閑話 灯りの消えた玉座にて
ここは王宮。
普段であれば既に執務を終えて灯が消えているはずの玉座の間に、本日はまだ灯りが灯っているのである。
であるからして、煌びやかな玉座に一人座るこの白髪の老人こそが、この国の頂点に君臨する聖ヴァイオレット国王であることは想像に難くない。
彼は近衛師団長を護衛にも付けず、宰相である親友ギュンターすらも帰らせている。
玉座で手入れの行き届いた王杓を弄ぶ彼は、待っているのである。
アンピプテラ平原で起こった凶兆とも呼べる出来事は、優秀なる騎士団の尽力によって解決した。
老いた飛竜一匹が紛れ込んで来ようと、聖都には何ら影響を及ぼしようがない。
とはいえ、まさか視察の3名だけでそれを片付けてこようとは。さすがの王とて予測が外れることもある。いい意味で外れたとあらば、なおさらだ。
それも、愛娘の活躍有っての事とあらば、心も明るくなろうもの。貼り付けた笑顔は意外にも本心からのものである。
魔族どもが人間を魔族への改造ベースにしたという可能性も、また、考慮の内だ。
先ほど爵を与えた赤い髪の小僧が、真実の泉を騙すために造られた存在であろうと大した問題にはならない。
騎士団長が妙にその男を直属の部下に欲しがっていたのだけが少しだけ気掛かりではあるが、彼はどこまで行ったところで騎士の道から外れることは出来ぬ。
それゆえ、そちらも気にするほどのことは無いだろう。
グラバーを陽動として密かに上陸を企んでいた魔王軍の1部隊も、予想通り、配置していた第7・第9師団の活躍によって潰えた。
鮮槍血王だの吸血鬼だの知ったことではないが、第9師団の剣は太陽の聖剣である。夜を好むコウモリ風情にはさぞかし堪えたことだろう。
魔物の身では塵一つも残らずに蒸発してしまったのではないか。それもまた愉快なことである。
今日もこの国は安泰だ。そうあらねばならぬ。
天空高くのソルの恒炎と同じで、この国は世界を照らし出すために燃え続けていなければならぬのだ。
「陛下。」
と、国王の傍らに影が現れる。
「おお、何事だ?」
国王は目も向けずに影に問いかけた。
「ラルポン第4師団長よりの言伝にございます。彼の者の足下を洗え、との事。」
「…『彼の者』等と言われてものう。果たして、どの者のことやら……。」
お道化て見せつつも、王の心の中では次なる一手の算段が既に固まっている。
「汝、伝えよ。騎士クラーダの前身を調べるように、とな。」
「御意。」
既に影は夜闇に紛れて掻き消えている。
本日最後の謁見を終えた国王は、凝り固まった腰肉をトントンと右手で叩くと、年相応に年寄り臭く、玉座の間を後にしたのであった。
玉座の間に灯っていた炎がふっと消え、シンと沁みるような夜闇の沈黙が辺りを満たしていた。
これにて序章は終わりです。