表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無生物テイマーは家電が好きなのです  作者: はむにゃん
第2章 仙台のビルでイベントするよ
53/83

許しと別れ

 気がつくと意識が『休憩室』に戻っていた。


 依里亜と朔太は涙を流しながら、余りに重たい気持ちでしばらく言葉を発する事ができなかった。


 ただ、立ち上がって、明日香を抱きしめて大声で泣くことしかできなかった。



 明日香は200年の間、ただずっと両親と姉の棺桶をひいていたのだ。魂となりながら。考えながら、迷いながら、許しを請いながら。


 今ここにある棺桶はその時のままのものだったのだ。


 どうしてここにいるのかなんてことはどうでもよかった。ただ「助けてあげたい」と思った。明日香が求める「助け」は、モンスターに襲われるから『助けて』ではなく、この苦しく重い日々からの脱却を求めた声だった。


 唯一の友達であり、兄代わりでもあったバンパイア王。


 依里亜たちが中ボスのバンパイアにとどめを刺すその前に、どうしてダガーを刺したのか。その気持ちが今なら切ないほどよくわかった。迷いはなかった。


「もういいわよ。明日香ちゃん。あなたはもう許されていい」


 震える声で依里亜が言う。涙が溢れて止まらない。


「こんなに長い間ずっと苦しんで来たんだもの。許されて当たり前よ。……御両親もきっともう許してる。そして一緒にいたいと思っているはず。お姉さんだって」


「……ほんとに? 」


 明けない夜はないという。しかし、明日香は明けない夜を、出口の見えないトンネルを、200年もの間ずっと家族の棺を引きながら、罪の意識に苛まれながらも歩いてきた。ただひたすらに。いつまでも5歳のまま、たった1人で。罪はもうとっくに償った。許されて当たり前だ。


「もちろんよ。マントのお兄ちゃんだって会いたいと思ってるはずよ。あなたはもうここで苦しまなくていいの」


「ほんとにそうだったら嬉しいな。みんなにまた会いたいな……」


 明日香が初めて少しだけ笑った。そして涙が零れる。


「なんだ、今わかったわ。いまあなたに必要なのは『正義』ではなくて誰かが『許してあげる』ことよ」


「ああ、僕もそんな気がするよ」


 朔太も同意する。


「うん。ありがとう。お姉ちゃんはずっと『味方』でいてくれたんだね。私を許してくれてありがとう。ありがとう。あ……これあげるね。お姉ちゃんもずっと友達」


 というと、明日香はポケットから友情の証でもある『木の実』を出して依里亜に渡した。


 明日香の姿は眩い光に包まれた。


 半透明になって少し空中に浮かんだ。棺桶も既に消えかかっている。


「さようなら」と明日香は手を振った。


 依里亜たちも手を振り返した。


「さようなら。()()()


 その時の明日香の表情はまだ何も起こっていない平和な時代の彼女の表情そのものだった。


 明日香の姿が消える瞬間、その後ろにはあの木の枝から見た光景が眩しい光とともにどこまでも広がっているように見えた。


 明日香にとっての『正義の味方』は、マントのお兄ちゃんただ1人でいい、と思った。





 ―――――――――





 という余韻を台無しにするなんか小太りのおっさんが床に転がっていた。


「うわっ! 」


 ビクッとして思わず飛び退く依里亜。飛び退く時、少し蹴り飛ばしてしまった。朔太は双剣まで抜いていた。


「なんだこいつ。いつ入ってきた」


 起きないので朔太は双剣の先でツンツンし始めた。依里亜も汚いものにでも触れるかのようにつま先でつついた。


「む……お? やっともとに戻れたか」


 おっさんが起きた。


「あんたこんな所でなにやってんのよ」


「え、わかってないんか。明日香とやらが取り憑いてたのは俺の体だよ」


「え、うわあー」


 依里亜が、私なら勘弁という顔を露骨にした。


「まあ、確かにあれだけど、見かけで判断するのやめて欲しいわ」


「ちょっと説明しておくれ」


 朔太が割って入る。双剣を向けているので半分脅しだが、ここはセーフティゾーンなので攻撃は入らない。


「おれも体を乗っ取られてたし、ずっと意識はあったからわかってるんだけど、彼女は幽霊でさ」


「それはわかってる」


「ずっと幽体で漂ってたみたいね。で、このビルで俺がイベント進めてたらいきなり乗っ取られた」


 聞いてみるとおっさんの名前は「アスカ」。名前が一緒なだけでなんでこんなやつにという言葉は依里亜はさすがに言わなかった。


 アスカはLv135だった。そんなに強いやつでも抑え込む程の気持ちの強さが明日香にはあった。スキルは【フェイク】。アバターとステータスを任意のものに変えられる。


 なるほど、それでかと思った。見た目もアスカから明日香へ。朔太が看破したステータスも低かった。でも、バンパイア戦で後ろから依里亜を刺した強さ、スピード、正確さは、このおっさんの力だ。


「ちょっとやってみようか? 」


 というと、おっさんは明日香の姿になった。さっきまでと見た目は同じだが、中身はおっさんだとわかっているだけに、猛烈な怒りが湧いてきた。


「すぐ戻れ。もう一回やったら部屋を出た瞬間殺す」


 依里亜はレイピアを抜いた。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 Lvが遥か上のおっさんにも遠慮はしない。


「取り憑かれてる間、心の中で少しだけ会話したけど、『あなたは正義の味方?』って聞かれたよ。『そんな訳ないだろ』って返したんだけど、『この辺りに正義の味方がいそうな気がしてしょうがないから来た』って言ってたよ。ずっと見てたけど、それってさあんたらのことだよな」


「呼ばれたってことになるのか。そして、なんとなくおっさんも役に立ってたんだな。おっさん許す。が、アバターを明日香に変えたら殺す」


「もうやんねーよ。俺はイベントに戻るわ。じゃーな」


 というと、アスカはとっとと部屋から出ていった。



 その後、進もうという結論になったが、とてもではないが、中ボスのバンパイアを倒す気にはならず、金とアイテムを渡してその辺の強そうなプレイヤーにクリアしてもらった。


 依里亜は壁に向かって体育座りをして、目をつぶり終わるのを待った。辛すぎて戦いは見れなかった。木の実はずっと握りしめていた。


 その間、「明日香ちゃんと家族がまた出会えますように。マントのお兄ちゃんともまた遊べますように」とずっと祈っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ