怒りと一撃
本日二話目です。お楽しみくださいませ。決勝戦はもう少し続きます。
フェンシングは「突き」だけしかないと思い込んでいる人は多く、さらに胴体しか狙わないと思ってる人も多い。朔太もその一人だ。
しかし実は「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3種類の種目のうち、「サーブル」では「斬り」もあるし、「エペ」での有効面は「全身」である。
「サーブル」の有効面は「上半身のみ」ではあるものの、これは背中までが含まれる。日本人のメダリストが、しならせた剣を相手の背中に当ててポイントを取る場面は何度も繰り返し放送された。
相手の裏をかいたり、意表をついたりする動きが欠かせないフェンシングは、「騙し合いのスポーツ」とも言われる。
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依里亜は今、自分の好きなものをバカにされ怒っていた。しかもそれは朔太の無知によるものだけに、余計に腹が立っている。「わかってないくせにとやかく言うな」というやつである。
確かに少しの期間しかやってはいないけれども、嫌いになったから辞めた訳ではないし、少なくともやってた期間は真剣だった。
確かに厳密なルールの元で、しかもガチガチの防具を付けて行う「スポーツ競技」ではあるから、実戦向きではないのはわかっている。しかし、一方で、その精密な狙いで的を圧倒的な速度で貫くという……。
まあ、いい。真正面から一撃を入れてやる。負けてもいいから一撃を入れてやる。
依里亜は、真っ直ぐに朔太を見据え、歩いて近づいていった。
朔太はその真剣な表情から「依里亜はフェンシングをする気」だ、と直感した。それならばこちらもと鞭を構える。
「En garde!(構え)」
依里亜は試合開始の審判の言葉を呟き、見えないスタートラインに前足爪先をつけ構える。
「Êtes-vous prêts ?(用意はいいか? )」
「Allez !(始め! )」
「【クイック】」
依里亜は加速した。一直線に。朔太は間合いを測る。レイピアよりも圧倒的に長い間合いの鞭。先端の速度は音速をも超える。
「さっきまでと同じだろ! 」
朔太は声に出す。
が、依里亜が見ているのは朔太の手元だ。【クイック】を使うことで依里亜の動体視力も格段に上がっている。そうでなければ自分の体をコントロールし切れない。
そして、朔太の手の動きで鞭の先端がどこにくるかを瞬時に判断し、レイピアで弾き、かわす。
「ちっ」
朔太はフェイントを入れてから切り返し、依里亜の右足首を狙う。
依里亜はタイミングを合わせレイピアを振り下ろし、鞭の先端2mを切断した。
「斬れるのかよ!? 」
朔太は慌てるが動きを止める訳にもいかない。
鞭の残ってる4mでしのぐしかない。が短くなった分スピードは落ちる。雑になった鞭の動きを、依里亜は停止からのバックジャンプでかわし、再加速する。
距離が近いほど依里亜の方が有利だ。朔太はなんとしてでも近寄らせてはいけなかった。
真っ直ぐな上半身への突き。かわすしかない朔太は体を捻り始めたが、それはフェイントだった。依里亜はすぐに腕を縮め、体重のかかった足に向けて突く。
「下かっ……!」
が、これもフェイント。伸びきる前のレイピアを強引に手首のスナップで持ち上げ、バランスを崩した朔太の左肩から斜めに斬った。
クリティカルヒット。朔太のHPゲージの半分が吹っ飛んだ。
このやり取りで、依里亜は朔太のスキルの致命的とも言える弱点を見つけていた。もちろん朔太は1度もスキルを使っていない。が、今の戦いと、これまでの戦いを考えれば浮かび上がってくる弱点であった。
依里亜は、一撃を入れた嬉しさより、このまま勝ちきってやる、という気持ちになっていた。




