ピッチャーとパソコン
ギルドの受付は市役所の1階にあった。同じ窓口で住民票も扱っている。メガネをかけた女性がいたので聞いてみる。久しぶりに人間の女性。その後ろではもちろん人間以外の種族も忙しそうに働いている。
「あのーギルドに入りたいのですがー? 」
「はい。ギルドへ加入される場合、後ろにあるオレンジの紙に必要事項を書いて、あと顔写真付きの身分を証明するものを確認させていただいています。」
丁寧な言葉遣いで笑顔を見せている女性に微笑み返すと、依里亜は記入例を見ながら書き始めた。
さすがに市役所内なので、ギルド加入に来た新人に酔っ払って卑猥な言葉を投げかけたり、歩いてる人に足を引っ掛けてきたり、パーティから予期せず脱退させられて暴れたり、力をひけらかしてテーブルを壊したり、店全体を巻き込んでの大喧嘩をするような輩は一切いない。もちろん魔王が人間に化けていて殺戮を始めたりするようなこともない。
力を測定するための、なにやら不思議なクリスタルとか機械とかに能力を吹き込む儀式もなかった。名前と住所を書くだけであった。あくまでお役所仕事なのである。
申込用紙への記入が終わったので窓口に提出し、引き換えに順番待ちの紙をもらう。高いところに据え付けてあるテレビモニターに呼び出し番号が表示される仕組みだ。予想待ち時間は30分ほど。市役所なんて滅多に来ないので、空いているのか混んでいるのかの判断はつかない。
登録証ができるまでの間、椅子に腰掛けて順番を待ちながら、レビの画面でパーティのステータスを眺めて時間を潰すことにした。
「あら?もしかすると依里亜じゃない?」
顔を上げると、かつての同級生の白戸雪絵が目の前に立っていた。
高校時代ソフトボール部時代にバッテリーを組んでいた子だ。依里亜はキャッチャー、雪絵はピッチャー。
「雪絵じゃない! 久しぶり! 元気してたー? 」
「うんうん。隕石で1回死んじゃったけど元気よー。懐かしいわね! 」
「それじゃ雪絵も転生組か、チュートリアルは受けた? 」
「もちろん! 死んじゃダメなのも聞いたから、頑張ってもうLv20まであげたのよ。私の職業は騎士よ」
どうりで薄い材質ながらも鎧のようなものを着ている訳だ。金属製の普段着を着る人はいない。左の腰には依里亜のレイピアより遥かに大きい大剣を下げている。でも何故かメインの大剣以外にもベルトにぶら下げている剣が全部で5本もあった。
「私のレベルはまだ8よー。随分と先に進んでるわねー。」
「ギルドの登録に来たら、運良く強めの人とパーティ組むことができたので、安定して進めてるのよ。なにせこのゲーム自体は何百年も続いてるしね。うちのパーティでいちばん強いひとはレベル500を超えてるわ。レベルキャップはないそうよ。そういえば、依里亜は1人で来てるみたいだけどパーティは? 6人まで組めるわよ。経験値はパーティ内での貢献率ではなく均等割だから強い人と組むとサクサクよ。」
雪絵が目線を送る先を見ると、いかにも強そうというか値段の高そうな装備をした人達がこちらを見ていた。自分より大きな武器を持ち歩いてるメンバーもいる。目が合うと会釈してきたので、雪絵のパーティメンバーなのであろう。
「あ、そうなんだー。私は全然情報なくて。あ、一応このテレビっぽい人が、レビっていうパーティメンバーの1人。あと冷蔵庫とかレンジとかとパーティ組んでるの」
『こんにちは。はじめまして。レビです。』
「え? えーと。テレビよね? え、家電ばかり? なんか遠距離からリモートとかしてるの? 」
「中の人はいないのよ。話せば長くなるけど無生物テイマーやってて」
「へえ、例のバグってやつね。私もバグでこんなになるの」
と言うが早いか背中から腕が2本生えてきた。おろろろと驚いていると、さらに2本、いやさらに2本増える。全部で8本。
「さすがに市役所の中だから剣は握らないけど、これ【阿修羅】ってスキル。6本の手で剣を振り回すことができるのよ。私もレベルは低いけどバグ組はレアと言えばレアだからパーティに入れてもらえたの」
剣は持ってなくてももっと驚け市役所に来ている人々。ちらっと見て終わりかい。どう見てもラスボスだろこれ。雪絵のパーティメンバーは離れたところからそれを見てニヤニヤしている。
「へ、へえ、すごいねえ。阿修羅より腕多いし……どちらかと言えば蜘蛛ね……あれ、でも腕が2本余るわね……」
「剣を持ってない2本の腕でしょ? 何言ってんの、元キャッチャー依里亜ちゃん」
「え? 」
「私は元ピッチャーよ、忘れたの? 残り2本の腕で鉄球とか爆弾を豪速球で投げまくりよ。しかもウインドミル投法。近距離から遠距離攻撃までこなすのよ、私」
雪絵は8本のうちの2本の腕を動かし、シュッシュッとソフトボールを投げる真似をした。
「ほ、本当のチートがここにいたわ……そ、そういえば雪絵も公園でレベ上げしてるの?」
依里亜はどこに突っ込んでいいかもわからなかったので、話題を変えてみた。雪絵はメインの腕以外をスルスルとしまうと、依里亜の向かいの椅子に座った。
「ううん、公園は最初だけ。公園ででるモンスターのドロップするお金って、50%が最初から市税として抜かれてるって知ってた? 市役所でこんなこと大きな声では言えないけどね……あはは」
「……えええ! そうなの? 」
「そうそう。公園の管理は市がやってるからねえ。そういう調整が最初からしてあるのよね。で、それで集めたお金のうちかなりの分が【ザゲコス】に吸い上げられてるって噂。運営さすがよね。RMTってやつなのかな? 詳しくはわかんないけど」
「【ザゲコス】ってなんだっけ? 」
『このゲームの名前ですよ。ゲ、【The game of the COSMOS】 別名【ザゲコス】または【コスモス】』
レビは噛みながらもゲーム名をフルネームで告げる。
「あー、ほんとに【ザゲコス】ってみんな略すんだ」
「うんうん。依里亜は【ザゲコス】って言わないの? でね、だからある程度安定して倒せるようになったら市から外に出た方がいいわよ。森で倒すモンスタードロップは非課税よ」
「わかった。もう少しあげたらそうしてみるわ。で、森で思い出したんだけど、森に新幹線通ってない? モンスターいるのに。あと仙台市の周りってどうなってるか知ってる? 」
「あーほんとに全然知らないのね。【ザゲコス】の世界の中での日本ステージは、「政令指定都市」と「東京」でできてると思っていいわ。つまり、北は札幌から始まってここ仙台。横浜、千葉市とかもろもろの関東から、新潟、名古屋、大阪、神戸、全部は覚えていないわ、あと福岡とか」
「あ、そういうことなんだ。」
「うんうん。で、それぞれの市の周辺部は全部モンスターが出るんだけど、じゃあ土地として日本列島が全部あるかというと、かなり省略されてて、運営がコピペする時に編集してるんだって。宇宙から見たら日本列島の形はしてないって話。だから、札幌と仙台って遠いイメージあるけど、ゲーム内では100Kmもないわ。本来の距離は750Km以上あるけど」
「へええ、で、新幹線は? 」
「森の上に走ってる高架橋は結界が張ってあってモンスターは近寄れないの。だから新幹線はかなり安全な乗り物よ。私も関東のいくつかの都市にいったけど、どこにいくのもたいして時間はかからなかったわね」
「便利そうだけど新幹線に冷蔵庫は乗らないわよねえ」
依里亜は独り言がでた。
「ちなみに高速道路も結界ありよ。でも、空と海は結界を貼るとドラゴンとかクラーケンの通行の邪魔になってしまうので結界はなし。飛行機も船もあるけど、普通にモンスターとエンカウントはするわねえ。だから飛行機も船も基本重装備。戦闘機と戦艦ね。私もまだ乗ったことはないけれど」
「なるほど移動が目的なら新幹線か車。ゲームを楽しむなら飛行機か船ね」
「そうそう。あ、ドロップアイテムの売却終わったみたい。依里亜も何か売るならあっちの窓口よ。機会があれば今度ご飯でも食べよ。暇な時電話してー」
「ごめん。携帯いま壊れててー」
「あ、そうなんだ。そしたらあっちの部屋にギルドのクエストコーナーがあるんだけど、人探しとかメールもできるから、そこから送って。メールアドレスの代わりになるのはギルド登録の個人ナンバーよ。私のはこれ。依里亜は今たぶん登録中よね。それが終わったらできるわ」
雪絵は登録ナンバーのメモを依里亜に渡しながら話を続ける。
「私たちは基本的に仙台拠点で戦っていて、かなりあちこちをうろうろしてるけど、市役所にはよく売却に来てるからギルドメールもちょくちょくチェックしてるわ」
「わかったわ、ありがとう! また会えるといいね」
バイバイと手を振ってからモニターを見るとちょうど依里亜の順番が回ってきた。
窓口でギルド登録証を受け取った。クレジットカードサイズのよくあるやつで、個人ナンバーが刻印してある。レビ達の分もいるのかどうか聞いてみると、パーティ内で1人が持っていればいいようだ。
依里亜は、ドロップアイテムを売ってから、クエストコーナーに寄ってみた。
部屋いっぱいに50台以上のパソコンが置いてある。
掲示板には『パーティ募集』やら『魔法戦闘講習会(無料)』やらが貼ってある。チラシコーナーにも『一撃で効く毒を作ってみませんか? 』やら『初心者向けステータスアップ講座』やらのチラシもおいてあるが、メインはやはりパソコンでの検索のようだ。
半分以上の席が埋まっており、みんな黙々とマウスを動かしている。
「なんかこれ……どっかで見た光景ねえ……」
『パソコン教室かなんかですか?』
レビは特に記憶にないような様子だった。
「あ、わかった! ハローワークがこんな感じ! 」
声が少し大きかったせいか、話の内容が微妙だったせいか、近くにいた人が一斉に冷たい目で依里亜を見た。
これでこのゲームの「世界観の説明回」は終わりのはずです。あとはキャラ達が勝手に動き回るので、それを見て楽しむことにしますか。




