コスモスと目標
手招きするイケメンについて行くと、受付の建物の裏にある喫煙所にやってきた。
おもむろに煙草に火をつけるイケメン。
「ちょっと!チュートリアルはどうしたの! 」
如月依里亜は怒ってはいなかったが声を少し荒らげた。
「あー、すまん。こっちの世界に来た時しか吸えないんでもうちょっと待って。」
煙草を吸いながらのチュートリアルとか聞いたことがない。少なくとも本来の意味でのナンパではないことは100%確実だ。
うまそうに煙を吐き出したイケメンは、唐突に自己紹介を始めた。
「僕はブラフ。運営の中の人だ。」
「ものすごいメタ発言から始まる紹介ね。私は如月依里亜。名前は知ってるみたいだけど」
「名前はインド哲学で宇宙の根理を表すブラフマンから取ったんだ。」
『ブラフ、で止めちゃうと、【はったり】とか【こけおどし】って意味になりますけどね』
レビが割って入るが、ブラフは冷静なまま煙草を吸っている。
「日本名もつけてるよ。荒井照って言うん……」
今度は依里亜が言い終わる前に割り込む。
「アナグラムにするとtell a lie。つまり【嘘をつく】ね。めっちゃ怪しい人なんですけど。おまわりさーん!!変態の人がいますー! 」
ブラフは少し慌てて煙草を灰皿に押し込むと、言い訳がましく話を続ける。
「まあまあ、待て待て。僕がこのゲームの運営の人だと言うのは本当だ。なんなら、あそこにいる受付ドワーフを垢BANしてみようか? 」
「運営なのに無実の人を垢BANとか横暴すぎるからやめて! 」
もちろんブラフにそんな気はない。
「というか突っ込みが早すぎますね。説明が全部終わって僕が立ち去ってから、ブラフにしても荒井照にしても後から『むむっ、これは怪しい名前! 』と気づいて疑心暗鬼になるって流れのキャラ設定なんですけど」
依里亜もレビも黙る。しらけた空気が広がる。
「コホン、では改めて。チュートリアルを始めますね。説明はやや長いかもだから分からない時はその都度質問していいよ。あと、先に言っておくけど謝りたいことが3つある。」
「これはゲームってことでいいのね? つか、謝るって……。」
依里亜は1番根本的な事を訊いたが、早くも会話の流れは嫌な方に向かっているように感じた。
「もちろんそうさ。このゲームは、ゲ、【The game of the COSMOS】」
「今噛んだわね。」
『噛みましたね。あとtheが多い』
突っ込みは気にせずブラフは続ける。
「みんな【ザゲコス】とか【コスモス】って略してるよ」
「ザゲコスはないはね」
『コスモス一択ですね』
「別にボケてないんで突っ込みやめて欲しいですね……。【コスモス】というのは、【秩序ある調和の取れた宇宙】って意味で……」
「名前の由来はどーでもいいわ。あ、でも、よくあるゲームみたいに、【なんとかオンライン】じゃないのね」
「ラインつまり、地球でいうインターネット回線みたいな物理的なもので繋がってる訳ではないので。」
「じゃあどうやってみんなログインしてるの? 」
ブラフが右手の手のひらを上に向けると、メタリックな虹色に輝く5cmくらいの正方形を出した。
「これがゲームの本体。いまは既にゲーム内でだから起動できないけど、これを使ってゲーム内に入る。仕組み的なことを簡単にいえばそのプレイヤーの魂の一部をゲーム内に移動させるということになります」
「わかるような、わからないような? 私はどうなってるの? 転生したのよね?」
「依里亜さんは死んでるんで、魂の全部がこのゲーム内に来てます。だからゲーム内で死ぬと死にます」
「戦うする前に言え! さらっと大事なこと言うな! 」
思わず殴るところだった。
「これが謝りたいことの1つ目です。」
ブラフは人差し指を1本立ててこちらに向けた。
「えーと、厳密には死ぬんではないんですけど、このゲームからは消える可能性が高いってことになります」
「どういうこと? 」
「少し長くなるけどいい? 」
ブラフが2本目の煙草に火をつける。
図々しいなと思いながらも依里亜は無言で頷く。
「魂を主体とするゲームなので、ここには生き死に関係なく来ることができます。そもそも魂というか宇宙開闢前から存在する生命体って、宇宙空間に満遍なく広がってるんですよ。イメージとしてはアメーバみたいな感じで。そのアメーバから分離した魂の欠片みたいなものが、今から生まれるものの中に入っていく。そして死ねばその魂はまたアメーバに戻る。虫だろうが植物だろうが人間だろうがその根源となる生命エネルギーは同一のものからできてます。そして、アメーバは宇宙を覆い尽くしているので、距離も関係ありません。それは地球人だろうがあなた方が宇宙人と呼ぶものだろうが同じです」
本当の意味で理解はできないがイメージとしてはわかりやすいなと、依里亜は思った。
「だから、生きている者はゲームからログアウトすれば実体のある自分の体の意識に戻れます。あるいはゲーム内で死んでも、その魂はあくまで一部でしかないので、やり直すことができます。もちろんその魂の一部は欠けてアメーバに戻ります。けど、依里亜さんのように死んだ方は体がありませんので、ログアウトもできず、死んだ時の魂の行先は、魂のアメーバの中に戻ります。そして再び全く別の世界に今までの記憶を失って転生するか、ものすごく低い確率でこのゲームに戻るか、です」
「難しい理屈はおいといて、私はこのゲームで死ぬと『死に戻り』の確率は低いということね。でもその理屈だと、他の人もゲーム内でたくさん死ぬと魂なくなりません?」
「それは生命の神秘。あるいはご都合主義ってやつですよ。ゲームのHPみたいに時間で自然回復します。なにせ魂の根源は宇宙中に広がってますから、いつでも繋がっていると考えてもらっていいです。ですから、何回も間髪入れずに即死しまくるとかしなければ一般のユーザーはセーフです」
ということは、気に入らないユーザーに対しては、死に戻り場所でひたすら即死魔法を掛ければいいということか、と依里亜はろくでもないことを考えた。
「で、次に依里亜さんはテイマーですけど、運営の手違いで生き物をテイムできません」
「……!!?」
さすがにそろそ突っ込めなくなってきた。テイムできないテイマーって何だ。どうりでアリは元より、タヌキよりも前に倒した小動物や昆虫が全くテイムできなかった訳だ。思わず自分がテイマーというのを忘れてしまっていたくらいだ。
「これが謝りたいことの2つ目です」
ブラフが2本指をこちらに向けるがピースしてるようにしか見えないので少しムッとした。
「いわゆる巻き戻しをすると他のユーザーさんに迷惑が掛かりますし、先程説明したように依里亜さんの場合リセットするとゲームに戻れるとは限らない。」
「じゃあどうするのよ? 」
「生き物はだめですけど、無生物をテイムすることができます」
「ええ? 」
「いや、実際にテレビをテイムしてますよね」
「あ……」
言われてみればそうだった。これテイムか。
「レビさんでしたっけ? あなたのレベルがあがれば移動したりスキルも使えるようになりますよ。あとこのレビさんけっこう秘密ありますよ。」
『そうなんですか? 足はないんですけど……』
「いま、雑な伏線貼ったな!おい! 」
「依里亜さんのテイムは、先程から説明している魂を分け与えるイメージなんですよ。だから無生物も動かせる。なにせ、依里亜さんは魂全部でこのゲーム内に来てますから他の方よりその量は圧倒的に多い。そういう意味ではチートですよ、チート」
なにか騙されてる気もするがチート能力ならばちょっと許したい気持ちにもなってきた。
「でも、覚えておいて欲しいのは、通常のテイムでも生物を飼い慣らすのだから、同じく無生物相手でもどれだけ大事に愛情を注いだかによってテイムできるかどうかは変わるよってこと。特にレベルが低いうちはね。例えるなら他人の家のテレビは今はまだテイムできない」
となるとテイムできるとしたら調理器具か、と直感的に確信する。
「ということで、依里亜さんが嫌でなければ運営としてはこのまま進めたいと思っています。アカウントを作り直すのは厳しいという前提です」
肯定するしかない流れになってきたと感じた。
「で、隕石が落ちて地球滅びたじゃないですか? 」
「……ええ」
「このゲームはトータルのキャパには余裕あるんですけど、一気にたくさんの生き物が亡くなったんで魂のトラフィックが限界超えまして」
「えーと、地球でいうサバ落ち? 」
「そうですそうです。確かに、時々星の滅亡というのはあるんですけど、さすがに人だけで70億以上、あと動植物も全部が同時にってことは滅多になくて。多くの方は魂のアメーバに取り込まれていったんですけど、はみ出した方々が魂を主体とするこのゲームにも流れ込みまして」
「今、はみ出したって言った!」
「そんなことがあって負荷がかかり過ぎまして、バグがかなり多く出たんです。それで依里亜さんは初期設定もなく、名前もアバターも元々のまま、テイマーなのにテイムできない、けど無生物はできちゃうよってなりました」
「じゃあ、そんな人は他にもたくさんいるの? 」
「ええ、普通にゲーム始めると初期設定あって名前とアバター変えられて、チュートリアルあって、あ、このチュートリアルも普段はAIがやるんですけど、さすがにひどいバグキャラの人の対応は運営が直々に……」
「バグキャラ言うな! 」
「あと20億人くらいの人のチュートリアルを手分けしてやるんですよ…ははは。」
「その前に死んじゃう人たくさんいそう…」
「あ、ちょっと時間もないんで最後。謝りたいことの3つ目です」
「あ、はい」
「地球に隕石が落ちたのはこのゲームのせいです」
依里亜は口を開けたまま固まった。
ブラフはもう指を3本出すことはやらなかった。
代わりに3本目の煙草に火をつけた。
「日本のゲームだと中世ヨーロッパの世界観とか大好きじゃないですか? 同じように我々のゲームのプレイヤーって地球とか日本に憧れてる方多いんですよ。レトロって言う意味で。宇宙規模で言えば地球の情報は筒抜けですから」
依里亜の口はまだ開いている。
「で、このゲームはもう何百年というスパンで全宇宙で流行ってるんですけど、要望があったんで【地球ワールド】的なのを作るために地球をデジタル的なコピーしたんですよ。地球時間でいう2年前に」
「……あー」
「ちょっとその時コピペをミスりまして、地球からは遥か彼方を飛んでいた隕石を地球の近くにペーストしてしまいまして」
だから2年前に急に隕石は現れたのか、と気づいた。怒りというより呆れて言葉がでなかった。
「2年前、なんか眩しい光とか目眩とか地震とかありませんでした? あれ地球丸ごとコピーした時の影響です」
「……確かに……そんなことあった……なんか眩しい光があって目眩がして、その時トイレにスマホ落とした!その後隕石のニュースが流れたわ!なんで2年前のままなの?最新データにしないの?」
「宇宙の歴史で2年とかは一瞬ですよ」
おそらく依里亜のスマホはトイレの中におちているだろうと思った。2年前の世界からずっと。
「でも、2年もあってどうして隕石を止めなかったの? 」
依里亜は怒りを感じている訳ではなかった。ただ、真実が知りたいと思った。
「えーとですね。イベントにしようかと思って」
「え?このゲームの? 」
「そうですそうです。隕石が落ちるまでと落ちてからどう崩壊するかの惑星のシュミレーションを見たかったんでずっとコピーしてました。あのスケールの隕石直撃は割とレアなので」
「……」
「怒らないでくださいね。宇宙全体は1つの生命体なので、生まれて死ぬってことは、『いってきまーす』と朝出かけて、夕方に『ただいまー』って帰ってくるのと何も変わりはないのですよ」
「……えっと、じゃ、イベントって…」
「あ、はい。
2年後にこのゲーム内でも直径300Kmの隕石が直撃します。イベントですからみんなで止めてください。お知らせはもう少しあとですけど、元地球人にの方にはバラしていいって言われてるので」
またあんな思いをしなければならないのかと依里亜は暗澹たる気持ちになった。
「それでは他の方のチュートリアルに急ぎますので僕はこの辺で…」
「あ、待って!朔太は? 秋月朔太はこの世界にいるの? 私の恋人なの! 」
「おそらくとしか言えませんがいると思いますよ。あなたと一緒にいなかったらとしたら、その人が今までいた痕跡を辿ってみると見つかるかもしれませんね。魂は思い出に引かれるものですから。あなたもあなたの部屋からスタートしたでしょ? では」
ブラフの姿は急に見えなくなった。
依里亜のこのゲーム内での目標が2つになった。1つは恋人の朔太を探すこと。そしてもう1つは、2年後の隕石を何がなんでも止めること。