お米と手の数
「このご飯おいしそうだなあー、きっとカレーもよく合うよ」
ふっくら炊き上がったそのお米は、ツヤツヤと光沢があり1粒1粒が存在感を放っている。芳醇なむせ返るような香りが食欲を一気にそそる。
ひと口だけ食べてみる。ほんとにひと口だけ我慢できずにつまみ食いをした。口の中で噛まずにほぐすと適度な硬さの粒が舌に、上顎に当たり「早く噛んでみたいでしょ? 」とばかりに誘惑する。噛み締めるとほのかな甘みが口内にふわっと広がる。その甘みと香りは噛むたびに増していく。顎を跳ね返す心地のよい噛みごたえ。もちっとした食感。
「1粒ずつがおいしいんだ」と思った時には飲み込んでいた。喉越しですら快感を覚える。
思わずつまみ食いのお代わりをしかけたが、ちゃんと食べることにした。カレーも掛けたかったが、まずはご飯だけで食べることにした。
茶碗に盛ると、手を合わせ「いただきます」といって朔太はお箸で食べ始めた。ゆっくり味わいたいとは思うのだが、あまりに美味しくてついつい飲み込んでしまう。
本当に美味しいご飯にはおかずはいらない。が、カレー好きの朔太としては、カレーとの組み合わせも試したいと思った。
『Curry』の『C』を引くために何枚か【カード】を引く。5枚目にやっと出てきた。
今までに食べたことのある中で、このお米に1番合いそうなカレーをイメージし、スペルを唱えた。寸銅にはいった大量のカレーが現れる。
朔太の好みとしては、ご飯よりカレーの比率がやや多いくらいにかけて食べるのが好みであったが、美味しいこのお米に敬意を表し、バランスよく盛り付けた。
端の方からスプーンですくい、期待し、焦らしながら口に入れた。「あっ、これは……うんうん」これは間違えなく美味い。カレーの強い香りにもお米が負けてない。というより互いの香りが渾然一体となって味蕾を開く。ほんと一体感がやばい。
「あ、食べます? どうぞどうぞ」
食べるごとに身体までも活性化し、食欲が増していく。朔太好みのややドロっとしたルーが、米の粒にまとわりつき、小さめに切った野菜が噛み心地に変化を与え、食べるのが楽しくて堪らない。
当然、今は中ボスの部屋である。
朔太兄の大地が連れていた炊飯ジャーの『ハンジャ』のご飯がちょうど炊けたので、思わず食べてしまった。
この部屋には、『朔太』の他に『レビ』、依里亜の友達の『白戸雪絵』、そのパーティのフランス人『マルタン』、大地のテイム家電のドライヤーの『ライヤ』と『ハンジャ』がいる。
『ハンジャ』は自分が攻撃するスキルを一切持たない。美味しいお米を炊くことに特化したスキルはたくさん持っているが。では、なぜパーティに入れているのか。
実は自分は攻撃はしないが、『支援スキル』が充実しているのだ。【バリア、クイック、スロウ、必中、リヒール、キュア、麻痺】などの他、敵の【物理攻撃力ダウン、魔法攻撃力ダウン、物理防御力ダウン、魔法防御力ダウン、命中率低下、攻撃回数ダウン、攻撃スピードダウン】などのデバフ。
当然、味方のステータスを逆にアップさせるバフも大量に持っている。しかも、MP量が膨大で、2時間でも3時間でも支援し続けられるという。
さらに以蔵も持っている【アイテムボックス】まであり、様々な種類のお米、そのお米ごとに合わせた硬度の水やら、炭酸水やらを取り揃えている。もちろん、ポーション等も大量に備蓄しているが。
従って、周りは何もしなくていい。何せ米から水から全部自前なので「ご飯炊いておいて」と言っておけば、フルオートだ。
つまりは、雑に言うと依里亜と以蔵とブンジのスキルをまとめてさらにご飯も炊ける、ということだ。攻撃力は皆無だが。
現在中ボスと戦っているのは、雪絵1人だ。別に朔太が1人でサボっていた訳ではない。
雪絵は勝気で劣勢な程燃えるタイプだ。元々のパーティメンバーが強いこともあっていざとなれば戦況をひっくり返せることもあるだろうが、非常に好戦的で常に最前線に出たがる性格だった。
現在3つのパーティがランダムに無理やり組まされてるいることにも一切動揺しなかった。
「まずは私1人にいかせて」
と率先して討伐を買って出たのでとりあえず任せることにした。もちろんハンジャがご飯を炊きながらもバフデバフを掛けた。
この部屋のボスは『不動明王』だった。
大日如来の化身とも言われ、シンプルに言えば『仏に逆らう者を力ずくで止め教え諭すために忿怒の姿をしている存在』だ。
仏の道に仕える者であるから、やたらめったらに暴力を振るう存在ではないが、ゲーム内だからあまり関係ない。
「罰当たりだなあ」と朔太は思ったが、自分もどこぞの神様の手だけを借りて船を沈める手助けをさせたりしているので、大して変わらない。
密教仏像では多面多臂の像が多い。より多くのものを見るために『多面』=『顔が多い』し、より多くの衆生を救うために『多臂』=『手が多い』造形をしている。『千手観音』がいい例だろう。
『八面六臂の活躍』という慣用句があるが、本来的な意味では「8つの顔を持ち、6つの手を持つくらい何人分もの活躍をする」ということだ。想像するとグロい。
『不動明王』は『一面二臂』なのでシンプルだが、青黒い色の体を持ち、後ろには巨大な炎が燃え上がっている忿怒の表情は恐怖だ。
右手には『降魔の三鈷剣』を持ち、魔を調伏、退散させ、また人々の煩悩や因縁を断ち切る。
左手には羂索。悪を縛り上げ、煩悩から抜け出せない人々を吊り上げ救い出すための『縄』だ。
一方雪絵のスキルは【阿修羅】。発動すると元々の2本の腕の他に、6本の腕が生え、その6本全てに効果の違う剣を持つ。実際の阿修羅像よりも2本も多いスキルだ。顔は1つなので『一面八臂』ということになる。雪絵が戦いたがったのはその辺のライバル心をくすぐられたのか、とも朔太は思った。
不動明王の実際の戦いぶりはすさまじく苛烈であった。『不動』の名前とは裏腹に素早い動きとともに強力な攻撃を繰り出してくる。
縄で足を狙ってくる。かわしたところに剣が既に迫っている。雪絵は剣3本で受け止める。
不動明王はこのゲームでは珍しく呪文の詠唱をするタイプだった。印を結び『真言』を唱える。
『ノウマク サンマンダ バザラダン カン』
背後の炎がホーミング弾として雨あられと降ってくる。
雪絵は6本の剣を回転させて回避するが何発かは当たる。
『ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ ウンタラタ カンマン』
空中に浮き、両手両足を広げると体全体から部屋の半分を覆う程の極太のレーザーを発射する。
雪絵は咄嗟にかわすが、当たってしまった剣の1本が塵になって吹き飛んだ。当たるとやばいやつだった。さすがに連射はできないようで、通常攻撃に戻る。
雪絵は、今のうちに、と取り出した鉄球を連続で投げつける。明王はいくつかを縄で弾き、いくつかは背面の炎を伸ばし焼き尽くす。投げると同時に接近戦に持ち込んだ雪絵は、剣の多さの利で何度か本体にダメージを入れる。
そのうちのいくつかがクリティカルになった。さすがに直撃は痛いか不動明王のHPゲージが6割くらいまで減少した。
明王が下がる。足は動いていなかったので瞬間移動か。フィギュアスケート選手のように、スーッと移動した。印を結ぶ。またさっきの技かと思うが真言が違う。
『ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン』
長い詠唱中に雪絵は攻撃すればよかったが、動けなかった。
不動明王を中心に4人の明王が空中に現れ、それぞれが印を結ぶ。
『東より降三世明王参上。オン・ニソムバ・バサラウンパッタ』
『南より軍荼利明王参上。オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ』
『西より大威徳明王参上。オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ』
『北より金剛夜叉明王参上。オン・バザラ・ヤキシャ・ウン』
全ての真言が唱え終わると、直視できない程の眩しい光が4人から不動明王に注ぎ込まれ、HPを全回復した。超バフも掛かったようで、オーラからして別人になる。というか、『三面六臂』になっていたので、もうその姿は不動明王ではなかった。
明王が動いたようには見えなかったが、雪絵の背中から生えている腕が右側だけ3本とも切断されて、飛んだ。
ちょうどハンジャのご飯が炊けた頃の話である。




