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第2章 1話の1 ハラスメント

 気がつけば、そらは道場とは明らかに異なる建物内の開けた場所にいた。


 目の前には広々とした空間が広がっており、ベージュ色をした大きな円形の机がいくつも並べられていた。

 遠くを見渡せば背丈が3メートルはあろうかという怪物のような本棚が2階に分かれていくつもの列をなし、はるか向こう側まで続いている。


 この景色から考察するに、この建物は超巨大な図書館で、今いる場所は吹き抜けに造られたエントランスホールと言ったところだろうか。


 エントランスの天井部分にはガラスが張り巡らされており、日光が放射状に差し込んでいた。


 その様子はさながら駆体とガラスで出来た植物園の開放的空間に似ている。


「(さて、どうしよう……この状況……とてもマズイような気がするんだが……)」


 普通であるならば、この異次元級に大きな図書館の、目の前に広がった壮大な本棚の羅列に驚くところだろう。

 だが、今のそらはいちいち景色に驚いている余裕はなかった。


 見知らぬ場所に飛ばされたこと、もしくはどこかもわからない場所に1人ぼっちでいて、帰り方もわからないこの状況。

 その不安ゆえに余裕をなくしているわけでもない。


 では、そらは今何に対して、焦りを見せ余裕を失っているのか。焦っている理由は2つあった。


 1つ目はそらが何故か全裸あること。ここに飛ばされる際、服も一緒に消し飛んだのであろう。

 男にしかない例のあれも布から解き放たれて……まるで檻から解き放たれたぞうさんのようにのびのびとその存在を誇示している。


 もう1つは、そらは現在椅子のようなものに座っているのだが、尻に生暖かい感触があるということだ。

 生尻に人肌のような温かさを感じる。

 下を見れば、女の子のように細い脚がスラリとそらの足と重なって、垣間見える。


つまりこれは、誰かのひざの上に産まれたままの姿で座っているということで……


「重い……どいて……」


そらの尻の下敷きになった顔の見えない誰かがソプラノボイスでそう呟いた。

そらの顔が青ざめる。


「(ヤバイって!!)」


 その声に触発され、ビビり上がったそらはとっさに立ち上がって椅子の方を向いたままバックステップしながら距離を取った。


「(マズイ……これはマズイぞ、非常にマズイ……)」


 そして、恐る恐る顔をあげる。


 その声の正体は……


 やっぱり女の子だった!


 しかも、超がつくほどの、超絶美少女。


 2秒見ただけで、思わず惚れてしまいそうになるほど完成度の高い可愛さ。


 そらは不意を突かれたように、一瞬状況を忘れて少女をまじまじと凝視する。


 背丈は150センチメートルくらい。かなり小柄だった。

 膝までくらいの長さがある目立つ黒のローブを羽織り、その下にどこかの学校のものと思わしき制服を着ている。

 頭には髪止めと思わしき、巻き貝のようなオブジェクトがくっついている。


 容姿に関しては完璧としか言いようがない。


 ハチの張らない頭に金に輝くシルクのような髪。

 流れるようにそれは、肩より下の方まで落ちて、腰のところで膨らむようにふんわりとカールしている。

 その様子はまるで、綺麗な弧を描いて落ちる水束と静かな水面に立つ波紋をあわせしめた、神秘的な滝のようである。

 耳の横でくるくる編まれた三つ編みもとってもチャーミングだ。


 幼く見える顔立ちはそれでも小顔で、大きなまん丸おめめがばちり、ばちりと2つ、黄金比よりも美しく見える精巧さで、完璧な位置に埋め込まれている。

 蒼銀色に光を反射するそれは視るものを見えない宇宙の裏側へ誘う魔眼のようだった。


 純白の肌はあまりにもきめ細やかで、ずっと見つめていれば透けて後ろの景色が見えそうなくらい白かった。粉雪を濾したようだった。

 生後数ヶ月の赤ん坊のそれと比較してもどっちがちどっちか見分けもつかないほどだろう。


 神様という史上もっとも優れた偉大な芸術家(アーティスト)によって創られた彼女の素体は、この世にあるどんな画家に描かれた女性よりも美しく、どんな彫刻家に創られた彫刻よりも完璧な形だった。

 体、顔、頭、髪。その全てがあまりにも精緻千万。完全無比。


 現実世界にこんな理想を体現したような存在があってよいのだろうか。

 そう思えるほどに完璧。

 むしろ完璧すぎて周囲の現実空間から不自然に浮いて見える。

 例えるなら、ドットで創られた背景世界の中にVRのキャラクターが笑顔で立っているくらい浮き世離れしているのだ。


 そして、そんな女のまえで、あろうことかそらは裸でいる。ぞうさんが見えてしまっている。


 こんなことがあってよいのだろうか。


 いや、いいわけがない。


 ハッと、我に戻る。


 女の子は氷のように冷たい眼差しをしていた。感情が死んでいるようだった。

 そして、まるで道端にぶちまけられたゲロをみるかのような侮蔑を含んでいるであろう表情でそらを見やる。


 そらの精神にかつてない程、甚大なダメージが入る。

 きっと女の子はほんとに受け入れがたい、生理的に受け付けない嫌なものに出会ったときこういう目をするんだろう。


 むしろ、漫画やアニメの脱衣シーンみたいにキャーとか悲鳴を上げられビンタされたり、風呂桶やら石鹸やらカバンやらを投げられてボコボコにされたあげく、部屋の外に吹き飛ばされた方が精神的に何倍もよかった。


 そらは『ああ、終わったな』そう思った。

 警察を呼ばれれば、この変態の逮捕は間違いない。


 事情を説明したらわかってもらえるだろうか?

 妹が作った機械に不具合があって、気がついたらここにワープしていたんです。その時の

服もなくなりました。決して自分で脱いだわけじゃないんですって……


 あほか。完全に頭のおかしいやつじゃないか。言い逃れできるわけがない。


 じゃあ、逃亡したら、逃げ切れるだろうか?


 右も左もここがどこかもわからない、土地勘のない状況で?

 走り回って、被害を拡大させるだけではなかろうか。

 日本のお巡りさんは優秀だ。

 例え、そらが忍者だとしても必ず地の果てまで追い詰めとらえるだろう。


 そらは腰を落として膝をつく。

 そして気がつけば、地に頭をふせ、うでを前に、手を重ね、這いつくばっていた。


「すまん! わざとじゃねえんだ決して! 警察だけは呼ばねえでくれ!」


 土下座。最高の謝罪の形式。

 五体投地とどっちがよいか迷ったが、裸の男が体をピンと伸ばしマグロのように地面に横たわっても、変態度が増すだけだと思ったのでやめた。


「……………。」


女の子は何も言わない。無言を貫いている。

呆れてものも言えないということだろうか。


「ちなみにここへ来る前、シャワーを浴びて体を洗ってきたから俺はとてもきれいだ、そこんところは大丈夫だ……ぞ……」


 すっかり気が動転してしまっているそらは、自分自身のフォローのつもりなのか言わなくてもいいセリフをわざわざ言う。

 そして、少女の様子を見るため顔をあげた。


「あっそ……」


 その少女は短くそう呟いた後、足元に落ちた本を拾う。

 どうやらそらが来る先ほどまで本を読んでいたみたいだった。

 少女は本を拾った後、何事もなかったかのように前を向き直し、読書を続ける。


「(助かったのか……俺は……)」


 少女はそらの意に反して何もしてこなかった。

 通報することも、咎めることも、怖がってここから逃げることも、親身になって事情をきくことも、暴力で排除しようとすることも何もだ。

 ただただ興味なさそうに読書に戻ったのだ。


「(助かったああぁ! 何とか事態が丸く収まりそうだ! とりあえず、この場から去る算段をつけねば)」


 そらは少女には悪いことをしちゃったなあと思いつつも、何とか穏便にことをすませそうな雰囲気に心の中で歓喜の声をあげる。


 てっきりの通報されると思っていた。

 普通の人だったら、この状態のそらを放っては置かないだろう。


 少女には感謝しかない。


「(しかし……妙だな……自分で言うのも何だが反応が淡白すぎねえか……目も何だか虚ろだし、感情が死んでいるみてえだ)」


 そらはふと自分のことではなく、少女のことを考える。

 ずっと自分のことばかり考えていたから気づかなかったが、彼女自身も相当おかしなものじゃなかろうか。


 あろうことか痴漢まがいのことをされたのだ。

 冷静になって考えてみると、彼女の反応はいくらなんでも冷静すぎる。

 発した言葉が『あっそ……』の一言だなんて……

 普通であれば大なり小なり感情に起伏があるものだ。


 それにせっかく可愛い顔立ちをしているというのに、へばりついた能面のように表情が変わらない。

 さっきは 全裸ゆえにそらを侮蔑し、一時的に氷のように冷たい冷酷な目をしていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 彼女は常にそういう目をしている。


「(ジトー…………。)」


 気になったそらは少女の横顔をまじまじとみやる。

 それでもその少女は視線を一切意に介さず、本を読み続けるだけだった。


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