セレクトとメンテ
「依里亜、ここに2枚のカードがある」
「ふむふむ」
というと朔太はスキルカードを2枚出し、依里亜に渡した。朔太のスキルによるカードは裏表ともアルファベットが書いてある。『A』と『J』だ。
「依里亜がカードマジックをする人ね」
「あ、喩え話ね。トランプのつもりだから『A』と『J』とかオシャレかよ」
「で、カードの文字は見えてない前提だけど『A』にタネを仕掛けたので、いま2枚のうちの『A』を手元に残したい。で、僕にそれを選ばせるにはどうしたらいい? 」
「んー、えーと。ババ抜きみたいに、2枚を持って、『J』の方を抜きやすい右側にして、少し上に出す」
依里亜は、持っているカードの1枚だけを極端に出して朔太の目の前に突き出す。
「そんなんではマジックにならんだろ」
「んー、わかんないから朔太がやって」
依里亜は頬を膨らませながら朔太にカードを返した。
「んじゃやってみるね。はい、カードが2枚あります。どちらか選んで? 」
「『A』を残したいんだから、じゃあ私は『J』を選ぶわ」
「うん。では、このカードを外しましょう」
朔太か『J』のカードをどける。を手元には『A』が残る。
「あれ? んじゃもう1回」
といって今度は依里亜は『A』を指さす。
「では、このカードを使いましょう」
やはり『A』が手元に残った。
「え、そんなんインチキじゃん」
「違う違う。これは立派なテクニック。『フォーシング』とか『マジシャンズチョイス』とか言うんだけど、あくまで観客が自分の意思で選んだかのように錯覚させる『話術』だよ」
「そうかあ。あ、これ何枚でもできるのか。選ばせて選ばせて、最後に1枚残したいとかでも」
「そうそう」
「ポイントは選んだカードをどうするかを先に言わないこと。で、いまはその状況」
イベントも終盤。SS31ビルの30階まで来た依里亜たちは『究極の2択』を迫られていた。
目の前には柵でできたサークルが2つあり、1つには『子犬』1つには『子猫』が数匹ずつ入っている。
そして看板にはこう書いてある。
『2時間以内にどちらかを選び、ボタンを押せ。ボタンを押せば31階への通路が開かれる。押さなかった場合はイベント終了。リタイヤ不可』
タイマーはこの部屋に入った時からカウントダウンを始めている。
各サークルの前にはボタンがあり、この部屋に入ったパーティの意思決定はどちらか1つでしかない。
「選んだ方が残るのか、排除されるのかすらわからんのよなあ。しかし、まさかここまで来て運営がもふもふ的な迎合をしてくるとはね」
サークル内には自由に入れるので、朔太が猫をモフりながら悩ましげな顔をする。
「選んだ方がボスになって戦うのか、選ばれなかった方がなんらかの処置を受けるのか。……さすがに、そこまで残酷なことはしないんだろうけど、まあ、これも見てくれは『犬』と『猫』だけどデジタルデータです、と言われりゃそりゃそうなんだけどねー」
犬派の依里亜は犬をモフっている。
「まだ『溺れている妻や夫と子供のどっちを助けるか』の方がまし……いや、これも悩ましいか」
「私は子供かなあ。自分の遺伝子継いでるのは子供だし」
「うん。それって個人差はあって、正しい正しくないではないんよなあ。論破するようなものでもない」
「両方なんとか助けるって選択肢はないからねー。仲良く自分も一緒に溺れるって選択肢が1番罪悪感はなくなりそう。というか、1度隕石で死んでる身からすれば、それもいいかって思っちゃう。だって、魂の行き場所はみんな同じところだもの」
「雪山の雪崩による遭難とかだと、とにかく1番近くにいる人を助けるってーことも多いみたいだけど」
「心理学でもあるわよね、『ビュリダンのロバ』ってやつ。左右2箇所に完全に同じ距離、同じ量の干し草が置かれていた場合、ロバはどっちも選べず餓死するっていう皮肉的な話が」
「でも、人間て何らかの選択をした場合、必ず後悔するように出来てるらしいからね。だから、できるだけ後悔の少ない方を選択するしかない」
「確かに溺れているのが『猫』と『子供』なら、ほとんどの人は『子供』を助けるだろうけど、その後、なんとかならなかったのか、という後悔はめちゃくちゃするわね」
「そう、バランスの問題もある。しかし、今は犬と猫。しかも、選んだ方がいいのか選ばない方がいいのかすらわからない……」
「最後までクリアするには『押さない』という選択はなしよね。これに関してははっきりと書いてあるから」
朔太の姉の雪絵が「最上階の手前で『究極の2択』がある」とは言っていたが、まさかこういう選択とは。
ちなみに家電たちに聞いてみたが、さすがにそういう心までは持ち合わせていないのか、揃いも揃って『どっちでもいい』と興味なさげですらあった。
以蔵の連れているペット扱いの『火の鳥』は興味深げに見ていたが、かわいいとおもっているのか、美味しそうと思っているのかは分からなかった。
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30階に上がる前、29階にはレストランがあった。ここまで上がってこられたプレイヤーは全てのメニューが無料で食べられる。お酒も飲み放題だ。
壁が全面ガラス張りで、仙台の街が見下ろせる。このレストランまでくる廊下もフカフカのカーペットでリッチ感がすごい。
依里亜もさすがにこういう所ではミートソースパスタには拘らなかった。牛肉のなんとかのなんとかというメインが出てくるコースにした。
同じく朔太もカレーではなくコース料理。ワインまでつけてる。銘柄を眺めまくって味うんぬんではなく単価がとにかく高いものを選んだ。なにせ無料だから。
朔太の兄の大地たちも、依里亜の友達の雪絵たちもそれぞれのパーティごとでご飯を食べていた。
家電たちは違う部屋にリペア用の部品が大量に置いてあり、そこで傷んだ部品を交換している。専用のスタッフもいた。これはなかなかに親切だ。
家電の部品、車の部品といった依里亜のパーティにはありがたいものから、武器や防具のメンテナンスまでもできる。最終決戦前に完璧な準備ができる。
逆に言えばそこまでしたとしてもラスボスは大変だということにもなる。
確かにここまで来ても、ラスボスまでクリアしたという話は聞こえてこない。たどり着いてはいるようだが。
「依里亜、ここまできたら絶対クリアしたいな」
「当然当然。気合入れていくわよ」
「そういや依里亜もレベルあがってるだろ? スキル確認したかい?」
「あ、そか。私、ステータス見れないから気づいてなかった。よし、恒例のやつやりましょうか」




