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<4>

 イケテ=ルジャン国王陛下が口を開く。


 「なんだ。オウルとシュトーリナ嬢の見合いのはずが、何故ビショップとシュトーリナ嬢が寄り添っているのだ。そしてオウルは聖女と…。どういう事だ?そしてオウル、何故鼻血を?」

 

 その問いには答えず、時短で家族の真実を知ろうと第二王子が立ち上がり逆に問う。構うものか、こうなったら鼻血は流しっぱなしだ。


 「父上、母上、そして、あ…あにぇうえ、私は、私は皆様に伺いたい事がございます!」 


 「オウルよ、何を取り乱しておる。落ち着け。そして鼻血を拭け」


 第二王子は、あにぇうえであるハウルに向き直り問う。


 「あにぇうえ、あなたは兄上なのか姉上なのか、どちらなのでしょうか!男子なのであれば兄上と、女子なのであれば姉上と呼ばねばならぬ。今は迷いながらで、どっちつかずが辛い!」 


 「…オウル、何の事だい?」


 「…あなたは女性だと、王子のふりをしているだけだと聞きました!」


 「直球かっ!…くっ、打てない。だめだ、一球だが三振だ、バッターアウト!残念だが私の負けだ」


 「あにぇうえ、では…!」


 「ああ、その通り、私は女性だ」


 「何!?何と申したか!」


 2人の会話に王が驚き声を上げた。ハウル第一王女がそれに答える。


 「父上、ずっとずっと、ずっと言わねばならぬと思っておりました。オウルの言う通り、私は第一王子ではなく第一王女です…」


 「どういう事だ?王妃よ、これはどういう事なのだ!?」 


 王が隣にいる王妃を問い詰める。王妃は青い顔をして震えている。

 そんな王妃を庇いハウル王女が言った。


 「父上、母上を責めないで下さい!悪いのは父上です!…じゃなくて偽っていた私です!」


 「…いいえ、ハウル、あなたに罪はありません。全て陛下が、…じゃなくて、(わたくし)が悪いのです」 


 「ハウルが女だというのは誠なのだな?」


 「はい…」


 「何という事だ…」


 「父上、そして、皆も聞いて欲しい。私ハウル・ミハイル・イケテ=ルジャンは王子ではありません。何故なら女であるから。

 自分が女だと気付いたのは大きくなってからだが、しかし知ってから10年以上も言い出せぬまま、性別を偽って来てしまいました。申し開き様もございません。

 この国の王太子に相応しいのは第二王子の、いや、第一王子のオウルです。私を廃嫡しオウルを王太子に…。国を欺いて来た私は如何なる罰をも受けましょう」 


 「あにぇうえ!いや、ハウル姉上、姉上は悪くはない。気付いた時には王太子だったのだろう?言い出せるわけがないではないか!ずっと立派に王太子としていてくださったではないか!何も知らずに、すっ転ぶ姉上を捨て身のスライディングで守ることも出来なかった私が恥ずかしい。許して下さい!」


 「オウル…!」


 思いもよらなかった偽りと真実に、王が強く拳を握り震えている。


 どういうことだ?何故24年間も余は娘を息子と思って育ててこねばならなかったのだ?

 幼い頃は弱々しく不満もあったが、しかし長ずるにしたがって、小さい身体で、ふわっとした様子で、小首を傾げてうふっと笑うハウルが、これはこれで可愛いのではないかと思うようになった。


 そして…何度ハウルにドレスを着せてみたいと思ったことか。もしも娘であったらと「お嬢さんを私にください!」と言って来る奴に「許さん!余を倒してから言え!」というセリフをぶつける妄想を何度したことか…。


 剣技や体術が苦手な己の力量を嘆き、しかしやがて、刺繍をしているふりをしながら相手に近付き、至近距離から針でテイッテイッテイッ!!と高速で突くという独自の技を生み出したハウル。

 己を正しく見極める才を頼もしくも思い、そしてその技の弱さにめまいを覚えたものであった。


 しかし、妄想するまでもなく王女であったとは!

 

 皆からは怒りを抑え込もうとしているように見える王は、目を閉じて深く呼吸をし、そして王妃に尋ねる。


 「…王妃よ、何故、余を欺いたのだ…?」

 

 「…申し訳ございません。ですが、陛下は女児に興味はなかったではありませんか。生まれたのが男児でなければ、この子からも私からも関心をなくしてしまうと恐れました。そして更に、当時は背後関係が怪しい、この国にとって悪い流れにしかならなさそうな者にたぶらかされつつあったではありませんか」


 「うっ、そ、それは…」


 「何度も正直にお話しようと致しました。ですが、言おうとする度にタイミング悪く、国を揺るがす事件が起こったり、陛下が代わる代わる悪そうな者に引っかかりかけて、どうしても言い出せなかったのです。全ては浮気な陛下の、…じゃなくて、弱い(わたくし)の罪です」 


 「い、いずれにせよハウルが王子ではないと言うことは事実なのだな?では、第二王子である、いや第一王子であるオウルを早急に新たな王太子と立てねばなるまい。ハウル、オウル、良いな?」


 「元より異論はございません」 


 「…はい、拝命致します。国のために尽力することを誓います」 


 「うむ。では早急にハウルにはドレス等を用意せねばならぬであろう。そして聖女殿、このような事態で急に相手が変わる事になるが、貴女には内々に打診した通り「王太子」と共にこの国を守り立てて頂きたい。了承頂けるだろうか?」


 「…陛下、そのお話ですが、以前もお答えしたように、私はどなたの妻にもなれません。どうぞ、お聞き届け下さい」 


 「聖女サヌキ!」


 「落ち着け、オウル。…聖女殿、何故だ?婚姻により聖女の力を失うというのであればわかるが、そうではないと言うなら何故?もしや何か王家の者と添い遂げる事は出来ない理由があるのか!?」 


 「そうではないのです…、ですが、ああ、言えない…っ」 


 様子見をしていたシュトーリナの目がキラリと光る。そしてここで前に出る。




 「おのおのがた、時短でございます!」



 「シュトーリナ嬢!?」


 「聖女様、並びに王家の皆様、あなた方がちんたら話している間に、聖女様お披露目会まであと30分となってしまいました!」


 「控えよ、シュトーリナ!如何に妃候補として呼び出したとは言え、状況が変わった今、王家と聖女の話し合いにそなたが口を挟むことは許さぬぞ」


 「いいえ、許されるのでございます!恐れながら陛下、お言葉ではございますが、(わたくし)、本日は妃候補の優秀な、優秀な、優秀な貴族令嬢ではなく、タ〜イムキーパーとして参加しておる所存にございます。立場上、これ以上のちんたらを許すわけには参らぬのですっ!!」


 「タイムキーパーだとっ!?」


 「CMまであと10秒というカウントに入った時に、ちんたらちんたら話をしていると、例え陛下であっても話の途中でカットされるのでございますよ!!国王ともあろう御方が、したり顔でだらだら話している最中にいきなりブツっと画面から消える、明らかに切られたとわかる形で全国民に醜態を晒すのです!よろしいのですかっ!?」


 「な、なんだかよくわからぬが、それは確かにあってはならん気がする…」


 「よって、僭越ながらタイムキーパーであるこのシュトーリナ・ハウゼンが、皆様がすでに知っている事実も全く知らない事実も、時短時短で余す所無く待ったなしでお伝えし、この後の国の一大イベント、聖女様お披露目会という本番生放送に数秒違わずバッチリと間に合わせてご覧にいれますわ!!」 


 「素晴らしい!さすがは我が愛しのシュトーリナ嬢。見事な仕切りだ。さあ、話を続けてくれ!」


 「ビショップ!?」


 「オウル殿下、私は騎士です。王家の方々の安全をお守りすると同時に、国をあげての一大イベントを滞りなく成功させ、王家の皆様の体面をお守りする責任がござるのでござる!」


 「ビショップ…」


 王家の方々は、初めて聞く言葉に「タイムキーパーとは何ぞや?」「えええ…意味わかる?」「いや、なんだかわかんない…」「本番はわかるけど生放送って何?」と戸惑い互いを見る。

 聖女様だけが「ああ…」と意味を理解したようだ。それを見た王家の方々が聖女様に説明を求めようとする。

 

 だが、そこでシュトーリナはぶった切る。


 「ちんたらは許さぬと申し上げたはずでございますっ!全てを知る(わたくし)の進行を止めることは不可能!!」

  

 「先程からそなたは、全てを知っていると言うが…どういう事だ!」


 「はい、陛下。(わたくし)、全てを全てを、あ、全てを存じ上げているのでございます!」

 

 シュトーリナはビシッと王を指差した。

 こんなことはしてはならぬ。大変に失礼極まりない事である。だが、王も誰も、全てを知っていると豪語するシュトーリナに得体のしれない恐れを感じ、怖くて注意が出来なかった。


 「まずひとつ。予定よりも早くオウル様を王太子とされたのは良き事でございます。大変優秀な流れでしたわ。ですが、その後がいけません。

 聖女様もいい加減に観念なさいませ。1年もこの国にいらしたのですから、もっとこの国を信頼なさるとよろしいかと存じます」


 「シュトーリナ嬢、何を知っているのだ?聖女サヌキの何を…?」 


 「ふふふ、殿下、ステイですわ。(わたくし)、聖女様だけでなく、陛下や王妃様がそれぞれにお隠しになっている事もお見通しでございますよ。皆様、覚悟はよろしゅうございますね?それでは、時短で行かせて頂きます!」


 そして秘密が暴かれる。


 「まず、聖女様は男性でございます」


 「「「「「「「えええええええ????」」」」」」


 「(わたくし)、以前より情報は掴んでおりましたが半信半疑ではございました。ですが、ベール越しではございますがお姿を拝見して、そして御声を聞いて確信致しました。ふふふ、確かに男性である聖女様はどなたの妻にもなる事は出来ませんわね」 


 「そんな…、それは本当なのか?聖女サヌキ、いや、聖人、…せ、せいじょん?」 


 「オウル殿下、知られたくなかった…っ!貴方にだけは知られたくなかったっ!」


 「嘆いている時間はございません。聖女様、(わたくし)、先程、この国を信頼なさいませと申し上げました。目を逸らさず落ち着いて恐れずに皆様を、そしてオウル様をご覧くださいませ」 


 「落ち着いて恐れず…?」 


 聖女サヌキはシュトーリナの言葉通り、恐る恐る皆の顔を見回した。そこには、驚きに口を半開きにしている者は居ても、聖女が恐れていた失望や嫌悪の表情を見せる者は誰もいなかった。


 オウル殿下も目をしばたかせてはいるものの、その目には特にショックの色はない。もしも言葉で表現するとしたら、「あ、そうなの?妻になれないって、そういうことだったんだ、なんだ」という所だろう。

 

 「聖女様、この国では現国王陛下の代より、開かれた意識として『愛は愛』という啓蒙がなされてまりました。今では、さすがに国民全てではございませんが、その考えは深く浸透しております。

 人として誰かを大切に思い、己の我欲に囚われずに相手を尊重し思いやるという愛に性別は関係ない!…でございますよね、陛下?」


 「ああ、そうだ。己の我欲で他を侵害し、虐げる事を愛だなどと言う者は許されぬが、心から相手を大切に思い愛する事は人として尊い思いである。

 個人の嗜好は大切であるから、同性、異性、どちらを好むかは人によって違う事も尊重されるべきである。何れにしても、本人同士に否がないのであれば性別に拘る必要はないというのが我が国の在り方だ。

 聖女殿が男性であれ、もしオウルが望み、オウルを愛し支えてくれるのであれば、何も妨げになるものはない」


 「そ、そんな…。でも、でも、オウル様は?私が男でもオウル様は受け入れて下さるのでしょうか?」

  

 その問いに、殿下がサヌキの手を取り熱の籠もった目で語る。


 「聖女、いや、聖男、違うな…男女で分けずに聖人と呼ぼう。聖人サヌキ、私は今、あなたが男性だと知って自分の謎が解けた気がしている。これまで、私はどんな女性にも惹かれる事はなかった。その私があなたに会って初めて恋を、そして愛を知った。それは…きっと、あなたが男性であったから。いや、男だろうが女だろうが、あなたがあなたであったからだ!」


 「オウル様、では…」 


 「ああ、聖人サヌキ、私の気持ちは変わらぬ。あなたを愛している。どうか私の…夫になって欲しい」


 「本当に?ずっと言い出せずに偽って来た私を、許して受け入れてくださると?」


 「許すなどと!謝罪するのは我等の方だ。酔った神官達のいたずらでいたずらに召喚され、良く確かめもせずに1年間も貴方を女性として扱っていた。それにも関わらず、あなたは文句も言わずに聖なる奇跡を我等に与え続けてくれたではないか」 


 「嬉しい、オウル様。…でも、良いのでしょうか?あなたは王太子。この国の世継ぎを儲けなければなりません。私は、私はどう頑張っても世継ぎを生むことだけは出来ない!」



 「おのおのがた、時短でございますっ!」


 シュトーリナがぶった切る。


 「聖人様がご心配なさる世継ぎの件については、前例がざいますので問題ございません!ですね?陛下、王妃様」 


 「うむ、心配はない」


 「そうですね。でも、全く心配がないわけではありませんわ、あなた」


 「ああ、そうだったな…」 


 「どういう事でしょうか?父上、母上」 


 「う、うむ…」 


 両陛下が言い淀む。ちんたらした空気が漂いかけたが、それをシュトーリナは見逃さない。


 「時短の為に、(わたくし)から説明させていただきます。この国には密かに伝えられている秘術がございます。危険を伴い過ぎる為、一般には知られておりませんので、王族方だけ、そして一部の方々だけの秘密と心得て下さいませ」 


 「この国の王族の秘密を何故シュトーリナ嬢が…?」 


 「ほほほほほほほほほほほほほほほほっ、(わたくし)、世界中の当事者すら、当事者すら、当事者すら知らないような秘密を、それはそれは沢山知っておりますの。ほほほほほほほほほっ」 


 「オウルよ、黙っておけ。こういう時は追求してはならん。深追いせぬ事も時には王として必要な事だと知れ…」


 「は、はい…!」


 「続けますわ。この秘術は受ける者の身体に大きな負担がかかります。紛れもなく命がけとなる秘術でございますが、男子同士、或いは女子同士が子を設ける為に生涯に一度だけ、1年間性別を変えられるのでございます」


 ざわざわざわ。


 「そして、ハウル様もオウル様も、この秘術により誕生なさいました」


 「「「「えええっ!?」」」」


 ハウル、オウル、聖人、そしてビショップが驚く。ハウルが代表して問う。


 「シュトーリナ、では母上は…母上は、つまり母上も父上だということか!?」


 「左様でございますわ」


 「だが、今その秘術は生涯に一度だけと言ったではないか。我等は姉弟だぞ!」


 「良い所にお気付きになられました。そこなのでございます。お二人は間違いなく陛下と王妃様の御子。王妃様の陛下への命がけの愛があってこその奇跡のご姉弟なのでございます」


 「それは一体どのような…?母上、いや父上…?」 


 「そ、それは…」


 「時短でございます!」


 シュトーリナは容赦がない。


 「それでは続けます。王妃様もその秘術を使い、まずハウル様を宿しました。ですが、身体的にも感情的にも非常に過敏になるデリケートな時期、夫の支えが最も大切な初めての妊娠と出産という時期に、巧妙に仕掛けられたハニートラップに、なんと陛下がまんまと引っかかったのでございます」


 「あああ、ちょっと…それは子供たちには内緒にして欲しかった…」王が青ざめてへなへなする。


 だが、シュトーリナは容赦がない。時短だから仕方がない。


 「陛下は男児誕生を求めておいででした。ですが、王妃様が生涯一度きりの秘術により生んだ御子が女児であった為、このままでは他の男に陛下を奪われてしまうと酷く嘆いた王妃様を周囲の者達が慰めました。そして、相手の男が王家にとっては悪い影響を持った者だという事を突き止めた宰相様以下、王家に忠誠を誓う家臣達が一致団結チームを組んで、ハウル様を男児だと、お世継ぎだと公表したのです」 


 「…全ては余が原因だったのか」王は愕然とする。


 「忠義はあっても頭の悪い家臣の中には、秘術を二度施せば変わった性別が定着し戻ることはないと知り、ハウル様に二度秘術をかけて完全に男子とすれば良いのではないかと進言する者もいたようです。

 ですが、王妃様は秘術により性別が変わる時の苦しさを身を以てご存知であった。そんな苦しみを我が子に二度も味わわせるわけにはいかぬと、それならば自分がと、周囲が止めるのも聞かず、もう一度命がけで秘術を用い、そしてオウル様をお産みになりました。

 …ですが、二度その秘術を受けた王妃さまは、命は助かったものの再び男性に戻ることは叶わなかったのでございます」 


 「なんということだ。王妃よ。あの時、何としてももう一人と言い張ったのはそのような思いからだったのか…。何故、余が止めても再び女性となろうとしたのかと、余の思いよりも女性になる事を願い選ぶのかと、そなたの気持ちを知ろうともせず…誠に申し訳なかった。女性となってしまったそなたと何となく疎遠になったことも詫びねばならぬ」


 「陛下…」


 「…時短でございますよ。後程お二人でゆっくりとお話なさってくださいませ」

 

 ちょっと優しいシュトーリナは続ける。


 「男子であるオウル様がお生まれになり、事実を知る皆、そして王妃様はなんとか陛下に伝えようとなさったようですが、その度に、それどころではない国の大事が起こったり、更に陛下に巧妙なハニートラップが仕掛けられたりしたのでございます」 


 オウル殿下が言う。


 「父上、そして…は、いや、父上、色々なことがゴチャゴチャで混乱しておりますが、今の話に間違いがないのであれば、ハウル姉上が長く王子として生きねばならなかった事、そして、命の危険を賭してまで私達を生んで下さった父上が、長く真実を言い出せずに苦しんで来た事の責任の一端というか、ほぼ大部分は王の方の父上にも責任があるのではないでしょうか」


 「…お前の言う通りだ」


 「では父上、姉上と父上に罰を下すのはどうかお止め頂きたい」


 「オウル、ありがとう。でも、そういうわけには行かないのよ。事実、私はハウルの事を秘密にして、24年間ずっと国を、あなた達を欺いて来たのだもの」


 「しかし…父上!」


 「時短でございます!!」 


 シュトーリナが再びぶった切る。

 父上が増えて、文字だけでは人物配置が若干ややこしくなって来ていたので、中々良いタイミングである。


 「皆様それぞれにお考えの事はあると存じますが、残念ながら残り時間が10分となってしまいました。この辺でまとめに入らせていただきます。

 まず、ハウル様は廃嫡となりドレスを着る。王太子にはオウル様が立太子なさる。それと共に聖人サヌキ様とのご婚約。こちらはよろしゅうございますね?」


 誰からも否はない。


 「では、ここで(わたくし)からの提案を申し上げます。まず、陛下はハニートラップに引っかかり過ぎることを反省して頂き、王妃様以外の男性、そして一応女性にも目を向けぬように、浮気心が生じたり外そうとしたら派手に爆発する、(わたくし)特製の魔道具「偽らざる心」という指輪を装着して頂きましょう。こちらに用意してございます」


 用意が良い。


 「そして王妃様は、いくら言い出せなかったとは言え、国と家族への偽りは許される事ではございません。罪を償う為にこちらの魔道具、せっかく命がけで挑んだ秘術だけどその影響を完全無効化してしまう「変わらずの指輪」をお着けくださいませ。今後の人生は王妃ではなく、王配として生まれた時の性別に戻ってお過ごしになるという罰でございます」


 実に用意が良い。


 そして用意してあった指輪を王と王配に逆に渡し、こう言った。


 「それでは皆様、国王陛下、王配様の指輪の交換でございます」

 

 シュトーリナが最初から計画していたと皆が気付いたのはこの時であった。


 提案というより決定事項だ。ゴリ押しだ。しかもこれでは再婚式じゃないか!誰もがそう思ったが口にはしない。

 王と王妃、いや王配も言われるままに互いに指輪を交換する。そして王が小さな声で「…すまなかった」と言った。


 「さて、次にハウル様ですが、長く国を欺いた罰として王家を離れ臣下に下って頂くのはいかがでしょうか。忠臣と名高いユリ伯爵家の監視下に入り、大変親しくなさっていたご令嬢リリー様に、厳しく、厳しく、厳しく淑女としての礼儀作法を叩き込まれるのがよろしいかと存じます。日々監視をされながらお過ごし頂くことを提案致しますわ」


 「シュトーリナ嬢!それは…」 


 ハウル王女が真っ赤になって驚き、「それでは罰にはならぬ」と訴える。


 「ハウル様、既にリリー様より『一時も目を離さず、厳しく監視し指導を行いますのでご覚悟を』とお言葉を頂いております。

 尚、公には、謎の魔法使いによって聖女様お披露目の直前に女性にされてしまったという、ベタなニュースを流させて頂きます。このニュースはあと6分程で流れます。呪いにより廃嫡となった不遇の王子として、好奇の目にさらされる事もあるでしょうが、ご覚悟下さいませ」


 オウル殿下が「ああ、そうであったのか。リリー嬢とは仲が良いとは思っていたが…知らなかったよ姉上。それは観念して監視されるのが良い」と笑う。


 「さて、時間もあと数分程ですわね。聖人サヌキ様にはこちらの魔道具を献上させて頂きますわ。御身をお守りする為に、物理攻撃回避と毒無効化と瞬間移動一日三回まで可…を付与してございます。瞬間移動先は常にサヌキ様が愛し愛される方のいる安全な場所と設定してあります。よろしゅうございますね?オール様」


 「ああ!」


 「シュトーリナよ、何やら全てそなたの思い通りに動かされているような気もするな。だが、これで皆が幸せになるのであれば、それもよかろう」


 「陛下、勿体なきお言葉でございます」 


 「我が王家との縁談は立ち消えになるが、そなたはそれで良いのだな?」 


 「はい。(わたくし)は、ビショップ様という御方と出会い、無限に湧き出るラブパワーの源を得ましたわ。それにより既に幸せの最高峰を制覇しておりますの。今もスターマインが止まらずドカンドカンと上がっている所でございます」


 そう言ってビショップと手を取り合いにっこりと微笑む。「ああ、そういう事か」と王も笑顔になる。

 

 「陛下、お時間でございますわ」


 「うむ。では皆、聖人様のお披露目である。大広間に向かおうか」


 「「「「「「はい」」」」」」



 _____________________


 そして、お披露目会が始まる。 


 会場では、聖人サヌキの生まれ故郷の名物「異世界料理ウー・ドン」が、急遽、聖人の光の祝福を込めた状態で振る舞われる事になり、皆大喜びで「ダンスよりウー・ドン!」とそちらの方に夢中になり大盛況になっていた。

 優雅な音楽と共にズルズルと麺を啜る音、そして、汁がはねてシミになった者が、控えていたシミ抜き神官達を呼ぶ声が飛び交った。

 意地悪な令嬢が嫌いな令嬢にワインをかけたりもしていたが、シミ抜き神官がサッと現れては綺麗にしてしまうので、意地悪が振るわず悔しそうであった。これもある意味ざまあというものなのか。


 着替えの為に遅れて会場に現れたドレス姿のハウル第一王女は、その可憐さにやられた者や、以前から狙っていた者達が色めき立って求婚の長蛇の列を作った。

 だが、陛下が年季が入ったイメージトレーニングの成果を発揮し、「娘はやらぬ!欲しくば余を倒してからにせよ!」と言い続けたので、誰も近づくことが出来なかった。

 ただ、ユリ伯爵家の令嬢リリー様だけが、ドレスの際の歩き方などを指導しながら、ハウル王女に寄り添っていた。


 詳しい事情を知らないア・ライチュー公爵夫妻やハウゼン侯爵夫妻には、まずは王からビショップとシュトーリナの婚約が伝えられ、それ以外の話はお披露目会が終わってから話すと告げられる。


 思いがけず異世界に来てしまった聖人サヌキ、いや、香川さぬきは、愛しいオウル殿下の隣で幸せを噛みしめながら、生まれ故郷の地球にいる友人達を思った。


 傷つき辛い思いをしていたとしても、思わぬことで人生が一変してしまう事がある。何が起こるのがわからないのが人生だ。

 どうか皆にも驚くような幸せが訪れるようにと願い、そして「あの言葉にそっくりだな」と思いながら、極上の祝福を乗せて、この世界の(いにしえ)の祈りを地球に贈るのだった。


 「ダ・イジョブ・ダー」 



 


 




これにて完結です。

お付き合い頂きありがとうございました。


この後に、聖人お披露目会に外国からの賓客として来ていたマージス殿下と、シュトーリナの様子を番外編として同時投稿しています。


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