HPと場外
『Zoo』は「動物園」だ。
場合によっては小学校入学前の子供でも知っているかもしれない単語である。が、問題は、今回これが表すのが秋月朔太のスキルであり、イメージした範囲で全ては起こるということだ。すなわち、現状何が起きているかというと、PvPの決勝の舞台がアメリカバイソンの群れで覆い尽くされているということであった。
「やべえ……」
イメージに限界はあるとはいえ、『この舞台を覆い尽くす』程度の想像は難しくはない。
朔太はバイソンを出しやすいように、舞台の端に寄っていた。チャンスは変わらない。作戦は続行だ。
依里亜は作戦に必要なものを拾うと、朔太に向かって走った。
距離があるうちは【ファイア】を撃った。先頭の数匹が燃え、わずかな時間だけ群れが分かれるが、すぐに元に戻る。
隙間なく走ってくるアメリカバイソンは、いわば物量でスピードを殺す、という意味では最適だった。わずかな隙間を狙ってすり抜けていくがキリがない。
いけるとおもったところで、腕をバイソンの角に引っ掛けられた。衝撃で倒れそうになる。床に倒れたら無数のバイソンに踏まれて終わりだ。レイピアをバイソンの背中に突き立てた。鳴き声をあげたようにも思えたが、多すぎる足音でかき消される。
無理矢理よじ登りバイソンの上に立つと、八艘飛びの要領で、朔太の方に向かう。レイピアをバイソンから抜く時、刃の半分が折れた。
その時ドラゴンは、一斉に現れたバイソンを見下ろしていた。
朔太がスキルによって出現させたドラゴンは、別にテイムしている訳ではなく、勝手に考え、勝手に動く。だから、朔太に対するダメージは入らないものの、誘導をすれば朔太にだって攻撃はする。
また、朔太が出した「雷」が「鉄球」に誘導されたように、呼び出したもの同士は互いに影響を及ぼし、受ける。
ドラゴンは、自分の方に大群で迫ってくるアメリカバイソンの群れを「新たな敵」だと認識した。
ドラゴンは一直線にドラゴンブレスを吐いた。
広範囲かつ継続的なダメージを与える火属性の龍の吐息は、その範囲にいたバイソンたちを蹴散らし朔太にも及んだ。朔太にダメージはないが、間一髪かわした依里亜と朔太の空間にはその時だけ遮るものがなくなった。
「今だ! 」
依里亜はできるだけ近づき、刃の折れたレイピアを投げ、続けざまにさっき拾ったものを投げた。盗塁したランナーを2塁で刺すかのように。
朔太は飛んでくるレイピアを、頭を右に傾けかわす。避けたところに次が飛んできた。「朔太が出した鉄球」だ。雷を受け遠くに一つだけ飛んでいった鉄球。
依里亜は鉄球に【テイム】をかけていた。朔太のところに曲がって飛ぶように。
依里亜は考えた。攻撃スキルの少ない自分に何ができるか。そして自分が無生物テイマーということを改めて思い出した。確かにレベルが低い時には家電たちの全てをテイムすることはできなかった。しかし、レベルが上がった今であれば、もしかしてできるのでないか。
朔太は飛んでくるレイピアをかわしながら、依里亜がそのスピードのまま転ぶのが見えた。しかし、それは転んだのではなく「ベッドスライディング」だと気づくまでに時間はかからなかった。
そして、両手を伸ばし滑り込んでくる依里亜の姿を見て、自分の足を掴んで場外を狙っていることにも気づく。
カードを出すことはできるが見る暇はなかった。レイピアをかわしながら、滑り込んでくる依里亜を警棒で横から殴りつけようと振り下ろした時、飛んでくる鉄球にも気づく。
慌ててかけていた体重を左右逆に振る。テイムされた鉄球はそこに曲がって飛んでいく……予定だったが、テイムはかかっていなかった。一か八かの賭けは失敗に終わった。
が、依里亜は保険をもう1つ掛けていた。
「お願い!! 」
と叫ぶと、舞台全体が朔太が避けた方向と反対にグラッと傾いた。
【テイム】だ。
鉄球は軌道を変えてはいなかったが、そこに朔太が自分から当たりに行く形となった。鉄球が頭を直撃するその前に、振り下ろした警棒が依里亜の脇腹を殴りつけた。
依里亜は、HPが消し飛び、端から消えていく体で、鉄球の直撃で仰け反った朔太の両足首を掴み、そのまま場外にひっくり返した。
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PvPの決着もついたようです。
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