全滅とショートカット
心臓を刺されるのと指先を切られるのではダメージが同じ訳はない。もし同じならば弱点を守るために持ち上げた腕ばかり攻撃するだけでクリアできてしまう。
人間には急所が多く存在する。特に「正中線」と言われる体の中心を上から下までたどった線上には多くの急所がある。「額、鼻、あご、首、心臓、みぞおち、金的」当然、格闘技の類はこの正中線を攻撃されないように、体を斜めに傾けて構えることとなる。つまり、片足を前に、もう一方の片足を後ろに引いた構えだ。
心臓でも指先でもダメージが同じなら、プレイヤースキルとして現実世界で身につけてきた「構え」はもちろん「攻撃の箇所」ですら意味を持たなくなる。
依里亜は不意打ちで心臓を2回刺された。生き物にとって1番の急所でもある心臓を刺すのだから、それ以上の回数は必要なかったとも言える。
ゲーム内なので痛みはないがそのショックは計り知れない。
イベントなのであと2回チャレンジすることができるが、イベントでなければ依里亜はこのゲーム内から消え、その魂は宇宙空間に漂う生命体に取り込まれていったであろう。
「私、死んだの初めてよ。あ、隕石で死んだから2回目か」
「バンパイアはあのあと【カウントダウン】で弾け飛んだと思いたいけど、その前に全滅しちゃったからわかんないんだよね」
「家電たちの扱いがよくわからないわね。でも転生組でないことは確かなので、全滅じゃなくてやられたのが誰か1人だけだったら棺桶に入るのかしら? ねえ、マイカ」
『ひっ』
「つまり、僕たちは通常プレイヤーの家電たちと、転生組のミックスなんだね。改めて考えてみたらそうかも。でも、家電たちは元々依里亜の家にあったやつだよね? テイムしたのは確かにゲーム後だけどー」
「試してみればハッキリするわね。マイカ帰ってからでいい? 」
『ほんと……やめてくださいよ……』
依里亜たちは全滅し、地下3階に強制転送された。モンスターも何も出ないセーフゾーンであったので、体力を全回復し1階まで上がり、一旦リタイアした。明日また1階からやり直そうと話がまとまった。
家路につきながら重たいがせざるを得ない話を始める。
「それにしても、明日香ちゃんはどういうつもりなのか全然わからないわね」
依里亜は明日香に対し、怒りより驚きや不可思議さを感じていた。
「だから、子供は信用出来ないんだよ。子供が悪いのか明日香だけが悪いのかはわからないけど」
「今わかっていることが少なすぎるけど、彼女が口にしたのは『私たちが正義の味方か』ということと『なぜ人を殺してはいけないか』、『人以外は殺していいのか』。このあたりは関係してきそうね。だって私たちはバンパイアを殺す寸前だったんだから」
「あと、『嘘はいけない』ってーのも言ってた」
「雑魚キャラを倒している時もずっと『嫌な顔』をしていたの。『恐怖』の中に紛れていたけど、最後には恐怖はなくなって『嫌悪』だけを前面に出してたと思う」
「何かを『殺す』ことへの『嫌悪』? でも、それで依里亜を殺しちゃうんじゃ自家撞着だよ。矛盾だ」
「だからわからないのよねえ。刺された時の感覚はまだ残ってるけど、あの『突き』は決して子供のものじゃないと思った。今まで刺されたことはないけど」
「ま、本人に聞いてみないとわかんないね。聞いてもわからないかもしれないけどさ」
「また会えるかしら。んー、会いたいとか会いたくないじゃなくて、何か闇を抱えているんだとすれば、私たちにできることは何かないかしらって思うの。だって彼女は出会った時から『助けて』って言ってたもの」
「依里亜は甘いというか、優しいな。1回殺されてるのに。でも、君がそういうなら僕もできることはしよう。気にならないわけではないし。レビたちもそれでいいんだろ? 」
『私めはなんでもいつでもどこでも依里亜様についてい「マイカはいいから」
朔太が言葉を遮った。
みんなが無言になった。マイカは安全運転で帰路を急いでいる。依里亜は明日香の言葉とその時の表情を繰り返し頭に浮かべていた。あの言葉にきっと今回のことを解くヒントがあると確信にも似たものを感じていた。
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『私のお父さんもお母さんもお姉ちゃんも、正義の味方じゃなかったから死んじゃったの』
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翌日、改めてSS31の『スライム入口』に並んだ。初日よりさらに混んでいた。並んでいる人を目当ての出店まで出る始末だ。おそらくネットででも情報が出回ったのだろう。『スライム入口』以外はスカスカである。誰も並んでいない。まあ、他の入口はほぼ即死のようだし。
運営の企みの『初見殺し』あるいは『パズル解けなきゃアウト』的な『知力』に基づいた選別は2日目にして早くも破綻していた。そして、入口は4箇所もあるのに1箇所だけに集中するという大混雑を招いていた。
「中ボス部屋では他の空間にあるようなところと繋げたりしてるんだから、入場前の整理もなんとかして欲しいわね。この運営はバランス能力に欠けると思うわ」
「んー、スマホゲーも無課金や低レベなやつほど文句を言うと相場は決まっているんだけど、確かにこれ並びすぎよなあ。確かにうちらは低レベで無課金だけど」
「私たち転生組ってそもそも課金できるの? それとも既にしてるの? お金ってもうゲーム内でしか稼げないわよ。ショップは? ガチャは? やべえガチャ引きてえ」
依里亜は一時期ソシャゲにハマってちょっとやばいほど課金をした過去があった。総額はテイム前のマイカが買えるくらい。『チュンカ』ではなくクレカ決済にしていたのは失敗だったと思ってる割には、ガチャ引きてえとか言い出している。
確かに死亡で「はい終わり」の転生組にとって、延命のための手段は多い方がいい。ガチャでレアアイテムでも当たれば……しかし、結論から言えば現在このゲーム内にガチャは存在しない。今後はわからないが。
転生組はややチート気味のスキル持ちはいるが、基本は着実に自分のレベル帯に合わせ進めていくしかない。
だからこの『ザゲコス』において、たまたま初心者なのにめっちゃレアアイテムとかが当たって無双するとかはない。そもそもレベルが低ければレアアイテムだろうがレアキャラだろうが、使いこなせるわけがない。
「レベル1アカウントの『レアキャラ引きました!』報告の意味のなさは異常よね」
依里亜は元重課金者の矜恃(と嫉妬)があった。
ちなみに、運営はゲーム内で動いているお金を運用してリアルマネー化して儲けを出している。また、ゲーム内に出店している店の広告費も少なくない金額になる。滅びてしまった元地球の企業からはもちろん宣伝費は入らないが。
だから、ゲーム内で儲けたいなら元地球の企業のやっていることをマネしてゲーム内特許を取ればすぐである。実は気づくか気づかないかという問題でしかない。
実際に依里亜たちが昼食を食べた『ロロッテテリア』は、滅びる前の地球のただのコピーデータでしかなく、そこにある施設や機器となんとなくのメニューで運営している。そこには知的財産的な保護は全くされていない。気づけば大金持ちになれるが、依里亜たちが気づくことは今後も恐らくないだろう。
「ねえ、『スライム』やめない? めっちゃ混んでるし」
「だよな、僕もそう思ってた」
「なんか、最上階より明日香ちゃんの方に興味が移ってきちゃった。もちろんクリアはしたいけど、とっとと登って明日香ちゃん探そうかなって。どうせまだもう1回死んでもいいし。次死んだらちゃんとやるから、いまはショートカットしよ? 」
「全くもって同意だね。」
「じゃあ、どれにしようか? えーと『死神』か『ドラゴン』か『フェニックス』よね。んじゃ、マイカ選んでよ」
依里亜の難問はマイカを延々と悩ませた。




