ダブルと過去
話を聞くために下の階に降りた。誰もやらないが登れた所までは降りれるし、降りてはいけないルールはない。
中ボス階以外には『休憩室』が必ずあるのは何度も登っているうちにわかっていた。部屋には誰もいなかった。話を聞くにも都合がいい。依里亜と朔太と明日香だけテーブルについた。
「なんで私を刺したの」とは今1番言えない言葉だろうと思ったので違う質問をした。
「お父さんたちはいつ亡くなったの? 」
明日香は体をブルっと震わせた。これも聞きにくいことではあったが、いつかは知らないといけないことだと思っていた。
「……ずぅっと……昔……」
「そうか、ごめんね。辛いことを聞いて。もしかすると明日香ちゃんが引いてる棺桶って空? 」
明日香は声を出さずに頷く。朔太が驚いた顔をしている。
依里亜は、一連のことを考えた時、明日香の棺桶のデザインが他のプレイヤーと違うことを思い出していた。
初めて出会った時、勝手な想像で『ここまでパーティで登ってきて全滅した』と思い込んでいたが、今となっては、実は最初から棺桶を引いていたのではないか、と感じ始めていたのだ。
つまり、イベントなどではなく、今までも明日香はこうやって棺桶を引いて歩いていたのではないか、と。
もちろん、なぜあの階にいたのかなど謎はたくさん残る。が、その辺りの質問の答えは要領を得なかった。年齢的に状況的に精神的になかなか言葉が出てこないのだろう。
「そうか、色々話してくれてありがとうね。お姉ちゃんね、明日香ちゃんを助けたいと思っているんだけど、できることはないかな? 」
黙って首を横に振る。
「ちょっとやって見るか。初めて使うけど」
「初めて」という言葉にちょっと引っかかったので、朔太の手元を見ると「黒字」のカードと「赤字」のカードを出している。
「ちょちょちょちょ、なにそれ。こんな時に新しいことを始めなくても」
「いやなんかフェニックス倒したらレベル20になってて、新しいスキル覚えてたんだよ。【ダブル】って、名前で赤黒のカードをそれぞれ1枚ずつ引いて熟語として使える。もちろん1枚の時よりイメージの効果はより鮮明により強力になる、ってステータスには書いてあった」
「普通の【カード】でもめちゃくちゃなのに、2枚だと? 」と思っていると、朔太がカードを何枚か引き始めた。『黒P』『赤D』のカードを引くと説明をする。
「これから僕と依里亜と明日香ちゃんで手を繋ぐ。そして、僕と依里亜で明日香ちゃんの心の中に入ろうと思う。コントロールするとか怖いとか痛いことはない。ただ、明日香ちゃんの経験してきた記憶や思いを少し見せてくれないかい? 」
明日香は、説明がよく分からなかったようだったが、朔太も依里亜も笑顔で接していたので安心したのか、コクと頷いた。そりゃ依里亜ですら何を言っているのかわからないのだから、子供がわかる訳がない。
「じゃあ、3人で手を繋ぐよ。目をつぶって」
朔太はカードを右手の人差し指と中指の間に挟んでいる。
『Deep Psychology(深層心理)』
依里亜と朔太は魂ごとどこかに飛ばされるような感覚を覚えたが、気づくとどこかの星のどこかの国のどこかの長閑な村にいた。
朔太が親切に説明をした。会話はできるんだ。
「ここはね、明日香の記憶の中だから見ることと聞くことはできるけど、記憶だから一切の干渉はできないよ。ただ僕らは起こった出来事を見て聞くだけ。何も止められない」
3D映画の観客ということだ。バーチャルゲームの中でバーチャル体験をするとは。
また、これもスキルの効果なのか、明日香の記憶とリンクしているせいか、あらゆる情報が事前に頭に浮かんできた。ここで生きている人たち、その関係性、国の状況、そして、なんとなくわかったのは、この記憶は今からおよそ200年も前のことだと。
見えているのは明日香の目で見た記憶だけでなく、魂のイメージ記憶も含まれているからか、必ずしも明日香の視線からの体験を追体験するだけではないようだ。明日香が実際に見ていない周囲の出来事もぼんやりとながらも見れるようだった。
―――――――――
「お父さーん。お弁当持ってきたよー」
今と変わらない姿の明日香が農作業をしている父に駆け寄る。
「おー明日香か、いつもありがとなー」
この村は平和だ。父の畑の農作物たちは太陽光を受けながら揺れている。
人間以外の種族とも仲良くしている。通りかかったドワーフの家族と会釈をする。
一つだけこの国で気をつけなければならないのは、「バンパイア王が率いる闇の一族」だった。
この村が襲われることはなかったが、時折首都にある城か襲撃を受けたという噂話が伝わってくる。
「明日香、嘘をついたらダメだからな。正直にしていれば、何があっても『正義の味方』が助けてくれる」
というのが父の口癖だった。そんなに深く考えた言葉ではなかったのかもしれない。単に「嘘はだめ」ということを教えたかっただけかもしれない。しかし、これが父の教育の全てであった。
「闇の一族は恐ろしいやつらだから、見つけたらすぐに逃げないとダメだ」
これもよく言い聞かされていた。「はーい! 」と返事はしていたものの、明日香は「闇の一族」がどんな姿をしてるのかさえ知らなかった。
明日香には、父の他に母と姉がいた。両親とも姉妹とも仲が良かった。まだ5歳の明日香は家にいて、お手伝いをしていたが、姉は少し離れた所にある道具屋で働いていた。
父は城の兵隊をやっていたが、怪我が元で引退しこの村で農作業をする生活をしていた。
「お父さんが兵隊だった時は強かったんだぞー。まさに正義の味方みたいにね」
というのも父の口癖だった。本当にどのくらい強かったかはわからなかったが、子供の明日香はその話を信じ、そして父親を尊敬していた。
近所に同年代の子供がおらず、姉も昼間はいないため、明日香はよく近くの森に出かけていっていた。食べられる木の実、キノコなどを採るお手伝いも兼ねていたが、森の外れにある大きな木に登り、枝に座って一帯に広がる森や、遥か先に僅かに見える城を眺めるのが1番好きな時間だった。
森には凶悪なモンスターが出ることもなく、夕日が完全に沈んでからでも抜け道を知っている明日香は、走って帰れば、完全に暗くなる前に家につくこともできた。
「最近また城が襲われてたくさん怪我人が出たらしい。明日香も闇のやつらには気をつけるんだぞ」
「お父さん、またその話してるのー? 大丈夫よ。ここ遠いから」
と母。
「襲っても何も奪うものもないものねえ」
と姉。
「確かに何もないけどな、あるのは楽しい家族だけだ。はっはっはっ」
いつでもしんみりとした雰囲気にはならない家族だった。
ある日いつものように、明日香が木の枝に座って景色を見ながら適当に作った歌を歌っていた。すると下から声がした。
「何か見えるのかい? 」
森で他の人から声を掛けられたことは1度もなかった明日香は驚いて下を見ると。マントを羽織った男が立っていた。
もちろんこの男はバンパイア王であるが、当然明日香が気づくはずもない。
部下たちが城を攻めている間に暇つぶしに周囲の町や村を見に来ていた所だった。
「ここからはね、とーってもキレイな景色が見えるの」
そう言って明日香は再び下を見たが誰もいない。あれ気のせいだったかなと思うと。隣から声がした。
「へえ、ほんとだ。なかなか遠くまで見えるね」
その男は明日香の隣にいつの間にか立っていた。驚いたが、景色のことを褒められたことを、自分が褒められたように感じた明日香は、その不思議に思った気持ちをすぐ忘れてしまった。
遠くの城で火の手があがる。戦いが始まったようだ。
「ねえねえ、マントの人。闇の一族って悪い人たちがいるんだって。ああやってお城を襲ってくるの」
「そうか。悪い人か……でも、たとえば、その人たちの大事な家族とかが捕まってて取り返しにきてたとしたらどう思う? 」
「……うーん、悲しいことだと思うけど、明日香にはよくわかんないや」
というと、男は少し困ったような悲しいような顔をした。
「そんな悲しい顔はしないで、……じゃあ、明日香がいいものあげる……はい、これ」
と言いながら明日香はさっきとったばかりの木の実をいくつか渡した。男は明日香の隣に黙って座った。
2人で黙って木の実を食べながら城にあがる炎をしばらく見ていた。




