第1章 1話の1 不思議な石
「あにじゃあ! このままでは、追い付かれるでござる! もっと速く走るでござるよお!」
「ふざけんなよ! お前が元凶だろうが! ていうかなんでまた殺人ロボットなんか創ったんだよ!」
4月1日の早朝。
本日をもって高校3年生となる黒髪の青年あやめそらとその妹、小学生のあやめかやは不気味な形をした殺人ロボットによって、家の中を追い回されていた。
「くう……流石に腕が疲れてきたぞ。このままじゃ拉致があかねえ」
そらは妹のかやを腕に抱えながら、和風造りの豪邸、その周りを囲むようにして作られた長い回廊を何周も何周も走り逃げ回っていた。
「もっと早く走るでござるよ。とろくさいでござるねえ」
「こいつ……ここに置いて囮に使ってやろうか」
「やめるでござる! ごめんでござるよお!」
殺人ロボットは右腕の先端に取り付けられた鉈のような刃物を振り回しながら猛スピードでそら達を追いかける。
追いつかれたらそこで試合終了だ。とにかく逃げて逃げて逃げまくるのだった。
道中、そらが趣味で育てている盆栽達がロボットに蹴られ、無慈悲に吹っ飛んでいく光景が視界の端にチラリと映ったりしたが足を止めている場合じゃなかった。
「ちょうど身を隠せそうな物置が庭の向こうにあるでござる! あそこでやつの電池がきれるまでやりすごすでござるよ! やつのセンサーは可視光しか捉えられないから」
かやが曲がり角を曲がったタイミングで、回廊の縁側から見えている庭の片隅に設けられた大きめの物置小屋を指差して言った。
そらは跳ねるような大股走りでそれに接近し、かやを物置にぶちこむ。
そのあと自身もルパンダイブの要領で飛び込んで入り口の引戸をびしゃんと閉めたのだった。
「行ったでござるか……」
「そうみたいだな……」
2人は引戸を少しだけずらし、上下に並んで外の様子を見る。どうやら、ロボットは通りすぎて行ったようだ。
「よし! なんとか振り切れたでござるね! 助かったでござるよお~」
かやが安心からか、ため息をつき物置小屋の床にへたりと座りこむ。
小屋の内部はそこそこ広くそらとかやと元からある収容物をいれてもまだ空間に余裕があった。
これなら窮屈に身を屈めながら隠れる必要もなさそうだ。
そらも緊張感を解き、肩の筋肉を弛緩させた。
「で、あれは何なんだ。どうしてあんなものを造った! 答えてもらおうか」
身の安全を確保できたそらは、おおよその経緯について察しはついていたが、改めてかやに問いかけた。
「申し訳ないでござる。今回も少々やり過ぎたでござる。最初は絶対に起きられるような目覚まし時計を作るつもりでござった。しかし、造ってるうちに楽しくなってきて、あれやこれやとパーツを足すうちにあんな感じのひとがた殺人ロボットが完成したでござるよ。次から気を付けるでござる」
何をどう気を付けるというのか。
かやは申し訳なさなど微塵も感じられない抑揚で謝る。
あやめかや(小学生)は昔から機械の開発や発明が好きだった。
幼稚園の入園時には、反重力エンジンの搭載された戦車を作り、小学校入学時には反物質対消滅炉を動力とするプラズマフリゲート艦1隻を建造した。
どうやって作ったのかはもちろん至って普通な脳の造りをしているパンピーのそらにはわからない。
綾目家に伝わる特殊な技術と下町の工場で貰ってきた廃材を組み合わせて創ったと本人は言っているが町工場の廃材なんかでそんなものが作れるわけがない。完全に詭弁であろう。
もはや天才とか秀才とかそういうレベルを通り越して意味不明でさえあった。
「ふざけるなよ! 前もそんなこといって、同じような殺人マシーン造ってたじゃねえか。反省の色が全く見られねえ! まえはそいつのせいで全治2週間のケガをおったんだぞ!」
そらはもとから目力のあるつり目をさらに吊り上げて激しく憤る。以前にも似たようなロボットに襲われ、突然爆発を巻き起こしたそいつによって病院に搬送されたことがあったのだ。
そらは冗談じゃねえよと心のなかで怒りを浸透させつつ、肝でも舐めたかのような心境でかやを恨んだ。
いくらかやが発明好きの天才幼女でもやって許されることと許されないことがある。
「技術の発展に犠牲は付き物でござるよ。ある程度は仕方ないでござる。それにもしあにじゃが死んでも、あにじゃの体細胞から造り出したスペアボディに電子化した記憶をぶちこんで復活させるから問題はないでござるよ」
「きさまなあ!! 問題だらけだろうが! このマッドサイエンティストめが!」
「まあまあ、落ち着くでござるあにじゃ。あやつは音に敏感ゆえ。あまり大きな音をたてすぎると気づかれるでござるよ」
遠くの方からゴシュジンサマアサデスヨ……という機械音が微かに聴こえる。
あの殺人ロボットのものだ。
やつはこの、人をバカにしているとしか思えないセリフをはきながら移動し、攻撃してくるのだ。
「くっ! そうかよ……」
そらはまだ何かいってやりたい気分であったが、ここで居場所がばれてしまうのはまずいと思い、口を接ぐんだ。
「はあ、しかし、あのロボットを開発したお前が襲われるならともかくとして、なぜいつも俺が真っ先に狙われるんだ…… あおいが狙われているところは見たことねえのに……」
そらはため息をつきながら現状を嘆く。
理由はわからないがいつも標的にされてるのは決まってそらだった。
綾目家には長男そらと次女かやとは別に、あおいというそらから見て一つしたの長女がいるのだが、あおいが標的にされることは基本的にない。
「ああ、それはかやが意図的にあにじゃをご主人として登録してるからでござるよ。あにじゃで実験……ではなくて、やっぱりこの家の主人はあにじゃでござるし、あにじゃの役に立ちたいでござるから……」
『明らかに実験体として最適……』みたいなことを言いかけて、ていのよい言葉で言い直す。
かやは子供特有の濁りのないまんまる大きな瞳を潤ませて、上目遣いでそらを見た。
そうすれば、ごまかせるとでも思っているのだろう。
「おい、今実験って言葉が聞こえた気がするんだが…… 俺の扱いがあんまりひどいと、あおいにチクるからな」
このまま怒り続けても、かやは偽りの表情で同情を誘いのらりくらりといつものようにかわすだけだ。
そらはあおいの名前をあげることによって脅しをかける。
あおいは容姿端麗で成績優秀、運動神経抜群と非の打ち所のない完璧超人であるが、唯一の欠点として怒ると怖いという個性の持ち主だ。
こういう時には、暴走するかやに対して抑止力として働くことを知っていた。
「それだけはやめるでござる! わかった、わかったでござるから! あにじゃの身を実験体にするような行為は慎むでござるからチクらないでほしいでござるよ…… 」
かやは勢いよく立ち上がって必死の懇願をする。
効果はてきめんである。
普段からいろいろやらかしては、あおいに怒られているので、恐怖心が埋め込まれているのだ。
「はあ、ほんとにもうやめてくれよ…… お前の発明のせいで俺の身はボロボロなんだからな。俺の身体能力が普通より高いとはいえ、限度ってものがあるんだから……」
そらも目の黒い部分を横にスライドしつつ、心の傷を語るかのように呟いた。何だかんだ言っても、そらはかやをこれ以上強くは叱れない。
命が狙われているにも関わらず強くはでられない。
結局可愛いのだ、妹のことが。いわゆる一般的なシスコンというやつなのかもしれない。その甘さがかやを助長させるのだが。
かやはわかったでござるよおと首を縦に振って頷きながら、こてんとそらの横に座った。