牽制と場違い
本日も2話投稿する予定です。時間があればぜひ読んでください。
朔太のスキルはイメージさえできれば、その範囲内でのことをノーリスクでほぼ全て実現できる、ある意味相当なチートスキルである。
そしてそのスキルを発動するためには「カード」と言うか念じることで現れたカードに書かれたアルファベットの文字を確認し、その頭文字からなる英単語を詠唱することが必要だ。言った英単語の頭文字がカードのアルファベットとは異なった場合、スキルは発動せずカードはそのまま消える。そして一日あたりのカードの数は有限である。
つまり、スキルを使うには「必ず1度はカードを見なければならない」そしてそれは、当てずっぽうに何度も言うことはできない。間違えればカードは何もせず枚数を減らす。
唯一の例外は、それまでに出たアルファベットの文字数26枚のカードのうち、25枚を全て把握した上での最後の1枚のみだ。
朔太は残り枚数を常にカウントしながら戦っている。おそらく残りのアルファベットが何かもわかっているだろう。スキルが1つしかない朔太にとって、枚数とアルファベットの管理は、朔太の生命線だからだ。
だからこそ、たとえ最後のたった2枚しかない状態だとしても、スキルの発動確率が完全に50%であれば、とてもではないが見ないで使うことはためらうはずだ。最後の1枚までもつれ込んだ戦いでのスキルミスはどう考えても致命的だ。
このスキルと戦うには、戦いの中でカードを見る隙を与えず攻め続けること。
さらに勝率をあげるには、あらかじめ見せてやればいい。見せた上で出したスキルを全てしのげば、そこに勝機は生まれる。まずカードを引かせ、見せ、詠唱させ、安心させてから、攻め続けるのだ。もう次のカードは見る暇がないくらいに。
朔太はポーションを使い切ったが、傷が深かったせいで全回復はできなかった。スペルを使って回復も可能だろうが、ギリギリまで使う気はなかった。カードの残り枚数は、スペルの残り回数と範囲の可能性だ。できるだけ残して戦略の幅も温存したかった。
依里亜は挑発した。
「フェンシングの技もきちんと入ったわね。このまま朔太のHPを削り切って勝つ! 」
嘘だった。
フェンシングは「騙し合いのスポーツ」。この時点で依里亜は既に場外勝ちを狙うと心に決めていた。
ただしその為には、まだ確認できていないことが1つあった。が、これは一か八かになりそうだった。
「カード使っていいわよ。3枚ならね」
牽制だった。
生きるか死ぬかの戦いでもなく、話も通じる。そして恋人でもある間柄での戦い。「カードを使っていい」と言われた上に、3枚と言われて、4枚以上をいけしゃあしゃあと出す男とは別れていい。誰がどうみても見ても「かっこ悪い」男でしかない。
確かに3つでも多いとは思ったが、なんとかできるだろうというギリギリの駆け引きだ。朔太のプライドを信じる。これより少なければ朔太は次のカードを意識し、多ければしのぎ切れない。
「OK。ポーションもないし、次が最後だろう。おれも削り切っての勝利を目指すよ」
朔太は無言ながらカードを出し、自分も見ながらこちらにも見せた。
『G』『M』『X』
「これで残りは12枚。一日でここまで使ったことは今までなかったよ。依里亜は強い。全力でいくよ」
朔太はスペルを大きな声で唱える。
『Guard!』
朔太の体の周りに緑色のぶよぶよした結界らしきものが現れた。依里亜はハッとした。今考えている作戦は、朔太に触れなければ成功しない。
「へえ、どんな効果なの? 」
多少演技くさくなってもいい、それだけは確認したかった。やってみると自分でも気持ちが悪くなるレベルでの演技だった。
「いやあ、防衛力を限界まであげたよ。なにせ、依里亜のスピードは早いからね。攻撃を食らってもいいようにしてみたよ。『Protect』や『Shield』なら、攻撃を跳ね返したりってイメージしなくもないけど、『P』と『S』は品切れでさ。今回は防御力を爆盛りにしてみた。いままでの10分の1くらいしかダメージ入らないと思う」
それを聞いてまず「なんだ教えてくれるんだ」と思った。それから「よくもまあベラベラ喋るな」とか「ちょろいな」とか「これだから男は」とか色々な思いがない交ぜになった。戦いに対しての姿勢は、依里亜の方が遥かに冷静だった。
そして……攻撃が跳ね返らないならそれでいいと思った。安心した。場外勝ちに防御力も何も関係ない。
しかし、ここは『防御力爆盛りで私ピンチ』という顔をする。すると朔太はさらに調子に乗った。
「『矛盾』て言葉があるじゃない。絶対に貫ける矛や、絶対に貫けない盾はイメージしきれないから……」
「まだなんか言ってる」としか思わなかった。そんな説明はどうでもよかった。内容は1mmも頭に入らない。聞きたいこと、知りたいことはそれじゃねえよ、と思った。女はおしゃべりとよく言うけれど、男の自慢も9割は無意味だと本気で思った。依里亜は残り2つのスキルだけに興味があった。
何度でも言うが、女性は時として残酷である。
「次は武器だよ。『Minigun』」
ミニガンがドンと現れた。M134。
やばいとは思わなかった。本体重量だけで20Kg近くあり、大容量バッテリーと銃弾で総重量は100Kgを超えるはず。そして強烈な反動。ゲーム内とはいえ1人では扱えないはず。確かに100/秒も撃てるのは凄いが、朔太のスキルでは、そしてこの戦いでは出してはいけないものだ、と思った。
2人で同棲していた時、アクション映画をたくさん見たなあと思い出した。2人でかっこいいねー、派手だねー、すごいねーと言っていた記憶が朔太にもあったのだろう。
依里亜は、そのあとちょっと気になってネットで調べたのだ。M134は、ヘリコプターなどにつけて使う。映画ではよくでてくるが、重量的にも反動的にも普通の人間が1人で扱うのは難しく、単独ではサイボーグや人間型ロボットが使うことが多いとあったのが印象的でよく覚えていた。
ならば、当たらない限りセーフだと思った。そして当たるわけがないとも思った。しかし、当たったらその瞬間ミンチなのは確実だった。
そして、彼女にM134をぶち込もうとする彼氏はあとでお仕置だと思った。
「なあ、カード4枚にしていいか? 」
意表をついたことを朔太が言い出した。なんと反応していいかわからなかった。しかし、依里亜が何か言う前に朔太は詠唱を始めた。
「『Xylitol』」
手のひらに現れたガムの包みを剥く。
「依里亜も1枚どう? 」
といって、朔太はガムを投げると自分でも1枚食べ始めた。
ここに来てこの余裕、という場違い。
投げられたガムを受け取りながら、依里亜は朔太のこういうところが大好きで、大嫌いだと思った。




