方向性と入口
イベント当日、それなりの早い時間に会場である「SS31」に向かった。会場までまだまだ距離があるのに、道が混み始め「あれ」と思ううちに動かなくなった。
反対車線は空いており、車もスイスイ進んでいるが、進行方向は3車線もあるのに一向に進まない。
「運営はこういうこと想定しないんよなあ、知らないけど」
「イベントだからもう少し考えるべきよねえ、参加したことないけど」
「マイカさ、前の車ちょっと【ドリフト】スキルで蹴散らさない? 」
と、朔太がまた変なことを言い出したので、暗号を解いて暇を潰すことにした。依里亜はこういうのは得意なので2分で解いたが、朔太には答えを教えずにいた。
【ザゲコスの終わりに、ラッパが最初に鳴るだろう。ナイフの真ん中を利用しろ。無能でも頭を使わなければ死することとなるだろう】
「ぜーんぜんわかんねえーんだわ、こういうのー」
「まず求められているものを想定するといいわね。だって、イベントのエントリーの返信でしょ?そんな複雑な答えになることはないわよ。せいぜいスタート地点についてのなんらかのヒントでしかないわ。あと、こういう文章の内容にはたいてい意味はないから、ラッパとかナイフを用意してねってことではないわよ。それならちゃんとハッキリお知らせに書くはず。指示ではないのよ。クイズなのよ」
「え? 」
といって、朔太は今出そうとしていたナイフを後ろに急いで隠した。
「ってことは、ザゲコスのサービス終了とかじゃないのか、ふむ。んじゃ答えって1単語とか1文とかなのかな? 縦読みとかならわかるんだけど、ちゃうね」
「そそー。もちろん、謎解きは色々なパターンがあるけど、今回のは、文全体を俯瞰してなんか共通点見つけるといいわねー」
「共通点っついうと、ザゲコスとラッパとナイフがカタカナ! みたいなかんじ? 」
「あってはいないけど、発想の方向性は正しい! 」
「意味としては全体は通ってる気もするんよなあー、ラッパだって『ヨハネの黙示録』に『終末の7つのラッパ』の話があるから『終わりの暗示』としては正しいし、そういう意味では、『ナイフ』や『死する』とかもイメージすることは同じだよねー」
「うん、そうやって、統一感出さないと『浮いた文』があるとヒントになっちゃうからねー。そのあたりはちゃんと考えてあるんだよねー。『共通点』って探し方は概念としての『類義語』だけではなくて『対義語』『反対語』も共通点なのよー。たとえば『上』と『下』は反対だけど、方向を表すという『共通点』を持つでしょ。あー、ここまで言ったらもうわかっちゃう、わかっちゃうわー! 」
「プレッシャーやめて欲しいっすなあ……お? 『終わり』と『最初』、もしかして『真ん中』も共通じゃん? となると??? 」
「はいーもう答えでたー! わかっちゃったー! 」
「あ、あー! なんだそういうことか。ザゲコスの終わりの文字で『ス』、ラッパの最初で『ラ』、ナイフの真ん中を利用で『イ』、無能の頭を使うで『ム』! つなげて答えは『スライム』だ!! 」
「せーいかーい! 『無能』が漢字だから見落としやすいけど、最初の3つに気づけば閃くわね」
「で、この『スライム』ってなんだ? スライムなんて用意してないぞ」
「そりゃーあれでしょ」
と、依里亜が指さすと、会場の『SS31』の窓に巨大な『スライム』のイラスト(?)が吊り下げられている。まるでものすごくお金をかけて渋谷のビルにぶら下げられたアイドルのCD宣伝のようだ。ビルの周りを回ると、4方向に『死神』『ドラゴン』『フェニックス』のイラストがあった。
それぞれのイラストの下に『スライム入口』『死神入口』などと書いてある。
「つまりどういうこと? 」
「全員に同じ暗号が送られたどうかは確認できないから、考えられるのは2つ。1つは、それぞれのエントリー者に4通りの問題が送られてて、単純に入口を分けて人数を等分する。でも、これは問題を解けない人がいた場合、意味がなくなるわよね」
「となると?」
「さっきの問題覚えてる? それと合わせて考えると、もう1つの可能性がでてくるわよ 」
「うん、これだよね」
【ザゲコスの終わりに、ラッパが最初に鳴るだろう。ナイフの真ん中を利用しろ。無能でも頭を使わなければ死することとなるだろう】
「うん。もう1つの可能性がおそらく正解ね。エントリー者全員に同じ問題が送られている。そして私たちみたいにきちんと解けた人は『スライム入口』から入ってセーフ。わからなくて他の入口から入った人は『頭を使ってないから死する』訳よ」
「え?さっきのクイズって、『スライム』って言葉を出すだけじゃないの? 」
「『リアル脱出ゲーム』の類は、問題でも答えでもあとから何度も謎解きに利用するってーのはよくあるの。最初には見えなかったものが、後半組み合わせると他のものになる、みたいなね。だからこそ、自分で答えを書いてるのに気づかなくて、あとから『あー!』ってなったりするのも楽しいのよ」
「ふーん、つまりこのイベを勝ち抜くのは『知力、体力、時の運』と『アハ体験』?」
「あと『スキル』でしょーかねー」
4方向にある出入り口には、それぞれにすでに長い行列ができていた。が、『スライム入口』以外の進みが著しく早い。
「たぶんどんどん死んで地下3階に飛ばされてるんじゃない? すごい勢いで処理されてる感じがするわ」
「こわっ」
「ねえ、だって、スライム以外の3つを見てみて? スライムのかわいさと釣り合うキャラってないわよ。残りは全部出会った瞬間に即死もありうるモンスター。単に4つの方向を示すだけなら『青龍・朱雀・白虎・玄武』の四神とかでいいじゃない。バランスが悪すぎるわよ」
「そう言われてみればそうだな……『死神』とかイラストはめっちゃカッコよく描いてあるけどやばいな。なんとかホイホイだ」
「『俺たちドラゴンチームだぜー!うえーい!』とかやってるやつらはそのドラゴンに食われてんのよ、おそらく。つか、なんか列長すぎ。マイカ、この並んでる連中【ドリフト】で処理してよ」
「依里亜さんもこわっ」
「んーでも、『常識、非常識』の問題は一旦置いておいて、マイカのドリフトで蹴散らされるようなら、このイベで最上階とか無理だと思うのよね」
順番待ちで並んでいるとレンジ辺りまでは許容範囲かなと思ったが、冷蔵庫と車はとても邪魔だなとも思った。みんなでマイカに乗ってればいいのだが、このあたりはせっかくだからそれぞれが立って並ぶことも楽しもうというスタンスである。文句も言うけれど。
でも、周りを見るとその大きさ故にものすごいスペースをとってる『ギガンテス』とか『タイタン』などの巨人や巨神も並んでいる。私たちよりも遥かに邪魔だ。そもそも入口に入れなくないか? とも思ったが、きっと運営が何とかするはず。
他にも『火の精霊』の炎は前後の人に延焼したりもしてるし、『くさった死体』は腐臭を撒き散らしているようで、周囲の人はげんなりとしながら鼻をつまんでいる。
私たちは平和な方ね、と大人しく静かに並ぶことにした。街中ではダメージは入らないが、臭いは防げないからなあと思った。
ふと見ると、朔太に煽られたマイカが本気で周囲に【ウォッシャー毒液】を掛けていたので「非常識だよ」と朔太のケツと、マイカのドアを続けて蹴った。




