上限と下限
「んじゃ、フェニックスにしよう」
朔太がニヤニヤしながら提案した。
「なにか対策があるの? 」
「まあね。ふふふ」
「ふふふ」
依里亜も真似して笑ったが、よく分かってはいない。
『フェニックス入口』に来た。誰も並んでいない。まあ、そうだろう。昨日数多のプレイヤーを(おそらく)瞬殺してきた入口だ。
でも、『入口』のモンスターなのだから、『それなり』は『それなり』であって、ものすごく強いわけでもないのではないか、とも思っていた。10階の中ボスのバンパイアをほぼ勝利、というところまで追い詰めたことも自信にはなっていた。
朔太が入口前で、今更ながらネット検索をした。ネットの攻略法を見て勝てるなら苦労はしないが参考にはなるだろう。
『部屋に入った瞬間に体当たりで丸焦げ』
『口から延々と炎を吐かれて逃げ場がなくなる』
『倒せたと思ったが復活した』
『爪での攻撃はあるが、ダメージはそうでもない』
「ふーん、まあ、予想通りってところか。空も当然飛ぶしスピードもあるだろうけど、攻撃パターンは少なそう。以蔵君が活躍すれば何とかなりそうじゃない? 僕のカードもリセットされてるしねー。スタート地点での体当たりは注意だね」
やけに自信満々の朔太。昨日出した双剣は消さずにそのままにしてある。別に出したものまでカードと一緒にリセットされる訳ではない。
「だって! みんなわかった? 」
『はーい! 』
学級会レベルの話し合いでフェニックスに挑む。
『スライム入口』とは違って、『フェニックス入口』は、すぐ廊下がみえる構造ではなく重厚な扉が閉まっている。レースクイーンはここにもいたがものすごく暇そうにしていた。今日は特に肌寒くもないので朔太は特に興味は示さない。
朔太が昨日行動していたのは、レースクイーンが寒そうにしていたからであり、レースクイーン自体に興味があった訳ではない。
受け取ったチラシはきちんとしまう。手に持ったままなら当然ファーストアタックで燃え尽きる。
入口を開けると、空中を旋回していたフェニックスが目ざとく見つけすぐに滑空してくる。全身が炎に包まれる。真正面から【アイスシュート】を撃ち牽制しながら左右に割れて回避する。
なにせ相手は鳥だからこちらも飛び道具がメインとなるが、隙を見つけて剣での攻撃もしたい。
ブンジの【スチーム】は通用しそうにないし、【カウントダウン】のためには触れないとならない。さすがにリスクが高いので【必中】メインとなる。
朔太がどんな作戦を考えたのかはわからなかったが、依里亜も色々考えた。なにせ、全員パーティではあるが、家電たちをテイムしているのは依里亜だ。
マイカが【ウォッシャー毒液】を以蔵の前方に噴射する。朔太が驚いて見るが、これも作戦だ。毒液のシャワーをくぐるように、以蔵が【アイスシュート】を発射。氷は溶けても毒は届くのではないかという作戦。
確かに氷は当たる前に全て溶けた。が、最後に気化しつつも毒がフェニックスに絡みついた。グラッと、翼が傾く。
飛行姿勢を傾けながらも、フェニックスは炎のブレスを吐いた。スピードがないのでかわすのは楽だが、着弾した床が炎上し消えない。行動範囲を狭める攻撃だ。が、そこは以蔵の【フリーズレーザー】で一掃。消化。
一般的な温度の下限は-273.15℃。量子学的にはこの温度でも零点振動はあるとされるが、まあ庶民の知識からすればまずこれが限界。全てのものは振動しなくなる、らしい。
一方上限はキリがない。そして、温度は上がるほどおびただしいエネルギーを放射するので、正面衝突すれば温度の高い方が圧倒的に勝ちそうにも思える。が、フェニックスがそこまでの温度が出せるかということとはまた別の話である。
太陽の中心核の温度は15,000,000℃。もっと大きな星や、瞬間的ならもっと高い温度になるが、あまりに温度があがりすぎた場合、地球レベルの科学では何が起こるかわかっていない。エネルギーがありすぎるとブラックホールになってしまうらしい。
さて、フェニックスはここまでの温度を出せるか? さすがにブラックホールを出されたらお手上げであるが、出せないのであれば、つまり温度に下限だけではなく上限もあるのであれば、正面衝突上等! 試してみようじゃないか、と庶民の依里亜は思うのであった。
作戦その2。
以蔵が部屋中に【フリーズレーザー】を撃ちまくる。部屋全体の温度を下げようという作戦。
「しかし、これ寒すぎないか」
「そういうときのカードスキルでしょ」
「あ、そうか『Protect』」
防寒装備が着ている状態で現れた。便利すぎるカードスキル。
依里亜の【スロウ】もかかり、フェニックスは速度をかなり落としていた。もちろんフェニックスが近づいたところは温度が上がりずっと凍ったままではないが。そう簡単にはいかない。飛行する高さも落ちてきた。
作戦その3。
以蔵が依里亜のレイピアに【フリーズレーザー】を撃つ。即席アイスソードだ。少しでも低い温度で攻撃をしたい。
マイカと依里亜が並走する。速度は依里亜がマイカに合わせる。タイミングを見て以蔵が前で【巨大化】を始めた。マイカからブンジを発射。バンパイア戦に続いて2回目なのでスムーズにスピードが乗る。3段ジャンプするブンジを足場替わりに依里亜が高く、高く飛んでいく。以蔵の上に乗った時に【巨大化】は完了。ちょうどフェニックスの飛ぶ高さと同じくらいになった。
フェニックスは回避をしようとするが、依里亜のジャンプ切りも【クイック】でスピードアップしていた。
狙うのは羽の付け根。とにかく地面に落としさえすれば圧倒的に有利だ。近づくと相当熱いが我慢。レイピアを直撃。冷やしたり熱したりの影響でレイピアが折れた。が、気にしないでそのまま振り抜くとフェニックスの左羽根が付け根からもげた。
落下しながら体を炎で包むフェニックス。生まれ変わるつもりだ。
フェニックスは、寿命が来ると自らの体を焼き、その炎の中からまた新しく生まれてくる。『不死鳥』と呼ばれる所以だ。
「あれ? 」
と朔太が訝しげな顔をしている。
以蔵が開けたドアやら冷凍庫やらを足場にしながらひょいひょいと降りてきた依里亜が声をかける。
「どうしたの? 」
「いや、フェニックスが不死鳥で生まれ変わるのは知ってたけど、卵になるんじゃないの? 」
「……え?まさか……それって」
「そうそう、卵になったときに踏んづけたら勝ちじゃんって思ってんだけど、でも……」
「それが、朔太の作戦と自信? 」
「うん、まあ……」
「『無策』すぎるので、いまからあなたの名前は『朔太』じゃなくて『無策太』に変わりました」
喋ってるうちに床に落ちた炎の中の『ひよこフェニックス』は見る見る大きくなり、また最初からになった。




