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序1.

 プロゲーミングチーム“CrestALEA(クレスタリア) White(ホワイト) ReaperS(リーパーズ)”、『REQUIEM or TRIUMPH』部門、チーム“Ametrine(アメトリン)”のエースアタッカーである“Kalk(カルキ)”選手ことサクラダは、10万近くしたゲーミングチェアに背中を預けるようにしてもたれかかっていた。


 首に下げられたヘッドフォンからは“Ametrine”のオーダーである“JoeN2(ジョーンズ)”選手が叫ぶ声が漏れ聞こえてくる。どうやら、オートエイム・ウォールハック・ノンリコイルといった3点盛りをフル活用するチータースクアッドを一人で壊滅させてテンションが上がっているらしい。


 彼がわざとらしいまでに口汚くチーターを罵っているのは配信枠を取っているからだろう。一昔前のFPSゲーマー特有の悪態を濃縮したようなそのよく回る口は彼のストリームの名物となっている。


 その一方で、ヘッドフォンから微かに漏れ聞こえるバリトンボイスでJoeN2を称えて蘇生地点に向かって行ったのは、同じくAmetrine所属のプロゲーマーでサブオーダーとスカウトを兼任する“ぽんぽん”選手である。


 この3名によって構成されるチームAmetrineは、”REQUIEM or TRIUMPH” Japan Series (通称RJS)という公式大会のシーズン3に向けて練習しているところだった。


 対面近距離戦最強とまで言われているJoeN2。

 スナイパーライフルの名手で攻めの取っ掛かりを作るのが上手いぽんぽん。

 そして、オールラウンダーかつ何度もチーターと疑われたほどの継続エイムを持つ、アジア圏最強プレイヤーと呼ばれているKalk。


 各選手の個人技だけで見るならばRJS通算優勝にも容易く手が届きそうな彼ら“Ametrine”。


 夜マップに合わせて揃えられた操作キャラの黒紫色のスキンは、彼らのユニフォームとして認知されている。

 異様なキルレートを誇る黒紫の3人組は、夜闇を駆ける死神の軍勢としてサーバー全体で恐れられていた。


 だが、そんな死神たちは現在、重大な問題を抱えているために中々スコアを伸ばせずにいた。


 実は、ぽんぽんはRJSシーズン3直前になって他チームから移籍してきたばかりなのだ。

 それゆえに、チーム創設の時からの付き合いであるJoeN2とKalkとの連携がまだかみ合っていないのである。


 その上、ぽんぽんはどうやらKalkのことを嫌っている節があるようだ。


 今のところはムードメーカーでもあるJoeN2のおかげで正面衝突は起こっていない。

 視聴者に対してはギスギス芸とか不仲営業とかいうネタとして誤魔化せている。

 しかし、いずれどこかでこのわだかまりがラフレシアの如く臭い花を咲かすことになるだろう。


 ちなみに、サクラダは何故自分がぽんぽんに嫌われているのか心当たりがなかったのだが、これに関しては完全にぽんぽんの逆恨みである。


 …この話についてはあまり気持ちのいいものではないのでやめておこう。




 さて、それでは何故シーズン3も目前になって、ぽんぽんが移籍してくるような事態になったのだろうか?


 実は、前シーズンまでぽんぽんのロールを務めていたチームメンバーが急死したのである。


 ゲーム内ネーム“ぷりゅねるJP”として活動していたその選手は、硬派でリアルなFPSであるREQUIEM or TRIUMPH(RoT)のプロ選手としては珍しい女性プレイヤーだった。


 単発スナイパーよりもDMRを好んでいたぷりゅねるJPは、その可愛らしい顔から萌え声で発せられる狂気じみた絶叫と暴言が人気なストリーマーだった。

 もちろん、射撃の腕前もピカイチであり、その打開力でチームを何度もCoT(チャンピオンオブトライアル、このゲームにおける一試合におけるチャンピオンの呼称)に導いてきた。


 しかしながら、その所為というかなんというべきか。


 なんとぷりゅねるJPは、狂信的なファンの一人(まじきちがちこいぜい)に住居を特定されてしまい、あろうことか凄惨に殺されてしまったのだ。


 この事件は大々的に取り上げられ、Ametrineは数か月間の自粛期間を設けることとなったのである。


 自粛期間はギリギリRJS開催の3週間前に終わったものの、新メンバーであるぽんぽんと既存のメンバー2人が、他チームと同レベルにまで足並みを揃えるには時間が足りなさすぎる。


 そんな事情が彼らの背後にあるわけだが、肝心のRJSは待ってくれない。


 サクラダのデスクの脇には、スポンサー企業に提供されたエナジードリンク・レッドモンスターゾーンの空き缶が石垣のように積み重ねられている。

 睡眠時間を削った過酷な練習を乗り越えるため、カフェインの服用がなければやっていられないのだ。


 ところで、カフェインがないと意識を保っていられないのであれば、彼の意識はカフェインによって形成されているのだろうか?



「おーい、カルキンティーヴィー。蘇生したぞー?動けや。うんちかぁ?」



 冗談めかした口調でJoeN2が煽る。



「カルキンくん?動いてないんだけど回線落ちてる?まさか、ノートでこのゲームやってます?リスナー、カルキンくんの配信枠確認してきて。」



 続いてぽんぽんもバリトンボイスで煽り立てる。VCを繋いでいるにもかかわらず、ゲーム内のチャット欄に「noob」の4文字を打ち込んでいる。


 ふと通話アプリを確認したJoeN2は、Kalkがいつの間にかルームを退室していることに気付いた。



「台パン聞こえたし、萎え落ちしたんじゃね? “赤門タワー”崩れたみてえな音も聞こえたし。」



 赤門タワーとは、サクラダの机の脇の空き缶城壁のことである。


 赤門

  →レッド/モン

   →レッドモンスター

    →レッドモンスターゾーン

 というわけだ。


 赤門タワーはサクラダが自らのクソプレイに腹を立てたり、チーターにキルされた時などに台パンをすると、連動して崩壊するのだ。


 普段はキーボードとマウスを操作する手元だけを映して配信しているサクラダゆえに、視聴者は彼の感情を声色や環境音からしか想像しえない。

 台パンからのタワー崩壊は、サクラダの怒りを安直に伝えることのできる一種の伝統芸能だった。


 しかしながら、音声情報からわかることなどたかが知れている。


 ましてや、怒りの際に発せられる音だという固定概念の段ボールに梱包されてストリーム急便で全国発送されている。


 サクラダの異変にリスナーやチームメンバーが気付いたのは救急隊員が彼の遺体を担架で搬送しはじめた頃だった。




 ▽ ▽ ▽




 そうして、死んだはずのサクラダは何故か全身に風圧を受けながら目を覚ました。


 目を覚ました、というのは一種の言葉の綾だ。


 物凄い風圧が重力に逆らう方向に吹きすさんでいて、とても目を開けていることができそうもない。

 目を閉じたまま目を覚ましたというわけである。


 彼の赤色に染められた髪はバサバサと暴れまわっている。


 さらにどういうわけか、いつの間にか全裸になっていたらしく、股間のカービンライフルが内腿でべちんべちんと暴れまわっている。



「―――――――――――――ッ!?!?」



 声にならない声を上げながら、彼は全裸で落下しているらしい。

 口を開ければ、空気の塊がどんどんと肺や胃袋の中に入ってきて呼吸どころではなくなってしまうだろう。


 あまりの超展開に混乱することすらできなかった脳は一周回って冷静になった。


 せめて何が起こっているのか知ろうと、サクラダは涙目になりながらゆっくりと片目を開いた。



「―――――――――――――――ー!?!?」



 声にならない叫び、再び。


 眼下に広がる風景に、風圧による眼球の渇きに、一周回って冷静になった脳がさらに一周回って大パニックとなってしまった。


 ん?パニック…?


 そういえば、『デザイアパニック』というファンタジックなTPSバトロワが一時期流行っていたなぁ。


 あのゲーム、クソアプデが入ってからはマッチングがおかしくなって、内部レートが低すぎたり高すぎたりするとbotがランク戦でも蔓延するような混沌(かおす)になったんだっけ。

 尊敬してやまない“死衣”の名を冠する有名ストリーマーもすぐに見限ってしまい、それに呼応して、というわけではないがアクティブユーザー数はどんどんと減少していった。

 流行後、一瞬で閑古鳥が「カアカアカア」といった感じ。


 慌てて運営が元のマッチング形式に戻したものの、その頃には既にプレイヤーは別のゲームに移住してしまっていた。

 良ゲーだっただけに勿体ないと今でも思う。


 サクラダはそんなことを思い出した。


 では、なぜこんなタイミングで『デザイアパニック』のことを思い出したのか。


 『デザイアパニック』では、戦場にプレイヤーキャラクターがポップする際、輸送艇から投下される、というバトロワゲーにありがちなスタイルをとっていた。

 まあ、このゲームにおいて輸送艇にあたるのは空飛ぶ巨大鯨だったが。


 そんな『デザイアパニック』の戦場降下には、他ゲーとは一線を画す特徴があった。


 なんと、プレイヤーキャラクターが男女問わず全裸なのだ。


 映してはいけないところはゲームのマスコットキャラクターのイラストでコミカルに隠されるのだが、全裸は全裸である。


 丸腰どころか服さえない状況から始まり、各地に配置されているクレートから服を入手して防御力を上昇させていく。


 たまにストリーマーや酔狂なプレイヤーが文字通りのハダカ縛りでチャンピオンを狙っていたりするが、それはなかなかに至難の業だ。下着を履いているかどうかで銃弾が一発耐えられるかどうかが分かたれるという話を聞けばなんとなく想像できるだろうか。


 ちなみに、そんなことを考えている間にも地面が近づいてきている。


 パラシュート無しの自由落下の速度というのはなかなかに馬鹿馬鹿しいものだ。


 サクラダがもし『デザイアパニック』のキャラクターだったなら、落下の最後には地面にめり込み、人型の穴を大地にこさえることになる。そして、穴から這い出てきたキャラクターは何故かピンピンしている。

 落下ダメージ無効のゲームなので、仕様上当たり前といえば当たり前なのだが。


 さて、一方のプロゲーマーKalk選手。


 普段から運動する頻度が少なく、エネルギーバーとカフェイン飲料で形成されたガリガリの肉体が高所からの自由落下に耐えうるはずもない。


 まあ、パラシュート無しの高所落下を生還できる人間の方が少ないとは思うが。


 ともかく、何の訓練を受けていないブラックマッペのサクラダは、空を泳ごうとするような格好のまま、地面に打ち付けられてしまった。

 ちなみにブラックマッペとは、もやしの品種の1つだ。


 地表には平泳ぎしているような穴が穿たれ、サクラダの身体はその穴の奥底に埋め込まれてしまった。

 それこそ『デザイアパニック』のように。


 哀れサクラダ。


 アジアサーバー最強プレイヤーといえど、ただの人間。

 重力に対しては何も出来ることがなかった。


 …。


 そう、今までの彼の身体ならば。



「いってえええええええええええええええええ!?!?!?!?」



 叫び声を上げながら穴から這い出てきたサクラダは、地面と激突した自分の身体を抱きかかえるようにして転げまわった。


 かつて体験したことのないほどの痛みが身体中を苛んでいる。

 なぜ地面とぶつかって痛いだけで済むのか、そもそもどうして生きているのかすら解らないのだが、そんなことよりもただただ身体中が痛い。



「折れてる!!!絶っっっっっっっっ対折れてるだろこれ!!!!!!!!」



 無病息災安全重視究極インドアに生きてきた彼が骨折した経験など持ち合わせているはずもない。


 エイム練習のしすぎで腱鞘炎になった腕を、さらに酷使してパンパンに腫れあがらせたのが彼の一番大きな負傷経験である。

 そんな彼であるからこそ、この痛みを全身粉砕骨折と勘違いしたのにも無理はないだろう。



「いででで…マジかよ、収まってきた…。」



 そもそも穴から自力で這い出すことが出来た時点で察するべきだったのだが、なんとサクラダは無傷だったのである。


 それこそ落下ダメージ無効のゲームのようにかすり傷一つないのだ。


 叩きつけられたことで痛みこそ感じていたものの、不思議なことにその痛みすらも段々と収まってきた。



「tntn折れたかと思ったわ…。まあ、使い道ないんだけどさ。はー、つら。」



 大きさだけは一級品な彼の機関銃は弾倉も含めて無事だった。



「ぎゃあ!?」



 と、息災な息子を引っ張ったり撫でたりして確認していたら、まるで奇獣が足を踏まれた時に上げる叫び声のような声が聞こえた。



「ヒ、ヒィィィィィィィ!?!?」



 一息ついていた時に突然そんな獣の叫び声が聞こえたのだ。ビビり散らしたサクラダは自分で開けた平泳ぎ型の穴に潜り込んだ。

 穴の中に逃げ込んだところで、逆に袋小路である。



「な、何で男が降ってくるの…。サプライボックスじゃねえんかよ…。しかもなんでハダカなんだよ…。」



 獣には飼い主でもいるのか、少女のような声が何やらブツブツと呟いている。


 その声に何やら聞き覚えがあるような気がして、サクラダは恐る恐る顔を覗かせた。



「うわっ髪あっか。なんだお前…。」



 サクラダの髪がちらりと見えるなりそんな暴言を吐いたのは、可愛らしい声の割に背の高いヒョロヒョロした女だった。


 女は何かのアニメのコスプレのような、胸部付近や背中の肌を不自然に晒した中世ファンタジーじみた黒い甲冑を身に着けている。

 膝まで隠れる白いフレアスカートを留めている腰のベルトからは金属製の重たそうな剣…一般的にはブロードソードと呼ばているタイプの剣…を下げている。


 黒いボサボサの髪に青色のメッシュを何本も入れたボブカットで、背丈に対してアンバランスなまでの童顔が気味悪くもある。だが、顔つきは間違いなく美女と呼べる代物だ。


 ただ、その童顔が。


 長いまつ毛に彩られた大きな澄んだ目も、ネコのような印象を受ける鼻も、白い八重歯が光る口にも。


 サクラダはその女の童顔に見覚えがあった。



「ゲェーーーーーーーッ!?ぷりゅねるJP!?」



 その女は、サクラダの所属していたプロゲーミングチーム“Ametrine”に所属しており、惨殺されたと報道されていたぷりゅねるJPによく似ていた。



「…まさかお前リスナーか?」



 そして、サクラダの叫びを聞いたぷりゅねるJPによく似た女、否、ぷりゅねるJPは、ブロードソードを抜くと、その切っ先をサクラダに向けてきた。


モダンFPSであるRoTは爽快感溢れるアクションでカジュアルな戦闘を行うゲームというよりも、息を潜めて敵の足音に耳を凝らして角待ちSGをぶっ放したり、遮蔽やグレネードを戦術的に利用して相手を炙り出すタイプの硬派なFPSです。

3人1組で栄光あるCoTを目指すトリオモードにはランクマッチも実装しており、世界中の兵士たちと腕を競い合うことができます。

基本プレイ無料で多種多様なクールなキャラクタースキン・武器スキンをゲットすることもできます。


さあ、あなたもRoTで最強を目指しましょう!

(RoT公式サイト:『REQUIEM or TRIUMPHってどんなゲーム?』より)


(※本作品に登場するゲームは勿論実存しておりませんし、実在する如何なるゲームとも関係しておりません)

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