右と酸素
「『地球は青かった』って言ってみたかったわ」
依里亜たちが現在いるのは宇宙空間だ。一応止まっているようでもあったし、動いているようでもあったがよくわからない。
地球は既に隕石の衝突でなくなっているし、そもそもここはゲーム内だ。見下ろすとゲームの地球は見えるが丸くもないし青くもない。
遠くからみると出来損ないとポリゴンにしか見えない。ドットが荒い。そしてなんか平らっぽいかもしれない。古代の人達が想像した地球よりももっと雑な感じに見えた。
宇宙空間もかなり適当だ。地球側を向いていると、遠くに星も見えたりするが、反対側の窓からみると白い空間が広がっている。運営の手抜きか。こっちの空間の方が恐ろしい。
適当でも空気も何も無い空間を作るのと、作らないのでは作らない方が楽なのかもしれないが、それにしても、と思った。せめて黒く塗れよ。中ボス戦の流れだろ。
宇宙船として発射されたのは、ロボット全体なのかあの部屋だけなのかもわからなかったが、移動出来る範囲は部屋の中だけであった。
ドアが4つと窓が数個。依里亜たちが入ってきた扉とおっさんが出ていった扉は開かなかった。残り2つのドアはトイレと風呂だった。
おっさんが座っていた机には平面のデジタルパネルがついており、親切に日本語で説明が書いてあった。『冷蔵庫』『コンロ』『湯沸かし』『テレビ』『洗濯機』その他。デジタル化されたワンルームマンションのようだった。
冷蔵庫の備蓄も大量で、食べ物や生活には困らなそうであったが、宇宙船を操縦するようなスイッチの類は全く見当たらなかった。
既にここでの生活は2日目になっていた。
「イベントってあと何日あったかなあ」
イワンが呟く。
「あと1週間はあったと思うけど」
ギヤースッディーンが答える。
「あ、そうそう、ステータス画面て見た? 私ステータス見れないのよね」
ほい、とイワンがステータス画面をポップした『リタイヤ』と書いてあるボタンは黒いままで押せなくなっていた。
「しかもね、おれもう2回死んでるから、どっちにしろ駄目なんよね。次死ぬと終了」
「おれもね」
イワンやギヤースッディーンでも死んでるのかと思った。
「私は1回死んでるわ」
チラッと明日香の事がよぎる。
その思いをかき消すようにある事を思いついた。
「私ね、宇宙にきたらしたいと思っていた事があって」
2人が依里亜を見る。シンは大人しくしている。リーナは掃除をしていた。
「いわゆる『オズマ問題』ってやつなんだけど、私はこれから宇宙人になるわね」
「へえ、どんな宇宙人? 」
イワンが食いついてきた。
「宇宙空間で生まれて、重力のあるような星とかは一切行ったことがない。そして、単細胞生物のように不定形な形をしていて、手はないんだけど、心臓は4つあるわ」
「うん、そう見えてきたよ。ぶよぶよだ」
話しを合わせるのはいいが、失礼だ。
「それでね。私とイワンがいま無線で繋がっているだんだけど、画像とかは送れないの。で、私はこう聞くのよ『右ってなあに?』と」
「そりゃあ、お箸を持つ方の……手がないのか。んじゃ、心臓があるほうの逆……4つあるのかよ」
「そうそう。これって『右』という幼稚園児でもわかる『概念』をいかにして『言葉のみ』で伝えるかって難しい問題。ちなみに、私はアメーバみたいに不定形だし、重力も知らないから『上下』の概念もないわよ」
というと、依里亜は部屋の中に浮かびあがり逆さまになった。一応無重力設定らしい。宇宙空間での暇つぶしにはもってこいの問題だった。
「あー『幻の右』を知りたいわー」
たぶんそれはちょっと違う。
「前を向いた時の、っていうのも説明できないな、これ。腕のあるなし関係ない」
「そうねえ、宇宙人ってどんな形してるかわからないけど、人間ぽい格好をしていて、かつ相手の姿が見えるのであれば、『どっちか手を上げて』で、そっち、とか、そっちじゃない方とか出来るけどね」
「宇宙空間しか知らないと、方角も時計もダメよね」
「そうなのよ。結局『右』など『基準』がないとわからない『概念』なのよね。ある辞書では『この辞書を開いて読むとき、偶数のページのある側』って書いてあるの。今目の前で見えているもので説明できるのは個人的にはすごく好き」
「依里亜ならどう答えるんだい? 」
「どーせ何言ってもわからないんだから『左じゃない方』でいいんじゃない? 」
1番いい加減な答えだった。
「なんか物理学的には答えがあるみたいだけど、そんなの私が分かるわけがないわ」
「それって、『じゃあ左って? 』と聞かれたら? 」
「決まってるじゃない『右の反対』よ」
「ですよねー」
「宇宙といえば、もう一つ印象に残っているのがあって。漫画なんだけど『9人いる!』とか『13人いる!』とかって名前のやつ。宇宙空間で人が増えたら怖いわよね。ちょっと、数えて見ましょうか。1、2、3、4、5、6。あれ!1人増えてる!」
「ギャアァァァァ―――!! 」
「ちょっとちょっと! 失礼でしょ、それ」
アーヴァだった。網に捕まってからあとはみんな忘れていた。
「まあ、知ってたけどな。はっはっはっ」
イワンは常に軽い。依里亜が尋ねる。
「今までどこに? どうやってここまで? 」
「普通にドア開けてはいってきたよ。網で捕らえられてなんか部屋に放り込まれてさ。『酸素』使って、『酸化』させて『腐食』と『錆』で網を切ってやっと来れたのにひどいな、みんな」
「で、そのドアは開けておいた? 」
「いや、普通に入ってきたから閉まってると思うけど? 」
せっかく抜け出して来たのに、さらに怒られるアーヴァだった。
「まあ、でも『酸素』が使えるなら地球(仮)に戻れる確率は少しは高まったわね。もしかしてアーヴァが、あのおっさんの言ってた抜け道かしら」
おっさんに会っていないアーヴァにとってはよくわからない話だった。
早速作戦を立てる。全滅せず、というより誰も死なずに地球に戻れる方法。死ねばこの宇宙船内にリスポーンだ。
部屋が広いので色々なことを試してみた。結論としてはこの部屋は放棄することとなった。
部屋を丸ごと移動するのではみんなのスキルが十分に生かせないからだ。
作戦はこうだ。部屋をなんとか壊し、アーヴァの酸素玉に入って降りる。酸素玉の層は何重かにして、中には酸素を、周囲の空気に触れるところにもスキルを使い酸素濃度を下げて燃え尽きないようにする。
宇宙船を壊すなら回数の残っている依里亜のリスポーンは何もない宇宙空間だ。
イワンはこの作戦を聞いて「あれっ? 」と思ったが、言うタイミングを逸した。みんなが賛成をしているので、それでいけると思ってしまった。
部屋の中で酸素玉の中に入ってみたが、どういう仕組みなのか、全員がその中に入っていられた。おそらく酸素よりその周りの結界的なやつがどーたらこーたら。
「ご都合主義よ」
と依里亜が言ったが、たぶんそうだろう。
まず、アーヴァが作った酸素玉にみんなで入る。バフを掛けた依里亜の【ファイア】で、宇宙船の壁をぶち抜いた。玉と外側の境界線に手を当てると、スキルはその外側に出せることは試行済みであった。
空いた穴から宇宙空間に出て、今度は推進力として【ファイア】を使用する。ゆっくりとしかし確実に地球(仮)に近づいていく。ある程度近づくと重力に引かれ加速度を増しながらゲーム上の地球に向かっていく。
スピードがあがるに従い、玉の中の温度が上がってきた。
「あれ? なんか暑いわね。うまく酸素調整してるんじゃないの? 」
「うー、そうなんだよ。やってるんだけどね。この玉の周囲のかなりの範囲は酸素濃度は薄いはず」
「隕石とかが燃えるのは酸素のせいじゃないよ? 」
「え?」
「え?」
「隕石とかもそうだけど、すごいスピードで落ちて来るとき燃えるのは摩擦熱じゃないよ? 空気がものすごいスピードで圧縮されておこる『断熱圧縮』だよ。空気は膨張すると温度が下がるし、圧縮されると高温になる……エアコンとかの仕組みだよ……自転車のタイヤにガツガツ空気をいれると熱くなるやつ」
「やば、温度上がってきた」
「あちっ、あちー! 」
リーナが熱を吸い始めた。




