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1.メルファディアラニアポンさん

 サクラダが爵位を得てから既に5日が経った。


 配属されるべき師団を決定するためのちょっとした試験も終わり、彼は晴れて()4()()()所属の見習い騎士として新生活を謳歌しているのである。


 とは言っても訓練や任務が割り当てられるまでは暫く暇なのだ。

 そこで、その時間を利用して挨拶回りに行ったり、爵位と一緒に国王から授かった資金を元手に新生活準備をしているのである。

 なんだか、初めて独り暮らしを始めた時を思い出してワクワクしている。



 …いや、なんで第4師団なんだ。

 そこは、馴染みのある面々が集う第3師団じゃないんかい。


 思わず騎士団長本人にそんな概略のツッコミを入れてしまったのだが、この采配にはちゃんとした理由があるらしい。


 というのも、どうやら第3師団には戦力が集中しすぎているようなのだ。


 魔族を殲滅するという騎士団の性質上、入団直後はあまり重要視されていなかったというアイラの防御魔法やルーン魔法が想像以上に使い勝手の良いものだったり。


 元々剣の才能に秀でていたオリビアが、ヤタラと手合わせしているうちにさらに爆伸びしたり。


 そもそも、師団長であるヤタラが1人でバランスブレイカーをやっていたり。


 特筆すべき3人の実力に加え、第3師団全体の練度も非常に高い。

 ゲーム知識に基づいたヤタラの現代銃撃戦的指揮(オーダー)が上手く嵌っているらしく、戦場での第3師団の動きは気味が悪いほどに揃っていて合理的なのだそうだ。


 FPSのスクアッドなんて多くてもせいぜい10人程度のはず。

 それなのに、数百人単位で構成される師団をその理論に基づいて操っているのだとしたら、それはもはやFPS経験なんて関係なく、単純に軍才があるだけなのではないだろうか。


 少し話が逸れたが、だからこそ、これ以上第3師団に人員を補充するよりも、他の師団に割り振って戦力が均等になるように配分した方が良いのだということだ。


 そういえば、試験の成績については知らされていないのだが、結局どうだったのだろうか。


 乗馬の件で気付いた“スキル”の概念をなんとか空き時間で検証し、ある程度は把握できたのだから、剣術の試験もそんなにひどい結果にはなっていないと思いたい。


 スキルは凄いぞ。


 何も考えていなくてもどういう動きをしたいのかを念じるだけで、まるで体の方が覚えているかのように剣を振ってくれるのだから。


 しかも、それでいて筋肉を傷めるようなこともない。というか、筋肉を傷めない動きで最大火力を出す動きを再現してくれるのだ。


 ただ、スキルを使っていない時とスキルを使った時の動きの間の繋ぎ目がぎこちなくなってしまうので、見る者が見ればそこに違和感を覚えることだろう。


 現に試験に同席していた何人かの師団長から、そのことについて疑問を呈されてしまった。

 だが、こちらが誤魔化すまでもなく、勝手に向こうが記憶喪失であるからだと納得してしまったので特に問題はなかった。


 というよりも、彼らは案外、“スキル”という概念の存在に気付いていないのかもしれない。


 この世界にどういったスキルが存在しているのかまでは把握していないが、少なくともサクラダが使っているものと同じようなスキルを使っている者を見たことはない。


 むしろ上位の騎士になるほど、型に拘らずに柔軟に戦う者が多いようだ。


 まあ、どういうスキルが使えるのかが可視化されるわけでもないし、気付かなくてもしょうがないことなのかもしれないが。


 ところで、ヤタラにこのことについて相談しようと考えているのだが、中々2人きりになれるタイミングが来なくて困っている。


 所属師団が違うし、そもそも先方が忙しすぎて声を掛けづらいのだ。

 食事に誘ったりするのも………何だか気まずいし、気持ち悪がられたら嫌だし。



「なに書いてんの?」


「うおっ!?」




 ◇ ◇ ◇




 慌てて日記帳を閉じて、声の方向へと顔を向ける。



「そんなビビんなくても…。ポエムでも書いてたんか?」



 やっぱり、噂をすれば影が差すという言葉は真実だ。


 黒地に紺色のメッシュが8本入ったバンギャみたいな髪型の彼女は、ご存じの通りヤタラさんである。


 今日は甲冑スカート姿ではなく、薄いTシャツのような服の下に黒いインナーを着ていて、下はスキニーのジーンズっぽいパンツという服装である。

 その格好でベルトからブロードソードを吊るしているのでますますコスプレっぽい。


 彼女は俺が借りている部屋のドアを開け放った上で、ドア前で待っている。

 律儀なのか無礼なのかわかったものではない。



「えーっと、日記を書いてただけっす。最近色んな事が起こりすぎてて、ちょっと整理してみようかなーっと。」



 個人的な意見だが、頭の中でごちゃごちゃと考えるよりも、文章で客観的に整理した方が分かりやすいと思う。


 『狼獄』を始めた頃からの習慣なのだが、ゲームをプレイした後でその試合を振り返って文章にするとなんだか上達が早くなるような気がする。まあ、成功体験に基づいたプラシーボみたいなものなのかもしれないが。



「日記て、乙女かよ。まあ別にいいんだけどさ。それよりもクラーダ君、ちょっと用事があるんだけど、この後暇? あとこれ。婆さんからの差し入れだって。」


「ああ、どうも…。って、え?いや、()()、じゃないんすけど…?」



 婆さんとは、俺の所属する第4師団のボスであるダークエルフ師団長のことである。


 エルフなだけに随分と長寿らしく、噂では500歳を超えているのではないかという話だ。

 名前は確か、ラルポンさんだったか。


 彼女は1日に1度ぐらいのペースで顔を見せに来てくれる。


 目を掛けられているというか、監視されているというか…。

 まあ、冷たそうな風体に反して面白い話をする人だし、部屋に来るたびに生活用品を持って来てくれるので、非常に有難くはあるのだが。


 そんな彼女は今朝もやって来ていたが、その時は後の予定がつっかえていたらしく、3分ぐらいで帰ってしまった。


 そういえば帰り際に『後で差し入れを向かわせる』なんて言っていた。


 『差し入れ』を『向かわせる』などいう妙な言い回しをするものだから何が来るのかと身構えていたのだが、この差し入れは…。


 いや、差し入れとは?



「初めまして、クラーダ様。我が名はメルファディアラニアポンと申します。ラルポン叔母様のご指示に従い、あなた様の身の回りのお世話をすることになりました。どうぞこれからよろしくお願いいたします、旦那様。」



 これぞメイド服、という感じのメイド服に身を包み、クリーム色の髪にヘッドドレスを飾った、尖り耳の少女がヤタラさんの陰から出てきた。


 身長が低いアイラさんと並べると、僅差で勝ちそうなぐらいの背丈だ。


 年齢はそんなアイラさんよりも若そうに見えるが、どうせ耳から察するにエルフなんだろうしなぁ…。


 深々と頭を下げた少女は、そのままずかずかと部屋に入ってきた。



「えーっと、どういう事すか?」



 勝手に引き出しの中を整理しようとしているメルなんとかポンさんから視線を切りつつ、ヤタラさんに問いかける。



「わたしに聞かれても…、と言いたいところなんだけど、要するに()()()()()でしょ。」



 何故かすごく疲れた様子で彼女は答えた。



「第3師団長様の仰る通り、()()()()()です。」



 引き出しに鍵が掛かっていることに気付いたメルなんとかポンさんが、スカートから針金を取り出しながらそれに追従した。


 どちらも答えになっていないように思う。



「いや、その。『そういう』の部分を知りたいんすけど…。」


「えっち。」


「えぇ…?」



 問い返してみればこれである。

 ヤタラさんに物凄く軽蔑した目を向けられた。



「旦那様、僭越ながら私がご説明させていただきたく存じます。」



 困惑している俺を見かねてか、なんとかかんとかポンさんが答えてくれるようだ。


 鉤型に変形させられた針金によっていつの間にか引き出しのカギが開かれてしまっている。スパイかよ。

 ちなみに引き出しの中身は元々空っぽである。



「お願いします…と言う事によってセクハラになったりしないっすよね?」


「つまりですね。」



 こちらの確認を無視して彼女は説明を始めた。

 猪武者みたいな女の子だ。オリビアさんといい勝負してそう。


 ……。


 …………。


 ………………。


 要するに、“そういう事”だった。


 ラルポン師団長が俺の所にメルファディアラニアポンさんを送り込んできたのは、男一人で生活している俺が家事に困っているのではと気遣ってくれたというのもあるようだが、それはあくまでオマケのようだ。


 俺も独り暮らしは長いので大体の家事はできるし、食事も食堂や屋台で済ませるのだから問題はない。

 そう思ってお帰りいただこうかと思ったのだが、そうもいかないらしい。


 まず、この国の騎士爵というものの立ち位置について説明しておこう。


 聖ヴァイオレット王国において、騎士爵はただの名誉勲章に留まらないのだという。


 勿論、軍人に与えられる名誉勲章であることには変わりないのだが、騎士という職が重要視されるようになった現在では、ほぼ貴族と同じ扱いを受けるようになっているのだそうだ。


 上流の騎士になってくると領地すらも与えられ、騎士としての報酬に加えて領地運営による税収も得られるのだという。

 金銭は騎士に集中し、騎士の下から町や村へと流れていくのである。


 そのように、ほぼ貴族と同意義な“騎士”という称号であるからこそ、大きな屋敷に住まう騎士などは身辺の世話を行う使用人を雇うようなのである。


 無論、貴族ではないのだからと小さな部屋に住まい、家事を自らの手で行う敬虔な者もいる。


 だが、師団長などの上流階級になるほどそうもいかないらしい。


 というのも、逆に使用人を雇っていなければ、家事などという庶民の仕事を自分の手でやっていると看做(みな)され、格下として見られるのだそうだ。


 要は名誉が見栄を張るようになったのだという。

 この見栄は意外と重要で、社会的立場を保つためには軽んじてはいけないものなのである。


 そういった背景が1つ。


 そして、ここからが本題。

 そんな背景から少しだけ発展した話になる。


 このような背景があるからこそ、騎士同士の血縁関係というものが重要になってくるらしい。


 騎士爵の特権階級化の結果、名誉勲章であるはずの騎士爵家に家督争いが発生するようになり、その際に配偶者や味方側の兄弟姉妹の配偶者の血族が大事になってしまったのだそうだ。


 中世の西洋貴族を題材にした小説やたぶん日本の時代劇などでもあると思うのだが、優秀な家臣に自らの姉妹を嫁がせるというのもそれに似た話のようだ。


 大貴族側からすれば小貴族側に恩を売ることができるし、小貴族側からすれば他の家臣の小貴族たちに『自分は親分の大貴族からこんなにも目を掛けてもらっているのだ』というアピールにもなる。


 江戸時代の武士なんかは元が軍人だったのに平和な世が続いたせいで本質的には殆ど貴族みたいなものだったし、今の聖ヴァイオレット王国の騎士もいずれそうなるのかもしれない。


 ともかく、要するに第4師団長は、なんとかポンさんを通じて俺を良く動く手ごまにしようと画策しているのだという。


 何か事を起こすつもりなのか、それとも事を起こさせないための布石なのだろうか。



「ラルポン叔母様からしてみれば、旦那様が私に手を出そうが出すまいが、私を()ったという事実さえあればよいのです。実際、旦那様は今、私を追い返しづらいとお思いなのでしょう?それに、私とて、これから出世頭になる旦那様の庇護下にあればこれからの将来は安定なわけです。ですから、旦那様が私を()()()下さらずとも気にはいたしませんので。お給料は頂きますが。」


「えぇ…。」



 成程、そういう話だったのか。

 これを説明しろとなると確かにセクハラである。


 取り敢えずヤタラさんに土下座だけしておこう。

 さすがに床は汚いのでベッドの上での土下座にしておく。



「メイドの前で他の女の前に跪く旦那様とは…。クラーダ君、もういいから。今度飯でも奢ってくれたらいいから…。」


「私も土下座いたしましょうか?」


「いらんて…。」



 お許しを得ることが出来たので、顔を上げることにしよう。



「えーっと、メル………ポンさん。」



 やばい、もう名前を忘れてしまった。

 語尾のポンだけ語感が浮いているので妙に耳に残ってしまう。



「メルファディアラニアポンです。お呼びになりにくいようでしたら、メルでも、ファディでも、ディアラでも構いません。お好きなようにお呼びください。」


「そうか…。じゃあ、ポンさん?」


「ポンさんは止めておきませんか?」



 ちょっと強めの否定が入った。


 でもこの子、たぶんポンコツなんだよなぁ…。


 ラルポンさんにそっくりで、すごく仕事が出来そうな綺麗な顔をしてるんだけども。

 彼女が部屋の配置に手を加えてから、“元々片付いてはいなかった部屋”が“散らかった部屋”になってしまったのだから。


 『ポンさん』、良いと思うんだけど。



「旦那様。確かに私は旦那様に仕えるメイドですが、家柄はたぶん、私の方が上なんですからね。失礼なことを考えていらっしゃったらぶっ飛ばしますよ、叔母様が。」


「そこは師団長さん頼りなんだ…。」


「腕力ではきっと勝てませんので。でも、家柄だけじゃなくって年齢でもきっと負けてないんですからね。」


「そ、そうですか…。」



 妙にマウントを取ろうとしてくるメイドさんである。


 ふとヤタラさんの方に目を向けてみると、彼女は何故かベッドの裏を物色していた。エロ本でも探してるんだろうか。



「…なんか用事があったんじゃなかったんすか?」



 メルファディアラニアポンさんをこの部屋まで送り届けるという役目以前に、彼女は彼女で俺に用事があると言っていたはずだ。


 まさかベッド漁りが用事ではないと思うのだが。


 ベッドの枠に肘をぶつけて痛がっていたヤタラさんは、服に埃が付いてしまっていることに気付いて顔を顰めた。


 そして、部屋の外に出て埃を落としに行った後、戻ってくるなり口を開いた。



「そうだった。クラーダ君、今晩ウチ来ない?」


「………はい?」



 思わずフリーズ。

 あんな話を聞いた後なだけに勘ぐってしまう。


 突然の夜のお誘い(?)である。


 

「あら…。ヤタラ第3師団長様、よくもまあ私の目の前でいけしゃあしゃあと。」



 当然、メルファディラニアポンさんからしてみれば面白くない。

 正面から彼女自身と第4師団長に喧嘩を売られたと感じてしまっても仕方のない話の流れである。


 あれ、ラの前にアって付いてたんだっけ?



「嫉妬されてもなぁ。…ちょっと2人きりじゃないと話せないことがあるというか。」


「それは誤解を広げるだけだと思うけど……。まあ、了解っす。」



 要するに、彼女も情報共有をしておきたいということだろう。


 下手に人前で出来るような話ではないがために妙なぼかし方になってしまったのだろうが、もっと上手い誘い出し方はなかったものだろうか。まあいい、丁度いいや。


 こうして、彼女のお屋敷に晩御飯を食べに行くことになったのである。


 当然のようにメルファディアラニアポンさんは同伴したがったのだが、そこはヤタラさんが第3師団長の権力を以てねじ伏せてしまった。


 『覚えてろよ~!ラルポン叔母様に言いつけてやるんですから~!』などと、敗戦の末に逃げ帰る悪ガキのようなことを言いながら部屋を出て行った彼女は、少しすると戻って来てこう言った。



「ちなみに叔母様は私のことをニアと呼んでいます。旦那様もそうお呼びなさい。」

メルファディアラニアポンさんはダークエルフではないエルフです。

ダークエルフの対義語ってホワイトエルフだったりするんでしょうか。


序章終了時点で公開できる範囲の人物紹介なんてものを挟んでみたかったのですが、私はキャラに興味が湧かない限り人物紹介を読み飛ばすタイプの人間なので止めておきました。


※追記 2020/12/16 サクラダの騎士爵叙勲からの経過日数を3日→5日に変更しました。今後の展開の都合上です。

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