白血球とウイルス
「足の小指の長さってどのくらいかな? 」
依里亜が誰ともなく問いかける。イワンが適当に答える。
「3cmくらいじゃないかい? 」
「だとすると、身長約60mのロボットが小指になってて、今いるでっかいロボのスタイルが180cmの人間という比率で考えると……」
「全部cmで考えて『600:3=X:180』でいいのかな?そうすると『X=36000』これcmだから、mに直せば3600mかな」
ギヤースッディーンが暗算する。まあ【計算】スキル持ちだから、そのくらいは、ね。
「ということは、あくまで仮定だけど、3776mの富士山よりちょっと小さいくらいのロボットね。これ……よく、『山のように大きい』って比喩があるけど、日本だと富士山以外は比喩の対象の方が小さいってことになるわ」
日本で2番目に高い山は3193mの『北岳』だ。
歩く度に大地震が発生するかのような振動がする、と言いたいところだが余りにデカくてまだ歩いていない。歩かなくても十分ロボットの攻撃範囲内だ。
時々「ヒューン」という音がして、とてつもない大きさの斧がパーティを襲う。しかし、先に音がするので力もステアップした依里亜が【クイック】でみんなを担いで、ひょいひょいとかわしている。音速より遅いなら大したことはない。マイカより遅いのでは依里亜とは勝負はできない。
遥か上からビームも降ってきたが、発射口までが遠いのでやはり依里亜のスピードには敵わない。発射しているのが目なのか口なのかは雲の上なのでわからない。
「でも、まあ、デカすぎても当たんなきゃ意味ないのよね。踏まれないようにだけ気をつけて近づこう。たぶんそれしかない」
足元に来た。ロボットは明らかに依里亜たちを見失い、むやみやたらに振る斧は遥か向こうで空を切っている。
「よし、この中入って登るか。高さは富士山とあんまり変わらないけど」
「えー」
男たちがうるさいかったのが、依里亜がジロっと睨むと静かになった。
試しにさっきのロボットに再度デバフを掛けてさらに攻撃をしてみる。簡単にぶっ飛んで穴があく。結局合体の意味はなかったね。しかし、周りの部品にはデバフが入っていなかった。攻撃してみるがビクともしない。合体ロボだから、それぞれのパーツですら別扱いなのかもしれない。
「ま、中から壊そうぜ」
と依里亜は割と楽しそう。
小さくなって人間の中に入り込み治療をする、といった設定の話は昔からよくある。が、今回は逆。口から入るのではなく足の小指の穴から入り込み、入る彼らは『バイ菌』であり『ウイルス』であり『破壊者』だ。
パーツは大きく多いが触ったものについてはデバフは入る。が、どうせなら中心部まで上って破壊しようということで、あまり攻撃はせずに登る。
わりと空洞も大きく、場所によって階段なともついている。照明もあり明るくてかなりの範囲を見渡せる。階段はメンテナンス用だろうか。だれがそんなことしてるんだとは思ったがありがたく活用する。
大きな関節ごとに階段はなくなり、広くて高い空間が広がる。デバフで柔らかくしてシンがぶっとい針を撃ち、それをハシゴ代わりにして登る。
シンの針が上手く刺さらなければ、イワンがはるか上にある出っ張りに手を飛ばし掴んだあと、体を全て持ち上げる。そこから、片手以外のパーツ、つまり、残った腕と足2本を切り離し下ろしてくる。それにつかまり持ち上げられるというグロい感じで登った。イワンが手足を戻すのはスキルの力なので、筋肉は特に使わなかった。
『頭』も切り離して飛ばしてきたが、それに捕まりたい人は誰もいなかったので、2回目以降は手足だけになった。
ロボットが何をしているのかよくわからなかった。時々振動はあるが、静かになってしまった。目の前に敵がいないという判断をしたのかもしれない。
依里亜たちは、大仏の胎内巡りを観光気分でしてる感じになってきた。リスクがなさすぎた。
「あら、いま誰かいたわ」
ここは今太もも辺りか。円柱状のものすごく広いスペースの真ん中に、人間でいう大腿骨にあたる鋼鉄の芯が通っている。
外周部分に設置されている手すりもついた通路に依里亜たちは現在いた。
ちょうど、大腿骨を挟んで向こう側、開きっぱなしのドアの向こうの廊下を白いものがスっと通るのが見えた。
「見張りの兵もいるって訳だ。それじゃースパイしてくるわー」
イワンが首から上を遠隔操作で飛ばす。びっくりするからやる前に何をするかちゃんと説明して欲しい。
戻ってきた生首は、体とくっつく前にみんなの前に浮かびながら説明をする。いやいや、まず体に戻ってからにしろ。
「なんかね、人じゃなくてロボットだね。なんか白いくて人型をしてた。武器は特にもってなかったなあ」
というと、そいつらすぐ傍のドアから大量に湧き出してきた。
「ねえ、こいつらもしかして『白血球』がわりじゃない?」
「あーそうかもねえ」
男たちも適当だが、依里亜はもっと余裕だ。なぜなら『白血球』たちは、自分より小さくしかも無生物だからだ。速攻で【テイムⅡ】発動。
テイムされた『白血球』たちは、後ろから湧いてくる仲間たちを捕まえ消滅させていく。
「これじゃ私たちガン細胞じゃん」と思った。それならば、と、依里亜はテイム済みの『白血球』の間をすり抜けながら、湧いてくるやつらもどんどんテイムする。
どうせガンなら転移も起こしてやろうと考えた。
テイムしたやつは元きた方向に戻らず、依里亜の後ろにいき、様々な方向に向かっていく。最初にテイムしたやつはすでに大腿骨にしがみついているものまで出てきた。
ある程度増やしたあと、さらに登ることにした。
腰あたりまできたのだろうか、なにやら見回すと内部の構造が複雑になってきた。はてさて、ここらでいっちょ暴れるか、さらに上に行くか。
骨格の外側に太いパイプが見える。人間でいう大動脈か。
「うわあ、これ切りてえ」
依里亜が言う。
「よし、切っちまおうぜ」
とギヤースッディーン。
この太さと今のバフならレイピアでもいけるだろうと、依里亜が抜く。ジャンプして斬りつけた。『45倍レイピア』の威力もまたやばし。
太さが3m以上のパイプで、中に何かが流れていたが、斬る時にはなんの物理的抵抗を感じなかった。
切ったところから溢れまくるオイルのようなもの。ロボットにとっては血液か。
本体自体がものすごく揺れた。思わず手すりに掴まるが、支えきれない。実際にはロボットは『膝をつく』という動作をしたところだった。
かなり長い間の浮遊感を覚える。落下していると感じた。最後に地面に叩きつけられた。こんなことでダメージを負うとは想定外だ。
「うわああああ!」
イワンがどでかい部品に押しつぶされていた。衝撃で剥がれた部品が倒れている。部品から首から上が出ている。すっと横を見ると手がでている。ちょっと向こうには足も見えている。で、横を見ると胴体も落ちていた。
「もしかして、下敷きには全くなってないでしょ」
依里亜が冷めた目で言うと、イワンはニヤッと笑った。
「バレたか」
イワンは、体を切り離し、部品の下敷きにならないようにうまくかわしていた。
ロボットはロボットだから戦うためのAIで思考はするものの、現状把握はできておらず、感情はないので焦ったりはしない。が、異常の検知は当然している。慌ただしくアラームが鳴り響く。
うるさいのでとっとと上のゾーンに移動する。
富士山でいえば五合目か六合目。体でいえばお腹のあたりと思われた。
広大なスペースに何かの施設があった。建物だ。周囲には高い壁や柵。所々に『警告』や『注意』を表す黄色い三角形に『!』のつくハザードシンボルがついている。
「なるほど、これおそらく心臓部ね。いきなり外から攻撃してもいいけど、原子力とかだと私たちもやばいわね」
「どーなんだろ? ゲームだから平気じゃない? 」
「でも、それって確実じゃないし。あーでも、イベントだから転生組でも死んでも平気なのか。どうするかなあ。やり直しは勘弁なので、できればリスクは低い方がいいかな程度の動機だけど、それでもいい?」
「そうだね。ラスボスなら突っ切ってもいいけど、まだ中ボスだし、安全策を取りたいか」
意見がまとまったので『ウイルスたち』は、施設の停止のためにさらに内部への侵入を試みた。
ミクロ的な冒険もスパイ活動もする映画のような依里亜たちだった。




