5階と砂
2階に上がってきた。廊下にはそれなりの人数がウロウロしている。
イベントの間は、階段を上がったら反対側の端まで行き、その突き当たりにある階段をまた上る、という手順で上階に進んでいく。それはレースクイーンの配っていたチラシ情報だ。各フロアを必ず横切らなければならない。
元からある階段は各階ごと交互に『立ち入り禁止ゾーン』になっており、入ればその時点で地下3階に強制転送なので通常のプレイヤーは従うしかない。
廊下には周期的にモンスターがポップするのだが、まだまだプレイヤーの数が多いので倒すチャンスはほぼない。1番近くにいるプレイヤーがすぐに倒してしまう。まだまだモンスターも弱いので共闘状態にはとてもならない。
イベント中は同じモンスターでも経験値も高く、ドロップも美味しいようだ。レベルや持ちスキルによっては低層階にいるだけでも十分イベントの恩恵を受けられるだろう。
「やっぱり相当な人数が先に登ってたわねー」
「まあ、中ボス含めてクリアできるかどうかは別だからさ」
「そうね。ちょっと焦らないで進めていくわ。みんなPKには十分気をつけて進んでね」
廊下の両側には普段オフィスとして使われている部屋が並んでいる。最も多い標準的なサイズのオフィスは一部屋約80㎡。各階に20部屋程度ある。
まだまだ人も多いので上階にとっとと行きたい。廊下を半分くらい来た時に壁に紙が貼ってある。
『10階までは暗黒ゾーン』
確かに倒してはいないものの、ポップしているモンスターは、『スケルトン、ゴースト、ミイラ、マミー』などの、アンデット系が多い。つまり闇属性。
「ということは、5階ごとに中ボスがいて、10階ごとに敵の属性が変わると見ていいわね。後半はなんとも言えないけど。となると、朔太の武器もあまり属性に特化しすぎたものは避けた方がいいかもね」
「りょーかい」
目の前にマミーが表れる。アンデット系かつ包帯を巻いているので弱点は明らかだ。ファイアでとっとと焼き尽くす。
その後大して変化もなく、おもしろいプレイヤーも、おもしろいモンスターも現れることなくあっという間に5階までやってきた。雑魚キャラで苦労することは特にない。それでも5階まで上がるにつれて、他のプレイヤーと会うことは少なくなった。強いプレイヤーはもっと早く進んでおり、弱いプレイヤーはここまですら来れないのかもしれない。
5階に上がってすぐの部屋に『ボス部屋』と手書きで書かれた紙が貼ってある。手作り感がすごい。
しかし、その手書きの紙とは似つかわしくない電光掲示板もドアの横の壁にある。『00012』とデジタル数字で表示されている。
「ゲームの規模に対して時々こういうところあるよなーここの運営。『ボス部屋』はそのままじゃわからないから、あとから急遽書いて貼った感じだね」
「電光掲示板の数字は、クリア人の数なのか、モンスターの数なのか。増えるか減るのかで判断はつくけど、今のままだとわからないわねー」
5階の廊下にはプレイヤーは誰も歩いていない。
トントン。一応ドアをノックしてみた。
何も返事がないので勝手に入ってみた。「失礼しまーす」殺風景な部屋だ。何もないし誰もいない。部屋に入って右側に『控え室』と書いたドアがある。
ちなみに、マイカは明らかにドアを通れるサイズではないが、気づくと一緒に中にいるので、なにか運営のご都合主義的なパワーが働いていると気にしないでいる。そうでないと巨人たちも参加できないし。
あれ、誰もいないな、間違ったかな、と思って依里亜だけ再度ドアの外に出てドアを見る。やはり『ボス部屋』と書いてある。
呆然として、みんなで部屋の中で立ち尽くしていると、控え室のドアが開いて腰の曲がったお婆さんがゆっくりと入ってきた。手には壺を抱えている。
「おーおー、あんたら間違っとるな」
というので、この人が運営の担当者なのかなと思った。それにしてもお婆さんなのにモンスターとか危なくないのかな、とも思った。
でも、たぶんこの婆さんが中ボスだろうなあとも薄々思った。変な壺持ってるし。あれからなんか出てくるんだろう。
「部屋を間違ってましたか? 」
と朔太が聞くと
「この部屋に来たのが間違えだってことじゃよ!」
などとベタなことを言うので、割と全員がシラケた空気になっていた。そのまま変身して巨大化するとか、角が生えるとか、筋肉ムキムキのやつになるとかを待ったけど何も起こらず。「え?これ突っ込むところ? 」と思ったほどだった。
「むっ、もっと驚いたりせんのかい! 」
「えっ!? どこに驚くところが? 」
「いや、ほら、現れた婆さんが中ボスとか驚くじゃろ」
「あ、やっぱり中ボスなんだ」
「なに!? なぜバレた!? 」
「……」
あまり会話はしたくないタイプかもしれない。婆さんだからボケてるのか。
「では、ワシの技をお目にかけてやろう」
というと、左手に抱えた壺からどんどん砂が流れ落ちてきた。
「わぁ、砂かけばばあ、かよ」
「なに!? なぜワシの名前を!? 」
無視して、依里亜は朔太に話しかけた。
「ねーねー、砂かけばばあって闇属性なの? 」
「そんなこと僕は知らないよー」
「ですよねー。んじゃやりますか」
というと依里亜は【ファイア】、以蔵は【アイスシュート】、ブンジは【スチーム】、マイカは【ウォッシャー毒液】を発射した。
ちなみに朔太はまだ手持ち武器すら出してないのでただ立ってみている。温存、温存。
しかし、攻撃は全て砂かけばばあの前に立ち塞がった砂の壁でかき消された。スチームの魔法障壁も内側から砂で破られた。
「さすが中ボス。簡単にはいかないか」
「砂って形変えたりするから、攻防一体なんだよなあ」
と言ってる間に、部屋の中の砂の量が増えてきた。壺からは尽きることなく砂が吐き出されている。狭い空間で非常に都合のいい技かもしれない。
砂かけばばあが、拳を握った右手を持ち上げると、その動きとリンクするように、砂がデカい拳に形を変えた。なんともありがちな攻撃ではあったが、さてどうやって防ぐか。
デカい拳で殴られた。全員がダメージを受け、壁まではね飛ばされる。攻撃力は高め。拳の引き際にレイピアで応戦するが、砂の固まりの拳に手応えはなく、切られても何ともない。
(ピー!)
「このすなに さてつがはいって いるみたい」
殴られたあと身体中に砂がついているのは気づいてた。夏の砂浜で遊んだ後と同じ状態だ。シャワーを浴びたくなる。
しかし、家電たちにとっては、もっと悪い状態だ。動いている砂のかなりの部分が磁力を帯びた砂鉄のようで、身体中の磁石にくっつく部分には大量の砂がこびりついている。
どんどん重くなるし、内部まで入り込めば砂はもちろん、強い磁力によって故障の可能性も大きい。
メンバーの多くが金属でできている依里亜パーティにはかなり不利な状況だ。
砂が太ももの高さまで溜まってきた。このままでは生き埋めだ。
「ドアを開けたらどうかしら。まあ開かないだろうけど」
と、依里亜は入ってきたドアへ、朔太は控え室のドアに向かいノブをひねるがビクともしない。
「ふへふへふへ。この部屋はワシら一族に伝わる結界が貼っておるから、普通の解除方法は通用せぬわ。ふほふほふほ」
とその絶対にその笑い声は言いにくいだろ、と思いながら次にできることを考えた。
砂は熱に弱いと聞いたことがあったので、ファイアを連続で出してみたが、自分たちを覆っている砂にも熱が伝わってきてやめた。
土属性に強いのは水属性だったような気もする、と以蔵の庫内にある「水」をばらまいてみたが、それでどうしようということはなくただ撒いただけになったので、まとわりついている砂が重くなり生き埋めまでの時間が早くなった。
朔太がなんとか『C』のカードを引きあて『Cement 』スキルにして固めてはというアイディアも出たが、いま埋もれている自分たちも一緒に固まるのは明らかだった。
あれあれ、私たちこんなに戦略少なかったっけ、と絶望した時には砂は依里亜の脇の下まできていた。
もう移動はとてもできない。
レビとブンジは以蔵の上に乗っている。マイカは体を縦に(?)して、ボンネットが砂の上にでている状態である。
「ねー朔太なんかいい考えないのー」
「色々考えても、なんか全部自分たち巻き込むと思うんだよねー」
「自分で出したスキルってダメージないんじゃないの? 」
「出した効力が、一旦砂で仲介されるので食らうんだよね。ファイアの熱で熱くなった砂で火傷するのと同じかと。あるいは僕が出した鉄球でも君が投げたからダメージを食らったでしょ? 」
「なるほどねー、今回はやばいかもね。ふふふ」
「そうかもね。ははは」
と2人がイチャついていると、砂かけばばあは怒ったのか、砂で作ったでかい手で全員を握ってきた。力をいれる。握りつぶされると覚悟した。
おもむろに控え室のドアが開いた。




