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序11.

 青白い燐光を放つ石ころを重ねた壁面が、透明な清水をぼんやりと浮き上がらせているようだ。


 真っ青に光を放つ泉に身を乗り出せばどこまでも深く覗き見ることができる。

 だが、それでいて、底がどうなっているのかを見ることは叶わない。


 静かな水面の下では、何かが蠢いている。


 魚でもいるのかと思いきや、それは魚の形をした金色の光の塊なのである。

 聞けば、この何百と泳いでいる光の魚は全てが泉に住み着いている小精霊なのだという。


 この『泉』を保護するように建てられた白大理石の聖堂こそが、世界樹教派生審問機関『真実の泉』なのである。



「準備が整いましたので、信徒クラーダ殿の()()()()を試させていただきます。」



 白い修道服を着たこの若い男は“教父”と呼ばれるこの機関トップの審問官である。



「…よろしくお願いします。」



 厳粛な雰囲気に気圧されているサクラダが座らされている椅子は、まるで証言台のような位置にある。


 泉を裁判長の位置に据えれば、検察側と弁護士側にそれぞれ神官たちが居ることになる。


 教父は書記官といったところだろうか。


 ただし、被告人に背中を向けて裁判長の方を向いているのが、実際の民事訴訟とは異なっている。


 騎士達は傍聴席でそれを見守っている形だ。



「では………。真実を映し出す水鏡よ。水鏡に住まう純粋なる者たちよ。大いなる光の御子“モフリーン”よ。御前に座す赤き髪の子に祝福を与えたまえ。」



 教父がそう言って自分の背丈よりも長い杖を掲げる。


 杖の先に嵌め込まれた青いガラスのような宝石が薄暗い聖堂の中にキラリと光を振りまく。

 それを皮切りに、他の神官たちが平坦な声音で歌いだす。妙に半濁点が耳につく歌だった。


 暫くして、ぼんやりとしていた泉の燐光が強まる。


 聖堂の天井に描かれた、『コウモリの翼が生えた狼』にその光が集まり、光を浴びた天井画の狼は涙を流した。


 燐光を凝縮したような雫は、重力に逆らうようにゆっくりと落下してきて、サクラダの頭頂にぽたりと垂れてきた。


 冷たい雨水がつむじを伝った時のような、ぞわぞわする感覚が脳の奥底を震わせる。



「……無事に成功したようです。では、騎士団の皆様。どうぞ。」



 当事者であるサクラダにとって、何が起こっているのやらさっぱりである。


 だが、どうやらこの儀式は、これから始まる尋問の準備段階でしかないということだけは分かった。


 “教父”に手招きされて、傍聴席から騎士団長が歩み出た。


 彼は、教父と入れ替わる形で泉の傍らへと進んで行った。


 てっきり教父が尋問を行うのかと思いきや、彼と神官たちは尋問の準備に必要なだけだったらしい。



「よし。では、これからクラーダ殿には幾つかの質問に答えてもらう。嘘をつけば泉の精霊たちがそれを教えてくださるから、正直に話すことをお勧めするよ。ちょっと、嘘を吐いたらどうなるか試してみようか。」



 さしずめ、巨大で精確なウソ発見器といったところだろう。


 微笑を湛えた騎士団長は、そう言うと少し考え始めた。



「うーん、絶対に嘘だとわかる質問…。ダメだ、緊張して丁度いいのが思いつかないな。ヤタラ卿、なにかあるかい?」


「え、なんで私に聞くん?私が嘘つきみたいじゃん。そうだなぁ……。『クラーダ殿は女性ですか?』」



 騎士団長に名を指され、ヤタラが眠そうにそう問いかけてきた。


 嘘を吐いたときに泉がどうなるかのデモンストレーションなのだから、嘘を返せばいいということなのだろう。



「えーっと、はい。」



 なよなよしているとよく言われるが、サクラダはれっきとした男性である。


 肯定(うそ)を言葉にした途端、泉の水面がざわざわと動き出す。


 水面のさざめきはどんどんと大きくなっていき、水が零れそうになった途端、100匹近くの光の魚が水上に飛び出した。


 光の魚たちは空中で罰印を作ると、再び泉の中へと戻って行った。


 ……荘厳な雰囲気の中で、まるでギャグマンガのような表現技法である。

 シュールなことこの上ない。



「…とまあ、このように精霊たちが視覚的にも分かりやすく教えてくれるわけだね。ちなみに、本当の事を言うと丸印になってくれるんだ。」



 やはり、ギャグマンガじみている。



「といったところで、お分かりいただけたね。じゃあ早速だけど質問を始めていこう。まず、貴殿の名前はクラーダで相違ないか?」



 早速、嘘を付いている所を突かれてしまった。



「…はい。」



 どうせ記憶喪失という事になっているのだし、嘘だとバレても「本当の名前なんてわからない」としらを切れば誤魔化せるだろう。


 しかし。



「良かった、良かった。名前は覚えているんだね。人間はこの世に生を受けた時から名前とはずっと一緒だ。自分の半身みたいなものだからね。」



 騎士団長は丸型に集まった光の魚たちを見つめながら肩を竦めた。


 どうやら、この世界の住人達にクラーダとして認識されてしまったためか、嘘をついていないことになってしまったようだ。


 名前を変える者もいるわけで、少し質問として曖昧過ぎたのも原因ではないだろうか。とりあえず、これからはクラーダとして生きていくほかあるまい。



「では、次に。貴殿の記憶は失われているという事で相違ないか?」



 これまた核心を突くような質問である。


 イエスと答えなければならないところだが、今度こそ嘘判定が出てしまうことになるだろう。

 さて、何と言い訳をしたものか。


 まあ、同郷のヤタラもいるし、何とか誤魔化せるだろう。



「…はい。」



 サクラダが答えれば、水面がさざめく。

 そして、さざめきの中から姿を現した精霊たちは図形を作り出す。



「ほう、本当に記憶喪失か。…色々と不安だろうね。」



 騎士団長はここにきて初めて、同情を声色に滲ませた。


 なんと、今度も予想に反した図形(まる)だ。


 どういうわけか、サクラダは記憶喪失として判定されてしまったらしい。


 彼は大人になってからこの世界に転送されてきたのだから、空から落ちてきてヤタラに発見されるまでの記憶がこの世界には存在していない、と解釈されたのだろうか。


 精霊たちはこれを記憶喪失と処理したのかもしれない。

 強引に考察すればこんなところだろうか。



「成程、成程。では次だ。貴殿は魔族であるのではないか?」


「いいえ。」



 今度は予想通りの結果が出た。


 精霊たちはサクラダの答えに丸を出したのである。

 もしかしたら知らぬうちに魔族に魔改造されているのではないかと内心で不安だっただけに、ようやく安心できたのであった。



「関所で分かってはいたことだけど、念のため…ね。では次。貴殿はグラバーを除く魔族の関係者であるまいか。」


「いいえ。」



 この質問も丸が出た。



「素晴らしい。以上で嫌疑が晴れたと言っても過言ではないね。だけど、折角だしもう少しだけ。」



 といった調子で、サクラダは2時間ほど、根掘り葉掘り色々なことを尋ねられた。


 基本的に、精霊たちは初めの数問を除いてサクラダの意に反するような動きを見せなかった。


 てっきり異世界人であるサクラダを相手にしてバグとでも言うべき不具合が起きたのかと不安に思っていたのだが、その心配は杞憂に終わったのだった。


 『お前の審問に使ってから泉がおかしくなった、弁償しろ』なんて言われた日には、臓器をいったい幾つ売れば良いのやら。


 ともかく、そうはならなくて本当に良かった。



「…以上かな。師団長諸君、ならびに第3師団の御二方。取りこぼしは無いかね?」



 ずっと喋りっぱなしで口の中が乾いているらしい騎士団長は、水で口を湿らせると、傍聴席に目をやった。


 騎士達からは特に声も上がらず、流れで真実の泉での審問の儀式は終了となったのであった。




 ▽ ▽ ▽




「我が騎士達よ、表を上げい。」



 玉座に座り、頭に金色の宝冠を乗せ、王杓を手にした白い髭の老人がにこやかに言った。


 跪いていた騎士団長、第1から第4師団長、アイラ、オリビアが顔を上げた。



「お客人…、クラーダ殿と申したか。どうした、貴殿も顔を上げるが良い。」



 名指しで呼ばれたサクラダも恐る恐る顔を上げた。


 そう、この気品と覇気の感じられる老人こそが、聖ヴァイオレット王国の国王なのである。


 これは30分前の事。『真実の泉』での儀式を終えた彼らが聖堂を出ると、王宮からの使者がそれを待ち構えていた。


 使者に招かれるがままに王宮へと通され、そのまま理由も告げられぬままに王の間へと通されたのである。

 どうやら『真実の泉』の職員たちが王宮に報告を入れていたためらしい。


 そして今。


 国王の右脇には彼と同年代の宰相が、左脇には鎧ではなく礼装に身を包んだ近衛騎士団長が控えている。


 国王は咳払いをして喉の調子を整えると、再び口を開いた。



「先ずは、我が娘、プリュネラ王女よ。よくぞ戻った。大儀であったな。」



 この場に居る者の中でその名に該当する人物はただ一人。

 身じろぎをした彼女は、すぐに胸中の怒りを腹の底に押しやったようだ。



「…陛下。部下たちの手前、その名でお呼びになるのはお控えください。」



 感情の抜けきった声でそう返答したのはヤタラである。


 どうやら彼女は、この世界で聖ヴァイオレット王国の第8王女として生まれ変わったらしい。

 それにしても、()()()()()J()P()が転生して()()()()()()()になったとは妙な偶然もあったものである。



「国王陛下。恐れながら申し上げさせていただきますが、第三師団長殿は既に王家から独立した身。斯様にお戯れになられますと。」



 右脇に立つ金縁眼鏡の宰相が静かに国王を諫めた。



「むう…。分かっておるとも、我が友ギュンターよ。だが、余はただ可愛い娘の安全を喜んでじゃな。」


「陛下。」


「…ヤタラ卿よ、失礼したな。余の騎士の功績に心が躍ったゆえな。許せよ。」


「勿論でございます。」



 宰相に怒られて少ししょんぼりしている国王に、キビキビとした動作でヤタラが頭を下げた。


 そんな彼女がまさか生前はFPSで撃ち負けて奇声を上げていたなんてことは想像できない。

 まるで天性の騎士のようである。



「うむ。して卿よ。此度はかの老飛竜めと客人を連れ帰ったというではないか。」



 国王の柔和な目線がサクラダに注がれる。


 ただでさえ近衛騎士達や大臣たちから奇異の目で見られていたサクラダは、ますます居心地が悪くなってしまった。


 とりあえず、ぺこりとお辞儀しておく。



「(おバカ!無礼な…。)」



 オリビアがものすごく小声でその軽薄な態度を叱った。



「宰相殿。差し出がましくも、私が陛下にクラーダ殿について説明させていただく機会をいただきとうございます。」


 と、ここで口を挟んだのは騎士団長。


 ずっとニコニコしていた彼の表情は、王の御前であるためか口元の微笑程度に留められている。



「うむ、こちらから頼もうと思うておったところじゃ。プロマイン卿よ、許そう。」


「国王陛下がご許可なさった。プロマイン卿、報告なさい。」



 国王の言った後で宰相が同様の内容を復唱した。

 この過程にはいったいどういう意味があるのだろうか。やっぱり、騎士団長クラスになっても国王と直接会話するのは不敬に当たるものだろうか。



「ありがたき幸せ。では、アンピプテラ平原に老飛竜グラバーが現れましたのはご存じの通り。陛下の素晴らしき先見の通りでございます。」


「ほっほっほ。余は貴殿の計画書に判を押しただけじゃ。」



 そんな世辞と謙遜の応酬から始まった報告は、概ねサクラダ達に起こった出来事の通りだった。


 だが、グラバーが勝手に自分の尻尾を切った場面だけは、何故かサクラダが能動的に動いたとして報告された。『自らのアダマンタイトの如き堅牢な頭蓋骨を叩きつけることで尻尾を断ち切った』ということに改変されていたのだ。


 もしやと第3師団の面々の方を見てみると、呆れた顔で目を逸らすヤタラ、苦笑を返すアイラ、片目を瞑って親指を立てるオリビアの姿があった。


 つまり犯人はコイツだ。



「ほほう!岩山を穿つメタルホーンドレイクの尾を肉で切ったと。騎士団長、貴殿に同じことは出来るものなのか?」


「そうですな。出来ぬことはないでしょうが、それは魔力の助けあってこそ。この者、どうやら魔素運用理論やらを全てさっぱり失い、その後軽く学び直した程度でこの業を見せたようでございます。魔素の使い方の上手さでしたら、師団長達に匹敵するやもしれませんな。」



 愉快そうな国王の問いに対し、騎士団長も愉快そうに答えた。


 控えている貴族たちからも感嘆の声や訝しんでいる声が聞こえてくる。


 自分ではそんなつもりは無かったんだけどなぁ…。



「クラーダ殿。貴殿の武勇あってこそ、グラバーとの対話が成ったという事じゃな?」



 御伽噺を聞いた少年のような満面の笑みでそう問いかけてきた国王は、サクラダの顔を正面から見据えている。


 騎士団長の例を見るに、やはり宰相に伺いを立てる必要があるのだろうか。

 そんな眼差しを金縁眼鏡の宰相に向けるが、彼は特に何も言わない。


 ずっと黙っているのも失礼であろうし、俺…じゃなくてサクラダはとりあえず返答することにしたのだ。



「…その、実際に交渉したのはヤタラ卿とオリビア卿とアイラ卿です。彼女たちの交渉術あってこそ、グラバーが尾を斬られても交渉に乗ったと言いますか。その、謙遜とかじゃなくて、俺…(わたくし)は本当に何も…何もしてないというか。」


「ほほ、左様か。だが、尾を斬ったのは事実に相違なし、と。時に貴殿。我が国は騎士団発祥の地などと呼ばれておるのだ。それゆえにどの国よりも強くあらねばならぬ。なのだが、どうも近頃は大陸の国々も力をつけてきているようでな。」



 発祥の地だから強くある必要があるという話はよくわからないが、これから国王が言い出すであろう事だけは予想が付いた。



「記憶を失ったとはいえ、それほどの使い手とあらば、過去にも魔王に抗い戦っていた者に違いあるまい。ここに我ら聖ヴァイオレット王国からの感謝の証、そして貴殿の武勲に敬意を表するものとして、騎士の称号を授けよう。」



 要するに、体のいい戦力補充である。


 サクラダからしてもこの国の中で身分を保証されるわけであるし、騎士爵を与えられるという事であれば、衣食住も保証される事だろう。プラスの事の方が多い。


 なにより、王からの下賜を断れば後に何があるか分かったものではない。


 こちらに都合が良すぎるような気もして少し不安を感じたが、人間である以上は腹も減るし、寝床があるに越したことは無い。



「…有難く拝受させていただきます。」



 こうして、プロゲーマーKalkことサクラダは聖ヴァイオレット王国に仕える騎士となったのであった。

王「ところでプリュネラ王女よ、髪を切ったのではないかね? 具体的には、2㎝ほど。」

ヤ「…。」

宰「ヤタラ卿!? 剣を、剣を収めなさい!! 近衛師団長殿、あなたもウトウトしていないで…!」

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