第1章 4話の1 忍者教室
シャワーを浴び念入りに顔と頭を洗った後、動きやすい服装ということでフードのついた黒いスウェットと同じく黒いジャージのズボンを着る。
全身黒ずくめという不審者じみた格好だ。
「ベルトと刀は上からでいいか……」
黒い革製のベルトを腰に巻き、肩から斜めに襷のようにかける。
そらはいついかなるときもこのベルトを体に装備していた。
ベルトにはロボットをバラす時にも使った愛刀"宴下白刺刀"の鞘が、肩から斜めに沿って取り付けられている。
また、腰方向のベルトには小型のクナイが2本、薄型の手裏剣が10本ほど、他には丸薬や特殊繊維のワイヤーなどを容れておく"万華袋"という小型の巾着袋がひとつ付いている。
基本的には上着を羽織ってその下に見えなくなるよう装備するのが普通だが、今からやるべきことは忍者教室の師範代(仮)だ。
生徒の諸君にはあえて武器の類いが見えるようにしておいた方が受けがいいだろう。
「よし、じゃあぼちぼち行きますかね……」
最後に、さっきまで緑色に発光していた例のおんぼろの石つきペンダントを首からぶら下げてシャツの中にしまいつつ、道場へ向かった。
道場につくと、もうすでに門下生こと生徒達は来ており、ワイワイと談笑していた。
そらは開放したままになっていた道場の大きな扉を閉めつつ、みんなのもとへと駆け足で急いだ。
「しはんー! おっそいよおー早くやろうよー!」
「そうだよお、遅刻だよおー、ちこくー」
「ミー、待ちくたびれたデス。忍耐には自信がおありでアルが楽しいことにはめっぽ弱いデス!」
余程楽しみにしていたのか、口々に遅い! と文句を言われ、急かされる。
実際には余裕をもって来ているため、遅刻でも何でもないのだが。
「いや、遅刻ではねえだろ。開始は14時だし、まだ十分前だ!」
そらは反論しつつ、集まっている門下生諸君の顔ぶれをみやる。
今日のメンバーは5人だ。
1人は太った金髪のアメリカ人男性。
ファーストフード店でお馴染みの容器に炭酸飲料を並々注いで持ち歩いており、いつもポテトチップスを食っている。
少々日本びいきなところがあり、日本文化に目がない。
忍者教室に応募したのも、忍者に憧れてということらしい。
2人目はいつもヌンチャクを持った中国人男性。
より強くなるため、強さを求めて忍者教室に入ったらしい。
実際ヌンチャクを使った拳法のような武術はかなりの腕前で並みの人間相手なら彼に勝てるものはそういないだろう。
しかし、忍者教室はそもそも強くなるための場所ではないし、忍者の技術はヌンチャク使いのそれとは全く異なる。
説明したのだが、『いや、お主からは並々ならぬ力を感じる! わがはいの右腕がウズくのだ!学べることも多いだろう!』と聴いてはくれなかった。
少々、厨二病を患っている節があり独特の話し方をする。
残り3人は近所の小学生女児たち。
あおいからはロリガキ三連星と呼ばれている。
クールでおませな性格のわかば、おてんばで元気いっぱいのなずな、マイペースでなに考えてるかよくわからないマツ子の3人だ。
かやと仲がよく、彼女の紹介で忍者教室に入った経緯がある。
基本的に忍者教室には、物好きの外国人か小学生くらいの子供たちくらいしかいない。
「早く、やろうよ早く! もう30分も待ってるんだよ! 遊んでただけだけど!」
「仕方ない……まあ全員集まっていることだし、ちょっと早いけど始めるか!」
そらは皆が退屈そうにしていることに見かね、開始を宣言した。
「待ってましたヨー! 早くハジメマショー! あ、ちょっとマッテネ! ポテチ置いてくるカラサ」
太ったアメリカ人がポテチの袋を置きに道場の壁際まで移動する。
その様子を横目で見ながらクールなわかばがそらに問いかける。
「で、今日は何するの? また、いつもみたいにかくれんぼとか鬼ごっことかするのかしら」
『かくれんぼやりたーい!』とか『鬼ごっこか昔師匠と命がけでよくやったものだ、なつかしい』とか次々に感想が飛ぶ。
確かにいつもは鬼ごっことかくれんぼとかそんなことばかりしている。
だが、今回は少しいつもとは違うことをしようとそらは考えていた。
「いや、今日はちょっと趣向を変えて別のことをしようと思う。いつも以上に忍者っぽいことだ!」
「忍者っぽいこと! なんだろー? 暗殺のやり方とかかな?」
「チャクラの練り方とかじゃね!?」
「いやいや、やらねーから……そんな物騒なことは……」
暴走しがちな小学生軍団のボケに突っ込みながら、事前に用意していた箱の中から何かを取り出した。
そらは今回の忍者教室の内容を述べる。
「今日はこれをやる。じゃん! 手裏剣! こいつの練習をみんなでやるぞ!」
「おっ! 手裏剣じゃあん! ちょーかっこいい!」
「oh! ブラボーデスネ! ミーもコレクションたくさん持ってるけど、投げたことはイチドモナイデス! Notダメージ怖いデス」
「手裏剣であるか。なるほど、わがはいもついにこの家の戦闘の真髄を身に付けられるわけだな!」
そらが取り出したのは、直径30センチぐらいの大きめの手裏剣だった。
昨日のうちにあらかじめ道場内に運び込んであったのだ。
「ふーん、手裏剣ね、それって本物なの?」
「そんなわけねーだろ、おもちゃだよ、おもちゃ」
そらは手にしている手裏剣の形状に加工された金属を掲げる。
アルミ合金で出来ている上、中が空洞になっているため非常に軽い。
先端の刃の部分は丸く削られており、殺傷能力は皆無。
当たって打ち所が悪くても、打撲ぐらいですむだろうし、べたべた存在に扱っても、誤って手を切る心配もない。安心安全の設計だ。
「いつもおもちゃばかりでしょ? たまには本物なのを触らせてくれてもいいんじゃないの?」
クールなわかばがそらの腰につけられた手裏剣とクナイを指差していう。
楽しければよしの他女児2人やとりあえず雰囲気を味わえればいいだけのアメリカ人、事情をしって了承の上で入った中国人と違って、わかばは実物に興味があるみたいだ。
しかし、当然それは危険ゆえ不可能なわけである。
「いや、それは無理だな。理由は賢いお前にはわかるだろう」
忍者教室では基本的に子供の遊びのようなことしかしていない。
もちろん、それは手裏剣を扱うという点でも変わらない。一連の活動はあくまで遊びの延長上であり、忍術の技術を教えることは決してない。
そもそも忍者というものは、今でこそかっこいいいヒーローのようなものやすごい技術をもって敵を打ち負かす強い武人のようなものとして認識されているが、その根本の本質は暗殺者であり、不法侵入者であり、泥棒である。
他人の土地や家屋に気づかれず侵入し、人から情報や物を盗み出すこと。人の寝込みを襲い、刃物で首を切りつけ無防備な対象を殺すこと。
真っ正面から正々堂々とは戦わず、相手を闇討ちしたり、罠に描けたりする卑怯な方法を好む。
忍者いうものは本来倫理とはかけはなれた残忍な存在なのだ。
平和な今の世の中では、忍者の技術や力は忌むべきものであり、不必要なものである。
そらは十年前の祖父がまだ生きており、あやめ家が忍者として活動していたころを思い出す。
その記憶に思いを馳せつつ、遠い目をした。
「むう、ケチ……でもわかった……」
わかばは納得がいかないながらも、素直に引き下がった。
「まあその内、等身大レプリカの手裏剣みたいなのを創るからくれてやるよ……それに今回の手裏剣は結構自信作だ。面白いとおもうぞ」
そらはわかばの頭に手を置きながら、みんなに向かって、説明を始める。
そういうことを言うやつが出ると思って、色々思考錯誤細工をしてきたのだ。
「とりあえず、みな手裏剣を一人ひとつづつ持ってくれ。で、もったらあれを見てくれ!」
そらは道場の壁際の方を向き、指を差す。
そこには木製の台に固定された巻き藁が人数分ずらりと並んでいた。
大きさは大体畳一畳より少し小さいくらい。
1メートル程の間隔を開けて配置されていた。
「何!? いつの間に!私たちが来たときはなかったよね!?」
「いや、最初からあったよ。ずっとそこに……なずなが遊ぶのに夢中で気づいてなかっただけじゃん……」
そらはみなが手裏剣を手にして、自分のまわりに集まったことを確認して、
「今から俺がお手本を見せるから、それぞれ配置についてあいつ目掛けて投げるんだぞ!」
そういって、みなに同じようにやるように促す。
巻き藁の前に移動した後、フリスビーを投げる要領で手裏剣を投擲する。
手裏剣は見事に巻き藁に命中。そのままくっつく形で制止した。
「まあ、ざっとこんな感じだな」
「なるほど、そんな風に投げるのか」
「ちょっとやってみるデス」
みながそらに続くようにして巻き藁目掛けて手裏剣を投擲した。
それらは勢いが弱々しかったり、軌道が少しぶれていたり、曲がっていたりしたが、いずれも的から外れることなく、巻き藁に引っ付く。
「やるじゃねえか。全員命中だ! よし!」
そらは自分のやったことではないにも関わらず、一人でにガッツポーズをして喜んでいた。
「(よおし、とりあえず成功のようだな! 素人でも簡単に投げられて、命中を可能とする自作手裏剣! 上出来じゃねえか)」
そらは心のなかで歓喜の声を上げる。
実はというと、この手裏剣はそら手製のものであり、独自の細工が施されていた。
まず、こだわったのがその形状。
この手裏剣は実際のものとは違ってとても投げやすい。素人でもちゃんと飛ぶように大きめに作ってあるのだ。
さしずめ、手裏剣の形状をもったフライングディスクといったところである。
ちゃんと揚力が生まれるようさだおに設計させたし、よほど投げ方が変でなければ前に飛んでいくだろう。
次に内部への細工。
手裏剣の刃の先端には強力な磁石が取り付けられており、巻き藁の内部にも超協力な電磁石が内蔵されている。
だから、よほどノーコンでない限り、手裏剣が巻藁に近づけば命中するようできていた。
そらは今回の手裏剣の出来と忍者教室の内容に自信満々だった。だったのだが……