計算とけん玉
『О, члены исчезли』
(おや、パーティメンバーがいなくなったぞ)
『अच्छा, ठीक है? आपको उस दुश्मन को हराना चाहिए जो बाहर आया था』
(まあ、いいんじゃねえか?出てきた敵を倒せばいいんだろ)
『يا ابنتي اليابانية في مشكلة. هههههههههه』
(おやおや、日本人のお嬢さんが困ってるぞ。はっはっはっ)
イワンはロシア語で、アーヴァはヒンディー語で、ギヤースッディーンはアラビア語で会話してる。お互いに通じているのが謎だ。
依里亜は笑っていることだけはわかった。こっちを見て笑っているのだから、私のことだわ、とイラッとしたが全く何を言っているのかわからない。めっちゃキョドっていた。愛想笑いすらする余裕がない。
他に日本語がわかるやつはおらんのか、と見回すと朔太兄の連れていたテイム家電ミシンの『シン』と掃除機の『リーナ』しかおらず、がっくりと肩を落とした。喋りそうもない。
これはせめて敵でもいいから、話が通じる相手出てきてーと祈る。
『लेडी, शांत हो जाओ। आप बहुत मजबूत हैं』
(お嬢さん落ち着けって。あんたも強いんだろ)
と、アーヴァに後ろから肩を叩かれた。
「ひっ」
思わず【クイック】を使い、中ボス部屋の端から端まで全速力で駆け抜けた。今まで1番速かったかもしれない。
男たち3人はその速さに驚いて思わず黙ったが、そのあとすぐに大笑いをし始めた。
この野郎【ファイア】ぶつけてやろうか、と怒りがふつふつ湧いてきた。こいつらとは一緒に戦いたくない、とも思ったが別に何かをされた訳ではない。
その時『ゴゴゴゴゴ』という音と共に、天井が真ん中で割れ、上に向かって両開きで開くと、そこに敵が降りてきた。
ロボットだった。
「うわあ、敵まで話通じなそう」と呟く。
依里亜は絶望したが、すぐに気持ちを切り替え、というか諦めて、とっととやっつけてこの空間から1秒でも早く抜け出す!と決意した。そのためには、日本語の通じないあいつらにもやることはやってもらう。ゴリ押しだとしても。
【クイック】で、スっと元の位置に戻る。こいつらのスキルを確認したい。スキル見せてというつもりのジェスチャーをするが、へらへらニヤニヤしてるだけで埒が明かない。
そこで、ロボットがまだ降りてくる途中だが【ファイア】を1発ぶち込む。降りるのを待つ必要はない。依里亜はファイアを指さし、自分を指さし、それから男たちを指さした。
『Похоже, дама хочет знать наши навыки』
(お嬢さんは、俺たちのスキルを知りたいようだぜ)
『حسنًا ، هذا طبيعي لأننا سنحارب.』
(まあ、バトルするんだから当然だよな)
『मुझे यकीन नहीं है कि मैं यह सुनिश्चित कर सकता हूं, लेकिन इस बिंदु पर मैं समझता हूं कि महिलाएं क्विक और फायर का उपयोग कर सकती हैं।』
(確かにやってみないとわかんないけど、とりあえずお嬢さんがクイックとファイアを使えるのはわかったな)
と、アーヴァが『アラジンのランプ』のようなものを出し、右手の人差し指を立てた。もう1回という意味に思った依里亜は半信半疑ながら【ファイア】を撃った。
すると、着弾地点での爆発が最初の数倍にも膨れ上がりロボットをぐらつかせた。しかし、効果が上がった理由がわからない、すると、アーヴァは自分の口を指さし、「スーハースーハー」と始めた。
「酸素のことか」と直感した依里亜は、OKマークを出そうとしてやめた。国によっては『お金』や『同性愛』や『性的意味』で使われるのは何となく知っていたからだ。うんうんと黙って頷いた。
次にイワンが、『俺だ俺だ』みたいなジェスチャーをした。刀を抜くと振りかぶって振り下ろす。腕が伸びたように見えたが、そうではなく、肩から先が切れて飛んでいって、ロボットに切りつけてまた戻ってきた。
依里亜はあんぐりと口を開けてしまったが、すぐに気を取り戻し、うんうんとした。グロい。
最後にギヤースッディーンがスペルを唱えた。
「【計算】!」
「え?いま『計算』て聞こえたような気がしたけど」
思わず口に出す依里亜。
「【計算】って言ったんだよ」
「ひっ、日本語しゃべれんの? 」
「喋れないとは言ってないぞ。お嬢さんだってここまで俺らに対して一言もしゃべってないことに自分で気づいているかい? 」
あー確かにキョドってるだけで、自分から話はしてなかったな、と思った。
ギヤースッディーンのスキルが発動。頭の上にデジタル時計みたいなものが浮かぶ。表示枠は3桁分?
『+23』とでた。
なんだかわからず、ぼーっとしてると、肩を叩かれた。
「もう1回ファイア撃ってみて」
「あ、ああ、はい」
ロボットに当たると、【ファイア】の威力は普段よりちょっと強いかなあってくらいだった。
「どゆこと? 」
とハテナを浮かべていると、説明してくれた。
「これね、私が触れたもののスキルや能力を強くしたり弱くしたりできる。全部ランダムだけど」
つまり『+23』は、『威力+23%』ってことか。
「『+』のところは、『+、-、×、÷』が、下二桁は『1から99』までのランダムの数字が入るよ。当たりは『×99』だけど、『÷99』でも敵に触ればデバフになる」
「え、掛け算でも最大で『99%』なら減らない? 」
「足し算引き算はパーセントを足したり引いたりだけど、掛け算割り算は単純に元の数値に数を掛けたり割ったりするんだよ。パーセントじゃない。つまり、最大だと約100倍の攻撃力になったりだね」
「なんかめんどくさいのね」
依里亜は、外国語も苦手だが数学も苦手だ。
ロボットはかなりの大きさだった。【巨大化】した以蔵の数倍はある。大きな剣を背中に背負って、右手には『けん玉』を持っている。なぜか、けん玉技のエキシビションみたいのを始めたので見ることにした。
『けん』の部分と『玉』の部分が、なにか光の紐で繋がっている。
「もしかしてあれ『超電磁けん玉』? 」と思ったが言わなかった。
そして、「あれが『超電磁けん玉』だとすれば、このロボットは身長57mで体重は550tあるわね」とも思ったがそれも言わなかった。
ロボットは派手なけん玉技でもするのかと思っていたが、『もしもしかめよ〜』の技を始めたので、こいつはすぐにやっつけていいな、とレイピアを抜いたところで、開いていた天井が閉まり出した。
「おっ」と視線をやると、ロボットの大きさと天井の高さがあっておらず、ロボットの頭に天井が思い切り当たった。わりと凄い音がして、ロボットのHPが減っていた。
「このコント毎回やってるんか」と見ていると、けん玉の技が途中で終わってしまって怒ったのか、ロボットは天井に殴りかかっているので、今のうちにちょっと気になる所を処理することにした。
依里亜はつかつかとアーヴァの所に近寄った。
「どうせ、あなたも日本語わかるんでしょ。で、アーヴァ、あなたインド人よね? なんで『アラビア』の『アラジンのランプ』出してんのよ。それ出すとしたら、ギヤースッディーンの方でしょ! 」
と、アーヴァを指さす。
「それから! イワン!あなたはロシアの人よね? 腕伸ばしたり切り離したりって、ヨガのつもり? やるならそれアーヴァでしょ! 」
続けてイワンの胸を指で押す。
「そして、2人もボケてるんなら、ギヤースッディーン、あなたも最初に戻ってロシアネタでボケるべきじゃないの? なんで1人だけ『アラビア数字』みたいな感じでやってんの! 」
ツッコミが終わると誰ともなく全員で大笑いした。
「よっしゃ、んじゃサクッとやっつけるか」
依里亜は色々とスッキリして、戦う気まんまんになっていた。




