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第1章 4話の2 あやめ一族の秘伝"ろ気"という力

「何かでも面白くないかも……鬼ごっことかの方がハラハラドキドキして面白いよお!」


「鬼ごっこ。ししょーが鬼のときとか、すごいもんねー、これはちょっとびみょーかも~」


「え、そうなのか……面白くねえのか?」


 だが、あまり生徒からの評判は芳しくないようだった。口々に不満を言われる。

 そらは期待していたのと違う反応に動揺し、たじろぐ。


「ちょっとジミデスネ……手裏剣がエクスプロージョンしたり、巻き藁がまっぷたつになったりした方がオモシロイデス」


「いや、爆発するのはちょっと……はあ、でも面白くねえか……自信あったんだけどなあ」


そらは自信作だったばかりにショック受ける。


「(そりゃ、もともと手裏剣自体が地味だから少しはしょうがねえかもだけどさ……)」


 そらは仕方ない部分もあるとも考えていた。

おそらく手裏剣が本物であっても、大して満足させてあげられなかったであろう。


 本当に現実の忍者っていうのは地味な存在なのだ。アニメやゲームのようにかっこよくとはいかない。


 何もないところから火や水を出したり、無駄に爆発で演出があったり、あるいは巨大な図体を持つモンスターやら淫獣やらを一刀のもとに両断したり。そんなことは現実にはありえない。


 そらも昔はそういうのに憧れて、か○ん豪火球の術とか練習したものだ。


 いや、もっとも今も隙を見ては練習したりしているのだが……


「(でもだからこそ、楽しんでもらうため色々工夫したつもりだったんだけどなあ……)」


 そらはため息をつき、右手で頭をかく。


 何がダメだったのか、もっとワクワクするような期待感が必要だったのではないか。

 もしくは、アクション性が足りなかったのか。

 手裏剣の動作性などハード面ではうまく行っていたはずだ、足りないとすれば企画力、エンタメ性だろうか。


 色々考えてあぐねていると、


 ばあああん!!と爆発音が突然、地響きと共に鳴り響く。


 そらもみなもなんだなんだと辺りを見回す。

 道場の壁に穴が空き、中から人の姿が現れたのだった。


「ぶざまでござるねえ! あにじゃ! だから、あれほど拙者の協力を仰ぎ、共同開発しようと提案したのに!!」


「あ、かやじゃん! 相変わらず派手な登場の仕方だねっ!」


「ほんとだ、かやちゃんだ、おおーいー」


 中から現れたのはかやだった。

 もう気絶状態からは復活し意識は取り戻したようだ。


 なずなとマツ子がかやの存在に気づいて、手を振る。

 かやも『やあやあ諸君!でござる! 』とか言って返事をする。


 小学生も高校と同じく昼までで終了のため、今こうして揃って道場にいるのだ。


「何いってんだ。お前に技術提供を依頼するとまた爆弾を作って、道場が爆破されて終わりだろ! 危険すぎるわ!」


「でも、元にあにじゃはつまんないとか言われて失敗してるでござる。あーあ、拙者に協力を持ちかけていれば、派手な演出で顧客を楽しませることが出来たのにでござるよ!」


 そらは手裏剣を制作するにあたって、自分一人の力では技術的に不可能だと分かっていたので、誰かに協力を頼もうとしていた。


 候補に上がったのは技術力のあるかや、もしくはさだおだった。その後、精査の結果かやは人格と素行に問題ありと判断されて、候補から外されたのだ。というか外したのだ。


 そのことを夕食のときうっかり話してしまって、かやに反感を買っているわけであった。


 このタイミングで壁を爆破して出てきたということは、わざわざずっと壁の外側で張っていたということだろう。よほど根にもっているとみえる。


「そう? わたしはつまんなくなかったけど、とても楽しめた」


 わかばがそらの横に立って、そらをフォローするように言う。


 彼女が一番手裏剣を投げるとき、つまんなさそうな顔をしていた気がするが、かやの意向と逆のことを言うということは、何かかやに対して気に食わないところでもあるのだろうか。

 そらは不思議に思う。


「わかばあ! お主、あにじゃの味方をするでござるか? 裏切ったでござるねえ!」


「いや、裏切りとかじゃないんだけど。でも、お兄さんの味方ではあるかもね」


 わかばとかやは視線をぶつけ妙な火花をバチバチとならして対立する。


 この二人は決してお互いが嫌いな訳ではない。むしろいつもは仲がよかったような気がする。


「お兄さん、あれやってよ。入門当時に見せてくれたやつ。大道芸っぽいやつ。あれならかやにもバカにされないし、場を盛り上げられると思うし」


 そらのすぐそばに立っているわかばはそらのスウェットの裾を掴んで軽く引っ張りながら言った。


「ぬうーん……あれはなあ……そもそも、大道芸ではないって言うか、あまり人前で見せびらかすものではないって言うか……」


 そらはわかばが言ったあれについて、理解していた。

 確かにあれをすれば、みんなを盛り上げられるであろう。


 あれは地味な忍者であるはずのそらが、ひいては地味であるはずのあやめ家の忍者そのものが唯一、アニメやゲーム、マンガのようにかっこよく?なれる能力かもしれなかった。


 だが、本来その力は人においそれと見せるものではない。


 忍者教室の勧誘時はどうしても、面白さや楽しさを感じて、感動してもらいたかった。そして、是非門下生となり月謝という名の生活の礎を確保させていただきたかった。


 だから、特別にはじめの一回目はその技術と力を披露するようにしており、実際にわかばをはじめとした門下生に披露したのだ。


 そらはあまり乗り気にはなれず、考えてあぐねる。


「あの時のお兄さん、その……か……かか、かっこよかった……から、もう一度み、みたいなあなんて……」


 ふと、横をみやるとわかばが上目遣いでそらを見つめていた。少し頬を赤らめ、懇願の眼差しで訴えかけている。


 そらはロリコンではなかったが、幼い女の子のそういった動作所作にめっぽう弱い。


 エビル全開で暴走するかやが相手でも、かやに同様のことをされるといつも決まって許してしまうくらいには弱かった。


 決してロリコンではない。

 ロリコンではないが。


「し、仕方ねえなあ……そんなこと言われちゃ、やらざるを得ないじゃねーかよ」


 至って単純な脳の作りをしているそらはおだてられた豚みたいに決意を捨て置き、やる気を出す。


「ちょっとだけ時間をくれ、集中したい。あと絶対ちかづくなよ! 危険だから!」


 そらはすっかりその気になり必要もないのに屈伸運動とか色々し出す。

 その後巻き藁の前へと移動し、深呼吸をする。


「ええ、またししょーの本気また見れるのお!」


「ミー感激デース! ハラハラドキドキタイムデスネエ」


 わかばから事情を説明されたらしく、わかば以外の門下生たちもそらの周りを十分な距離を取りながら囲うようにして集まる。


 実は今朝もロボットをバラす時、同様の力を一瞬だけ使ったのだった。


 だが、今回は比較的長い時間になるので、もっと深く入ることになるだろう。


 そらは何も考えず、心の中を無にする。


 どうやって体を動かすとか、どうやって息をするとか。そういうことは何も考えない。


 心のとても深い場所、深層心理のさらに深い場所。

 奥底にとても澄んだ黒い水面のようなものがあって。

 それはどこまでも見渡す限り続いていて。

 果てしなく凪で。


 そこにただただ何もせずに立っていると、へその緒のあたりからとても強い力の奔流が沸き上がってくる。

 まるで魂そのものを砕いて生成したような底知れぬ強さと恐ろしさを持った力だ。

 それはやがて身体中を駆け巡る。


 心は氷のように冷え、体は羽のように軽くなる。

 そらの精神世界の中で何かが入れ替わる音がした。


何も考えない……


「何か雰囲気変わったよね……何もしていないのに緊張するっていうか……」


 いつもは元気いっぱいのなずなが手に汗を握りながら震える声でそういった。


 そらはそこにボーと何もせず、ただ突っ立っているだけであった。


 それでもみなは普段のそらからは決して感じ取れない本能に訴えかけるような恐ろしい何か、その異様さを感じ取っていた。


 みなの今の心境を代弁するとしたら好奇心半分、恐怖が半分くらいの割合であるかもしれない。


 みんなの視線がそらに集中する。

 みんなの意識がそらに集中する。

 なずなが肩を震わせた。

 アメリカ人が手を滑らしカメラを落とした。

 マツ子が目と口を極限まで見開く。

 中国人が興奮のあまり鼻血を出す。

 さっきまで不満爆発だったかやも押し黙って動けない。

 わかばは目の中のなみだを震わせて、真剣な眼差しでじっとみる。


 そらは……


 何も考えない……何も感じない……

 ただ、きってころす……


 時間が止まった……かのようだった。

 みなは目を見開いて、その様子をみていた。


(○視点そら→門下生)


 次の瞬間、巻き藁の内2つが宙空に舞っていた。いつの間か巻き藁にクナイが突き刺さっていた。


 クナイから伸びたワイヤーが、道場の窓に差す日光を反射して、ギラリと輝く。


 そらが空中に向けて、手裏剣を投擲する。


 そらの手を離れたそれは10本の漆黒の影となりそれぞれ別の軌道を描きながら、音をたてずに飛び、空中の巻き藁に突き刺さる。


 位置エネルギーを動的エネルギーに変換しながら、重量を持った藁の束はそらのもとを目掛けて落下する。


 そらは腰の刀を引き抜き、ただ一振、刀で弧を描き空気を切り裂いた。


 一振しかしていないはずなのに、何故か離れた位置にある2つの藁の束が同時に両断され4つに分割される……



 そこからがすごかった。目にも止まらぬ連続打突!いや、突いているようにみえるだけで斬っているのか?

 空気が震えるほどの威力と速さで巻き藁を刻んでいく。

 巻き藁の内部に内蔵されていた電磁石が刀と摩擦をおこして、金切り音をたてながらそこらじゅうに火花を撒き散らす。


 巻き藁に刺さっていた10本の手裏剣が刀に弾き飛ばされ、高速で打ち出される。


 前に並んでいた残りの巻き藁の内2本がマシンガンのような手裏剣の追突を受け、反動で壁に吹き飛ぶ。


 そこでようやくそらの動きが止まる。


 2秒ほど経って……


 さらにその横の巻き藁2本が何も当たっていないにも関わらず上部に切り込みが入り、音をたてて床に落ちた。


 みなの目では動きを捉えられず、終始何が起こっているのか、何がなんだかわからなかった。

 兎に角すごいことだけは伝わっていた。


 一瞬、道場が静まり返る。


 そして、おおーという歓声とパチパチという拍手が沸き起こった。


「ブラボーデス! あなたはスゴイ! これこそミーが追い求めてきたジャポニーズニンジャー! 究極の理想がオガメマシタデース! もうしんでもカマイマセーン!」


「相変わらず、すごい! どうなってるの!?  ふぁっ! ふさあ、ズバババ! ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、ドゴーン!!  ふぃん、ドサッって!」


「その技とくと拝見させてもらった! わがはいの最終究極奥義の完成に近づいたぞ!」


 あやめ一族では忍者としての修行の他に、先祖代々受け継がれてきた特別な薬を幼少期に飲み続けるという伝統があった。


 その薬は飲むと動悸が激しくなり、最悪の場合呼吸困難に陥るという危険なものだったが、飲み続けることで通常の人間では操ることの出来ない不思議な力を手にすることができるようになるのだった。


 その力のことをあやめ家では、"ろ気"といった。


 人の体には、通常個人差があるが大なり小なり気が流れている。

 気は人を行動的にさせたり、やる気を出させたり、生きる上での活力の源のようなものである。

 気が弱まれば、人は鬱になったり病弱になったりする。


 ろ気は気の亜種のようなもので通常人間には存在しない。

 気とは性質が反対でろ気を体に宿すものは感情が大きく抑制され冷徹な性格に変貌する。

 そして、ろ気を体に宿すものは身体能力が人間離れしたレベルまで向上し、人の気を感じられるようになる。

 また、それのともない人の気の形から感情までも読み取れるようになるのだ。


 幼少のころ、甚だ不本意ながらも祖父に薬を無理やり飲まされたそらも例外ではなく、その力を体に宿していた。


 そらの体内には絶えず、微弱なろ気が流れている。有事の際にはそれを増幅させ、今回のように大道芸を披露できるのだ……

 いや、大道芸ではなく忍術を繰り出せるようになるのだ。


「はあ、つい調子に乗ってやってしまった。あやめ家の伝統は見せびらかすもんじゃねえし、俺はピエロじゃねえっていうのに……」


 そらはもうすでにもとの雰囲気に戻っており、投げた手裏剣を回収しながら、目の前の派手に切り裂かれた巻き藁を目にして苦笑いをする。


 本当のところを言うと今回のパフォーマンスは見栄えがかなり派手になるよう観客用にアレンジしたものだった。


 実際は実戦ではもっと地味だ。できるだけ動かず最小限の動作でものを斬りつける。

 火花や音を出すなんてもっての他だ。それが本来である。


 現代社会で生活をしていくため、観客に媚びるため、本来の用途でない力を魅せるために振るう。サーカスのピエロでなくては何だというのか。


「(俺はもしかして、年下の女の子からの懇願に弱いのか……? いや、そんなことははないはずだ! 俺はペ〇ーワイズじゃねえ!)」


 そんなあわれな、少女に煽てられて衝動的に暴れてしまった男のもとに、煽てた少女が近寄った。


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