マントと掟
マントの男は何週間かに一度やってくるようになった。そして来る日は城から火の手が必ず上がった。
男は明日香とは色々なことをして遊んだ。バンパイア王の持つ技も隠さず見せた。瞬間移動をしたり、分身したり、コウモリをたくさん出したり。その都度、明日香は驚いたが怖いとは思わなかった。その驚く顔を見るのが男はとても好きだった。
男は確かに最初はただのちょっとした興味だった。自分と比べても無力すぎる単なる人間の子供。何か出来るわけでもないと思ったし、気まぐれに過ぎなかった。
が、徐々に人間というものの、いや、明日香の純粋さや正直さ、優しさに触れ自分の心までも変わって来ているのは自覚していた。
一緒に木の実もとったりしたが、戦い方を教えることはなかった。それだけは違うと思っていた。
そして、2人で木の枝に座って景色を見ている時間が1番長かった。何時間でも座っていられた。
そのうち男は城が襲われてない時も来るようになった。そして明日香には何でも話した。唯一自分がバンパイア王であることだけは黙っていた。今までの関係を失いたくないとも思っていたからだ。おそらく話してもいいとは思っていたが、それだけはやめておいた。
「ねーねー、マントのお兄ちゃん、闇の人たちの家族がお城に閉じ込められてるってどうしてなの?」
明日香は王を『マントのお兄ちゃん』と呼ぶようになっていた。
そして、父にはこの人の話を絶対にしなかった。なぜなら、ある日の会話で「闇の一族の王はマントをつけている」という話題がでたからだ。明日香は冷や汗が出た。マントのお兄ちゃんが王とは思っていなかったが、マントの人の話は父にはしちゃいけないとその時思った。黙っていただけだ。嘘はついていない。
「元々ね、このあたり一帯は闇の一族の土地だったらしいんだ」
伝聞の形で説明をするが、すべて王の実体験である。この土地に一族の住処を決め住み着いたのは800年以上も前のことだ。王の年齢は1000歳を軽く超える。
バンパイア王は不老不死だ。弱点は存在するものの、日光もマントをつけることによって克服していた。別に吸血することも必要はなかった。ただ、一族で暮らしていたいだけだった。
「そこにね、あとから人間たちが入ってきて、一族の土地を荒らし、城を壊し、家族をさらったんだ」
男は少し怖い顔をした。そんな時は必ず明日香は取ってきた木の実を渡し、一緒に食べた。
「城を襲うと言ってもね、闇の一族には誓いがあってさ。絶対に人間を殺さない」
「そうなの? 」
「それは一族の『鉄の掟』、『血の掟』なんだ。もしかりに一族の誰かが殺されたとしても、殺さない。『殺せるから殺していい』訳ではないんだよ」
「そうなんだー。やっぱりよくわからないけど、命は大事にしようってことよね。できればみんな仲良くできるのがいいのにね。明日香はねー、ずっとマントのお兄ちゃんと仲良くしていたいんだ」
「明日香は賢いな。そういうことだよ」
というと、男は明日香の頭を撫でた。とても温かく、優しく、心地よい手のひらだと思った。
闇の一族が人間の城を焼き払い、殲滅するのは実は簡単なことであった。人間にはない、そして武器に頼る必要もない圧倒的な技と能力があった。それこそ王1人でも半日もあれば可能なことであった。しかし、『不殺の掟』があるゆえに攻めきれていないこともまた事実だった。
もちろんこの掟を決めたのも王である。ある意味ではとても甘く、とても温い王であったが、そうでなければ平穏な日は来ないと心の底から信じていた。自分が強いからこそ決めた甘さでもあった。
闇の一族の仲間たちが捕らえられているのは地下牢であり、そこまでたどり着くのも『殺さない足枷』があるため難易度が高くなっていた。狭い通路を迫ってくる多くの兵隊たちを、1人も殺さずに乗り越えていくことが難しかったのだ。
城から火の手があがるところもあるが、基本的には人間がいないところを燃やし、城を壊し、ただ、捉えられている仲間たちの奪還だけを目的に攻めていた。
しかし、もちろん人間からすれば、急に空から、陸から能力を使って襲ってくる彼らは、異質な格好をし、異質な能力を使う、異質な存在でしかない。最前線の兵隊レベルでは全力で守るために攻撃することが最優先となり、唯一の手段であった。
かつて、和平交渉を試みようとしたこともあったが、使いの者は話も聞いて貰えず処刑された。話を聞かないのは人間の方であった。
ある日、明日香の姉が行方不明になった。その日はたまたま城が攻撃された日だった。
両者はそれこそ必死になって姉を探した。職場の近くの森。隣の村。城にまで行ったが見つからなかった。
父は荒れ、畑仕事をやめ酒ばかり飲むようになった。当然、明日香も外出などさせてもらえるわけがなく、男と会うこともなくなった。
何週間か過ぎ、姉の死体が崖下から見つかった。道具屋で売るための薬品の材料になる花を採りにきて転落したのが原因だった。
この国では死者を悼む時に棺桶を引きながら、死者を慰める歌を朗々と歌う風習がある。
古来日本でも『万葉集』の時代に死者を悼む時に歌った歌が「挽歌」として残されている。(挽く=引く)
父が亡き姉の棺を引き、泣きながら歌っていた場面は明日香の心にこれ以上のことはない光景として記憶された。
両親は悲しみに暮れ、さらに荒んだ生活になった。しばらくは同情した近所の人が食べ物やらを持ってきたが、そのうちその足も遠のいた。
「よし、俺はもう一度兵になり、闇の野郎たちをぶっ殺す! 」
父親は、姉がいなくなった日に闇の攻撃があったことで、姉を殺したのは闇の一族のせいだと決めつけ譲らなかった。母は無気力になっていて日に日に痩せ衰え、父の決意にも興味を示さなかった。
男は明日香が来なくなっても、毎日いつもの木の枝で待っていた。今日こそは来るだろうと思いながら、いつもの景色を眺め、そして夜になると帰っていった。待ってる時間も楽しかった。また会えたらこれをしよう、あれをしようと思いを巡らせるのが楽しかった。
父は過去の実績もあり、すぐに兵隊に戻ることができた。たまに帰ってくると遠慮なしに「何人ぶっ殺してやった」という話しかしなくなっていった。
明日香は父のやっている行為が『正義』とはとても思えなかった。ただひたすらに醜く、恐ろしいと思った。もちろんそんな事は言えなかったが。
明日香はもちろん姉の死を悲しんでない訳ではなかった。しかし、闇の一族が殺したとも思っていなかった。ただの事故だとわかっていた。「だってマントのお兄ちゃんがそう言ってたから」という理由しかなかったが、でもその言葉は素直に信じていた。
だから、父がその話をする時、心の底が真っ黒になるような重い気持ちになると同時に、マントのお兄ちゃんのことも思い出していた。
「明日香、闇の連中はな、銀の銃弾が弱点らしいんだ。買ってきたから見てみろ」
父はある日そんなことをいって、銃を見せびらかしてきた。見たくもなかったが、明日香は近寄ってみた。
その時ドアをノックする音がした。来客などはしばらくなかったので珍しいと思った。
母がドアを開けると、マントの男が立っていた。




