第1章 1話の2 不思議な石
「そ、それはそうと、あにじゃはその変なペンダント未だにつけてるでござるか? 何かの石のようでござるが、こんな暗がりで発光するなんてやっぱり変わった石でござるね」
かやはあおいの話題になるのを嫌がったのか、それともこれ以上ロボットの話をされ過失を追及されるのを嫌ったのか、不意に話題を変える。
そらの首に下げられたペンダントを指差し不思議そうな顔をする。
「ああ、これか。そうだな。子供のころから持っているんだが、いつどこでどうやって手に入れたのかまったく覚えてないんだよな。いつの間にか手元にあった……」
そらの首には薄汚れた鉱物のような、あるいは硝子玉のような物体がぶら下がっていた。
琥珀のような色をした宝石と、そこから伸びる寂れた細い鎖で構成されたペンダントだ。
琥珀のような色の宝石といっても、かなりくすんでいる上、経年劣化で傷んでしまっているため、そこらの石ころと変わらない見た目である。お世辞にも美しいとは言えない。
「まあ、見た目はよくないが、こんな風に光を発する上に、強弱を調整したり任意の方向を照射したりも出来るから夜にトイレに行くときとか便利だぞ」
そういって、宝石に力を込めて念じると淡く発光していた光が指向性を持って懐中電灯のように前方を照らし出す。
見た目こそよくないが、この宝石には特殊な能力が秘めれている。
「興味深いでござるねえ。発光できるだけのエネルギーを持っているということは放射性物質かなにかでござるか。でも、それだけだと任意に方向に照射したりできる能力の説明はつかないでござる」
かやは興味津々といった様子で石をのぞきこんだ。
「それに首から外してタンスのなかにしまったり、崖の下に落としてしまったり、トイレに間違えて流してしまったりしても次の朝には俺の首に戻ってきてるんだよなあ…… だから基本的に外せねえんだよ」
「なんか呪いのアイテムみたいでござるね……」
「言わんでくれ」
このペンダントは基本的に所有者であるそらから遠くに離れることはない。
お風呂に入るとき外したり、ランニングするとき家に置いてきたり一時的に外すことは可能だったが、夜睡眠をとると朝には必ずそらの首元に戻ってくるようになっていた。
どういう原理かはわからないが、それについて考えるのもめんどうだからとずっと首にかけたままにしていた。
「その他にも、震えながら音がなったり、持ってると蚊がよりつかなくなったりする。」
「そんな能力もあるでござるかあ。ますますわけがわからないでござる。ちょっと貸すでござるよ」
かやは宝石に秘められた非科学的な力の数々にますます頭を悩ませる。
わからないことがあるなら解き明かしたいと思うのが性分なのか、かやは俺からペンダントをぶんどった。
「たしか、念じるだけでいいでござるね? 拙者も試してみるでござるよ」
「ああ、そうだが……」
かやは目をつぶりながら石に力を込める。
真剣な面持ちで石に力を込めて何かを念じ続けるかやだったが、特に何も起こらない。
すぐにしびれを切らしたみたいで、宝石を降ったり叩いたりした。
「おかしいでござるね。とくに変化とかないでござるよ。前方を照らすように念じたでござるに……所有者のあにじゃにしか扱えないでござるかねえ……… ん、なんか表示されてるでござるよ」
しばらく宝石を一人で弄っていたかやは何かに気づいたようで、宝石の表面を俺の方に向けた。
「ああ、これは時間表記だ。宝石には目覚まし時計としての能力もあるんだよ。今日は学校が始業式だろ。一応起きられるように目覚ましをセットしておいたんだ」
宝石には、7時15分という表記がなされていた。
今日は4月1日だ。かやは小学2年生に、俺は高校3年生に進級である。
普段は目覚ましなど使わない俺であったが、3月の休暇中で休みボケしているため、確実に起きられるよう宝石に時間をせっていしておいたのだ。
「ちょうど、今7時15分になったみたでござるよ」
かやの発現と同時に目覚まし時計の機能を備えた宝石がけたたましく鳴り響く。
「結構うるさいでござるねえ……」
「……。ちょっと待て。これってヤバい状況なのでは?」
そらはハッと物置のドアの方を見た。
会話に夢中で忘れていたが、ドアの向こうにはやつが闊歩している最中だ。
こんな音をたてたら、確実に気づかれる!!
「ゴシュジンサマ!! オハヨウゴザイマス!!」
バァン!! とドアと壁の一部が破壊され、案の定殺人ロボットが姿を表した。
「はっ! 忘れてたでござる! ヤバいでござるよお」
扉付近にいたかやはロボットの突然の来訪に怯える。
「くそっ! 入り口はひとつしかない……もう逃げられねえぞ……」
そらとかやがいるのは物置のなかだ。
当然後ろは行き止まりで、逃げることなどできない。ロボットに追い詰められた形になる。
「ゴシュジンサマ……オキテクダサイヨオ!!」
ロボットが奇声のような機械オンを発する。
同時に右腕の鉈を近くにいるかやに向けて振り下ろした。
「ひッ!! 危ないでござる!!」
かやはすんでのところでその攻撃をかわす。
「かや、さっさとこっちに来るんだ」
ヒヤリとしつつ、咄嗟に叫ぶ。
かやは必死に後退りながら、俺の後ろに隠れた。
さっき襲われた時は、即座に逃げおおせたためによく確認できなかったが、今はロボットが目の前にいるのでその形がよくわかる。
ドラム缶のような胴体には継ぎはぎだらけの錆び付いた鉄板が胸部を覆うように取り付けられている。バケツのような形をした頭部の表面には目と思わしき穴が円形にくりぬかれており、緑色をしたオイルが涙のように流れ出ている。
腕には切れ味の悪そうな太い鉈が装備されている。
とても醜悪な見た目だ。
スプラッター映画にでてきても違和感は全くないだろう。
制作者の感性を疑う。
「妹よ、明らかに目覚まし時計という見た目じゃねーんだが!」
「見た目に関しては結構自信があるでござるよ。朝起きてこいつが枕元に立っていれば、恐怖で眠気も吹き飛ぶでござるから……」
恐怖で目が覚めるどころか、腕についた鉈で永遠の眠りにつきかねないと心のなかで突っ込みつつも、かやを庇うようにして立つ。
冗談めいたことを言っているが、かやは目の前の殺人マシーンの存在に恐怖しているのか震えていた。
「キシャアーー!!」
奇声を発しながらロボットが腕の鉈を振り回し連続攻撃を繰り出してくる。
そらはかやを抱き抱えつつ、右に左にその攻撃をかわす。
「くそう、このままじゃ本当に殺されてしまう……仕方ねえ、やっぱり力ずくで止めるしかないのか……」
そらは仕方ないと奥の手を使うことを決意する。
腰の後ろに取り付けられた革製のベルトに手を伸ばした。
そらはいつだってこのベルトを身に付けていた。
朝起きたときも、外に買い物に行くときも。
寝るときには布団の下に、浴室のドアノブに引っかけて。
そのベルトに取り付けられら黒い鞘のようなものから、一本の短刀のような得物を引き抜く。
短刀を左手に携える。
どういう仕組みか全長30センチほどの鞘に納められたそれは引き抜かれて姿見せると同時に刃渡り50センチほどの刀に変貌した。
それは短刀と言うよりかは、脇差しといった方がしっくりくるほどの長さだったが、短刀でもなければ脇差しともどこか違う。
もっと別の何か特別な特徴を持った刀だった。
こいつがそらにとって、最後の希望である。
「久しぶりにあにじゃの本気が見られるでござるね! 映画のアクションシーンみたいで拙者好きなのでござる! やっぱり目覚まし作って正解だったでござるよ!」
「ああ、やりたくねえ……なんでまた」
かやが期待に満ちたセリフを言い終える前に一言ため息をつき、次の行動に移る。
以前の嫌なトラウマがよみがえるが、それを振り払うように、そらは手足に体全体に神経を張り巡らせ意識を集中する。
「(とりあえず、手足と首の付け根の弱そうな部分を狙うか……)」
姿勢を落とし、ロボットを見やると地面を蹴ってその懐へと飛ぶように接近する。
次の瞬間、すでにそらはロボットの脇腹の前まで来ており、手にしたそれが一瞬の内に宙空を短く数回描くように往復した。
その軌跡はロボットがもつ関節の耐久的に脆弱な部分、その複数箇所を捉えていた。
ロボットの鈍く光った錆色の金属を、紙のように薄い縁を張った線状の金属が両断する。
接触面積を最小にとどめながら交差した、それらの内一方は輪切りになって肢体と首がバラバラに飛び散り、一方は鈍く光って鎌首をもたげた。
そらが黒い鞘に手をかけてから約5秒。
そらが「やりたくねえ……」とため息を漏らしてから、おおよそコンマ5秒くらい。それぞれ経過していた。
目標のロボットは完全に沈黙した。
……かのように見えた。
殺人ロボットを撃破したにも関わらず、そらの顔は強ばったままだった。
「サーカスの道化師の曲芸みたいでござるね!」
「喋ってる場合じゃねえから! さっさと退散するぞ!」
そらが血相をかえてかやを抱き抱える。
自らの技術を道化師の曲芸に例えられ、若干顔をしかめるそらだったがいちいち突っ込んでいる場合ではなかった。
この後起こるであろうことこそ、そらがもっとも警戒していたことで、もっとも恐れている問題だったからだ。
転がっているロボットだった破片を器用に避けながら、鬼の形相で物置の外へ飛び出し、猛ダッシュ。
そのまま、十数メートル離れたところでかやを抱えるように地面に腹を伏せ、身を屈める。
「今回は何とか間に合ったか……」
2秒後、ロボットの破片が大爆発を起こした。
物置は吹っ飛んだ。
耳をつんざく爆音と周囲を焦がす爆炎、それに伴う地震のような振動。そして、炎天下で暴走する改造ドライヤーの熱風ような熱波を撒き散らしながら。
「あにじゃあ、苦しいでござるよお! さっさとどくでござる!」
「はあ、助かった……」
今度こそ、完全に安心しきったそらはところてんのように脱力しきった。
そらに全体重を預けられ、下敷きになったかやが苦しそうにあえぐ。
かやの両手に胸元を押されながら、おもむろに上体を起こした。
「どうしようかこれ……」
そらは眼前に広がる地獄絵図じみた光景にため息を漏らす。
物置の基礎部分と飛び散った屋根の一部がごうごうと燃えていた。
「とりあえず、放っておくしかないでござるね」
「とりあえず消火器か何かで鎮火するしかないか。連絡してもどう事情を説明したらいいかわからねえし……」
相変わらず、倫理の欠片もない発言をするかやを遮るようにして言う。
遠くでバタバタとこちらに向かってくるあおいのものであろう足音が聞こえる。
そらはもう一度大きくため息をつきながら立ち上がるのであった。
____赤黒く輝く炎を放ち、黒白とした煙を撒き散らすさっきまで物置小屋だった何か。
その脇で佇む刀が一本。
燃える火の光を刀身に反射させながら、地面に突き刺さっている。
爆発の威力に曝されながらも傷ひとつついていない。
漆黒の刀身は黒く染まりながらも光沢を放っており鏡のようにきれいだ。
曲がることなく直線を描くようにスラリと伸びたそれはいわゆる直刀という分類に入るであろう刀だ。
短刀でもない脇差しでもない中途半端な長さを持った刀であり、鞘から抜くと刀身の変わる不思議な能力を持っていた。
”宴下白刺刀”
それはあやめ家に代々伝わる忍者刀であった。
そして古来よりその独特の形をした武器を扱うものを"忍"と呼ぶ。
"不思議な呪術を使い、闇に紛れて首を斬る"
"あやめ一族は忍の一族。人殺しの集団なり。近づくなかれ"
はるか昔は人々から畏れられ、衰退した現代でも、なお地域に広く語り継がれている言い伝えがあった。
"あやめそら"こそ第15代目あやめ家当主。忍者一族の末裔である。