でたもの。これにソースが掛かっているのである。


 これはさすがにこの国の料理だろうと勝手に納得していたのだが、よくよく考えてみるとハギスというスコットランド料理だったのかもしれない。このあたりで羊を放牧しているなんて話も聞かないし。


 ちなみに、意外と食える味だった。


 さて。


 これは持論なのだが、料理は『伝統』である一方、それと同時に『進化』するものであり、『交雑』するものだと思っている。

 日本とカレーの関係なんかは分かりやすい例えとなるのではないだろうか。


 これに準じて、おそらく今回のディナーを調理したシェフは、ヤタラさんが考え(伝え)た様々な調理法から転用できる箇所を抽出し、作り慣れた料理に還元したのだろうと推測される。


 簡潔に一言で言うと魔改造アレンジである。


 だからこそ俺が郷土料理を見分けられなかったのだろう。


 決して味音痴ゆえではないと信じたいところだ。



「クラーダ様、お口に合いませんでしたか…?」



 首を捻りながらそんなことを考えていたら、さっきヤタラさんに叱られていた銀盆のメイドさんが不安げに聞いてきた。


 いわゆる給仕係をやってくれている彼女の目には、俺の態度は美味しい食事に対してふさわしくないものとして映ったのかもしれない。慌てて変な笑顔を作って感想を述べる。



「いやいやいや!すごく美味しいですよ。後で料理長さんにご挨拶したいぐらいっす。」



 もっと見たこともないようなのが来るんじゃないかと期待していた分、外見に関しては意外性をあまり感じなかった。


 だがそれだけに、食べ慣れたような料理から、味わったことのない類のスパイスによってローカライズされた独特の風味や味わいが感じられ、ある意味で新鮮な体験となったのだった。


 特有の調味料によって異国風の味わいと化しているのだが、どこの料理の味に似ているのかと言われるとどこのものにも似ていないのである。


 異国風、というよりも異世界風なんだなぁ、なんてしみじみと思った。


 ただ、美味いことに変わりはないのであるが。



「それはよかった。実はこれ作ったの、この子のパパなんだよね。」



 ヤタラさんがメイドさんを親指で指す。

 メイドさんは誇らしそうに胸を張った。


 ところでヤタラさんはもう随分と酔っぱらっている。

 なんか忘れたいことでも有ったのかなぁ…。俺は何も覚えてないんだけどな。何も。



「って、この量を1人で!?」



 そういえばさっきの執事長さんが、今日の料理を作ったシェフは元宮廷料理人だと言っていた。


 この国の宮廷料理人ともなれば、1人でこんなに沢山の種類の料理を作ることができるスペックを持っていてもおかしくはな…。いや、どう考えても凄いか。


 驚いて目の前のシーフードグラタンをつつきまわす俺を見て、2人は悪戯が成功した子どものように顔を見合わせて笑っていた。




 現在、食堂内にはこのお給仕のメイドさんの他に使用人が居ない。


 たしか先ほど、この屋敷ではメイド5人に執事2人、料理人2人、庭師2人を雇っていると言われたんだったか。


 計11人の使用人のうち1人しかこの場に居らず、もう1人は厨房にいることになるわけだ。他の人たちはいったい何をしているんだろうか。


 ちょうどそのようなことを考えていたタイミングで、老執事長ではない方のもう1人の執事、つまり若いハンサム執事君が食堂に駆け込んできたのである。


 まあ、駆け込んできたという表現には語弊があって、実際は洗練された優雅な足取りで音も立てずに食堂の中に入ってきたのであるが。

 ヤタラさんが彼に反応していなければ、俺には気付けなかったかもしれないレベルで気配と音を消していた。



「お食事中に失礼いたします。お嬢様、魔物です。」



 執事はスラリとヤタラさんの少し後ろに立つと、静かな声で何が起こったのかを説明し始めた。


 こういう家庭の内部事情には聞き耳を立てないに限ると思ったのだが、むしろこちらにも話を振られてしまったので聞かざるをえなかった。


 彼曰く、どうやらこの屋敷付近に魔獣が群れをなして出没しているのだという。


 しかも魔獣たちの足並みは妙に揃っており、この統率の取れ具合は何者かの指揮によるものだということが明らかなのだという。



「魔族っすか?」



 いくらこの屋敷が聖都外周都市から離れているとはいえ、せいぜい1時間もあれば徒歩で辿り着くことができる距離だ。


 さすがに、聖都のこんなに近くまで魔族が現れるなどということは素人の俺でも可能性が低いことだとわかる。

 だが、グラバーの一件があったように例外的なことが起こりうるのだ。


 そういう警戒心を込めて問いかけてみたのだが、まあ、やはりと言うべきか否定が返ってきたので一安心だ。


 聞けば、盗賊団などの犯罪組織が魔物を飼い慣らして使役する場合があるらしい。

 魔物を露払いの戦力や陽動の手段として使い、そうやって出来た隙を利用して本隊が犯罪行為を行うのだそうだ。


 騎士団が固く防備している外周都市に盗賊団が襲撃してくるなんて聞くと、少し意外に思ってしまった。


 なんせ、外周都市には大規模な駐屯地が2か所あるらしいし、詰所もエリアごとに配置されている。人口こそ多いものの、スリが起こればすぐに騎士団によって取り押さえられるような厳重さである。


 だが、犯罪組織たちも中々に狡猾らしい。


 外周都市から少し離れて孤立している集落にフォーカスを合わせたり、騎士団の巡回ルートの僅かな死角を縫うようにして略奪を行うのだそうだ。


 まあ、それでも捕まる時は捕まるし、そもそも多くの場合は犯行が未然に防がれるのだとか。



「お嬢様がここにお屋敷を建てられたのは、もちろんこの場所の景色が綺麗だからという事もあります。それに、お嬢様は外周都市の喧しさや聖都の堅苦しさがお嫌いなのです。ですが、一番の理由はこの場所が賊どもの通り道にあったからなのでございます。」



 父の事を褒められた時と同じぐらい誇らしそうに語るお給仕メイドさんと、再び彼女の頭を鷲掴みにしてかき乱すヤタラさん。


 仲がよろしいようで何よりだ。ヤタラさんもこれでいて慕われているのだろう。


 それはさておき、この屋敷は山向こうからやって来る犯罪組織たちを撃退するために建てられているようだ。


 騎士団でも力のある人物をここに置くということで牽制する意図もあるのだろう。

 なんだか辺境伯みたいなことをやっているなぁ。



「お嬢様。既に駐屯地の方へは連絡を入れておりますが、いかがなさいますか?」



 ハンサム執事君が主人に問いかけた。

 たぶん、彼もこういう事態には手馴れているのだろう。だが、そうだとしても対応が迅速であり、有能な事この上ない。


 ところで、この屋敷の人たちはみんなヤタラさんのことをお嬢様って呼ぶよな…。

 いや、深い意味はないけど。年齢とかどうでもいいんだけど。


 なんて余計なことを考えていたからか、肉団子を一気に3,4個口に放り込んでもちゃもちゃと咀嚼し、それを嚥下したヤタラさんが席を立って俺の方に歩いてきた。



「食事中なんだけどまあ、しょうがないか。今日の当番の騎士達(ひとら)に牢屋の準備と解体屋の手配をするように伝えといて。ちょっと彼と()()してくるから。」



 そして、俺の肩をポンと叩いた。


 …え?



「かしこまりました。お気をつけて。」



 得心顔のハンサム執事君は短くそう言うと、俺たちにスッと頭を下げ、先ほどと同様に足音を殺して食堂を出て行った。


 もしかしてこの世界の忍者の末裔だったりするんだろうか。いや、そういえばあのお爺さん執事長も見た目の割に動きが機敏で物静かだったな。

 もしかしたら“執事”という生き物がそういう能力を持っているのかもしれない。



「さて、と。じゃあ行こっか。」



 びっくりして固まっていると、腕をぐいぐいと引っ張られる。



「いやいやいや。」



 『じゃあ』などと言われても困る。


 飯を食って話をするだけのつもりだったので、ろくに戦える装備もない。そもそも防衛戦(なぐられる)以外の自信がない。


 一応、騎士団のシンボルである支給品のブロードソードを身に着けて来てはいるのだが、あんまりしっくりは来ていないし。


 余談ではあるが、聖アルビー騎士団の面々は、ブロードソードを身に着けることで自分の身分が騎士であることを示しているのだそうだ。


 武士のシンボルが刀なのと同じような理論であろうか。


 とにかく、ブロードソードはただのシンボルなので、身に着けてさえいればどんな主武装で戦おうが特に問題ないのだとか。



「でも、……丁度よくない? 実戦練習にもなるし。」



 少し含みを持たせた返事をした彼女に思わず渋面を返す。


 含みの内容は、要するに『件の話をする絶好の機会だ』という事だろう。


 確かに、こちら側に騎士団の増援が来ず、魔物を率いている賊も近くにいないと考えるならば、2人きりになって話すべきことを話すことはできるだろう。


 だが、お荷物になる事が請け合いの俺に戦闘中重要な会話をする余裕があるとでも思っているのだろうか?


 今回に限ってはキャリーしてもらうしかなかろうし。あれ、そう考えると逆に余裕があることになるのか?


 まあいいか、ともかく緊張して会話に集中できるとは思えない。



「心配しなくても大丈夫だって。精々、ソードテイルウルフぐらいしか出んから。」


「いや、ソードテイルウルフがもうわからんのよ。」



 さも当然のように言われても、俺はその魔物のお目にかかった事が無い。

 名前からして、どうせ尻尾が剣になってる狼とかなんだろうけど。


 ともかく、俺の文句は全く聞き入れられず、あれよあれよという間に屋敷の外まで引っ張り出されてしまった。




 ▽ ▽ ▽




「ほれほれ、1匹そっち行ったぞー。」



 ヤタラさんが緩く警戒を促してくる。



「あーい。」



 これで5匹目か。

 さすがにちょっと慣れてきたので、こちらも緩く返事をする。


 広範囲に雷の剣を落とす魔法から辛うじて逃れてきた、大型犬ぐらいの狼が俺の方に走ってくる。


 ヤタラさんよりも俺の方が御しやすいだろうと思われたのだとすれば、それはまあ……、正解ではあるのだが……。


 目の前で姿勢を低く構えたソードテイルウルフは、ばねのように脚を伸ばし、俺の脇腹を切り裂くような軌道で飛び掛かってきた。『ソードテイル』の名の通り、剣のように鋭い尻尾をまるで刀剣を振るうかのようにぶん回している。


 ちなみに、さっき腕を斬られそうになってわかったことなのだが、彼らの尻尾程度では俺の頑丈な皮膚を切り裂くことはできないようだ。

 むしろ、金属のように固いはずの尻尾が骨折したり千切れ飛んだりするだけだった。


 だが、今日の会食用に誂えたこの服は別なのである。

 刃物で切られればすっぱりと裁断されるし、獣の汚れが染み付いてしまうのである。


 試しに切らせてみたジャケットの右腕側には大きな切れ目が出来ている。


 会食に招いてもらっている手前、あの時のように裸になるわけにもいかない。それに、この服も結構高かったので、できるだけダメージを与えないように努めることとする。


 幸いなことに、尻尾の振られる速度は速いが、直線的な軌道だ。何より、グラバーの尻尾や銃弾と比べれば十分に見切れる速さだ。


 これもスキルのお陰なのか、回避しようと考え始めればソードテイルウルフの動きがスローモーションに見える。

 避けること自体は簡単なのだ。


 むしろ、回避した後が問題だ。そこからどのように体勢を立て直し、どう反撃するのかが重要なのだろう。


 重すぎてちょっと持て余してしまっているブロードソードは仕舞ったまま、魔素を集めた右手を手刀の形にしてソードテイルウルフの背中目掛けて叩き付ける。


 『魔素を一気に一か所に集中させる』というこの魔法の基本にも慣れたものだ。練習しといてよかった。


 目算を誤って指先が背中にちょっと掠ったぐらいだったが、別に問題はない。

 手刀の形にしたのは少しでもリーチを伸ばすためであり、魔法の刃みたいなカッコよさげなことをするためではないのだから。


 この魔法の本質は、触れた相手の個所に大量の魔素を流し込むことである。

 ……とアイラさんが一昨日言っていた。


 魔法を纏った腕に触れ、大量の魔素をいきなり流し込まれた相手の筋組織は、うまくいけば破壊される。当たり所が悪くとも、その箇所周辺を自由に動かせなくなるぐらい固く収縮するので相手の無力化を狙う事が出来る。

 内臓筋も狂わせられるので、心臓付近に当てることが出来れば即死を狙えるようだ。


 使いようによってはめっちゃ危険な暗殺拳なんだよなぁ…。


 魔素の消費量が多いだけに魔素胞の容量が小さい者は発動すら出来ない。それに、常に防壁を使っているタイプの相手には魔素が散らされてしまうので効果が無いというのがネックなようである。

 だが、それでも徒手空拳で一般的な野生の魔物を相手取る時や、一般人を無力化したい時には効果が抜群だ。


 この魔法に限っては、発動に使う魔素量が多いほどより簡単かつ広範囲に相手の身体を破壊できるようになるわけだから、魔素胞が大きい者ほど相性がいいのだそうだ。


 ちなみに、俺は魔素量にだけは自身がある。

 試験の時、騎士団の計器を危うく壊しそうになったぐらいには魔素胞の容量が大きいようだ。


 実際に、まだまだあと数十発は使えそうなぐらいに余裕がある。さっきからちょっと多めに流し込むようにしているが、それでもまだ余裕がある。


 こう考えると、つくづく『異世界補正』というものはズルいと思う。


 地面に頭をめり込ませるように突っ伏した狼の身体からはミシミシという音が聞こえてくる。

 ぎゅうぎゅうと収斂する自分の筋肉によって骨を歪ませられているのだろう。



「やるやん。」



 30匹以上のソードテイルウルフを一網打尽にしたヤタラさんが、こきこきと首を鳴らしながらこちらに歩いてきた。

 大量殺戮しておいて涼しい顔をしている。本当にこの世界に慣れてしまっているんだろうなぁ。



「猟銃とか無いんすか?お得意の()()で火薬を再現出来たりとか。」



 一方、こちらは虫も殺したことがない人間。


 いや、虫は殺したことがあるんだけど。ゲーム内でも何人キルしてきたことか。

 …まあ、虫は血が出ないし、ゲームは現実と違うわけで。


 結局、俺は相手にしていた5体すべてに能動的な止めを刺せていない。


 自分の筋収縮で背骨を折られて死んだ個体が2匹と、ヤタラサンダーに巻き込まれたものが2匹。残り一匹は目の前で今もなお苦しんでいる。


 なんだかんだで未だに現実感を受け入れられていないせいか、恐怖や忌避感を感じているわけではない。ないのだが、理性的な部分でなんとなく躊躇してしまう。



「銃が再現出来たら、多分、魔法使いなんてやってねえよ。」



 ヤタラさんは月明かりの下で肩を竦めると、俺が仕留め損ねたソードテイルウルフの傍へと屈んだ。


 痙攣する灰色の狼に手を触れた彼女は、何やら指でその灰色の毛皮に魔法陣のような図形を描き始めた。


 てっきり止めを刺すのかと思いきや、逆に、俺の魔法で狂った筋肉を調律してしまったらしい。


 身体が動かせるようになったソードテイルウルフは、妙に従順になってヤタラさんの足元で伏せている。傷を治されて懐いたというよりは、賊たちが施した使役するための魔法を乗っ取ったというところか。


 血の気が多いというか、仕事熱心というか。

 ニヤッと口端を吊り上げた彼女は、いきなり肩を組んできてこう言った。



「よし、逆探知してこいつらを送り込んできた奴らをぶっ潰そう。」



 うわ、顔が良いし近い。鎧姿じゃないから腕がやわらかい。そして酒臭さに混じっていいにおいする。

 センキューアルコール。フォーエバー距離感バグ。


 それはそうと。



「マジかよ。」



 たった二人で犯罪組織を潰そうなんて提案してくる彼女に、俺は思わず顔を引き攣らせたのだった。

執事ってそもそもは家計簿係みたいな仕事らしいですね。

戦闘力が無くても、召使い的仕事が出来なくても、良いのだそうで…。

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